奔走、第三生徒会(2)
キャラクターがどんどんおかしくなる気がする。
「それで香澄ちゃん。 第三共同学園の学園祭の事なんだけど」
「はっ?」
それは昼休み、生徒会室でパンを食べていた時だった。
というのも、ありすにせがまれて生徒会室に昼休みを利用して一緒に来たのが原因である。 カフェテリアではパンだけではなく教室などで食べられるような軽食が売られている。 フランクフルトを丸齧りして口周りをケチャップで汚しているありすと俺は海斗の方に視線を向けた。
「何だ、この学校にも学園祭なんてものがあるのか」
「そりゃあ勿論あるよ。 ただ、開催期間は夏休みで参加は任意何だけどね。 期末テストが終わったらすぐ夏休みだから、それまでの間に各部活、教室を回って意見調査をしないといけないんだ。 まず出し物の数を把握しないと計画も立てられないしね」
そういえば思い出したが、俺たちは第三共同学園生徒会だったのだ。 こうして生徒会室をゴージャスに利用している分働かねばならないと言う事か。
「へ〜。 何かお兄ちゃん初めて生徒会ってかんじ」
「ありす、ケチャップだらけだぞ……ほら、拭きなさい」
「んんん〜」
ナプキンで口周りを拭いてやりながら視線だけ海斗に向けると、海斗は鞄から何やら大量の紙束を取り出しテーブルの上に置いていた。
「それは?」
「うん。 ここの生徒は高等部だけで推定九千七百人居るって言われてるんだけど、知ってる?」
「きゅうせんななひゃくにんんっ!?」
なんじゃそりゃああああ!? いや、冷静に考えれば俺のクラス12のDでさえ二百人近い生徒が居るわけで、十二階生だけでも推定八百人……まあそれくらいはいくんだろうな、合計で……。
「うちは完全に任意だから、参加の方法も様々で、クラスや部活の括りだけじゃなくて例えば友達同士で出し物を出したりしてもいいんだ。 でもそれだと全部許可すると相当な数になっちゃうから生徒会で事前審査をするのね。 この書類の束はその事前審査の第一段階、書類審査ってわけ」
「おいおい……正気か? 僕たちだけでこの書類に全部目を通せって言うのか?」
「ううん。 これはボクと響さんで既にチェックしたもので、一応書類審査を通った分だよ」
「マジか!?」
それだけでもこの重量感……。 紙も積もれば山となる……まあ当然の事だが。 しかし審査してこれとは、一体どれだけの量があったんだ……。
一先ず書類の一番上の資料を手に取ってみる。 開催予定の出し物、それに必要な経費、客入りの見込みなど、大分細かな審査内容が設定されているようだ。 任意による出店となるので費用は生徒持ち、しかし売り上げも生徒の物になるらしい。
田舎でやってたバザーの見取り図みたいな出店地予定書と見比べて見る。 どう考えてもスペース的に全ての出し物を許可するのは無理だ。 よって生徒会はより面白そうな物、金銭的に回収の付きそうな出し物を判断し優先して出店させねばならない事になる。
「書類審査では一応通ったけど、実際に出店者の所を回って話を聞かなくちゃならないからね。 その上で抽選――って流れになるかな」
「おい、明らかに僕たちだけでは無理だぞ……。 テスト期間も目前となると、話を聞くのも難しくないか? それがこの人数だと……ちなみにこれどれくらいあるんだ?」
「申請書の時点で見ると大体四百ちょっとかな」
「よんひゃくう!? おい、冗談だろ!? これ全部回って審査しろって、どれだけ時間がかかるんだよ!?」
「ああ、結構冗談で書類申請してくる人も居て実際回ってみるとやっぱやめるとかいう人も少なくないから大丈夫だよ」
それだって手間は同じだろうが! つうか申請するならちゃんとやれえええええっ!!
「ま、まあなんとかなるって。 去年も一昨年もやったけど、何とかなったしね。 それに他の生徒会メンバーも手伝ってくれるしさ」
「って言ってもなあ……ん?」
書類をにらめっこしながら頭を掻いていると生徒会室の扉が開いた。 フランクフルトを齧り続けるありすと苦笑する海斗、三人の視線がそちらに向けられる。
扉を潜ってきたのは金髪の女だった。 明らかに日本人ではない顔立ちに長身。 しかし何故か鞄と同時に太刀を携えていた。
太刀? 太刀ってなんだ? 日本人ならまだしもお前明らかに外人じゃねえか、というツッコミを抑えていると女の視線がこちらを捕らえた。
「ああ、来た来た。 紹介するよ香澄ちゃん。 彼女はイゾルデ・エアハルト。 生徒会メンバーの一人だよ」
綺麗な女だった。 スタイルも良く、歩く姿がかなり絵になっている。 その長い足がこちらに向けてカツンと靴音を立て、ゆっくりと迫ってくる。
女は俺たちの近くまで寄ると鞄を下ろし、それから海斗に目配せする。 そうして俺に手を差し伸べ、思っていたよりもずっとはっきりとした口調で言った。
「先ほど紹介に預かったイゾルデ・エアハルトだ。 宜しく頼むぞ、桐野香澄」
随分と流暢な日本語だった――。
⇒奔走、第三生徒会(2)
イゾルデ・エアハルト。 俺たちと同学年であり、勿論女子。 長く伸びた足を組み、今は何故か純和風の湯飲みで緑茶を飲んでいる。
どうやら昼食を摂りに来たらしく、鞄から何やら紺色の地味〜な弁当箱を取り出し、赤漆の箸を手にして蓋を開く。 そこには白いご飯の上に梅干が一つ――所謂日の丸弁当だった。
これなんの冗談? と言いたい俺を横目にイゾルデはゆるく前髪を弄りながら目を閉じ、自信満々に言った。
「日本男児たる者、日の丸弁当を愛さねばならない……。 それが日本の武人と言うものだろう?」
まず、お前は男じゃねえし、それから日本人じゃねえし、あと武人じゃねえし……いや、だから日本刀持ち歩いてるのか? これ法律的にOKなのか?
漫画じゃないんだから刀剣持ち歩くなよ、冷静に考えて疲れるだけじゃないのか……等等、様々な言葉を飲み込み俺は曖昧な笑顔を返した。
豪快に白米を口に掻きこんでいるイゾルデを横目にコーヒーを口にする。 何と言うか、何と言えばいいのか。
元々第三共同学園には非常に外国人が多い。 その理由は定かではないが、ともかくその事実関係からすれば外国人は決して珍しくはなかった。 クラスにもちらほらとその姿を垣間見る事は出来たし、それなりに免疫もある。
だがこれは何と言えばいいのか。 俺の中にある外国人のイメージとは随分とかけ離れているような……。
「ところで、桐野香澄というのは貴様か? 三人目の適合者と聞いているが」
「三人目の適合者……というのが何だかは判らないが、僕が桐野香澄だ。 宜しく、イゾルデ・エアハルト」
「ふむ……という事はまだ見習い期間中という事か。 フフ、まあ良い。 某は二人目の適合者……つまりお前の先人に値する。 海斗は一人目だから更に上だな。 まあそんな事は気にせず気さくに接してくれ」
「は、はあ……」
何が言いたいのかよくわからなかったが、とりあえずそう悪いやつでは無さそうだ。 いつの間にか弁当を食べ終え、今は食後のお茶を飲んでいる。 早い。
「イゾルデ、木田君と佐崎君は?」
「いや、見ていないが。 八月の模擬戦の打ち合わせで忙しいのか、それともどこかでサボっているのか……。 やれやれ」
「何!? 模擬戦も八月なのか!?」
「あ、香澄ちゃんはまだ知らなかったね。 学園祭は八月二十日、模擬戦はその二日後の八月二十二日なんだ。 だから物凄くスケジュール詰まってて忙しいんだよ、八月はね」
木田と佐崎というのが何者なのかは知らないが、どうせ残りの生徒会メンバーだろう。 で、そいつらは八月の模擬戦の打ち合わせで忙しいと。 それってつまり、やっぱり学園祭の方は俺たちだけで何とかしなきゃならないってことなんじゃないか?
何だ、雲行きが怪しくなってきたぞ……。 これ、俺たちだけで本当にどうにかなるのか……。
そんな風に不安に思っていると、再び扉が開いた。 現れたのは冬風で、何やら慌てた様子でこちらに走ってくる。
「久しいな響。 達者だったか?」
「うん、久しぶりイゾルデ。 何か相変わらずだね……。 それでみんな、今度の学園祭の話なんだけど」
何か今イゾルデがちょっとおかしな言葉を発していた気がするが、もう気にしたら負けだと思い込む事にした。
「とりあえず今日から実行委員を募る事にしたの。 放課後から生徒会室で審査するから、明日からここが学園祭運営本部になります。 明日いっぱいは実行委員の選出で私は動けないから、他の仕事は皆にやってもらわないとなんだけど……木田君と佐崎君、やっぱり忙しいみたいで」
「やはりそうなったか。 まあ、某が居れば問題はない。 某には奥の手があるからな」
「へえ。 奥の手って言うと?」
「気合と勇気、そして何者にも挫けぬ根性だ」
何故胸を張ってそんな事を言える。 そのどれか一つでも根拠になるのなら苦労はしねえ。
「い、イゾルデは普段からこうだから気にしないでね、香澄ちゃん……」
「普段からこうなのか……すげえな」
「そう褒めるな香澄。 照れるではないか」
褒めてねええええっ!
「面接や取りまとめ、仕事の役割分断を決定するのは響さんだけにやらせるにはちょっと辛いから、ボクが手伝うよ。 香澄ちゃんとイゾルデはとりあえず今日は審査に回ってくれるかな? 手が開いたら全員でって事で」
「はいはーい! ありすも手伝うー! うぐ!?」
「お前は邪魔だから大人しく家に帰っていなさい、ありす……」
「ぎにゃーーーーっ!! やだやだ、皆と一緒にやるのーーーー!!」
何やら暴れるありすを担ぎ上げ、生徒会室の外に放り出す。 少々可哀想だが、これくらいしないとありすは諦めないだろう。
人手は多いに越した事は無いが、それにかこつけてここにずっと出入りされても困る。 キルシュヴァッサーやミスリルの件にありすを巻き込むわけにはいかない。
しかし表の業務でも裏の業務でも怒涛のラッシュが待ち構えているわけか。 加えて俺たち自身のテスト勉強……。 休む間はあるのか……?
「それにしてもいきなりだな……。 勿論君たちは事前に話を進めてたんだろうが」
「桐野君が非協力的だったからですよ。 それより副会長なんだからしっかり働いてくださいね」
「何だ香澄、貴様副会長だったのか。 わざわざ進んで辛い職務に当たるとは……フフ、見上げた男だ」
いや、別に自ら望んでってわけじゃないんだけど。
それにしても今日はイゾルデと一緒に周る事になるのか……。 まあ、経験者である分期待は出来ると思うが、何だか訳も無く不安になってくる。
「それじゃあイゾルデ、放課後一度ここで待ち合わせで構わないか?」
「承知した。 フフ、そう案ずるな。 某が一緒に居れば万事解決に違いはないのだからな」
振り返って二人の表情を見ると、なんともいえない顔をしていた。
余計に不安になった解散だった……。
そんなわけでその場は一度解散とし、放課後。
生徒会室の前で壁に背を預け待っていたイゾルデと合流し、荷物を生徒会室に置いて部屋を出る。
とりあえず放課後までに取りまとめておいた本日の予定をイゾルデと打ち合わせるのだが、こっちの話を聞いているのか聞いていないのかよくわからなかった。
兎に角やらねば始まらない。 俺たちは肩を並べて学園ないの巡回へ乗り出した。
とりあえず生徒会室がある最上階を上から順に周っていくのが妥当だろう。 今日はとりあえずA棟を集中して歩く事になった。
「11階の仮面舞踏会って何をする催しなんだ……。 何故これが審査を通ったんだ」
「ふむ? まあ、話を聞くだけ聞いてみれば良いだろう。 行くぞ、香澄」
「あ、ああ……」
結果とりあえず仮面舞踏会の責任者は見つからなかった。
宙に浮いた状態の企画というか、具体的なプランがないのに提案している催しは少なくない。 半分近くはそうであると言えるだろう。
昼休みに海斗も言っていたが、これを全て審査なしでOKにしていたら大変な事になっていた。 無駄に書類のみ完成度が高いものも多いし、内容を誤魔化しているところも少なくない。
一つ一つの代表者に会い、チェックを済ませていく。 勿論都合が合わなかった者も居て全員とはいかないのでまた来る必要があるだろう。 これが四百……考えるだけでもおぞましい。
大体二十組程をチェックしただけでヘトヘトになってしまった。 うんざりしながら休憩所のベンチに腰掛けると、イゾルデが緑茶を奢ってくれた。
「それにしても、思っていたより随分と手際がいいな。 何か管理職にでも付いていたのか?」
「生憎ただの高校生だよ……。 それにしてもイゾルデ――。 いい加減な企画を出してくるやつに腹が立つのは判るが、ぶん殴ったり斬り捨てようとするのは止めねえか?」
審査した二十組のうち、イゾルデが企画者をぶん殴ったのが三件。 抜刀して斬り捨てようとしたのが二軒。 両方とも俺が阻止したから良かったものの、下手したら殴られただけでは済まなかったかもしれない。
「ああ……。 連中の物事に対する軟弱で惰性な態度を見ていたらつい、な。 安心しろ、手加減はしておいた」
手加減してても『覇ぁっ!!』とか叫びながらぶん殴られた相手が血を流してれば十分威力はあったんだと推測するしかねえぞ。
「楽しくやるのは必要な事だが、悪ふざけが過ぎれば支障を来たす。 何より一度やると言った男がいい加減な態度で言葉を濁すなど、あってはならん事だ。 実に不愉快極まりない」
「その気持ちは僕もわかるけど……。 いや、まあイゾルデみたいなのが居た方がいいのかな」
額に手を当て思い返す。 うちの生徒会にはどうにも強引さというか、腕っ節で相手を捻じ伏せるようなのが欠けている。 多少圧力のある人間が一人くらい居た方が管理というのはうまく行くものだろう。
だからといって日本刀を持ち歩き生徒相手に振り下ろそうとするのはどうかと思うわけだが。
「それに、悪事を許しているようでは番長の名が廃るからな」
「番長なのか、あんた……」
「ああ、番長だ。 気づけばそう呼ばれていた。 フフ、名誉な事ではないか。 日本男児の誉れだな」
だからお前は男じゃねえし日本じゃねえし……ああもうどうでもいいや。
「イゾルデは真面目だな……。 あんたみたいなのにしてみれば僕も見ていて苛立つんじゃないか?」
「フ、そんな事はない。 貴様は自分で思っている以上に誠実な男だ。 そんな気がする」
「今日の昼に会ったのに随分と判ったような口を利くんだな」
「人間は所詮相手の幻想を己の内に生み出し曖昧なそれに何らかの形を与えねばならない。 イメージというものが他人を決定する。 某の勝手な見解では貴様はそう悪い人間ではない。 少なくとも筋は通すように思える。 勿論想像だがな」
「自分の勝手だから俺の意見は関係ないってか」
「生憎、気を使うのも空気を読むのも苦手でな。 文句があるなら拳で語らおう」
「遠慮しておくよ。 あんた本当に物騒だ」
腕を組んで笑うイゾルデ。 とことん自分勝手な奴だが、なんだかこいつとは上手くやっていける気がした。
「休憩もそろそろ切り上げるか。 イゾルデ、残りを周るぞ」
「承知した。 下校時刻まで間が無いな……。 あと一つ、二つでも周れると良いのだが」
結局両方とも不在――すでに下校してしまっていた。 とりあえず次からは事前に連絡を取ってから周った方がいいな、なんて当たり前の事を考えながら生徒会室に引き返す。
生徒会室の中では数十人の生徒の前でホワイトボートに何やら記入している冬風の姿があった。 どうやらまだ色々と決めかねているらしく、中に入るのは少々ためらわれた。
「ところで香澄」
「何だ?」
「ミスリルとキルシュヴァッサーについてどれ程話を聞いているのだ? 何度か既に実戦にも赴いたと聞いているが」
「ああ……。 殆ど何もだよ。 日比野先生も相変わらずノーリアクションだし」
「そうか。 なら丁度いい。 この会議中に割り込むのも無粋だし、地下施設を見に行くか?」
「構わないのか? 許可とかは……」
「そんなものは後でどうにでもなる。 行くのか行かないのか、貴様はそれだけ答えればいい」
ルールや決まりごとにはうるさそうな印象があったが、案外テキトーなのか? イゾルデは微笑みを湛えながら俺の答えを待っていた。
もう一度扉を少しだけ開け隙間から中を覗き込むと会議はしばらく終わりそうにもなかった。 かといって下校時刻が迫っている今、殆どの生徒は帰ってしまっているだろうし……断る理由がない。
「ああ。 それじゃあ案内を頼めるかな」
「承知だ。 何、少々予定が早まっただけだろう。 準備は恐らくまだだが……。 エレベータからいけるのは知っているか?」
「それはまあ」
「よし、では早速行こう。 仲間となるのであれば、知らねばならないことも少なくはないからな」
そう言って踵を返し歩いていくイゾルデ。 揺れる金髪を後方から眺めながら苦笑を浮かべ、俺もその後に続く事にした。