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パンデミック  作者: 桜桃なる猫
第一章 快適な避難生活と友達
14/59

14.暴走天使

 自転車を漕ぐペダルに力が入るのは、今は全てを忘れて何かに没頭したいから。



 ハッ! ハッ! ハッ! ハッ!



 なんとなく暇つぶし程度にエアロバイクに跨る人ばかりの中、がむしゃらに頑張っている姿は人目を惹くのが当たり前で、ジムにやって来た金髪の女性も例に漏れずその目に留める事となった。


「やあ、万引き少年。 浮かない顔色だけど、あまり身体を苛めるのは感心しないぞ?」


 無心だった人見知りでも自分の中の “知り合い” という括りに程近い美女に肩を叩かれれば心に色が戻って来る。


「お金は置いて来たって言ったじゃないですか……」


 まだ覚えていたのかと嬉しくなるのは剛の感覚がおかしいのだが、本人は至って普通のつもりでいる。

 それは自分と言う価値の無い存在にまで記憶の領域を裂いてくれた咲への感謝の現れでもあったのだが、そもそもそんな事に頭が行く人間など剛の他に居はしない。


「5,000円? うーん、果たしてそれで足りた、と言い切れるのかな?」


「えっ!? も、もし足りてなかったとしたら、僕は……」


「そうだね、紛うことなき犯罪者だ」


 口元に手を当て楽しげに笑う咲だったが、心にダメージを受けたばかりの剛には突っ込みを返す余裕は無く『犯罪者』の三文字が螺旋を描いて大量に流れ込み、意識が遠退く寸前であった。


「そんなに心配しなくても大丈夫だよ、コンビニの買い物で5,000円分買おうと思ったらなかなかに大変だよ?

 それこそお酒でも買えば話は別だけど、そんなの持って来てないんだよね?」


 この間と反応の違う剛の様子に「あれ?」と思いはしたものの、青くなりかけた表情に言い過ぎたのかと自分で自分のフォローを開始した。


「僕、高校生ですよ? お酒なんて飲みませんし、病院内のコンビニの話しですよ? そもそも売ってないと思います」


「んんっ? それもそうか、ごめんごめん。 じゃあ心配要らないんじゃない?

 それよりも……さ、今日は元気が無さそうだけど体調でも悪い?」


「いえ、いたって普通です……って、うゎあっ!?」


 元々注目を集めていた少年、そこに超が付くほどの美人が身を寄せ話始めれば、暇を持て余す人達の興味を煽るのは必然だ。

 そんな事など知る由もなく、額に当てられた手に驚き大きな声をあげればより多くの人の視線を集める事になる。


「何? 大きな声出さないでくれない?」


「え、あ、あの……すみません。 本当に体調は悪くありません。 心配してくれてありがとうございます」


 思っていた反応ではない事に不満を覚えると剛の頬を両手で掴み自分へと向け、顔を近付け真っ直ぐに目を合わせる。


「ぇ……ぅ、ぁ…………」


 突然の事に言葉すら形にならず、美しい顔にある真っ黒な瞳に吸い込まれそうな感覚を覚えて魅入ってしまえば、当然のようにされるがままだ。


「ちょっと付き合いなさい」


 顔が離れ現実に戻ってくれば、今度は柔らかな手が繋がれエアロバイクから引き摺り下ろされると、意外にも強い力で引っ張り連れ去って行く。




 ジムの入り口で水のペットボトルを二本取り出すと食堂にやってきた二人。


「あぁ、ここは駄目ね。

 ん〜、まぁ……いいか。 行こうっ」


 女性と繋がる我が手が信じられず、そこにのみ意識が集中していれば、咲の呟きが耳に入るものの、その意味を理解するだけの余裕が剛には無かった。



(咲さんの手がっ!咲さんの手がっ!咲さんの手がっ!咲さんの手がっ!咲さんの手がっ!咲さんの手がっ!)



 頭の隅々まで理解が及ぶように延々と繰り返される言葉に酔っていた純情なる青年。


 ようやく少しだけ慣れて来て思考が働くようになったときには、目の前にあった『4』と描かれた銀色の扉が静かな音を立てて開くところだった。


「うわっ!ちょっ、ちょっと咲さん? ココは何処なんですか!?」


 二台置かれた二人掛けのソファーに座らされると、その隣に腰掛けペットボトルを机の上に置く。

 それから膝を突き合わせる距離で今度は両手が握られると、まじまじと剛を見つめて口を開いた。


「何処って……私の部屋よ? 他に静かな所が無いんだから仕方ないじゃない」


 もちろん予測が付かなかった訳ではない。


 それ程頭が悪いわけではないので寧ろ確信はしていたのだが、まさかグループルームとはいえ女性の部屋に連れ込まれるなどとは思ってもみなかったので、何かの間違いだと脳が悲鳴をあげていた。



「どどどどどどどぉして、ぼ、ぼ、ぼ、僕が咲さんの部屋にっ!?」



「あはぁんっその反応、か〜わぃぃっ! じゃあ先に君の期待通りの事をしてみる?」


 ゆっくりとした動きで身を寄せて来る咲、それから逃れようと同じペースで身を退く剛。


 しかし繋がれた手が逃れる事を許さない。


 それでも互いの距離を保とうと身体を傾け逃れ逃れて行けば、終いにはソファーに横倒しとなる。



(どどどどどどどど、どぉぉっすんだ!?)



 姿勢を維持しようと胸の前に突かれる咲の手、それはチェックメイトを意味するように思えた。



「さっ、咲!? ちょっ、おかしいですよっ! 咲さんっ!!!」



 男女の立場が逆転し押し倒された剛に仄かに香る甘い香りが降り注ぎ「良い匂い」などど頭の片隅で感じていれば、腕の端に当たる柔らかな感触に『それは胸だ!』と認識させられてしまい、全神経がそこに集中してしまう。


 モデルのような美女に迫られ普通の男であれば誰もが羨む状況なれど、人間にすら免疫の無い剛にとってはただ混乱を生むのみで頭の中はパニックを起こしていた。



 ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!



 爆発するのではないかと言うほどに鼓動は高まり、全身の血液が沸騰しているかのように顔を始め身体が熱くなって行く。


 克之に殴られるかと思った時も顔面蒼白になり立っていられないほどだった。 しかしそれとは比べ物にならなぬほどに緊張高まる今は、ソファーに横になっている分幾分マシかも知れない。


 だがそんな剛の身体に押し付けられた柔らかなモノが肘から肩へと這い上がってくる!



「さっ、咲さんっ!!! 落ち着いて! 聞いてます!?」



 もう駄目だ!と目を瞑る。


 何の覚悟か分からない覚悟を決めようとした瞬間、聞こえる息遣い。


 耳に触れる柔らかな唇。



「!!」



 途端、お尻の辺りから首筋までを電気のようなモノが駆け抜けると ゾクゾク とした身悶えしたくなる余波を残して行く。



「うっそぴょ〜んっ」

 


 言葉は聞こえど意味が分からず、耳元で囁かれた明るい声に恐る恐る目を開いて首を回せば、小さく舌を出して微笑む咲が剛の顔色を伺っていた。



 だがしかし、その距離およそ15㎝。



 しかも覆い被さる咲の肉体は剛に密着しており、その状況が認識されれば、悪い冗談だと理解したことにより急激に冷めた筈の顔に再び熱を持ち始める。



 シュゥゥゥゥンッ



 グループルームの入り口とはソファーを挟んで反対側にあるシャワールームへと続く扉、その向こうから姿を現したのは胸を保護するカップ付きのキャミソールにパンツ姿という大凡人前に出られるような格好ではない玲奈。



「……………………え?」



 目に映る光景に唖然とし、解いたポニーテールを拭く手と共に思考まで凍りつき立ち尽くしてしまう。


 まさかの状況に目を見開く剛と、二人が知り合いだと思い出し「どうなる?」と ワクワク しながら次の展開を待つ咲。


 誰一人動かないまま無言の時が流れるが、いつまでもそのままでいられる筈はない。


「た、剛くん……だよね? なんでここに? って言うか咲さん、何してるんですか!?」


 ようやく絞り出した玲奈の言葉は咲を愉しませるものではなかったが、剛の目線が釘付けになっている先を察して健全なる男の子の行動に口角が弓なりに吊り上がる。


「何って、スキンシップ?

 それよりも……さ、いたいけな少年にその格好は目の毒ではないかい?」


 言ってる意味が分からず、首から掛けるタオルを両手で握り締めたまま自分の姿を見下ろしたのだが……



「きゃぁぁぁぁあぁああぁぁぁぁああぁあぁぁぁあああぁああっっっ!!!!」



 今更ながらにシャワーを浴びて出て来たままの格好だった事に驚き、悲鳴を上げながらも両手で必死になって隠そうと足掻いたかと思えば、そのままその場にへたり込んでしまった。


「剛くんっ!! 見たでしょぉっっ!?

 もぉ〜やだぁぁ……咲さんの馬鹿っ! なんで剛くんなんて連れ込んでるのよっ!! って言うか、二人がそんな仲だったなんて知らなかったわっ!!!!」


「あ!いやっ!これはっっ……違う!違うんですっ!誤解です!!! これは咲さんが無理矢理……僕じゃありませんっ!」


「知らないわよっ! 剛くんの馬鹿っ! 向こう向いてて!!!!!」




 自室に逃げ込むと、合わせ目の濃いピンクのラインが目立つ淡い桃色の甚平に拗ね丈の白いズボンを履いて戻って来る。


 玲奈によく似合う可愛らしい服装は剛を喜ばすには十分過ぎたのだが、機嫌が戻らず膨れっ面のまま剛の向かい側、咲の隣へと勢い良く腰を下ろした。


 怒りを表すように腕を組んでいれば咲の口から事の経緯が語られ、それには納得したものの憤りは矛を納めない。


「そうか、君が最近玲奈がお熱の剛くんだったんだね」


「お熱なんて上げてませんっ!」


 そう言えばと思い起こせば、咲の名前は知っている剛ではあったが自分の名前を紹介した覚えがない。

 だから咲には「少年」だの「万引き少年」だのとおかしな呼ばれ方をしていたのだとようやく納得した。


 が、真っ向否定する玲奈の様子は剛の心をナイフで突き刺すような物。


 決して気があるとか、恋人だと思っていたわけではないが、パンドラに降りて来る時の玲奈の再来で、思わず顔を逸らして遠い目をしてしまった。


「あっ……ごめん、そんなつもりじゃないのよ?

 ほらっ、剛くんってば純恋すみれの弟じゃん? 年下ってのもあるけど、なんだか私の弟でもあるような感じがして……」


「ねぇ……少年の恋心を踏みにじって楽しむ趣味があるわけ?

 スマホで熱心にやりとりしてたみたいだけど、ここに来て弟にしか見えないとか、誘うだけ誘っといて脈ないからって断り入れてるのと同じじゃないの?

 そっちの方がひどいと思うけどなぁ」



「うぇっ!?」



 人付き合いの苦手な自分を忌避することなく接してくれる事で、好意は寄せている自覚はあった。


 しかし、ただ相手にしてもらえるというだけで寄せた好意と言うものが友達としてなのか、一人の女性としてなのかは意識した事はなく、ただただ嬉しいの一言に尽きる。

 だが『弟』と呼ばれた事にショックを受けている以上は玲奈の事を仲の良い異性だと認識していたのだろう。


「こんな可愛い男の子、放っておくのは勿体なくない? 玲奈が要らないなら私が……」


「その下り、前もやりましたよね?」


 言いかけて気付きはしたものの途中で辞める事叶わず吐き出せば、案の定突っ込みを貰い ムッ として目を細める咲。

 しかし、すぐに次の攻め手に思い至ると再び口角が吊り上がるが、それを見た玲奈は嫌な予感がして身を正した。



「ねぇ、玲奈ぁ……」



 ワザとらしく大袈裟に動かした咲の手が玲奈の脚へと伸びれば「何っ!?」と反射的に脚を開いてソレを逃れる。


 しかし残念なことにソレは計算通りの行動。


 乗り出した身体と共に咲の顔が急速に近付くが、身を退き逃れようとすれどソファーに突かれた手が邪魔をして上半身しか動くに動けない。

 それでもどうにか身を逸らすと、先の剛同様にソファーに押し倒される形となってしまう。


「ちょっ……咲さん!? なっ、何を……」


「んん〜っ? さっきの剛くんは良い顔を見せてくれたわ。 こういうコト、した事無かったけど “攻める” ってちょっと嵌まっちゃうカモ。

 男の気持ちが少し分かるって感じ?」


 もう片方の手が玲奈の脚を撫でるようにゆっくりと這い上がれば、何をされるのか想像に至り堪らず頬を痙攣らせた。



「分かった! 分かりましたっ! それは分かりましたから、ちょっと止め……」



「玲奈はどんな表情かおを見せてくれるのかしら、ねぇ?」


 あたかもソレを意識させるように、嫌らしく踊る咲の指。

 脚を経て可愛らしいお尻を通過すると、今度は背中をゆっくりゆっくり焦らすように登って行く。



「ぃぁっ……咲さん! あふっ、止め、止めて下さいっ!! はぁんっ、お願い……」



 身を捩りソファーの端へと逃れて行くが、そうはさせまいと伸し掛かる。


 キツく目を瞑り唇を噛みしめる玲奈、自分の身体を擦り付けながら顔を近付けて行く咲。


 緊張で強張る頬に軽い口付けをした。



「玲奈、か〜わぃぃっ♡」



 一言も発せず、悶々とした表情で一部始終を見届けていた剛を横目で確認すると、耳元に唇を寄せてそっと呟く。


「う〜ん、癖になりそうっ」


 名残惜しそうに身を離した咲は愉しげにそんな事を呟くが、弄ばれただけの玲奈は緊張から解放されて脱力する身体をソファーに預けたまま、恨めしそうな視線を向けていた。










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