15.剛の戦い
「さて、緊張も解れた事だし、そろそろ君の悩みを話してみない?」
咲曰く、いきなり「何があった!」「何を悩んでいる!?」と聞いてもよほどの信頼がない限り人が心を開く事は無いのだという。
事実その通りで、玲奈にならまだしも咲に聞かれても剛が相談を持ちかけるなど無かった事だろう。
しかし、計算された悪戯のお陰で彼女がどう言った人物なのか少しだけ知り得ると、玲奈が隣に居ることもあり、単純な剛は打ち明けてみる気にさせられてしまった。
「それは君の考えが間違ってるよ」
克之と千鶴、二人に否定された事でなんとなくは分かっていた。
しかし、ずっと一人ぼっちで過ごして来た日陰の存在である剛が、光り輝く表舞台の主役級の存在である克之と友達になるなど何かの間違いだとずっと感じていた。
しかしそれでも、自分を引っ張り知らない世界を見せてくれた彼との時間を楽しんだまでは良かったのだが、まるでシンデレラのように、千鶴の登場という夢の時間の終わりを告げる合図に自分は日陰へと帰るものだと思い込んでいたのだ。
「克之くんだっけ? その子の事を嫌いになったわけじゃないんだよね?」
目線は机に置かれたペットボトルに逃げてしまったが、それでもちゃんと話は聞いているようで頷いて答える。
「じゃあさ、それは逆にラッキーなんじゃないの? 克之くんの幼馴染みが現れたのなら、剛くんもその子と友達になればいい。 すると剛くんの友達は二人から三人に増えるわけだ。
そうすれば今までよりもっと楽しい時間が過ごせるようになる、やったね、剛くん」
言い終わってすぐに「あっ!」と手を叩くと、それに釣られて剛の視線が咲に向く。
「私達もいるから剛くんの友達は四人になるってことか」
「えっ? 咲さんと、友達ぃ!?」
剛の驚きに、腕を組み背もたれに身を預けると、あからさまに不機嫌そうな顔色を浮かべる咲。
「何よそれぇ〜、私と友達じゃ不満だって言いたいの? これでも美人看護師ってちょぉぉっとばかり有名だったんだけどぉ?」
それは剛を誘う為の餌に過ぎなかったのだが、作戦通り焦る剛にはそんな事に気付く余裕など有りはしない。
「ちちち違いますっ! そうじゃなくって……」
「ならなんだって言うの?……はっは〜んっ、分かった、分かっちゃったわ。 そう言う事? つまりそう言う事なのね?」
「えっ!?」
流れるような身のこなしで机に手を突き身を乗り出した咲。
思わず ビクッ とはしたが、それ以上は机が邪魔して寄って来れないと確信すると、何を言われるのかと ドキドキ しながら音を立てて唾を飲み込んだ。
「さっきの続きがしたいって言いたいのよね?」
にこやかに微笑む咲の言葉に目を丸くした剛だったが、そこは思春期の男の子。
その時は拒絶したものの興味を唆られる事に変わりは無い。
頭では駄目だと否定していても、すぐに始まった妄想がその先を期待してしまっており、相反する二つの葛藤に返答する事が出来ずに複雑な顔を浮かべるのみ。
「咲さん、剛くん困ってるじゃないですか。 そんな気がない癖にあんまり苛めると可愛そうですよ?」
「馬鹿ねぇ、こういうタイプは少しずつ煽っておかないといつまで経っても手なんて出してもらえないわよ?」
満足気な咲のウインクに「何を!?」と目を丸くする玲奈。
「剛くんとはそんな関係じゃありませんっ!」
「じゃあどんな関係なのよ?」
「どんな!? お、お友達です……」
「あ〜あ、お友達宣言。 剛くん、か〜わいそっ」
「何ですかっ! 何なんですかっ! 何て言わせたいんですかっ!?」
「やっだ〜、玲奈さん、こ〜わ〜い〜ぃっ」
「もぅっ! 知りませんっ」
腕を組み、そっぽを向いた玲奈に滲みよると、笑顔のまま人差し指で頬を突く。
だがそれが止まり、ようやく落ち着いたかと思われた時、予想に反して今度は手が添えられるので「まさか!?」と振り向けば満面の笑みを浮かべているではないか。
「もぉ、言ってよねっ。 さっきの続きをして欲しいのは玲奈の方だったのね。
欲求不満? やったことないから上手く出来るか分からないけど、頑張っちゃうよ?」
「うそうそうそうそうそっ!! 駄目っ! ちがっ、違うから! 嫌ぁぁっ! お願いっ止めてぇぇ!!」
今度は勢い良く押し倒すと遠慮も無しに形の良い胸を揉みしだく咲。
もちろん本気ではなくただのスキンシップなのだが、暫くの間続けられる事となる仲の良い二人の漫才を悶々とした思いでただ黙って見守るしかなかった剛なのであった。
各セクションの1〜3グループは男部屋、4〜6グループは女部屋と決められている。
Ⅰセクション4グループは咲と玲奈の二人で使っており、戯れ合う二人の邪魔をする者は誰も居なかった。
「友達の括りは人それぞれ違うけど、お互いに嫌ってないのならその関係はずっと友達のままだと思うよ」
遅がけの昼食を三人で食べ終わると「善は急げだ」と背中を押されて二人と別れ、自分のグループルームの前まで戻っては来た。
しかし初めての友達を失うかも知れないと今更ながらにビクつく剛は、克之と向かい合う決心をしたもののその扉を開けられずに10分が経過していた。
「神宮寺くん?」
声をかけてきたのは黒い髪が目を惹く赤眼鏡の女。
逃げ出したい心境に駆られて動き出そうとした剛の足ではあったが「ここで逃げては駄目だ!」と強固な意志により思い留まる。
しかしそこは人と接するのを避けるネクラの性なのだろう、身体を傾け彼女から目を逸らしたが剛にとってはそこが精一杯だった。
「良かった、戻って来てくれたのね」
気を遣い、距離を置いて立ち止まると、笑顔を向けて押し黙る剛の反応を待つ。
クラスでも誰とも喋る事なくいつも一人でいた剛のことは彼女も当然のように知っていた。
機会があり話しかけても、二つ返事で終わってしまい、その雰囲気も手伝って会話らしい会話など出来ずにいた。
人にはそれぞれペースというものがあり、克之のようにああ言えばこう言うと反応の早い者もいれば、剛のように意見は持てど何かしらの障害が邪魔をして言葉を発するのに時間がかかったり、発言自体を取りやめてしまう者もいる。
それを分かっている千鶴は、ただ笑顔を浮かべて剛が話してくれるのを待ち続けたのだ。
「峰崎さんは……克之の恋人なんですか?」
何処かに行ってしまうでも部屋に逃げ込むでもなく、その場に居続けた剛は、ようやくにして重い口を開いた。
しかし、その言葉は千鶴の心を小さな針で刺すような少しばかり痛いもの。
取り巻く生活環境がガラリと変わり、自分を意識してくれる兆しを見せた克之だったが、千鶴がその想いを告げたわけでもなければ向こうから言われたわけでもない。
「本当は、ね、ずっとそうなる事を望んでいるのよ。
私と克ちゃんは幼馴染みなの。 昔からヤンチャだったけど、強くて、カッコ良くて、それでいて優しい……小さい頃からずっと克ちゃんの事が好きだった。
でも、中学に入って克ちゃんのヤンチャが益々エスカレートすると、親が『あんな子とは付き合っちゃいけません』って会わせてくれなくて、姿を見る事すら殆ど無くなっちゃったわ」
素っ気ない返事でも返って来るかと思いきや突然始まった昔話に驚くと、自然と視線が千鶴へと向く。
その顔は昔を懐かしんで遠くを見つめているが、初めてまともに見た彼女に儚さのようなモノを感じて美しいと感じる剛。
男である剛の目から見てもカッコいいと思える容姿をした克之、その隣に立つ学校屈指の美少女千鶴を想像すればお似合いという言葉しか出てこない。
「自慢するわけではないんだけど、何人もの男の人に告白もされたわ。
けど、付き合い始めてもいつも思う事があってすぐにお断りしてた。
克ちゃんとはここが違う、克ちゃんならこうしてくれる、克ちゃんなら、克ちゃんなら……。
結局のところ、会えない克ちゃんの身代わりを求めていただけなのよね。
親の反対を押し切って入学した高校で念願の克ちゃんに会えたのに、私を素通りして行く姿に言葉が出てこなかった。
それから何度も顔を合わせたけど結局一度も話す事なく一年が過ぎ、この施設に避難して来てもう二度と会えないと思っていたら克ちゃんが同じ場所にいた!
私の人生の中で昨日ほど嬉しいと思った事は無くて、二度と離れたくない一心で一緒に寝ちゃったの」
はにかむ千鶴の姿はお世辞抜きで可愛いと思えた。
それでも照れる事なく客観的に見られたのは、それと同等の美しさを誇る美人二人と一緒の時間を過ごした直後だったからだろう。
「けどね、私知ってるの。 凄くたくさんの女の子を食べて来た克ちゃんなのに、私には手を出して来なかったのよ。
女として見られてないんだってちょっとショックだった。
さっきも神宮寺くんが出て行って二人きりになってから誘惑してみたのに……お前は駄目だって言うのよ、酷いと思わない?
けどね、私決めたの。 もう戸惑わない、遠慮なんてしない。
だって、克ちゃんの事好きなんだもの……誰よりも好きなの。
だから質問の答え、今はまだ恋人じゃないって答えておくわ」
恐らく誰かに聞いて欲しかったのだろう。 吐き出しきった千鶴の表情は晴れ晴れとしており、前に進もうとする気力に満ちていた。
人と接することの少なかった剛ではあったが決して頭が悪いわけではなく、彼女の気持ちを察すると羨ましくも感じてしまう。
「神宮寺くんも私とは違う意味で克ちゃんの事を好きになったんでしょ?
だったら私とはある意味ライバル関係になる訳だけど、同じ人を好きになった者同士、良かったら私と……」
「峰崎さんっ!」
それ以上は言わせては行けないと剛の中で何かが叫んだ。
そこを見過ごせば自分を変えて行きたいと願い克之と向き合う決心をした事は泡と消え、今までと同じように周りに流されこれまで通りの弱い生き方しか出来なくなる。
克之のように強く在ろうと決めた自分の意志を通すべく発した言葉は千鶴にも受け入れられ、その気迫に押されて言葉を途切れさせた。
「ぼ、僕と……と、と、友達になってもらえませんか!?」
何かのテレビ番組で告白するように、頭を深く下げて差し出された剛の右手。
間を置くことなく触れた柔らかな感覚に顔を挙げれば、天使のような極上の微笑みを浮かべる千鶴の顔がある。
「よろしくね、神宮寺くん」
今頃になってその綺麗な顔に照れてしまい頬が熱を帯びれば、恥ずかしさが前面に出て来てどうしていいのか分からなくなってしまう。
「あ、でもぉ……」
繋いだ手を早く離したくて慌てるがそんなことを気にしているのは剛だけで、肝心な千鶴は空いている手の人差し指を顎に当て何かを考える様子を見せている。
「さっき話した事は克ちゃんには内緒にしておいてねっ」
グループルームの扉を開けば、そこにいた克之が視線を向けて来る。
剛と千鶴が一緒に入って来た事に驚きを見せるが、緊張する剛の顔を見れば話したいことがあるのだろうと察してソファーから立ち上がった。
「僕なりに少し考えたんだけど、やっぱり考えの間違っていたのは僕の方だ。 変なこと言ってゴメン、謝るよ。
もし、許して貰えるのならこれからも友達でいたいと思ってる。
だから……もう一度友達になって貰えませんか?」
腕を組み、目を瞑って剛の話を一字一句聞き漏らさないように集中していた克之。
不安そうな顔を浮かべる剛の後ろでは二人のやりとりを暖かい目で見守る千鶴が立っており、克之が何と答えるのかと愉しげに待っていた。
「人間、人と違う事がおかしいと思われがちだが、それが全て間違いだとは思っちゃいない。
けど、今回の事に関してはお前の意味の分からない勘違いは否定せざるを得ないのはお前も理解した通りだ。
だが、お前の要求は俺には飲めない。
今更お前の友達になる事は出来ないんだよ、ばーか」
剛には見えない所で クスリ と笑う千鶴とは裏腹に、精一杯の勇気を振り絞って言葉を紡いだ剛は大きなハンマーで殴られたかの如く今までの人生で一番の衝撃に心を揺さぶられていた。
絶望と言う幕が剛の心を黒く染め、それに拍車を掛ける脱力感。
克之を見ていた筈の視線は床に落ち、側から見たら耳が垂れ尻尾を丸めた子犬のよう。
そんな有様になってしまえば嫌らしく口元を歪ませた克之に気付く事が出来ないのは当たり前の事。
自分の言葉が毒となり剛の身体へ十分染み渡ったのを見て取ると、敢えて笑いを消した真剣な眼差しでトドメの一撃をお見舞いしに行く。
「俺がお前と友達になれない理由は単純明快。
それは既に、俺とお前がダチだからだ」




