奔走、第三生徒会(1)
風は全てを切り裂く不可視の刃。
相対する二つの影は空中でぶつかり合い、道路の傍らに着地する。 目には見えない巨大な質量が落下してきた衝撃に周囲の歩行者は全員足を止めていた。
「場所が悪いな……。 海斗! もう少し人気のないところで戦えないのか!?」
『そんな事言われても……! こんな街の真ん中じゃあ!』
次瞬間、目には見えない敵の刃が振り下ろされる。 二つの刃を一振りの刀で受け流し、キルシュヴァッサーは背後に跳躍する。
刃が激突する衝撃と轟音で高層ビルの窓がビリビリと振動し、今にも割れそうだと悲鳴を上げていた。 大きく跳躍した敵を追い、キルシュヴァッサーも低い姿勢から一息に大空に舞い上がった。
ビルとビルの間を吹き抜ける風。 それが一瞬で銀色の輝きを放つようになり、真紅のマントに隠された影が空に向かっていく。 二機が辿り着いたのは向かい合うビルの屋上だった。
放たれた半透明の刃を刀で受け流し、掌を目には見えない相手へと向ける。 収束する銀色の光が放たれ、周囲の空間を球状に侵食する。
「キルシュヴァッサー、リアルエフェクト発動! 目標ミスリル、現実空間に固着します!」
ビルを見上げる位置に停車したバイクの後部座席にインカムを装着した冬風響の姿がある。 キルシュヴァッサーのオペレーションを勤めるのが役目である冬風はノートパソコンを膝の上に乗せたまま望遠鏡で屋上を見上げていた。
その冬風響をこの場所まで運んできたのはバイクに跨ったまま空を睨む桐野香澄だった。 今はただ、二人はキルシュヴァッサーの戦いを見守る事しか出来ない。
ミスリルは通常、現実空間には宿主となる人間を媒介とし二次的に実体化している。 その宿主の向こう側からミスリルを引きずり出し、現実空間に固着するのがリアルエフェクト――。 結晶機のみがミスリルを掃討出来ると言われる所以であった。
アトランダムに空間内をほとばしるノイズと派手な色彩が消え去ると、そこには空中に浮遊する結晶の姿があった。 既に宿主を取り込み、巨大な機械の姿に変化している。
人型の胴体に一本足の脚部。 両腕は間接を持つ刃となっており、ぎょろりと一つしかない瞳がキルシュヴァッサーを捉える。
マントを大きくはためかせ、刀を片手で構えるキルシュヴァッサー。 銀色の瞳が一つ目のミスリルを捉え、視線が交差した瞬間二つの影は同時に動いた。
二機同時の跳躍。 同時に屋上のアスファルトに大きく亀裂が走り、ビル全体を揺れが襲う。 空中で風を受けてゆらめくマントの影、突き出した刃がミスリルに迫る。
空中で一度接触した二機はお互いの刃をぶつけ合い、停止。 跳躍力を失った二機はゆっくりと落下を初め、地上に向かって行く。
「やばい、落ちてくるぞ……! 人を散らせないと!」
落下地点、ビルとビルの間に視線を向けた香澄の視界に歩くサラリーマンの姿があった。 落下地点直撃コースである。 直後、バイクは高らかにエンジンをうならせて走り出していた。
「ちょ……桐野香澄!?」
後部にかけた響を蹴落とし走り出すバイク。 歩道へ侵入し、ビルとビルの間を疾走する。
「おっさん!! そこ危ねえっ!!」
「え?」
スーツ姿の男性の傍で減速し、無理のある姿勢のまま男を担いで発信するバイク。 当然の如くよろめき、それが転等した直後、先ほどまで二人が居た場所にキルシュヴァッサーが落下する。
「海斗ッ!!」
「――――はあっ!!」
振り下ろされた二対の腕。 マントの影に隠した鞘がそれを受け流し、火花を散らせながら上方に弾かれる。 直後反転したキルシュヴァッサーの繰り出した突きがミスリルの胸を深々と貫き、直後全身を痙攣させたミスリルはその場で粉々に砕け散り、煌く光の風となって消え去った。
「討伐完了」
響と香澄、二人の装着したインカムから海斗の声が聞こえ、ふっと緊張が解けた。
刃をマントの裾で拭い、鞘に収めるキルシュヴァッサー。 それからマントで全身を覆うと、その姿はゆっくりと透明に変化し、その場から存在感を失ってしまった。
「…………あー。 大丈夫か、おっさん」
「…………な、何? 何が起きたんだね……?」
電柱に直撃して煙を吹いているバイクの傍ら、ゴミ山に突っ込んで呆然としている香澄と会社員の姿があった――。
⇒奔走、第三生徒会(1)
「明らかにこれは異常事態です。 七月に入って僅か二週間足らずの内にミスリルが三体も出現するなんて……」
第三共同学園生徒会室。 一仕事終えた俺たちは一度引き返し、作戦会議を行う事になった。
俺、桐野香澄が第三共同学園生徒会、通称第三生徒会に所属してそろそろ二週間が経とうとしている。
生徒会に所属してから色々と変わった私生活も、二週間も経てば慣れのほうが勝る。 こうしてミスリルを追いかけて奔走するのも三度目となれば慣れたものだ。
バイクで転等したせいで打った頭と腕と背中に湿布やら包帯やらを巻いてもらいながら、アイスコーヒーを飲みながら俺は話を聞いていた。
包帯を巻いてくれている当のキルシュヴァッサーのパイロット、進藤海斗は生徒会長である冬風響の話を半分くらいしか聞いている様子がない。 勿論俺もそうなのだが。
「香澄ちゃんが公園で遭遇したのも含めると、大体四体かあ。 確かに今までにないペースで件数が増えてるね」
「そうなのか?」
「今までミスリルは発生しても多くて月に一匹程度だったんです。 なのに、六月末から今日にかけてまで、ありえないくらい出現頻度が集中しています。 何か由々しき事態の前触なんじゃ……」
「そこまで気にする事か? 確かに厄介ではあるが、元々僕たちはミスリルについて何も判ってないんだし……仕方のない事では」
「何か起きてからでは遅いです! それに六月末から七月って、まさに貴方がこの街に来てからでは……」
冬風のジト目が俺をずっと捉えている。 まるで俺がミスリルを呼び寄せたみたいな言い方じゃねえか。
包帯を巻き終えた海斗に軽く頭を下げ、シャツを着る。 最近はどうにも生傷が増えてきたような気がする。 身体を鍛えていて本当に良かった。
生徒会はミスリルの反応を察知し、放課後出撃する。 生徒会に入った俺の具体的な仕事は、現地までオペレーターである冬風を連れて行く事、それから現地でキルシュヴァッサーをサポートする事だった。
とりあえずは二週間、『見習い期間』を俺は過ごした。 あれから一度もあの地下格納庫には入っていないし、その許可も下りていない。 具体的な説明も受けないままこんな事をしているのもどうかと思うが、習うより慣れろという事だろうか。
自分たちが何をしなければならないのか、そしてその為に何が出来るのか。 それだけでも判っただけで進展はあったと言えるだろう。 今のところ冬風と海斗、二人しか顔をあわせていないわけだが。
「そういえば、生徒会と言う割には三人しか居ないのか? これだけ広い部屋に三人……僕を含めなければ二人と言うのは……?」
「あ、そっか。 うん、あのね? 生徒会は香澄ちゃんを含めて六人いるんだ。 全員がチーム、キルシュヴァッサーに所属していて、それぞれの役割を持ってる」
「それで、他の人たちは?」
「一人は多分、他の結晶機の調整に付き合ってるんだと思う。 残りの二人は他のチームとの連絡役で、次の模擬戦の打ち合わせかな」
何だ、サボっているわけではないのか。 まあ、この二週間毎日ここに通っていたわけではないし、擦れ違った日もあるのかもしれない。
となると、しばらくは俺が身体張った担当か……。 まあ、女の冬風にやらせるわけにもいかないし、どうにも……って、他のチームと模擬戦!?
「お、おい……!? 他にも結晶機を持ったチームがいるのか!?」
「当たり前でしょう? 私たち第三生徒会の他に第一、第二生徒会のメンバーもそれぞれ結晶機を所有しています。 キルシュヴァッサーも含め、全ての結晶機はまだ実用段階ではなく試験運用段階なんです。 だから、定期的に連絡を取り合って情報交換し、互いの結晶機の性能をテストするんです」
なるほど、言われてみれば当然だ。 三方にちらばるそれぞれの共同学園が自分たちの担当エリアに出現するミスリルを討伐すれば効率もいい。 そう考えれば本来他の地区に出現するはずだったミスリルが第三学園の地区に現れたとすれば、異常なミスリルの出現頻度にも説明が付く。
特におかしな点はない。 考えてみれば辻褄の合う話だ。 キルシュヴァッサーのような結晶機を俺たち三人だけに預けているというのもむしろ妙だろう。
アイスコーヒーを飲み干し、紙コップをダストシュートに投げ込む。 行儀が悪かったのが気に入らないのか、冬風は唇をとんがらせて俺を見ていた。
「私たちも、ミスリルについては判っている事の方が少ないんです。 出現パターンも、それが『なんなのか』も……。 ただ『倒せる』から今は何とかなっているけれど、真実を模索しなければ勝利し続けるのは難しいはずですから」
「そういえば結晶機って言うのも何なんだろうな……。 人間が作っている物なのかい?」
「それについてはまた後で話をするよ。 とりあえず今日はお疲れ様ってことで、解散でいいかな?」
時計を見るといい時間だった。 熱心に部活をしている連中もこんな時間までは残っていないだろう。
生徒会室の自動販売機は生徒会手帳があれば無料で利用できるので、最後にスポーツドリンクを一気飲みする。 二人は既に戸締りを済ませ入り口付近に立っていた。
雨季に突入し、やたらと降り続ける雨。 今日は晴れていたかと思ったのだが、気づけば雨が降り出していた。 討伐に行った時には曇っていた気もするが、必死だったせいでよく覚えていない。
「海斗、あの自動販売機でよくジュース飲んでるよね」
「生徒会に無理矢理入れられたんだから、少しくらい役得が無くてはね」
なんて話をしていると普段ならば冬風から横槍が入るのだが、今日に限ってそれがなかった。 違和感を覚えたのは海斗も同じだったらしい。 ふと同時に振り返ると、冬風は何か考え事をしているのか口元に手を当てながら深刻な表情を浮かべていた。
「冬風さん?」
「響さん、どうかしたの?」
「……え? あ、は、なんでもないの! うん、なんでもない」
なんでもないといった様子ではなかったが、本人がないというのだからないのだろう。 わざわざ深入りしてやるつもりはない。
そうして歩き出した俺たちだったが、相変わらず冬風は上の空だった。 海斗と一緒にいるときは海斗の話を注意深く聞いているのが当たり前の冬風が海斗の言葉に反応しない。 妙な時間が続く。
「香澄ちゃん、もしかして響さんに何かした?」
「どういう意味だそれは……。 僕は何もしていない。 何かされた記憶ならあるが」
「じょ、冗談だよ……。 でもそういえばここの所響さん、少し元気がないかも。 ちょっと心配だな」
「他人の事情に一々関わっていると身が持ちませんよ。 放っておけばいいのでは?」
「うん……。 でもほら、響さんって結構溜め込んでガマンしちゃうタイプだからさ。 香澄ちゃんも少し、気に掛けてあげてくれないかな……?」
まあ、そういわれて首を横に振るわけにも行かない。 実際に行うかどうかは兎も角として、俺は仕方なく頷いておいた。
玄関口まで来て焦ったのは、自分が傘を持っていない事に気づいたからだ。 思わず脱力する。 全身傷だらけなのに、雨の中ダッシュとか笑えない。
「参った……。 二人とも先に帰ってくれ。 どうにも傘を忘れてしまったみたいだから、生徒会室で時間を潰そうかな」
会長、副会長の俺たちは生徒会室の合鍵を渡されている。 それに暗黙の了解として生徒会室は二十四時間俺たちの為に空けられているようだ。
今から戻って雨が上がるかどうかは微妙なところだとは思うが、もうゆっくり横になれればどこでもいい気がする。 生徒会室には仮眠施設もあるし、とりあえずずぶぬれにはならずに済むだろうか。
「香澄ちゃん、傘忘れちゃったの? 置き傘とかは?」
「最近編入してきたばかりの僕にそういうものを期待されてもな……。 君たちはここで生活するのも三年目だから慣れたものかもしれないが」
「あ、そっか。 香澄ちゃんって最近来たんだったね。 えっと、相合傘して帰る?」
「そっ!! それは駄目ですっ!!!!」
突然叫びだした冬風に目を丸くする俺たち。
「駄目です駄目ですっ!! 何か……なんかそれはイケナイんですう!」
「な、何が……?」
「えーと……。 何か、駄目みたいだから……。 響さん、香澄ちゃんを入れてくれる?」
それは背丈的な問題で無理がないか? まあお前とでも無理があるが。
どちらにせよ嫌いな相手を傘には入れたくないだろう。 冬風も何ともいえない表情を浮かべている。
「判りました。 じゃあ、そうしましょう」
しかし答えは意外にもYESだった。 少し照れくさそうに柄にウサギの装飾が施されたピンクの傘を取り出し、俺に差し出す。
「いいのか?」
「……貴方は嫌いですけど、だからって雨にぬれるのは可哀想ですから。 怪我人に辛く当たるなんて、私には出来ません」
ずいっと突き出し、カチコチに固まったままそっぽを向く冬風。 ウサギの傘を受け取り、思わず溜息を零した。
嫌いな相手でも親切に、か。 思い遣りと受け取るべきか、それとも海斗の前だからという事なのか。 いや、どちらにせよありがたい事には変わりない。
この二週間で冬風に対する印象も少し変わってきた。 最初ほど俺に突っかかってくる事もなくなったし、冬風は俺が気に入らないからといって仕事に支障をきたす事もない。 やる事はやって、それから文句を言うのだ。 何とも真面目な性格だとは思うが、少なくとも俺の中の印象は最初よりも良い方向に傾いてきていた。
だが、だからってこの身長差はどうかと思う。 女性用らしいウサギの傘はどう考えても二人は入れる代物ではなかったし、小柄な冬風と長身の俺とではどうにも上手くいかない。
「ありがたいがお返しするよ。 それで君に風邪を引かれても寝覚めが悪い」
「……意地を張らずに人の親切は受け取ったほうがいいですよ?」
「残念ながら素直じゃなくてね」
そんなやり取りをする俺たちの近くに足音が迫っていた。 目を向けるとそこには大きな傘を担いだありすの姿が。
「あ、いたいた! お兄ちゃん傘忘れてったでしょ? はい、これ」
「……ありす、わざわざ届けてくれたのか? こんな時間に……」
「本当は生徒会室まで行こうかと思ってたんだけど、手間が省けちゃったね。 こんにちは海斗くん! それから、えーと……」
「冬風響です。 こんにちは、ありすちゃん」
「響さんっていうんだ。 こんにちはー」
屈託のない笑顔を浮かべるありす。 その笑顔に相応しい応酬としての笑顔を浮かべて握手する冬風。 俺に対する態度と随分違うな。
それにしてもわざわざ傘を届けてくれるとは思わなかった。 しかも素晴らしいタイミングだ。 時々ありすはテレパシーでも使えるんじゃないかと思うほど俺の要望にすばやく応えてくれることがある。 何とも出来た娘だ。
「お兄ちゃんにしては珍しい単純な失敗だったね。 天気予報見なかったの?」
「確認していたはずなんだが、寝ぼけていたのかな……。 ありがとうありす、助かったよ」
「えへへっ、どういたしましてーっ!」
無邪気に笑うありす。 険悪なムードはどこへやら、俺たち全員それに釣られて微笑んでいた。
「でも、ありすちゃんそれ私服? おへそ出てるけど……すごいね」
「え? これ露出少ないくらいだけど」
「そ、そうなんだ……。 うーん、私が変なのかなぁ」
ありすのファッションセンスは俺も時々変だと思う。
何はともあれこれで帰れる。 黒い傘を広げ、一歩前に出た。
「それじゃあ帰るか、ありす」
「うん! あ、そーだ。 海斗くん、響さん、よかったら夕飯食べていかない?」
「え?」 「わあ〜!」 「はい?」
三者三様のリアクションを返す俺たち。 ありすを見下ろすとぺろりと舌を出してお茶面笑っている。
「お兄ちゃんが生徒会でお世話になってるみたいだし。 いいでしょ? お兄ちゃん」
「いや、でもな……」
「むー! ここまで傘運んできてあげたのに、そういうんだー」
ぐっ。 それを言われるとなあ……。
「それじゃあ、ボクはお呼ばれしちゃおうかな?」
「え? それじゃあ私も……」
何故そうなる。 お前は少し海斗の意見に逆らってみろよ。
と、今更言ったところでどうなるわけもなし。 結局俺たちは四人揃って我が家で夕飯という事になった。
当然綾乃さんは帰ってこないので、迷惑をかけるという事はない。 片づけをきちんとすれば誰かが来た痕跡さえ残らないだろうし。
「お邪魔します」
二人の声が重なり、自宅に上がる。
和室に入った二人はコタツを見て流石に驚いていた。 もう夏も目前だというのに未だにありすはコタツから離れる事が出来ない。
流石に暖かくはしていないようだが、コタツに入るという行為そのものが病み付きなのかもしれない。 よくコタツに入っては転がっている。
「それじゃあ、みんなはここで待っててね。 お夕飯すぐ作っちゃうから」
「え? ありすちゃん料理出来るんですか?」
「うん。 うちはありすが家事してるんだよ」
「え、えらい……。 桐野君にも見習ってほしいですね」
何故そうなる。 つーか俺もやってるっつーの。
「にしてもコタツかあ……。 なんかこの時期にコタツに入ってるのって不思議な感じだね」
「僕もそう思うよ。 最近はありす、アイスを食べながらコタツに入ってる。 暑いんだろうけど」
じゃあ撤去すればいいのに、とは誰も言わなかった。 鼻歌を歌いながら料理を進めるありすにはどうやら聞こえていないらしい。
とりあえず適当にTVを付けニュース番組を流す。 眼鏡を外してテーブルの渕に置き、目頭を押さえる。
「しかし疲れたな……。 ミスリルが出る度に怪我してたらそのうち僕は死ぬんじゃないか」
「ごめんね香澄ちゃん……。 でもお陰で被害者も今のところ今月はゼロ人だし、響さんもすぐ動けて助かってるよ。 こういう人材もやっぱり必要なんだね」
苦笑を浮かべる海斗。 冬風も同意なのか、黙って目を閉じていた。 感謝してもらえるのは構わないが、もう少し素直にありがとうと言ってもらいたいものだと俺が言うのはおかしなことだろうか。
「そういえば香澄ちゃん、ありすちゃんと二人暮しなの?」
「いや。 綾乃さん……母親も同居しているんだが、週に一、二回しか戻ってこないからな。 そういう意味では二人暮しみたいなものか」
「桐野くん、妹さんに手を出したり……」
「するかっ!! ありすは十三歳だぞ!? どんだけロリコンなんだよ!!」
「その焦り方が怪しいです……。 確かにありすちゃん、すごくかわいいし気も利くし……いいお嫁さんになると思うけど……」
「そういえば香澄ちゃんとありすちゃんって血が繋がってないんだっけ」
「お前は余計な事を言うな!! これ以上ややこしくなったらどうするつもりだ!?」
それに一応父親は同じだっつーの!
そんなこんなで下らない雑談を繰り返していると、ありすの作ったカレーが運ばれてきた。 恐らく家を出る前から仕込んでいたのだろう。 作り置き出来るものは多めに作っておくありすの習慣のお陰か、量が足りなくなるという事はなかった。
四人で四方からコタツを囲み、夕飯が始まった。 ちなみに判っているとは思うが今は七月下旬である。
「なんかこうして皆でご飯食べるのって久しぶり。 ママは全然帰ってこないし」
「お、おいしい……。 ありすちゃん小さいのに本当にすごい……。 私も見習わなくちゃ」
「んー! 香澄ちゃん、本当にありすちゃんをお嫁さんにしちゃったら? すっごくおいしいよ、これ!」
「訳わからんことを言うな」
普通に美味しいがそんなに感動するほどのものか? 毎日食べていたせいで、これが普通になりつつある……。
「それにこの家、昔から変わらないんだね。 ボクの家は取り壊されちゃったけど、こうしてると色々思い出すよ。 ね、香澄ちゃん?」
確かにこの家で俺たちは良く遊んでいた。 だがその話題は出来れば避けたかったので俺は無言でカレーを口に運ぶ。 俺とこいつがこの家で遊んでいた記憶には、必ず姉貴の思い出がまとわり付くから。
「ねえねえ、生徒会って普段何してるの? なんかお兄ちゃんいっつも怪我して帰ってくるんだけど」
「え、ええと……生徒会はねー……」
冬風が答えに詰まっていると、ニュースに気になる映像が流れ始めた。 それは今日俺たちが討伐したミスリルに纏わる情報だった。
被害者はゼロだったそうだが、やはりビルなど建造物には被害があったらしい。 そりゃ語愁傷様と言うしかないが、大事にしないためには仕方が無い。
『目撃者は口々に目には見えない何かが暴れていたと証言しており、同様のケースの事件は確認されているだけでも今月六件目となります』
「六件目……」
冬風の唇が小さく動いた。 俺たちが知っているだけで三件。 残りの三件は恐らく他の地区の担当者が討伐したのだとは思うが、それにしてもすごい数だ。
あんな化け物が半月足らずで六機も現れたという事実。 そして判明しているだけで六件と言う言葉の意味。
思わずカレーを口に運ぶ手が止まってしまう。 思っている以上にミスリルはこの街に潜伏しているのかも知れない。 そう考えると、何とも言えない気分になった。
『特区東京フロンティア政府は詳細を調査し、市民に発表すると公表していますが、依然調査結果はまとまる気配がなく、真相究明には時間がかかりそうです』
『特区東京政府は基本的に情報操作しますからねえ。 秘密兵器の開発とか、色々な憶測が飛び交っていますが、まあ真相が発表される事はないでしょうね。 ちなみに似たようなケースの事件は騒がれずとも数年前から起きていて……』
コメンテーターのいう事も尤もだ。 恐らくその情報が開示されるのは当分先になることだろう。 勿論いつかは発表しなければならないことだとは思うが。
しばらく続くミスリル関連の報道に耳を傾けていると、ありすがいつの間にかじっと俺を見つめていた。 慌てて視線を向けると、ありすは首を傾げる。
「生徒会ってまじめなの? みんなそんな食い入るようにニュース見てるなんて……」
「ああ、いや、これはな……」
「真面目で仕事熱心なのもいいけど、ホント身体には気をつけてよね? お兄ちゃんまた包帯増えてるし……」
「ははは……。 ごめんなありす」
「うん。 しょうがないから、生徒会室にありすも入っていい? 時々遊びに行きたいなー」
突然のありすのお願いに顔を見合わせる俺たち。 しかしこの場に恐らくありすに対して悪い印象を持っている人間はいないだろう。
「まあ、たまになら……構わないですよ。 仕事中はちょっとあれですけど」
「大丈夫大丈夫! 邪魔はしないよ! それどころか何でも手伝っちゃうんだから! お兄ちゃん一人だけにしてたらなんだかありす不安だし」
「それはどういう意味だありす……」
「そのまんまの意味っ! 文句があるなら怪我しないで帰ってからにしてよね!」
まあ、確かにありすの言うとおりだろう。
こうしてその日は四人で夕飯を済ませ、解散となった。
雨の中さっていく二人の傘に手を振り、ありすはにこにこと朗らかに笑っていた。