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パンデミック  作者: 桜桃なる猫
第二章 隠された裏側
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18.安寧な日々

 安藤啓介あんどうけいすけの見せた映像は半信半疑だった現実を目の当たりにさせるモノであり、今、外に出ればどうなるかを知らしめ、パンドラ中を震撼させる物。


 見る者によっては体調を崩してしまいそうなほどに過激な放送は、ライブ中継だった事もあったのかありのままが届けられ、彼が倒れたところで終了となった。




「笹野君、健康診断の結果はどうだね?」


 真っ白な壁に囲まれた広い室内には役職の高い者の執務室にあるような重厚な作りの机が置かれている。 その上のパソコンから視線を外す事なく喋り出した医院長の八木が座り心地の良さそうな椅子の背もたれに身体を預けていた。


「はい、入所から一週間の行動記録と血液検査の結果はご覧の通り問題ございません。

 ただ、一番状態の良くなかったAパケッツの何人かには食欲不振等良くない兆候が見受けられます」


 彼と対峙するのは、46才と言う年齢にして見事なプロポーションを保っている女性 《笹野ささの 美菜子みなこ

 剛がパンドラに降りて来る際に出会った婦長と呼ばれていた女性だ。


 秞子達パンドラの看護師と同じく膝上の短いナース服に身を包んだ姿は大人の女性の色香に包まれており、見る者の目を惹く事だろう。


 しかし顔を見れば秞子達若い者とは違い、それなりに年を重ねているのが分かってしまう。

 だからと言って全体像が悪いかと言うとそうでもなく、婦長として威厳に満ちた少しキツ目ではあるが実年齢より若く見える綺麗に保たれた顔と、大きなお尻が一番の魅力の艶やかな身体が妙にマッチしていて、熟齢者が好める者には十分過ぎる魅力を感じさせる。



「予測通り、と言ったところか。 娘達の様子はどうなんだい?」



 机に両肘を突き、組んだ両手の上に顎を乗せると、ようやく視線が笹野へ向けられる。

 その目はとても穏やかなモノで、彼の性格を表しているかのようだ。


「はい、今のところ滞りなく看護師としての仕事はこなしていますが、あの娘達にも個人差があります。

 まだ日が浅く、目的を達したと言う報告は受けておりませんが、それぞれのペースで努力はしているようですので今暫くお待ち下さい」


「勿論だ、問題がないのならそれで良い。 引き続き彼女達の監督を頼む」


 深々と一礼すると八木に背を向け部屋を出た笹野。



「焦り過ぎではないですか? 医院先生?」



 それを待っていたかのように奥の扉から現れる女。


 年の頃は婦長笹野と変わらなさそうだが、年相応に多少なりとも膨よかになった肉体は彼女と比べてしまえば見劣りしてしまう。


 しかし動きやすいように短くされた笹野とは違い、背中まで伸びる茶色に染められた髪にはパーマがかけられボリュームがある。

 そのお陰なのか、サバサバとした印象の強い笹野とは対照的に、大人の女として醸し出す妖艶さとも言える怪しい魅力は強い。 だが、どちらが “良い女” かと言われればそこは好みの問題だろう。


「そうかも知れませんね。 しかしただ待つだけと言うのは手持ち無沙汰でね、ずっと働き続けてきた私の生き方と合ってないのですよ。

 優雅な時間をゆったりと過ごすセレブな生き方は私のような研究者には無理だと言うことですかね?」


「人は慣れて行く生き物ですよ、生活する環境にも、他人ばかりの人間関係にも。

 時間を持て余すと言うのであれば、先生よりもっとやる事の無い私と有意義な時間の過ごし方を研究してはみませんか?」


 服の合わせ目から太腿を覗かせるように長い足を組んで机に腰掛けると、八木の頬に指を這わす。


 細められた視線からは淫靡なオーラが醸し出され、赤い紅の引かれた唇の間を少しだけ顔を覗かせた舌先がゆっくり通り抜ければ、よほど察しの悪い者でなければ彼女が何を言いたいのかは分かるだろう。



「では研究者は研究者らしく、人類がどのような過程を経て至福へと至るのかを研究するとしましょうか」



 立ち上がった八木が自分を見つめたままでいる女へと手を伸ばせば、嬉しそうに頬を綻ばせ自らの手を重ねる。

 二人はそのままゆったりとした歩調で歩き始めると、パーティーにでも向かうかの如く八木にエスコートされたまま奥の扉の向こう側へと姿を消したのだった。






ーー15日目

 剛達のグループルームに遊びに来ていたのは千鶴だけではなかった。


「あの映像が必要だったのは分かるんだけど、後始末をする方の事も考えて欲しかったわよねぇ」


 人に見えないように手にしたカードの中からお目当ての物を取り出すと、剛から手に入れたカードと一緒に机に放り出した。


「後始末っつっても玉城たまきんときみたいに扉をド突いて回るだけだろ? それくらいで グチグチ 言うんじゃねぇよ」


 自分の手にするカードを奪い去る克之に冷たい言葉と共に視線も向けられるが、絵里が労いの言葉を求めるのは彼では無い。


「克ちゃん、その呼び方何とかならない? 流石に失礼だと思うわよ?」


「うっせぇな、玉城たまきんは玉城たまきんだろ? 俺が呼びたいように呼んで何が悪いんだよ」


 克之のカードを奪った千鶴が手持ちのと合わせて二枚のカードを机に置くと、今度は剛の番だよと差し出して来る。


「でも、それで水無みずなしさんが嫌がるのなら考えてあげた方が良いんじゃない?」


 自分の欲しい言葉を貰えず話題をすり替えられた事に少しばかり ムッ としていたが、そんな事は一々目くじらを立てるような事では無いと、話題の方向性を変えた克之を恨めしく感じながらも軽く溜息を吐いて心の モヤモヤ を吐き出す。



「あっ! てめぇ、何でもう最後なんだよっ」



 剛から奪ったカードと自分のカードを合わせて机の上に置けば、絵里の持つのは最後の一枚になっていた。



 それを取れば絵里の勝ち



 ルール上どうにもならないのが現実、しかし絵里の浮かべる不敵な笑みに「貴方のお陰で私が勝てるのよ?」と言われているようで悔しさが込み上げ、負けず嫌いな克之の手がなかなか動かない。


 たかがゲーム、されどゲーム、何においても負けるのは悔しいのだ。


「何でって、一番強いから、でしょ? 手が疲れるから早く取ってくれない?」


 軽く左右に振られる最後の一枚に苦虫を潰したような表情を浮かべると「クソッ!」と小さく漏らしてそれを取る。


「はい、いっちば〜んっ。 剛くん、ご褒美に膝枕してぇ?」



「ええぇぇぇっ!? じ、冗談だよね?」



 距離感を完璧に心得た絵里は、剛の警戒区域に僅かにだけ侵入したポイントを狙って両手を突き、身体を近付けてくる。 それは警戒の強過ぎる剛の心を少しずつ開かせる為の彼女なりの作戦だった。


「女みてぇに逃げてんじゃねぇよっ、膝枕くらい別に良いだろ? んなことよりさっさと千鶴の……って、何でお前まで最後なんだよっ!?」



 にこやかな笑顔を浮かべる千鶴の持つカードも最後の一枚になっていた。



「克ちゃんってば昔からすぐに顔に出るんだもの。 それだとどれを取ってはいけないのか何て丸分かりだわ。 でも、隠し事が出来ない克ちゃんの性格の現れだと褒めておくわ」


 それが剛に引き取られれば、克之と寄り添うように身を寄せ手にするカードを覗き込むと「ほらね」と一枚のカードを指差した。


 それは “JOKER“ と書かれた負けを示す物。


 それを見届けると、なかなか煮えきらない剛を煽るように克之の太腿を枕にしてソファーに横になると、目線を合わせて「これが普通だ」と訴えかける。



 アプリ〈ヴァービン〉を強制的に入れさせられてからと言うもの、仕事が忙しく顔を合わせない日でも毎日送られてくるメッセージに返事をし、剛としても楽しいやり取りは欠かさず続けていた。


 しかし、それと現実とは全くの別物で、多少なりとも心の距離は縮まれど、まだまだ遠く離れた場所に立つ二人なのであった。


 その一方で、家族が居なくなった事を悲しくは思えど、自分達を縛るモノが無くなった現実を目の当たりにした克之と千鶴。

 互いが互いを拠り所として求め寄り添い合えば深い仲へと発展するのは必然で、剛の前でも気にせずイチャ付く姿を見せていた。


 まぁもっとも、戯れる千鶴を克之が拒否せず受け入れているだけなのだが、それは三人以外に誰も居ない時のみの事。 しかもそれはカップルとはこう言うモノだと剛に認識させる為にワザとされている千鶴の計算が故の行動であった。



「さぁ、克之、勝負だ」



 差し出されたカードを取り、同じ数字のカードと共に机に叩きつけると口角を吊り上げる克之。


「剛如きがこの俺に勝負だと? ハッ! 上等じゃねぇか。 負けたらまた俺の選ぶカレーでも食うか?」



 たかが言葉、されど言葉



 たった一言であの時の辛さを通り越した痛みが脳裏に蘇り、更にその後に襲いかかった腹痛が再燃したかのように剛の腹に チクチク とした幻痛が走る。


「え、いや、あ、アレはもう無いんだ、よね?」


「うん、私が責任持って撤去したから無い筈だよ。 だいたい、誰が置いたのか知らないけど、あんなのがある方がおかしいのよ」


 気が逸れている今がチャンス!とばかりに返事をし終えると、千鶴の真似をして剛の太腿へと滑り込む。



「あ! ちょっ!!!」



 激辛カレーの恐怖に翻弄されていた剛はその素早い動きに反応出来ずに絵里の思惑通り密着を許すと、カレーの事など何処へやら、緊張した面持ちで見下ろしながらも自分からは触れる事叶わず、退かせる事も出来ずに硬直してしまった。


「ほらほら剛くん、集中しないと負けちゃうぞぉ?」


 してやったりと見上げる絵里は満面の笑顔。

その顔が可愛いと思えば余計に緊張する剛ではあったが、何を言っても無駄だろうと諦め、そのことから目を逸らす為にも手にするカードを勢い良く克之へと突き付けた。



「負けたらカレーな」



 不敵な笑いを浮かべ取ってきたカードとペアになったカードを机に放り投げれば、心配事の無くなったペナルティを受け入れ「臨む所だ!」と勝負を受けた剛も克之のカードを手に取る。


 熱くなり始めた男二人を尻目に目を合わせる寝転んだ女二人。 剛には見えないように「良くやった!」と小さく親指を立てれば、微笑みながら親指を立て返す絵里。


 何かをしてもらった訳ではなかったが、自分を応援してくれた剛に春が来るのを応援し返してあげようとの千鶴の心遣いであったようだ。



「次こそ取らせてやるぜ、見てやがれ……」


 二枚しか無いカードを何度も入れ替えるがそんな事をしてもハズレを引く確率は変わらないだろう。


 しかし、動くカードを真剣な眼差しで睨み付ける剛はそんな事には気付くよしも無ければ、集中するあまりに下から見上げる絵里の事も頭から抜け落ちていた。



「コレで僕の勝ちだっ!」



 勢い良く取ったカードは「JOKER」



「ぷはははははっ。 剛くんっ、アレはどぉ見ても逆でしょっ。 あははっ、あぁっ、おかしっ!」


「くっ、くっそぉ……」


「クククッ、どうしたぁ? 俺の番だぜ? 早くしろや」


 笑いが止まらない克之は太腿に乗る千鶴の頭に手を置くと、長い黒髪を愛でるように指で弄ぶ。

 その様子に満足気な千鶴は目を細めて嬉しがるが、それで思い出した自分の状況。



「!!」



 自分の太腿を枕に見上げている絵里と目が合えば再び緊張の波が襲いかかるものの、克之は楽し気にしながらも自分を待っている。


 どうにか下半身は動かさないようにと カクカク とした不自然な動きでカードを差し出せば「大丈夫かよ」と込み上げる笑いを漏らしながらも一枚を引いたのだが……その結果は克之の頬を痙攣らせるものだった。



「克ちゃん……あははははっ克ちゃんっ……あはあはっあはははっ」



「うっせーな、笑うなよ。 確率は二分の一だろ? しゃーねーっ!

 おい、剛っ! 早くしろやっ」


 苛つく克之に急かされカードへと手を伸ばしたものの、剛が選んだ筈のカードは引き抜こうと思っても ピクリ とも動かない。


「僕が選んだのは コッチ だっ! 諦めてコレを渡しな、さいっ!」


「うっせぇ! おめぇこそ諦めて違うのを選び、やっ、がっ、れっ!!」


 そんな事をすればハズレがどちらか分かってしまう。 だが、意地でも負けたくない克之は頑としてカードを渡さず、力に任せて押さえつけている。


 平然とした表情ながらも負けじと剛も手に力を入れる……が、引き抜けない。



「克之ぃ、往生際がわ、る、い、ぞっ!」



「お前こそいい加減あ、き、ら、め、ろっ!」



 小さい子供がやるような不毛な戦いに終止符を打ったのは一本の人差し指。

 脇へと伸びた細く長い指はただの一撃で克之の力を抜き去り、剛の手助けをしたのだ。



「はい! あ〜がりっ! 僕の勝ちだね」



 ようやく手にした勝利。


 嬉しさのあまり緊張も忘れ、下から伸びて来た絵里と手を合わせて喜びを分かち合うが、自分の太腿を枕にしている現実を認識すれば再び訪れた緊張が全身を支配する。


「千鶴ぅ……お前まで剛の味方するのか?」


「諦める時は スパッ と行った方が男らしいと思うけど、な?」


 自分の彼女に優しく諭されれば小さな溜息を吐いたのみでそれ以上は何も言わない。



「えっ、絵里さんっ!?」



 そんな二人は他所に剛の首に手を回すと身を起こして顔を近付けるが、嫌でもない癖にただの緊張から亀のように首を伸ばして逃れようとする剛。


「一番になったご褒美を貰おうかなぁって思ったんだけど、何か?」



「なっ、何か?じゃなくって、そんな話になってましたっけ!?」



「んん〜? 剛くんも気持ち良くなれるんだから良いんじゃない?」


「なっ!なんの話し!? お願いっ、止めて、やめてぇぇっ!?」


「えへへっ、良いではないかっ、良いではないかっ。 全てお姉さんに任せて一緒に天国に行こう?」


 無理強いをするつもりはない絵里であったが、少しずつでも攻めていかねば進展は無いと判断したまでは良かった。 だが、女の子のような剛の反応の可愛さに止まらなくなり、少しばかりエスカレートしてしまう。



「ひぃぃっ!? お願いだから勘弁してぇぇぇぇぇっ!!!」



 今日も平和なパンドラの一日は、煮え切らない剛の矯正訓練で賑やかに過ぎて行くのであった。



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