歌鳥の姉妹の再会
玉座の間への扉がゆっくりと開いた。
いつになく緊張した面持ちで足を運ぶと、玉座にゆったりと座った父と、寄り添ってたおやかにたたずむその妹君が見えた。
――叔母上様?
シトリニアは驚いたが、次の瞬間、その正面にひざまずいている少女に目を奪われた。
彼女は真紅のドレスを身にまとい、優しい丸みを帯びた肩には豊かな黒い巻き毛が柔らかくたれている。その頭に輝くのは、空色の宝石をちりばめたティアラ。シトリニアの心臓がどくりと鳴った。
――アメジストだ
立ち尽くした娘に気づいた父は、玉座から手招きするとアメジストの隣に並ぶように言った。緊張でドレスの裾を踏まないように、慎重に歩みを進める。視界の隅に映るアメジストは、シトリニアと背丈もほとんど同じであることがわかった。
今や扉は閉まり、広い玉座の間には国王とその妹君、国王の娘とその異母妹のみが残された。
「二人の娘をこうして見ることができてとてもうれしい」
ゆっくりと口を開くと、大輪の薔薇のように美しい二人の娘を前に国王はまなじりを下げた。
「しかし喜んでばかりもいられないのだ。泉の水位が下がっておる。二人には三日後の満月の夜に、竜の神殿で歌をささげてもらわねばならない」
玉座の主は厳粛に述べると、金の彫刻が施された重厚な丸机から一冊の本を手に取った。つややかな臙脂色の装丁は、二人の姫が幼少期から親しんできた『建国の物語』だ。
「この物語は二人もよく知っているだろう。お前たちは、かのカナリアとナイチンゲールの再来のようだ。きっとうまく竜神様を満足させることができる」
幼い子供に言い聞かせるようにゆっくりと言葉をつむぐと、節の目立つ大きな手で表紙を撫でた。
「よく聴きなさい。歌をささげるには三つの約束がある。まず一つは、伝説のとおり満月の夜であること」
良く似た空色の眼で真剣なまなざしを送る二人の姫をゆっくり交互に見つめながら、国王は言葉を続けた。
「二つ目は、歌う歌を誰にも教えないこと。つまり、歌う歌は二人で相談して決め、二人のみで練習しなければならない。歌の上手い技官に指導を請うてもならない」
シトリニアは静かに息を飲んだ。城には儀式の際に聖歌を歌う技官が何人も仕えている。彼らに歌を選んでもらい、教えを請えばなんとかなると淡い期待を抱いていたが……誰にも指導してもらえないなんて想定外だし、条件が厳しすぎる。
叔母上が柔らかな笑みを浮かべながら続けた。
「前回竜神様に歌をささげたのは、今から35年前ほど前です。私がカナリアを、姉君がナイチンゲールを勤めたの。三つ目の約束は、秘密にすること。何の歌をささげたか、竜の神殿で何が起こったか、儀式の後も決して口外してはならないの。それは、例え相手が次のカナリアとナイチンゲールであっても、ね」
姫君たちの表情がどんどん曇っていくのを汲み取ったのか、叔母上は朗らかな笑みで二人を励ました。
「大丈夫よ。あなたたちは歌鳥の姉妹なのだから。カナリアとナイチンゲールの絆を信じなさい。歌の本は図書塔の一階に集めさせておいたわ。食事が終わったら、まずは何の歌にするか決めてみてはいかがかしら」
国王と叔母上が退席したのち、玉座の間には二人の姫君が残された。
「お久しぶりですわね。シトリニア様」
アメジストが優雅な仕草で会釈をすると、真紅のドレスがさざめいて美しく波打った。細い首にかけられた銀色のウロコのペンダントが透明な輝きを放っている。
シトリニアも真珠色のドレスを少しつまみ、会釈を返した。
「お久しぶりです。お元気にされておられましたか、アメジスト様」
アメジストが少し首をかしげ、困ったように微笑んだ。その仕草が小鳥のように可憐だったので、シトリニアは思わず見とれた。
「アメジスト様だなんて。私の母は国王様の第二夫人。アメジスト、とでも呼んでくだされば結構ですわ」
「あら、それなら私のことも、シトリニアと呼んでくださらないかしら。私たちは同じ日に生まれた歌鳥の姉妹ですもの」
アメジストに余計な気を使わせてはいけない、と返した言葉だったが、アメジストはにっこり笑って即答した。
「ふふ、ではそうさせていただきますわ。お歌の練習がんばりましょうね、シトリニア」
――あぁ、やっぱり私はアメジストが苦手かもしれない
非の打ち所の無い笑顔を向けられたシトリニアは、心の中で天に助けを求めるしかなかった。