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パンデミック  作者: 桜桃なる猫
第一章 快適な避難生活と友達
10/59

10.夜の出来事

 15分の格闘の末にようやく薬が効いて来たのか、叫びたくなるような腹の痛みは、尻の出口に燃える様な ジンジン とする熱を残しての終息を迎える事となった。


「大丈夫?」


 驚くべき事に、その間、トイレの脇に立ちずっと待っていた絵里。


 心配をかけた事に謝罪と感謝を告げれば「連絡待ってるから」と微笑み立ち去っていく。


「気持ち良かったか?」


 部屋で休もうとグループルームの扉を開ければ、ニヤニヤとした嫌らしい笑いを浮かべる克之に溜息を吐きたくなった。


「うん、膝枕なんて初めての経験だったよ」


「くははははっ! なんだ、人と喋らない事で有名だったネクラの癖にちゃんと受け答え出来るじゃねぇか。

 んで? チェリーは卒業出来たのか?」


 そんなの聞くまでもないだろ!と言いたくもなったが、昨日友達になったばかりの克之にそんな事を言うのは失礼だと思い留まる。


「そんな、恋人でもない人となんて……」


「おいおい、ソレはソレ、コレはコレだろ。

 お前だって女の身体に興味はあるんだろ? そんな女みてぇな事言ってねぇで食えるときに食えるモノを食えや。 人生、楽しんだもん勝ちだぜ?」


 そういう意見もあると分かりながらも、男女の関係を持つなら恋人になってからでないと駄目だとの貞操観念が強い剛。

 それに輪をかけるのが人との触れ合いが苦手な性格、いくら積極的にアプローチしてくれる女性がいたとしても剛に春が訪れるのはまだ先のようだ。



 体調が悪いと言って部屋に逃げ込みベッドに横たわれば、さっきまで一緒に居た絵里の事が思い起こされる。


 綺麗な栗色の髪、大きくてクリクリとした目に小さくて可愛らしい唇。 その下に有った膨らみは幼い顔立ちに似合わず大きかったように思える。

 そして直接触れた柔らかな太腿のスベスベとした気持ちの良い感触。


(剛くん、さっきの続きを……)


 克之の言葉が頭を過れば妄想が膨らみ、絵里の淫らな顔を想像してしまった。


「何考えてんだ……」


 自分で自分を笑い飛ばすと妄想を振り払い、それですら逃げるように布団を被った。





 体感にしたら一瞬ではあったのだが、掲げられている時計は午後10時を示していた。


“食事は一日3食、時間内に摂ること”


朝食はAM6:00〜AM9:00

昼食はAM11:00〜PM14:00

夕食はPM18:00〜PM22:00と決められている


 つまり初日からにして夕食を摂らずに時間が過ぎてしまったということだ。



ドンドンッ

「おい、剛? 聞いてるのか?」



 激しいノック音で飛び起きると、慌てて扉を開いた。 するとそこには落ち着かない表情で立っている克之がいたのだが、剛の顔を見るなり笑顔を浮かべた。


「おめぇ、ビビらせるなよ。 激辛カレー食っただけで死んじまうとか止めてくれよ?」


「ごめん、爆睡してたみたい」


「まぁ、生きてるならいいけどよ。

 それはそうと、腹減ってないのか? 時間過ぎたけどこっそり行けばまだ食えるかも知れないぞ?」


 微妙な空き具合ではあったが、このまま朝まで何も無しとなると少しばかり厳しい。


 着替えを取りに行くついでに缶詰のパンでも持ち帰るかと部屋を出たところで、自分の鞄の中にオヤツが入っている事を思い出しはしたが、まぁいいかと食堂に向けて歩き始めた。





 陽の光の入らないパンドラでは時間の区別をする為に三段階に分けて光量を変えているのだが、安全を考慮して完全に真っ暗になる事はない。


「あっ! ご飯食べてない悪い子発見!!」


 光量が落とされだいぶ暗くなったCパケットのメインルーム〈ルーエ〉に入ったところで現れたのは、腰に手を当て指を指してくる小学生……もとい、このCパケットの責任者であるゆうこりん。


「ごめん、爆睡してました」


「ぉ、ぉぅ……素直じゃないか。 食べようという意思があるのなら良い、さっさと食事をしてくるのだ。 但し、明日からはちゃんと時間を守っておくんなまし。じゃないと片付ける方が迷惑をする事になるぞ?

 ではでは、ごきげんよう〜」


 朝は怒って立ち去ったので何か言われるかと思いきや、素直に謝る剛に笑顔を浮かべ、顎を ツンッ と上げて貴婦人の真似でもするかのようなお澄ましをして爪先で歩くという変わった姿で立ち去って行く。


 言われた事を噛み砕けば、使われた食器は誰が洗ってくれているのだろうと疑問が湧いてくる。


 食事はセルフサービスで勝手に用意し、使い終わった皿やスプーンなんかは大型の流しに貯めてある水に浸けておけば良いとの説明だった。

 よくよく考えれば着ている服だって回収ボックスが用意され、使い捨てではないので誰かが洗濯してくれるのだろう。


 ゆうこりんがウロウロしている時点で彼女達黄色の看護師がその役目をしているわけでは無さそうだと考えていれば、その答えは食堂の流しの奥で黙々と働く見知った人が教えてくれた。


「玲奈、さん?」


「夕食は10時までですよ、時間は守ってください。 まだ片付けに時間がかかりますから食べるなら早く食べちゃってくださいね」


 自分の名前を呼ばれた事で チラッ と剛を見はしたが、我関せずと手を止める事の無かった玲奈。


 彼女は剛の姉の友達である《西脇にしわき 玲奈れな

 女性にしては高い方である170㎝の身長は咲に負けず劣らずの魅力的な体型で、少しだけ茶色に染めたポニーテールが姉の羨んだスッキリとした美人顔をより小さく見せている。


「西脇玲奈さんですよね? 僕の事、覚えてませんか?」


 水の中から皿を取り出し、隣の大きな食器洗い機に入れる為に、食器が倒れて割れないようにと凹凸の付いた専用トレーに並べて行く。


「そう言うナンパ、ベタ過ぎません? 間に合ってるんで他を当たってください」


 今度は見もしなかった玲奈。


「玲奈さん、僕ですよっ。 神宮寺 純恋すみれの弟の剛です」


 だが、知り合いを見つけた嬉しさからか、顔を合わせた事はあっても碌に話した事など無かったにも関わらず、いつになく積極的になった剛の思いは届いたようで「え?」と小さく漏らして手を止める。


「純恋……の、弟?」


 ゆっくり顔を上げた玲奈はさっきとは打って変わり マジマジ と剛を見つめると、ようやく記憶と合致したのか「うそ……」と小さく呟いた。


「何度か家で顔を合わせましたけど、覚えてませんか?」


「ほんとに……本物?」


「この中にいる人で僕の姉が玲奈さんの親友だと知ってる人は僕以外にはいないと思います。 降りてくる時に咲さんと一緒に居るのを見かけてめちゃくちゃ驚きましたよ」


「降りてくる時?…………まさか、小さな女の子にオヤツ上げてた高校生!?」


  “ソレナ” っと、親指と人差し指だけを立てた両手で玲奈を指せば「あちゃ〜」と濡れた手なのも忘れて額を抑えて俯く。 その脳裏には、まず間違いなく「好みじゃ無い」と言い放った事が思い起こされた事だろう。


「剛くん、だったわね? ご飯これから? 実は私も食欲無くてまだなんだ。 剛くんを見たらなんだか少し元気出たから、良かったら一緒しない?」



 部屋に持ち帰る予定を変更し、『賞味期限早し!』と貼紙のされた棚から胃に優しそうな筑前煮と焼き鮭、それにフリーズドライの味噌汁を用意しご飯をよそった。


「こんな時間なのによく食べるわね」


 コーンスープとパンの缶詰をお盆に乗せて向かいの席に座ると、食事に手をつける事無く剛が食べるのをただ ボーッ と見ていた。


「食べないんですか?」


「んー?……うん。 さっきは食べる気になったけどやっぱり食欲なくってさ、食べられる君が羨ましいよ」


 そう言いつつもそれでは駄目だと分かっている玲奈は、缶詰の蓋を開けると持ってきたカップにコーンスープを移し替える。 しかしその表情は優れず、さっき見せた元気な彼女とは程遠い感じを受けた。


「純恋、コーンスープ好きだったわね」


「毎日欠かさず飲んでましたからね。 それを僕にまで押し付けてくるのは流石に勘弁して欲しかったですよ?」


「あら、嫌いなの?」


「いえ、好きなんですけど一回で1パックも飲みたく無いです」


「あはは……それはキツいわね。 あの娘、そんなに飲んでたの?」


 ようやく顔を覗かせた笑顔だったが、考え事をするようにスプーンでかき混ぜるだけで一向に手をつける気配がない。

 そんな様子を見ていれば彼女が何を考えているのかは察しがつき、持っていた箸をお盆に置いた。


「それさえなければ誰にでも優しく、こんな僕にまで気遣いをしてくれる良い姉でした。

 もしかしたらそれすらも僕の健康の為にとしてくれていたのかもしれませんね」


「良い姉でした……かぁ。

 剛くんは純恋を含めてみんな居なくなっちゃったって信じてるの?」


「本音を言えば信じたくはありませんが、恐らく事実なのでは無いかと思ってます。

 ただ、実感が無いので悲しいとかはまだ感じないんですけど、生き残った者の義務として亡くなった人達の分まで生きなきゃって……漠然とですけどね、昨日の夜はそんな事考えてました」


「強いなぁ……強いよ、剛くん。 私は心が折れる寸前よ、もぅ倒れちゃいそう」


 無理矢理にでも笑顔を浮かべた玲奈は剛の考えに賛同し、掻き混ぜる事にしか使って無かったスプーンを口へと運んだ。

 それを見届けた剛も再び箸を動かし始めたのだが、ある事が閃き急いで口の中を空にする。


「じゃあ、僕が支えてあげましょうか?」


 パンを口に入れたばかりの所で固まった玲奈は驚いた顔のままでいたが、フッ と笑顔になるとコーンスープを口に含みゆっくりとソレを飲み込んだ。


 その笑顔はとても綺麗で「玲奈は、玲奈は」と愚痴っていた姉の顔を思い出す。

 姉は姉で可愛い系の他人に自慢できる容姿をしていたのだが、彼女にとっては玲奈のような綺麗なお姉さんに憧れていたらしい。


 咲と言うモデルクラスの超美人に加えて、玲奈と言う負けず劣らずの美人さん、それに絵里と言う可愛い女性と共に生活出来る事に嬉しくなるネクラ君であった。

 もっともそれは、克之を含めここに避難した人全てに言える事なのだが……


「好みじゃ無いって言ったの覚えてないのかなぁ?」


「あっ、ひど! それは勢いで出た言葉じゃ無かったんですか?」


「んん〜? そんな事言ってないわよ? 真実は一つ!私の胸の中にある……ってね。

 それより、剛くんってば学校でも有名なネクラ君じゃなかったっけ? 実はそんなナンパ師みたいなセリフ吐く様な人だったの?」


「酷いっ、玲奈さん、酷過ぎますっ! 僕は玲奈さんに元気になって貰えたらと……」


「あ〜あ、ボロが出ちゃったっ。 そんな事分かってるわよ。 大人の女を口説くにはもう少し冗談が上手くならないと、ね〜」



 パピュッ



 玲奈のウインクに剛が射抜かれたタイミングで気の抜けるような音が聞こえる。


 二人して「なんぞ?」と顔を見合わせたが剛が思い出したように「もしかして……」とポケットを漁りスマホを出してみるとメッセージの有りの表情がされている。


「こんな音がするんですね」


「……何の事?」


 メッセージの内容は表示されていなかったので画面を見せれば、それを見ただけでは理解出来ずに首を傾げている。


 パンドラ専用アプリ〈ヴァービン〉の説明をすれば「あぁ〜」と納得したものの訝しげな顔をしていた。


「それってCパケの誰かとしかやりとり出来ないのよね? 剛くんはお友達でもいたの?」


「いいえ、同じ学校の人はいましたがその人じゃないですよ。 アプリを入れろって言ってきたのが絵里さんだから、多分メールも彼女だと思います」


「絵里? 驚いた、もう女の子ナンパしたの? 奥手そうに見えるけどやっぱり今時の子なのねぇ〜」


 両肘を突き、組み合わせた手に顎を乗せて細めた目で ジトッ とした冷たい視線を向ける絵里。 言外に、自分にもそういう意味で近付いたの?と含まれる鋭い視線に剛の焦りは一気に高まった。


「ちがっ、違いますっ違いますっ!! これは絵里さんが無理矢理入れろって言ってきて仕方なく……本当ですって! その目、止めてくださいよっ! ねぇ、玲奈さんっ! 本当ですって!」


 その必死さに恐らく本当の事だろうとは理解したが、咲と同じく揶揄うと面白そうだと判断するとワザと返事を返さず細めた目を更に細めて見せる。


「悪い友達に激辛カレー食べされられて、完食したと思ったら気を失ったらしくて、気が付いたら僕の部屋に絵里さんが居て……」


「部屋に連れ込んだのぉ?」

「ちがっ! 違います!!」

「でもぉ、二人きりで部屋にいたんでしょっ?」

「そぉですけどぉ……もぉ、玲奈さんっ、勘弁してくださいよぉ〜」

「若い男女が二人で部屋に居たらぁ……」

「お願いですから勘弁してくださいって〜」

「あはははっ、剛くん揶揄うの、た〜のしぃっ!」


 その後二人は和気藹々と楽しげに食事をしたのだが、剛が幾度となく揶揄われる場面があったのは言うまでもなかった。














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