そこで私は目が覚めた
画面右からサングラスをかけた黒いスーツ姿の男性がゆっくりと歩いてくる。
男性は画面中央のグラスが置いてあるテーブルの横で足を止めると、口を開いた。
「並行世界、あるいはパラレルワールドという言葉を、どこかで聞いたことがあるかもしれませんね。この世界とよく似た、しかしどこか違う世界。たとえば――」
男性はテーブルの上のグラスを床に落とす。
「私は今、このグラスを落としました。しかしその瞬間世界が分岐し、グラスを落とさなかった私が存在する世界があるのかもしれません。もし、意識のないうちに並行世界に行ってしまったら、そこが違う世界線だとあなたは信じることができますか?」
暗転。
いつも通りの時間に起きて、いつも通り会社に向かう。普段と何も変わらない1日。
そのはずだった。
会社に入ると、人が少ない。というよりほぼ居ない。早く来すぎたのかと腕時計を見るが、いつもと変わらない時間だ。
不思議に思いながらも、私の仕事場があるフロアに着く。
そこには同僚が一人居ただけであった。彼は私に気がつくと、
「おー。おはよう。っていうかお前今日出勤だっけ?」
などと聞いてきた。
今日は平日なのだから、当然ではないか。何を言っているんだ?首をひねりながら私はそう言う。
「何だよ、思考が社畜にでもなったのか?今日は祝日。皇太子さまが即位されて、元号が令和に変わっためでたい日だろう?」
彼は笑いながら近づき、私の肩を叩く。
私はますます混乱した。彼は気がおかしくなってしまったのか?元号が変わった?昨日までは普通に仕事をしていたではないか。私は頭を抱えた。
「今日は平日で、今は平成……だろう?」
震える声でどうにか言葉を紡ぐ。
「今日から令和に変わったじゃないか。お前、本当に大丈夫か?早く帰って休んだほうがいいぞ」
同僚は心配そうに顔を覗き込んでくる。
何かがおかしい。
私は一歩後ずさって、それから逃げるように会社を飛び出した。
街を歩いていると、私のようにスーツ姿の者が少ないことに気付く。すれ違った女子高生と思しき少女たちが、
「令和始まったねー」
などと話していた。
「新天皇陛下……本日から令和が……」と聞こえてきたのは街頭テレビからだ。
どうなっているんだ。私は近くに居た若い男性に詰め寄る。
「今は平成ですよね。平成31年ですよね!?」
彼は不審そうな目で私を見やり、
「はあ。昨日までは平成だったけど、今日からは令和っすよ」
とだるそうに答えた。
私は何かに化かされているのか。
雑踏から聞こえてくる言葉は、レイワ、レイワ、レイワ、レイワ、レイワ……。
頭が激しく痛み出す。立っていられず、その場に倒れ込む。
一体、何なのだ。
「レイワ……」
――そこで私は目が覚めた。
いつも通りの時間。変な夢を見た気がする。即位だとか、元号がどうだとか。
所詮夢だ、といつも通り会社に向かう。
会社に入ると、人が少ない。というよりほぼ居ない。早く来すぎたのかと腕時計を見るが、いつもと変わらない時間だ。
妙な既視感を不思議に思いながらも、私の仕事場があるフロアに着く。
そこには同僚が一人居ただけであった。彼は私に気がつくと、
「おー。おはよう。っていうかお前今日出勤だっけ?」
などと聞いてきた。
今日は平日なのだから、当然ではないか。何を言っているんだ?首をひねりながら私はそう言う。
「何だよ、思考が社畜にでもなったのか?今日は祝日。皇太子さまが即位されて、元号が令和に変わっためでたい日だろう?」
彼は笑いながら近づき、私の肩を叩く。
私はますます混乱した。彼は気がおかしくなってしまったのか?元号が変わった?しかも、レイワ?それに昨日までは普通に仕事をしていたではないか。
このやり取りを以前にした気がして、私はしばし頭を抱えた。
「今日は平日で、今は平成……だろう?」
確認するように問う。
「今日から令和に変わったじゃないか。お前、本当に大丈夫か?早く帰って休んだほうがいいぞ」
同僚は心配そうに顔を覗き込んでくる。
何かがおかしい。
私は一歩後ずさる。そうして気付いた。これは夢で見た内容と同じだ。
このまま街へ出れば、誰もが「レイワ」と口にしているだろう。
あれは夢ではなかったのか。いや、これも夢ならばどうか覚めてくれ、と頰を張る。何度も、何度も。
「どうしたんだよ!?」
同僚が慌ててそれを止める。
「なあ、平成、だろう?平成だよな?」
涙目になりながらも、彼に訴える。
「いいや、令和だよ。今日からは、令和だ」
「レイワ、レイワ、レイワ。何だよそれ。一体何なんだよ!」
叫ぶと同時に、激しい頭痛が襲ってくる。
たまらずその場に倒れる。
――そこで私は目が覚めた。
ぐっしょりと汗をかいており、呼吸が乱れている。時計を見ると、いつも通りの時間だ。
仕事に行こうとするが気が乗らない。
酷く鮮明で、恐ろしい夢を見た。
レイワ。新しい元号。
会社に行って、もし同僚が一人しか居なかったら……。今日は祝日だと言われたら……。
鬱々とした気持ちでスーツに袖を通し、仕事に向かう。その途中、スーツを着てビルに入って行く人達が居た。その姿を見て、少しだけ安堵する。
会社に着くと、そこは普段と変わらなかった。活気のある、いつもの会社だ。
私の仕事場に行くと、同僚たちは既にほとんど居て、億劫そうに仕事の準備をしている。これが普段の光景。やはりあれは悪い夢だったのかと、ようやく胸をなでおろす。
「おー。おはよう。今日は少し遅かったな」
夢に出てきた同僚に一瞬身構える。
「ああ、まあな」
言葉を濁して、それから一応聞いてみる。
「なあ、今日って、何月何日だ?」
「何言っているんだよ。5月1日だろ?」
「じゃあ、今の元号は平成、だよな?」
聞いた途端、頭が鈍く痛み始める。
彼は眉をひそめて言った。
「おいおい、記憶喪失にでもなったのか?」
痛みが強くなる。頭が割れそうだ。
「そうだよ。今は平成。平成30年だ」
私は卒倒した。
――