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パンデミック  作者: 桜桃なる猫
第一章 快適な避難生活と友達
13/59

13.思い違い

ーー6日目 AM5:54

 目が覚め時計を見れば、剛の左腕に押された番号と同じ数字だった。


 普段の心境であれば「おっ?」と嬉しく思える状況であったのだが、暗いモノがのし掛かる今の剛にとってはただの時間にしか見えない。


 視線を下げれば枕元に置いてあるスマホが目に入るがそれを手に取る気分でもない。


「……シャワー浴びよう」


 自分でも良くない心持ちだと分かりつつも拭いきれない モヤモヤ に嫌になり、昨晩浴びる事なく寝てしまったノルマを補うべく着替えを取りに行ってシャワーを浴びた。



 気分が乗らないながらも “義務” と割り切り朝食を済ませると「今日は部屋に居よう」と決めグループルームの扉を開けたのだが、偶然とは忌避すればするほど必然に変わる性質があるものなのか、嫌がらせのように今一番会いたくない人達と遭遇してしまう。


「よう、剛。 もう飯食ったのか? 相変わらず早いな」


「うん、食べて来たよ。 空いてたから克之も行って来たら?」


 よそよそしかった態度も落ち着きようやく面と向かって話せるようになったのに、一瞬目を合わせただけで逸らしてしまったのは隣に昨日の女の子がいたからだ。


「なんだよ、よそよそしいな。 お前も千鶴の事は知ってるだろ? 俺達の他にも学校の仲間がいたんだ、もっと喜んだらどうなんだ?」


 克之の隣に座っている女の子は剛のクラスメイトである《峰崎みねさき 千鶴ちずる


 今時の高校生でありながら背中まで伸ばした真っ直ぐな黒髪に赤いフレームの眼鏡が似合う見るからに勉強が出来そうなお嬢様は、その見た目を裏切る事なく入学以来学年主席をキープし続けている。


 また、容姿にしても校内トップ3に入ると言われる程の美人高校生で、その蓋を開ければ実は本物のお嬢様。


 父親のおかげで府中の一等地に住むようなお金持ち家庭にも関わらず剛達一般人の通う進学校に在籍しているのは、幼馴染みであり想いを寄せる克之の影響である事は彼女が信頼を寄せる親しい友人しか知らない事実だ。


「う、うん……そうだね」


 剛とは1年、2年と同じクラスで、更にクラスの副委員長などをやっていれば接点がない筈が無いのだが、剛の性格上、一度たりとも会話らしい会話などした事がない。


 その態度に引っかかりを覚えた克之は、人見知りからだけでは無いと察するも、その先までは見えなかった。



「何か言いたい事があるならハッキリ言え」



 声色の変わった克之の手を押さえて首を振る千鶴の様子に剛のテンションは益々下がって行く。


「いや、何も無いよ。……僕はお邪魔そうだからジムにでも行って来るね」


「神宮寺くん、ここは貴方達の部屋でしょう? お邪魔なら私が出て行くから、ここに居て?」


「ありがとう、でも大丈夫。 どうせジムに行くのも義務なんだからゆっくりしててよ」



「剛っ!」



 千鶴の静止を振り切り我慢できなくなった克之が立ち上がると、怒りで床を踏みしめながら剛へと近付く。

 その様子にビクつくものの自分の意思は曲げまいと震える膝に鞭を打ち、壁に手を着いたままで俯いていた。


「言えっ……何を考えてる? どうして急にそんな態度になったんだ? 俺達ダチじゃねぇのか? 言いたい事があるなら吐き出せよ!」


「何でも無いって言ってるじゃないか。 何も変わらないよ、僕は僕、君は君のままだ」



「苛つくなぁっ! 言えよ!」



 胸ぐらを掴まれ主導権を取られれば震える膝は激しさを増し、血の気が引くとはこの事かと思えるほどに思考力が低下していくのが自分でも分かる。

 更に軽い目眩さえしてくれば身体が酸素を求めて胸が苦しくなってきた。



「剛っ!! 俺とお前はダチじゃねぇのか!? 腹を割れよっ」



 鼓動が激しくなり過ぎて堪らず、服を掴む克之の手を握った。


 しかし、肉体以上に悲鳴をあげているのは心の方……


 30㎝の距離で真っ直ぐに見つめる克之、怒りを滲ませつつも真剣な表情に剛は唾を飲み込み、何日かではあったが友達として楽しくやって来た相手に自分の思いを伝える決心をした。


「克之は、さ、僕に何て言ったか覚えてる?

 仲間が居なくなって寂しいから友達になろう、そう言ったよね?


 ずっと友達が居なかった僕にとって面と向かってそんな事を言われてどれだけ嬉しかった事か……。 でも克之にとって友達以上に仲間の良い人を見つけた今となっては僕はもう不要な存在だよね?

 ただそれを認識しただけ、それだけだよ」


 服を掴んだままだった克之の手は力を失いゆっくりと下されて行く。


 それを見届けると自分の居場所を失ったのだと改めて認識してしまった。


 暫しの無言の時間、二人の邪魔をしてはいけないと思い部屋を出ようと背を向けかけた瞬間、克之の呟きが投げかけられる。


「千鶴ぅ、この馬鹿に何とか言ってやってくれゃ。 俺はアホらし過ぎて言葉も出てこねぇよ」


 匙を投げられた千鶴は「冗談でしょ!?」と目を丸くして長い髪を振り拒絶を示す。

 その姿を見るなり「だよなぁ……」と深い溜息を吐き出すと、呆れたような哀れむような、どうしようも無い奴を見る冷めた視線を剛へと向けた。


「お前にダチが居なかった理由が少しだけ見えたよ。 だが俺がお前をダチだと認めた以上、言いたい事は言わせてもらう。


 良いか? 千鶴が現れたからってなんでお前と俺がダチなのを辞めなきゃなんねぇんだ?


 お前の中のダチって括りが何なのかものすっごく疑問には思うが、まぁそれは置いといて、お前がダチじゃ無くなる理由なんて俺の中では一つも心当たりが浮かばねぇ。


 何故ならダチなんて何人居てもいいからだっ。


 お前が考えているダチの在り方は男女仲そのものだろ。

 一人の男に一人の女、それは悪くねぇが千鶴は俺の幼馴染みで腐れ縁なだけで俺の女でもなければ、同性愛には興味ねぇからお前は俺の男ではない。

 変な思い違いをしてんじゃねぇよ、バーカ」


 仲が良い奴が全部居なくなった、だから仕方なく自分と仲良くしてくれている……そう認識していた剛は自分の代わりを見つけた克之からは身を退かなくてはと考えていた。


 それはコミュニケーションにおける経験不足と、自分に友達など出来るはずがないと言う思い込みから来るものだったのだが、他から見れば違った解釈をされているのだと言われて初めて気が付いた。


「僕だってちゃんと女の子が好きだし、ホモじゃないんだから克之の事をそんな目で見たことなんて無いよ」


「でもね、神宮寺くん。 多分だけど……貴方が今感じてるものは世間一般では “嫉妬” と呼ばれるものだわ。 自分より仲の良い人が現れたから身を退くって、恋人のする事だと思うわよ?


 もし神宮寺くんがまだ克ちゃんの友達でいたいと思うのなら、こっちに来て座らない? さっきも言ったけど、私が邪魔なら私が出て行く。

 だから少し二人で話してみたらどうかな」


 押し黙った剛の次の言葉を待つ二人、だが当の剛は唇を噛み締めたまま俯いてしまい動かない。


 しかし焦れた克之がどうしたもんかと千鶴へと視線を向けた時、その隙を逃さず空いたままだった扉を後ろ歩きで潜り抜ける。


「おい、どこ行くんだよ」



 シュゥゥゥゥンッ



「おい! 剛っ!!」

「克ちゃん!」


 逃げるように姿を消した剛を追いかけようとチップリーダーに手を伸ばせば、今はそっとしておいた方が良いと千鶴が止める。

 それを分かりながらも思わず追いかけようとした克之だったが、その声に掴まれ上げかけた手を下ろして後ろを振り返った。


「ふふふっ、それじゃあ本当に恋人同士みたいよ?」


 あまり見たことの無い浮かない顔色の克之に笑いかけると、長い黒髪の毛先を指に絡めて遊び始めた千鶴。


 その仕草は度々見てきたものだが、彼女の心境など気にもしていない克之にとっては “ただの癖” 程度にしか思っておらず、千鶴の嫉妬心には気付きもしない。


「馬鹿言うなよ、剛は俺のダチだ。

 ネクラで有名だったアイツだけど、喋ってみたらすっげー気が合うっつぅか……なぁ千鶴、俺ってホモじゃねぇよな?」


 大勢を率いる番長でありながら後頭部を掻いて自信の無さをアピールしてくる幼馴染みに クスリッ と笑いが漏れるのを口元を隠して見せないようにと気を遣うが、細められた目を見られてしまえば無駄な努力だと言えよう。


「そんな顔する克ちゃん初めて見たわ。 今まで散々女の子を食べ散らかしておいてよくそんな事が言えるわね?

 あっ!でも……」


 笑顔を浮かべながらソファーから立ち上がると、その様子を見せつけるようにゆっくりと近寄る。


 まるで恋人がするように、立ち尽くす克之の首へと手を回してキスをねだる様に抱き付けば、今まで三桁近い女性と関係を持ってきた学校でもトップクラスのプレイボーイとて鼓動を早めてしまう。


「昨日、一緒に寝たのに手を出してこなかったわよね?

 もしかしてもしかすると、女には飽きちゃってぇ……男に目覚めてしまったのかも?」


 間近で微笑む千鶴の笑顔は抗い難い魅力に満ちており、その唇を奪い押し倒してしまいたい衝動に駆られていた。


 だが、千鶴の放った一言は克之にとって容認出来るものではなく、もし万が一にでもそんな道に逸れかけていたのなら全力で引き返さなければ自分が自分で許せなくなるところだ。


「ば、馬鹿言うんじゃねぇよ……昨日もその前も部屋に女連れ込んでんだぜ? んなわけあるかいっ。

 だいたい、ガキの頃から一緒にいたお前は妹みてぇなもんだろ? 家族に欲情するアホがどこにいるよ……」


 顔ひとつ分の距離で見つめる千鶴から目を逸らし自分にも言い聞かせるように言葉を並べてみるが、その言葉は真っ赤な嘘で塗り固められていた。



 昨晩、再会の感極まった勢いで同じベッドで抱き合い、眠りに就いた二人。


 しかし、感情が落ち着きを見せれば、知らぬ間に女として成長している幼馴染みが腕の中にいる。


 身内同然という贔屓目を差し引いたとて有り余るほどの美少女なのは知っていたが、どうしようもない不良と金持ち令嬢とでは住む世界が違う事を理解出来る年ともなれば、彼女を思い、なるべく近付かないようにしていた。


 にも関わらず、中学からならエスカレーター出来る筈のこの国でも有数のお嬢様学校への進学を取り止めて同じ高校に通うようになれば、いくら人数が多くても、どんなに避けていようとも顔を合わせる機会は何度もあった。


 だが、互いに他人の仮面を被り、知らん顔をしてすれ違うのみ。


 しかし、国も家族も友人も無くなり、二度と会うことの無いと思っていた相手。

 予想だにしなかった再会は幼き頃の感情を呼び起こすのに一役買ったらしく、何のしがらみも無くなった事により千鶴を欲する心が目を覚ましてしまった。



『千鶴が、欲しい!』



 蓋をしていた筈の積年の想いが溢れ出てしまい、彼女の身も心も求める己の欲望。


 だが、100人を超える仲間の頂点に立ち、100人近い女を鳴かせてきた百戦錬磨の克之だったが、その優しさ故に、欲しいと思えば思うほど大事にしてやりたい想いが強くなり、手を出す事叶わず長い夜を過ごす事となった。



「家族、ねぇ……でも、もしこのままキスしたら、エッチな克ちゃんの事だから私を抱きたくなるんじゃないの?」


「ばっ、馬鹿言え……絶対なんねぇよ」


「はぁ……それ、酷いこと言ってるって気付いてる? 私、そんなに魅力の無い身体してるの? それとも何? やっぱり克ちゃん、男の子に目覚めた?」


 二日に一回と決められていたエステは克之が食物くいものにして来た女子高生とは比べるべくもなく洗練された肉体を作り出していた。


 しかし、そんなことは知る由が無くとも、押し付けられた胸が着痩せして見えるだけで本当は豊かだという事は克之にも知れている。


「そのフリはマジ勘弁……。

 お前が女として魅力的なのは俺が保証するよ。 だから、頼むから誘惑するのは止めてくれ、歯止めが効かなくなりそうだ」


「そうなの? それなら、我慢しなければ良いのに」


「千鶴ぅ……」


 少し時間をかければ長年の自分の願いが叶いそうだと知ると、抑えきれない嬉しさが溢れ出し、自然と顔が綻ぶ。


 だが、そこは頭の良い千鶴。


 今は剛の事で少し凹んでいると判断すれば、もう少しの辛抱だと押し手を緩める事にした。


「あははっ。 困った顔の克ちゃん、可愛いわ。

 ねぇ、シャワー浴びたら朝ご飯行かない? 私、お腹空いちゃった。

 克ちゃんに会えたらなんだか元気出てきたし、それと一緒に食欲も出てきたみたい」


「おう、そうするかっ」


「じゃあ、その前にキスしていい?」


「それは勘弁してくれよ……」


 お互いの気持ちはお互いが知らないという両思いであるにも関わらず幸福になりきれない二人ではあったが、今、漸く前進を始めたもよう。


 彼等が結ばれるのにはもう少しだけ時間がかかるだろうが、何せやる事の少ないパンドラでの生活。

 その間にある溝などすぐに埋まる事だろう。



 物語はハッピーな二人を離れ、幸と不幸を行き来する勘違い野郎、剛を追いかける事にする。




 











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