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パンデミック  作者: 桜桃なる猫
第二章 隠された裏側
16/59

16.秞子の悪戯

ーー7日目

 剛、克之、千鶴の三人で和気藹々と朝食を済ませてグループルームに戻ると、それと入れ違いでもう一人の同居人である背の高いド⚪︎えもんが部屋から出て行った。


「神宮寺くん、あの人何て名前の人?」


「んだよ、お前らダチ同士になったんだろ? 神宮寺くんとかよそよそしいなぁ、剛で良いじゃねぇかっ」


「そうなの? 剛、くん?」


 剛より15㎝背の低い千鶴に見上げられ ドキッ としたのを隠そうと逸らした目。

 しかしそんなものは バレバレ のようで、人差し指で頬を軽く突かれれば「何!?」と目を丸くして驚いてしまう。


「お前ら実は仲良いのか?」


「あれあれ? 克ちゃんってば嫉妬?」


 即座に返された言葉に、克之らしくないたじろぎをみせる。

 そんなものを目にすれば、二人がお似合いなのだと改めて感じ、嬉しい反面ちょっとだけ妬ける。



「仲良くして行くさ、だって友達なんだし」



 昨日とは打って変わった剛の追撃で若干の焦りのようなものが滲み出る克之は「マジか」と彼らしくない言葉を漏らした。



 その様子に「してやったり!」と微笑み合う二人。



 ほぼ他人だったにも関わらず胸の内を打ち明けた千鶴を応援したくなった剛は、彼女を受け入れる決心はした。


 だが、それはまだ昨日の話。


 しかしながら壁を築き他人との接触を拒んで来た心は何者にも染まっておらず、許可され入り込んだ千鶴はすんなりと馴染んでしまった。


「それで質問なんだけど、確か〈水無みずなし 玉城たまき〉さんだった筈だよ。 知ってる人なの?」


 克之を通じて仲が深まった二人は急速に距離を縮め、どこからどう見ても仲の良い友達、いや、それ以上にも見える。


「たぶんだけど私達の先輩なんじゃないかな? 二年も留年していた三年生の話し、聞いた事無いかしら?

 結局、学校来なくて辞めちゃったらしいんだけど、なんでも高校生ハッカーだってその筋ではちょっとした有名人だったらしいわよ?」


 その影響もあって再び芽吹いた自分の気持ちに従い千鶴への思いを募らせていくのだが、彼がその事に気付く日は来るのだろうか?


「ハッカーってお前、犯罪者じゃないか」


 口元に手を当て目を細めるのは金持ち家庭で育った彼女の上品な癖だ。


 その仕草が昔から好きだった克之は変わらない千鶴に昔を思い出し、剛はと言えば “学校でも屈指の美少女” は伊達じゃないんだなと、そんな彼女と友達になれたことを嬉しく思っていた。


「ハッカーって聞くと不正にコンピューターに侵入してデータを盗み出したり壊したりする人の事を指すけど、その逆でホワイトハッカーと呼ばれるサイバー攻撃の阻止を目的とする人もいるそうよ。


 私の聞いた噂では彼は後者の方で名前が売れたらしくて、学校行く時間が無いくらい色んな企業から仕事が寄せられていたとかいなかったとか。

 ただ、噂だから……事実はどうか分からないし、気になるのなら直接聞いてみたらどうかな?」



「ハッカー……」



 学校ではスマホゲームを、家に帰れば寝るまでの長い時間をネットゲームに費やして来た剛の人生。


 ネットゲームと言えばギルドやクランといった組織に所属しチーム戦を行う物が多く、剛のやっていたゲームも例に漏れずそういう類いの物だった。


 組織戦ともなれば連携をする為のコミュニケーションは必須なのだが、ゲームの中ではゲームの話題が中心となる。

 その為、顔の見えない相手と言うことも手伝い、積極的に話せはしないものの割と普通に会話に参加出来ていた剛。



 そんな中で耳にした事のある高校生ハッカーの話。



 なんでも同じゲームをやっていたらしいその人はゲーム内に侵入し、不正にデータを改竄して希少なアイテムを取得していたとしてアカウントを削除されたのだという。


 だがその後、その腕を買われて運営会社のセキュリティ関連の会社に雇われたとか雇われてないとか言う話を千鶴の言葉で思い出していた。


 高校生でハッカーなど世の中にはゴロゴロいるだろうし、水無玉城がその人物だと紐付ける材料は全くないのだが、同じ学校の人が自分と同じゲームをやっていたカモ知れないというのは剛にとって親近感の湧く事だった。





⦅パンドラでの生活も今日で一週間となります。 皆様、いかがお過ごしでしょうか?


 我々スタッフは皆さまの健康を考えて様々なサポートをしているつもりではおりますが、何分不慣れなもので至らない事もあるかと思います。


 我々に見えていない部分でご不明な点、ご要望等ございましたら、巡回しております看護師までお気軽にお申し付け下さい。 対応出来る出来ないは別として何かしらの対策は講じる所存です。


 さて、本題に入りますと、本日午後1時より健康診断を行わせて頂きます。


 これは皆さまの健康を管理させて頂く為の重要な指標となりますので、今後、定期的に行って行きますが、ご理解とご協力の方をよろしくお願いします⦆



 病院の院長にしてパンドラの責任者〈八代雅彦〉の落ち着いた声が消えて放送終了のチャイムが鳴ると、入れ替わりに元気いっぱいな秞子の声がスピーカーから流れ出す。


 彼女の説明によると、健康診断なるものはCパケッツの外、パンドラの中心部であるヴィルカントの一室で行われるのだそうだ。


 セクション順にやって行くからと言われ、順番が近くなったらセクション番号を呼ぶから適当に時間を開けてルーエの出入り口付近に居るようにとの指示だった。



 “適当に” とか言う曖昧な指示はゆうこりんの性格の現れだろうなと幼い姿が思い浮かんだのだが、その仲間、アプリ〈ヴァービン〉でたわいない連絡は取り合っているもののここ何日か姿を見ていない絵里の可愛らしい笑顔に取って代わった。

 さりとて、会って話したいとかそういった類いの思いが出てこないのが剛が剛である所以なのだが……



「行ってらっしゃ〜い」



 実は同じⅣセクションだった千鶴は、洗面所兼トイレを挟んで反対側にある5グループに自室がある。


 三人で一緒に来たルーエの扉前。


 先に呼ばれた克之がド派手なピンク色の髪を頭の横から吹き出る噴水のように二つに縛った看護師に連れられ姿を消すと、必然的に千鶴と二人きりになる。


 自らの意志で “友達” と言う括りになった千鶴だが、所詮は人馴れしていない剛。


 会話する話題が見付からず「何か話さなくては!」と焦ってみるものの、彼女の事を知っている訳でもなければ、見渡す限り目新しい物がある訳でもない。


「剛くんはどうしてあの日、病院にいたの?」


 彼女が言う “あの日” とは、考えるまでもなく二人の住んでいた国が滅んだ日の事だろう。


 そこでようやく思い出した。





『剛ぅ〜? 体調悪いなら学校の帰りで良いから病院行ってきなさい。 良い? 約束だからね?』



 あの日、穏やかな母が珍しく命令した病院行き。 アレが無かったら剛の命も星と成り果てていた事だろう。


 今となっては感謝の念しか無いのだが、その母とも連絡は取れず、剛を残して居なくなってしまった。

 そう思うと悲しさが込み上げてくるが、こんなところで泣くわけにはいかない。





「ちょっとだけ体調が悪かったんだけど……」


 克之が出て行ったルーエの扉が開けば ピョコッ と効果音が聞こえそうな軽いジャンプで秞子が入って来る。



「たっけるきゅ〜〜んっ、順番だよ〜っ!」



 目と目が合った瞬間に浮かべた笑みは何か “企みがある” と言いたげなおかしなもので、言葉を詰まらせた剛が頬を痙攣らせたのは仕方のない事だった。


 しかし順番だと言われれば行かざるを得ない。


 最初の挨拶で誰もが知る事となった看護師が満面の笑顔で早く来いと大きく手を振っていれば、その関係性に興味を持たれるのは当たり前。


 しかし、だからどうしたと言わんばかりに、自分に向かって歩いて来る剛に走り寄ると腰に抱き付く黄色い服の幼女。



「ちょっ、ちょっと!?」



「ジャンケンで勝ったのだ!」


 引き離そうと手をかければ脈絡の無いゆうこりんの言葉。

 意味が分かるはずもなく動きが止まれば、ここぞとばかりに剛の片足に両足を絡めて床から足を離ししがみ付いた。


「何? 何のジャンケン?」


 もおどうにでもしてと諦めた剛は早く解放してもらおうと40kgにも満たないゆうこりんを装備したままルーエの外へと続く扉に向かって歩いて行く。


「だからぁ、ジャンケンで勝ったから剛きゅんの担当はアタチになったのだっ!」


「そ、そうなんだ……よろしくお願いします」


「おぅっ、任せておくのじゃ。 お主の身体を隅から隅まで徹底的にチェックしてしんぜよう」


 その様子を見て二人の関係性をなんとなく察した千鶴は、苦笑いを浮かべて哀れみながらも悲壮感漂う背中を黙って見送ったのだった。






 廊下に出た二人はルーエへと続く扉の向かい側にある部屋に入った。


 そこには見慣れた測定器の類いがズラリと並べられているのに誰一人おらず、聞けば連れて来た看護師がマンツーマンで計測するのだと言う。


「取り敢えず服脱いで〜」


 ようやく離れた秞子は何食わぬ顔。


 しかし体重だけならまだしも、身長や握力測定、視力や血液検査など服を脱ぐ必要などまるで感じられない。



「私は拒絶する」



 表裏など感じさせず自分を曝け出す秞子。


 克之を含めてそういうタイプの人間は取っ付き易いのは誰しも同じで、幼い容姿も大きな要因ではあったもののコミュニケーションが大の苦手な剛ですら臆する事なく自分の意見を述べられる相手であったようだ。



「なっ、なんですとぉ!?」



「いや、服脱ぐ必要ないでしょ?」


「くっ……な、なぜ分かった……貴様ぁ、さては能力者だな!?」


 両手両膝を突き、悔しそうに下唇を噛みながら愕然とした顔を向けてくる。


「後がつかえるだろ? 早くしないとっ」


 彼女の前にしゃがみ込み黄色のナースキャップの乗せられた頭を撫でてやると、目にも止まらぬ速さで立ち上がり満面の笑みで体重計の前に移動した。


「はーーいっ、じゃあスリッパ脱いでここに乗ってねぇ」


 嫌いな血液検査では「本当に大丈夫なのか?」といつも以上に緊張したものの、鮮やかな手付きで痛みすら感じさせないほど上手に終えると、その後はいたって真面目に行われた秞子の健康診断。



 しかし、心電図を取るからと簡易ベッドに横にさせられた所に素早い身のこなしで滑り込んで来たのには言葉を失った。



「ちょっ!! 何してるの!?」

「んふ〜ん、剛きゅ〜〜んっ」

「ゆうこりん! 検査っ! 心電図取るんでしょ!?」



「ぉ、ぉぅ……そうであったそうであった。 いやぁ年を取ると物忘れが激しくてのぉ……クケケッ」


 診察台に寝かされると、視線の行き場に困り目を瞑ってしまうのは剛に限っての事ではないだろう。


 油断ならぬと思いつつも言われるがままに服をまくり上げて待っていれば、冷たいタオルで拭かれた後に手首と足首に緩い洗濯バサミが取り付けられた。


 更に数個の吸盤が胸に取り付けられ、左の脇腹にも吸い付くと、少しばかりのくすぐったさが襲いかかってくる。


「おふっ」

「動いちゃダメですからね〜」


 我慢出来ずに身を捩るともっともらしい注意勧告がされたのだが、その後にもう一つ、今度は少し大きめの吸盤が取り付けられた。


 心電図などそんなに何度もやった事があるわけでは無かったが、他とは違い生暖かい感触。 おまけに チロチロ とくすぐるような感覚がすれば流石におかしいと目を開けて見ると、その光景に驚かされる。


 そこには吸盤を真似てタコのように口を尖らせた秞子が剛の身体に吸い付いているではないか。



「何しとるかぁっ!!」

「グべッ……」



 思わず飛び出した言葉と共に脳天に手刀が振り下ろされれば、板挟みとなった顔が剛の方を向いて力無く転がる。


「わ、我を倒したとしても第二、第三の刺客が……」

「そういうのは良いからっ! 早くやる事やって!!」


「はーーいっ!」


 再び目にも止まらぬスピードで剛の横に立つと、ようやく先に進むのかと思いきや何故か自分の服のボタンを外し始める。


「あ、あの……ゆうこりん? 何をしてらっしゃるのですか?」

「何って? 早くヤルことやろうって誘われたから服を……あっ! もしかして脱がない方がお好み?」



「いいから早く検査しろやぁぁっ!」



 剛にしては珍しく大きな声を上げたのは秞子には遠慮しては駄目だと悟ったからだった。


 拳を頭に当て小さく舌を出すと、やっとのことで機械の操作を始める秞子。

 この後、いくつかの検査を終えて無事ルーエに帰還したのだが、どっと疲れた剛はソファーへと倒れ込み、しばらくの間動かなかった事だけは伝えておこう。





追記

 尿検査をする為、個室に向かう剛に「手伝います!」と一緒になって入ろうとしたと言うお約束があった事は省略させてもらった。








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