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寝たり食べたり驚かされたり(追加部分)

2018.12.11に7話までを改変版(アルファポリス版と同様)に直しました。

描写を加えてより面白くしましたので、お時間あれば初めからお楽しみ頂ければ幸いです。

「姫様方―!」

 廊下の奥から聞こえる声に振り返ると、濃緑色の絨毯を踏みしめながら走ってくるのはハンナらしい。ころころとふくよかに膨らんだロングスカートとエプロンを躓かないよう慣れた様子で持っており、その足取りは思いのほか俊敏だ。

 驚き顔で足を止めていた二人に追いつくなり、ふうふうと息を切らせて膝に手をついた。

「まぁハンナ、あなた最近階段で息が切れて辛いって言ってたじゃない。そんなに走って大丈夫なの?」

 目を丸くして息の荒い背中をさするシトリニアに、ハンナは腰を伸ばして胸を叩いて見せた。

「これくらいでを上げるようではシトリニア様の乳母の名が泣きます。そうそう、今日はお二人ともお腹がペコペコでしょうから、料理技官一同が腕によりをかけてお二人のお好きなものをご用意しておりますからね。席に着かれたら熱々をすぐにお出ししますから、小さいほうの食堂にちょっとゆっくり歩いてきてくださいね」

 ぱちりとウインクしてそう言い残すと、二人を追い抜いてまたふうふうと走り去っていく。きっと食堂にいる技官達に姫君が向かっていることを知らせに行ってくれたのだろう。

「ふふふ」

 アメジストがおかしくて仕方ないと言った様子で笑ったので、シトリニアも思わずつられて笑顔になった。

「ハンナったら。もう小さい子供じゃないんだから、食事の用意を待てなくて駄々をこねたりしないわよ」

 笑いながらも少し顔を赤らめてつぶやくと、アメジストはゆっくり首を振って優しい笑みを浮かべた。

「そういう意味で笑ったのではないのよ。彼女の中であなたはずっと愛しい小さな姫君のままなのねと思ったら、その気持ちの温かさがうれしくなったの」

「そうかしら。いつまでも子ども扱いされているみたいで少し恥ずかしいわ……でもハンナの言うとおり、少しゆっくり行きましょうか」

 口をとがらしながら歩み始めたシトリニアの背中を、アメジストはにっこりして見つめた。


 日常使い用にこぢんまりと設けられた小食堂の扉を開くやいなや、温かい湯気と食欲をそそる様々な香りが二人を包んだ。奥にしつらえられた厨房からは、肉を焼くはじけるような音や軽快な包丁の音が賑やかに響いている。

「姫様、ちょうどよい頃合にいらっしゃいましたね。すぐお持ちしますよ」

 厨房とつながったカウンターからハンナが顔を出して、すぐに引っ込んでいった。

 いつも使っている食堂の様子と異なる風景に目を見張っているアメジストの耳に、シトリニアがこっそりささやいた。

「ここは普段使い用の食堂なの。大食堂に料理を運んできてもらうとどうしても少し冷めてしまうから、グリルもスープも断然こちらで食べた方が熱々でおいしいの。お父様には秘密なのだけど。こっちよ」

 いたずらっぽくウインクするとアメジストの手を引いて席へと案内した。大食堂よりも小ぶりなテーブルには白いクロスが敷かれ、様々な季節の花がいろどりを添えている。向かい合って着席すると、主役の登場を待っていましたとばかりに様々な料理が並べられた。

 カリッと皮が焼かれた若鶏のグリルに、とろけるような小牛のシチュー。春野菜がたっぷり入ったスープは鍋から下ろしたてのように熱々で、春の雨で少し冷えた体が芯から温まるのを感じた。

 次々に運ばれるいつにも増しておいしそうな料理の数々に二人はしばし会話も忘れて食事に没頭したが、ハンナが焼きたての香ばしいビスケットがたっぷり盛られたバスケットと糖蜜シロップを持ってきてくれたのを見て思わず歓声を上げた。

「歌うってお腹が空くのね」

 シトリニアが二つ目のビスケットに糖蜜シロップをかけながらしみじみと言うと、アメジストも柔らかい牛肉を頬張りながらうなずいた。

 料理技官は普段小食なシトリニアがたくさん食べるのを見てうれしくて仕方ない様子で、これもアメジスト様のおかげですねぇと頬を緩ませながら熱々のパイにアイスクリームを乗せてくれた。


 シトリニアが入浴から戻ると、淡い水色の部屋着をまとったアメジストはベッドの上で本を読んでいた。部屋の中には水色を基調としたアメジストの私物が運び込まれていたが、白い家具と調和して元々そこにあったかのように馴染んでいる。フィオナという乳母は、きっとアメジストにとってなくてはならない存在なのだろう。

「おかえりなさい」

シトリニアが戻ってきたのを見てそう声を掛ると、ふゎ、と小さくあくびをしてベッドにもぐりこんだ。

「今日はもう寝るわ」

 青いキルトのかかった掛け布団にくるまるアメジストに、シトリニアは明かりを消しながら優しく声を掛けた。

「今日は本当にありがとう。私ももう寝るわ。おやすみなさい」

アメジストは布団から顔を少し出すと、ふふ、と笑った。

「いいのよ。明日もがんばりましょう」


分厚い雲に閉ざされた空からは雨が降り続き、今夜は月が望めない。

シトリニアは暗い空を眺めて物思いにふけっていたが、やがてベッドに入った。


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