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うららかな日差しと裏腹な心境

2018.12.19に改変版(アルファポリス版と同様)に直しました。


――いくらなんでも失礼な言い方だわ

 聖歌塔を後にしてもなお、石造りの渡り廊下を靴音高く歩みながらシトリニアは憤慨していた。そんな姫君の様子を見て、木々でさえずっていた小鳥たちも慌しく飛び立っていく。

――たしかに彼女の歌は天下一品よ。でもいくら私の歌が下手だからって、やる気がないから伸びないだなんてひどいわ。これ以上どうしろというのかしら

 あれほど一生懸命に取り組んでもやる気がないと言われたら、シトリニアにはどうしていいのか分からなかった。わからなければ質問して、指摘されればそのようにやり直す。ただひたすらそれを繰り返して、自分で聞いていても見違えるほど上達してきたはずだ。

 それなのに。

 怒りの後には悲しみが湧き上がり、紅が引かれた唇を噛んだ。

――本当に、これ以上どうしたらいいの

 目元が熱くなり、手すりに身体を預けて静かに歩みを止めた。

 ゆるゆると振り返ると、ドレスに散りばめられた真珠が日差しを反射して優しい光を放つ。いつもなら心躍るその様子もシトリニアの気持ちを明るくさせることはできなかった。

 聖歌塔はいつもと変わらずおごそかに立ち、磨きぬかれた渓青岩が明るく輝いている。


 儀式はもう明日に迫っているのに、なんてことをしてしまったのだろう。感情に任せて聖歌塔を出てきてしまった自分の言動を振り返ってため息をついたが、あのままアメジストからひどい言葉を投げかけられるのも耐えられなかった。

 すべすべとした石造りの手すりを撫でて気持ちを静めながらため息をつく。

――とにかく誰にも知られないようにしないと

 まさか儀式の前日に歌鳥の姉妹が喧嘩をするなど前代未聞だろうし、父や皆が知ったら卒倒しかねない事態ということは今のシトリニアには容易に想像がついた。ハンナに知られてしまったら、自らが手塩にかけて育てた姫がそのような振る舞いをしたとあれば嘆き悲しむだろう。


 儀式の成功は城の者のみならず国民全体の願いであり、いたずらに不安を煽るようなことはできない。万が一にも二人が喧嘩をしたせいで儀式は失敗するかもしれないなどと噂が流れてしまったら、どんなことが起こるかは恐ろしくて考えたくもなかった。

 居室の荷物はシトリニアの部屋に移動しているのだから、アメジストとは後で嫌でも顔を合わせなければならないだろう。その時に形だけでも謝らなければ。

 私は悪くない、という感情がじくじくと胸の中でくすぶるのを感じながらシトリニアは視線を落とした。

――食堂に顔を出さなきゃ

 食事を取る気分でもなかったが、もう昼食の時間を過ぎているので皆待っているかもしれない。元気な様子を見せなければ余計な心配をかけてしまうと気を取り直し、重い足取りで食堂に向かった。


 そっと小食堂の扉を開いて中をうかがったが、誰の姿も見えなかった。厨房もひっそりとしておりどうやら皆不在の様子だった。

 内心胸を撫で下ろしながらそっと滑り込むと、テーブルには野菜とハムとチーズがたっぷり入ったサンドイッチのバスケットが一つと、四角く折りたたまれた紙片が置いてあった。

 紙片にはハンナの優しい筆跡で、用事があって皆ここを留守にする旨と天気がいいので二人で少し散歩に出かけて気分転換しながら召し上がってください、と書かれていた。

 紙片を閉じながら窓の外に視線をやればたしかに絶好のピクニック日和で、今更ながらアメジストと喧嘩してしまったことが悔やまれた。

 力なく椅子に座ると、自分の分のサンドイッチをかじりながら窓の外を眺めた。


 日差しの差し込む中庭には小さな池があり、水面からまっすぐに伸びた水生植物が大きなつぼみをつけている。色づきから見て、明日か明後日には開くだろう。新芽を豊かに伸ばした木々には、鳥たちが春を謳歌するようにさえずっている。

 沈んだ胸の内とは裏腹に、眩しい喜びに満ちた外の様子を見てシトリニアはため息をついた。

――アメジストはどうしているかしら

 聖歌塔からはもう出てきただろうか。私がここに居たら、気まずくて昼食を取りにくいかもしれない。とにかく早く聖歌塔に戻って練習をしなければ。

 そんなことを考えていた矢先にゆっくりと扉が開いたので、シトリニアは心臓が跳ね上がるほど驚いた。

 濃紺のロングドレスを軽やかに揺らして入ってきたのはフィオナで、シトリニアの姿を認めると一礼して微笑んだ。

「お食事中に失礼します。アメジスト様はご気分が優れないとのことで、私が部屋まで食事をお持ちします。シトリニア様もお疲れが出ていらっしゃるご様子ですね」

「ええ……」

 シトリニアは曖昧に微笑みながらもフィオナの表情に込められた感情を探らずにはいられなかった。アメジストは喧嘩してしまったことを彼女に話したのだろうか。

「儀式はもう明日ですから、緊張なさるのも当然です。どうかお身体を大切になさってくださいね」

 歩みを進めてシトリニアの横に立つと少し考えるようにバスケットを見た。

「……フィオナ?」

 シトリニアが声をかけると、フィオナは微笑んで首を振った。

「いえ、何もありません。失礼しますね」


 バスケットを持って去っていくロングドレスの後姿を見送った後、シトリニアはフィオナが何か言おうとしていたのではないかと考えていた。

 歌姫の手を煩わせていることへの嫌味かという卑屈な考えが頭をよぎったが、アメジストはそのような陰湿な手は使わないし、身の回りの者にだって使わせないという不思議な確信があった。

――何を言おうとしたのかしら……?

 そんなことを考えているとまた扉が開く気配がしたのでフィオナが戻ってきたのかと顔を上げたが、そこには予想だにしない人物が立っていたので思わず席を立った。

「お、叔母上様?!どうしてこちらに……」

「ごきげんようシトリニア、貴女あなたを探していたのよ。少し疲れている様子だけど大丈夫なの?」

「ええ、あの、大丈夫です」

シトリニアが言いよどんだ様子に気づかなかったように上品な微笑を浮かべてうなずくと、あら、と周りを見回した。

「アメジストの姿が見えないわね。申し訳ないけど、呼んで来てもらってもいいかしら」

 その返事を待たずに、ラピスラズリを思わせる瑠璃色の瞳が意味深げに光った。

「歌鳥の姉妹に伝えなくてはいけないことがあるの」


「伝えなくてはいけないこと……?」

 叔母上はうなずくと、手のひらに収まるほどの小さな封筒をシトリニアに見せた。

 表書きはないが、朝の光の色と夜のとばりの色の二通ある。何か儀式に関するとても重要なことが記してあるに違いなく、シトリニアの鼓動は高まった。

 シトリニアの目は二通の封筒に釘付けになっていたが、叔母上はそれをドレスのひだの奥につけられたポケットにするすると戻してしまう。一刻も早く読みたい、と目で訴えるシトリニアをらすように叔母上はゆっくりと頬に手を当てた。

「これを読んで実行してほしいのだけど、詳しくは二人がそろったら説明しましょう」


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