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銀翼の、キルシュヴァッサー(5)


『作戦の内容はシンプルだ。つまるところ、キルシュヴァッサーと香澄が東京フロンティアの結晶塔を抑える。全力でやれば暫く時間が稼げる……そうだろう?』


俺の行いが正しかったかどうかは、やはり今の俺には判断の出来ないことだ。

別に、この世界の英雄になりたかったわけじゃない。別に、どうしようもないほど守りたかったものがあるわけじゃない。

ただ、俺は今ここにいて、やるべきことがある。やらなきゃいけないことがある。信じられる仲間がいる。そして、ケリをつけなきゃならない奴が居る。

だからそう、別に理由なんてどうでもいい。今後の事だって知ったこっちゃあない。

俺達はまだ子供で……だから、今出来る事をやるしかないんだ。その結果この世界にどんな影響を与えてしまう事になったとしても――それは、それだ。


『香澄が東京フロンティアを抑えている限り、世界は滅ばない。だからその間に残りの戦力で他の結晶塔を制圧するんだ。勿論、アダムの刺客が護衛しているだろうが、それを何とかしなきゃならない』


最強のミスリル、世界の闇を相手にする前に、まずは仲間の勝利を信じねばならない。

しかし俺は迷わなかった。今の俺がこの一年の戦いで変わったように、皆もこの戦いの中で何かを見つけ、何かを選んできたはずだから。

その先に在る答えが正しいのかどうか、俺達は今正にそれを試されようとしている。俺たちの戦いの結末……その是非を教えてくれるのは、何よりもこの戦いの結果なのだ。

だから、俺は信じてこの場所で皆の合図を待てる。東京の結晶塔の中で待っているはずの、あいつのところへ行くのを躊躇出来る。

触れようとすることさえ出来ない東京の結晶塔――その結界も、他の全ての塔が崩れ去れば弱まるだろう。勝機は結局そうやって作るしかないのだ。

ならばもう、考えたところで無意味なこと。今はただ胸の中でざわめく皆への想いを確かに受け止めて、ただここで待つだけだ。

両手を翳し、結晶塔に流れる時を隔絶する。完全に遮断された時の奔流は、決して俺より背後の世界を蝕む事は無い。


「――信じてるぜ、皆」


笑って待っててやる。


「だから……勝って戻って来いよ」


全員とは、もう行かないけど。


「明日に進むんだ――皆の足で」



⇒銀翼のキルシュヴァッサー(5)



大地に激しい轟音と共に倒れた深緑のエルブルス。その頭を鷲づかみにしたまま、軋轢のエルブルスは項垂れていた。

激しい殴り合いの果てに、二人の間にあった決着――。それは確かにどうやっても避けることの出来ない、片方の敗北を意味している。

血に染まった結晶塔の中、二つのエルブルスは言葉も無く佇んでいた。エドゥワルドはコックピットの中、両目を閉じて小さく呟く。


「――――君が、羨ましいよ。君にはもう、フェリックス機関という居場所は必要ないんだね」


「…………」


「僕は、あそこからは離れられないから……。君が、妬ましいよ。僕もそう、自由で在りたかった。参考までに聞かせてもらってもいいかな? 君はどうしてそこまで変わったんだい?」


「別に、変わったわけじゃない……」


ずっとずっと昔から、誰かと一緒に居たかった。

悲しい時、辛い時、涙が止まらない夜、傍に居て、抱きしめて……お互いの存在を認識できる相手が居れば良かった。

それ以上のことは望まなかったけれど、それは幼き日からずっと求めていた事。だから別に、変わったわけではない。


「ただ……自分に素直になっただけ。人は全てに縛られる必要なんてない。自分の殻を破った時、初めて自由になれるから」


「……そうか。君が変わったのだとしたら……それを君に教えてくれた人との出会いが、そうだったんだろうね」


「ん。香澄は……すごく、かっこいいんだ」


照れくさそうに、しかし嬉しそうに。幸せを噛み締めるようなその笑顔にエドゥワルドも釣られて苦笑を浮かべていた。

全身の力を抜いて、自由な気持ちを考える。そうすれば案外と直ぐに妙案は浮かび上がってくる物……今更ながらにそんな事を思う。

何もかもを否定したかったのは、それ以外の自分の姿をイメージ出来ないから。でも今、目の前にその先の幸せを知った少女が確かに存在している。


「僕にも、なれるかな……。君みたいに……」


エドゥワルドの言葉にアレクサンドラは無言で手を差し伸べる。その手を取ろうとする深緑のエルブルスの装甲を、上空からの砲撃が撃ちぬいた。

爆音の中、アレクサンドラが見たのは結晶の世界に浮かび上がる龍神艦ジルニトラの姿だった。砲撃の直撃を受け、半身を吹き飛ばされたエドゥワルドは目を見開き、アレクサンドラを突き飛ばす。

激しい轟音の中、ジルニトラから容赦なく発射される結晶の砲弾が大地を吹き飛ばして行く。その焔の中に、エドゥワルドの姿は一瞬で呑み込まれた。

悲鳴を上げる事も叫ぶ事も出来ないまま、砲弾の嵐がアレクサンドラを襲う。せっかくギリギリで掴み取った命も、今正に一瞬で燃え尽きようとしていた――。



「次ッ!!」


切り伏せた敵の数など覚えてはいない。

己の傷など、省みるつもりもない。

戦って勝利するまで決して振り返らないのだと決めた。

それ以上は望まない。ならば今、結晶の世界の中であったとしても、不安に胸を締め付けられる事も無い。

黒翼のキルシュヴァルツはその両手に携えた鎌を振り回し、近寄る全ての敵を駆逐する。相手がどんな存在であれ無関係に、ただただ全てを両断する。

近づくミスリルの全てがその闇の翼に脅えていた。キルシュヴァッサーのそれが全てのミスリルを威圧するように、キルシュヴァルツの存在はもう一つの偽りの王座。故に、全てのミスリルにとって畏怖すべき存在。

進藤海斗の心に戸惑いは無かった。結晶塔の内部という異常な空間において尚、彼の冷静さは微塵も狂う事がない。

正確に、無慈悲に敵を切り裂いていくその所作はまるで冷酷な機械を彷彿とさせる。実際今の彼は、彼の本質そのものである冷酷さを存分に発揮しつつあった。

何かを守るために何かを犠牲にするという愚かしいまでの残酷さ。それを今彼は振りかざすことになんの迷いも抱いていない。

得ようとするのならば己の両手を汚したとしても全力で、徹底的に、全てを薙ぎ払う必要がある。進藤海斗は友の為、世界の為、今まさに己を一個の修羅へと変貌させていた。

キルシュヴァルツという超高性能な機体のスペックを遺憾なく発揮し、あっさりとミスリルを撃退するその姿は最後の契約の騎士ナイトオブテスタメントを名乗るに相応しい。

漆黒の鎌が螺旋を描く。血飛沫は美しく黒い結晶世界を鮮血に染め上げ、しかし闇の中で舞い踊る漆黒の死神がその血で汚される事はない。

致死なる輪舞――。すべてを切り裂き踊る死のシルエット。そのコックピットで進藤海斗は深く息をついた。

鎌を大地に叩き付け、その両目を輝かせるキルシュヴァルツ。圧倒的な力を前に、最早それに逆らおうとする姿は一つとして存在しなかった。


「――大人しく結晶塔が崩れる瞬間を見届けてください。どれだけの数のミスリルがボクの前に立っても、それは無意味です」


キルシュヴァルツの歩みを前に、全てのミスリルが道を空ける。結晶塔の中心部で鎌を高々と振り上げたキルシュヴァルツは、結晶塔そのものに対して一撃を見舞う。

それは結晶塔そのものを粉砕し、破壊し、その機能と意思を奪い去っていく。全てのミスリルが攻撃を取りやめた戦場で、海斗は小さく息を吐き出した。


「これで一つ、結晶塔を抑えた……。ありす、残りの結晶塔はどうなってる?」


『わかんない……。この中に居ると、外の状況とかも全然つかめなくて……』


「ここにはマグナスもジルニトラも居なかった……。他の契約の騎士団ナイツオブテスタメントの姿もなかったしね。となると、ここじゃないどこかの結晶塔で、他の誰かが苦戦してるはずだ。キルシュヴァルツの速さなら追いつける……ありす、皆の後を――」


『待って。だったらありすたちは東京に戻って、キルシュヴァッサーを護衛しよう。他の皆は大丈夫だよ』


「でも、ただのミスリルでも数がこうまで重なると苦戦するのに……」


『――――皆、やるって誓って出撃したんだよ。だからもう、ここで振り返るのはただの侮辱。それより、お兄ちゃんが襲われでもしたらどうしようもないでしょ? 余裕があるありすたちが動かなきゃ』


ありすの言葉に海斗は一瞬迷った。しかし、直ぐに気持ちを持ち直す。

そう、仲間はみんなどうなっているかわからない。ただ今偶然海斗たちの担当する結晶塔が問題なく制圧できただけで作戦は終わったわけではない。

本番はこれからなのだ。桐野香澄がアダムを倒せない限り、戦いに決着はつけられない。ならば今は、仲間を信じて後退する事。


「それも、一つの絆……か」


翼を広げ、結晶塔の世界から飛び立って行くキルシュヴァルツ。ミスリルたちはただその美しい翼の飛翔を見送っていた。



東京フロンティアにて結晶塔の覚醒を止め続けるキルシュヴァッサーを取り囲む無数のミスリルの影があった。

その数は数百、数千にも及ぶ。この世界の結晶塔全てに同時に発生した異変を察知して、ミスリルたちが次々と全ての結晶塔の始まりである東京へと集いはじめていたのである。

しかし、香澄は身動きをとるわけにはいかなかった。全ての力を結晶塔の停止にのみ注ぎ込んでいる今、キルシュヴァッサーに戦闘は不可能。次々と雪崩のように迫ってくるミスリルの大群を目に、香澄は冷や汗を流していた。


「くそ……間に合わないのか……っ?」


結晶塔の封印を解除し、戦闘するべきか。しかしそうなれば東京フロンティアの街はあっという間に飲み込まれる事になる。

この街にはまだ、最後の最後まで諦めずにミスリルと戦おうとする人々の命がある。中にはただ故郷の異変を見守ろうと集まり戻ってきた一般人の姿もあるだろう。それら全てを犠牲にする事は香澄には出来そうもなかった。

仲間を信じている……しかし戦力不足は圧倒的。数えられるだけの結晶機で数え切れない数のミスリルを相手にする事がそもそも間違いだったのか――。

キルシュヴァッサーに襲い掛かるミスリルの群れ。香澄が覚悟を決めた直後、上空より無数の剣が降り注ぎ、ミスリルたちを射抜いていく。


「結晶の剣……? フランベルジュか!?」


キルシュヴァッサーの背後に舞い降りたのは蒼穹のミスリル。両手には細身の結晶剣を手に、キルシュヴァッサーへと問い掛ける。


「よお、香澄。アダムと喧嘩するんだってな? 助太刀するぜ」


「あんた……!? どうしてこんなタイミングよく駆けつけるんだよ」


「別に、タイミングよかねえさ。ヴェラードの奴から連絡もらってな。お前らをサポートしてくれって頭下げられちまったんだからしょうがねえ。あーそういや残りの結晶塔だが、国連軍が多分何とかしてくれるぞー」


「だから、何で国連軍が……?」


「俺が知るかよ。あー……まあ、如月のお偉いさんとかが頭下げて頼み込んだんじゃねえの? つーわけでハイ、おしゃべりは終了! お前は時間が来るまで俺とフランベルジュが守ってやるよ。てめえはてめえの都合だけ考えてやがれ!!」


フランベルジュが両手を広げる。すると頭上から降り注いだ結晶の剣がキルシュヴァッサーを守護するように周囲に浮かび、近づくミスリルの攻撃からキルシュヴァッサーを守っていた。

剣を束ねた結晶の翼を広げたフランベルジュは近づくミスリルを次々と切り伏せて行く。攻撃を巨大な結晶の壁を生み出して防ぎ、近づかないものには剣を投擲する。


「いくらなんでも、守りながら戦うのは無茶だろ!?」


「無茶だろうが無謀だろうが男はやると決めたらやるんだよ!! どりゃあああああっ!!」


華麗な動きでダイナミックに敵を排除していくフランベルジュ。その頭上から突如巨大な正方形の物体が落下し、地盤を砕いてフランベルジュを吹き飛ばす。

揺れは街全体にも及んだ。キルシュヴァッサーはバランスを崩し、膝を着く。その頭上からさらに銀翼の結晶機を狙い、攻撃が続けられる。

受け止めていたのはフランベルジュだった。その視線の先、空中に浮遊するカラフルなカラーリングのミスリルが急降下し接近してきていた。


『フランベルジュ! 君はいちいち邪魔な存在だね!』


「キューブか!? 大人しく最後まで潜伏してりゃいいのに――ったく、邪魔すんじゃねえっ!!」


キューブの放つ正方形は独自の動きでフランベルジュをあらゆる角度から攻撃する。それそのものを防ぐ事は難しくはないが、キルシュヴァッサーへの攻撃を効果的に織り交ぜることで、ジャスティスは完全に攻撃に翻弄されていた。

守りながらの戦いが彼を窮地に追いやっていた。周囲からはミスリルが相変わらず襲い掛かってくる上に、キューブの猛攻――防ぐ事すらままならなかった。


「お前、アダムについて楽しいのかよ!?」


『楽しいとか楽しくないとかじゃないでしょ? 僕ら騎士団が何のために存在したのか、お前たちは忘れたようだなっ!!』


「ぐっ!?」


背後からキューブの攻撃の直撃を受けたフランベルジュが膝を着くと、その一瞬で周囲から凄まじい猛攻が繰り出される。

全身を激しく打ち付けられ、砕けるフランベルジュの装甲。香澄がその様子に振り返り、フランベルジュへと救いの手を差し伸べようとした時。二人は片手を翳し、香澄の行動を制した。


『――貴方は貴方のやるべき事をやりなさい、桐野香澄』


「――――っつっても、あんたらそのままじゃ……!」


「問題ねえ。ここで朽ち果てても、俺達は本望だ」


ゆっくりと立ち上がり、再び剣を構える騎士。そう、フランベルジュにとってもジャスティスにとっても――この状況は願ったり叶ったりだった。


「俺達は、仲間の秋名を守ってやれなかった……。だが今、同じように運命に立ち向かうあいつの弟の背中をこうして守れる。俺たちはずっと、あの時出来なかった事を……その夢を、叶えたくて。だから今までこうしてやってきたんだからな」


『秋名の事をわかってあげていたのに、仲間だったのに……私たちは彼女を救わなかった。あの時背を向けてしまった真実に、今もう一度向かい合いたいのです』


騎士は王の背中を守るため、命を賭けていた。最早その姿に香澄はかける言葉を持たなかった。


「今までずっと、あんたたちのこと気に入らなかったけど……これ終わったら、もう少しちゃんと話してみるか――」


『ええ、それはお互い様に』


「ああ――。だからあの時の願いを――叶えさせてくれや!!」


ジャスティスが声を上げたその時だった。

桐野香澄を守るように、いくつもの影が其の場所に円陣を組み、武器を構えていた。

オラトリオ、バンディット、サザンクロス。三つのミスリルはキルシュヴァッサーの元へと集い、主を守るために剣を取る。

騎士たちの集合に香澄は完全に目をぱりくちさせて驚いていたが、それも仕方のないことだろう。何だかんだで今まで味方とは呼べなかったミスリルたちが――彼らの主を滅ぼすであろうこの銀翼の前に立ち、壁となろうとしているのだから。


「間に合いましたか? 桐野香澄」


「ヴェラード!? どこ乗ってんだ、お前!?」


キルシュヴァッサーの肩の上にヴェラードの姿があった。仮面のミスリルは結晶塔を眺め、語りだす。


「我々にも我々なりの答えがありまして。我々は確かにアダムとキルシュヴァッサーを守る存在――。しかし真の力を引き継ぎ目覚めた今の貴方ならば、私たちはそのすべてを賭けて守ってしまっても良いのだと……そう考えたまでの話です」


「俺を守るって言うのか……? ミスリルであるお前らが……?」


「関係、ありませんよ――。この世界に生きる一つの命ならば……全てを消して作り直すなんてやり方は、やはりスマートではないでしょうから」


ヴェラードはそれだけ語り、それ以上何も語ろうとはしなかった。

騎士たちが迫り来るミスリルを駆逐するために動き出す。その後姿を眺めながら、香澄は目を細め、誰にも聞こえないような小さな声で呟いた。


「――ありがとう……みんな」



「――――う」


エルブルスのコックピットの中、途切れかけた意識でアレクサンドラは瞳を開く。

爆撃と砲撃の中、成す術も無い。血まみれの身体と消え去りそうな痛みの中、歯を食いしばって身体を起こした。

隣には朽ち果てた血と残骸の山と成り果てたもう一つのエルブルスが頭を潰され腕を伸ばしたまま停止していた。それは、アレクサンドラの一人の弟が彼女を救おうと手を伸ばした姿に他ならなかった。

沢山の想いを受け、ここに居る事を認識するたびに心が震える。何としても、目的を果たさねばならない――その想いが全てだった。

しかしアレクサンドラもエルブルスもまた、満身創痍だった。槍を失い武器は無く、全身は格闘戦闘で傷だらけ。

それでも少女は立ち上がる。灰色の機体から鮮血を撒き散らし、雄叫びと共に駆け出した。

飛翔するジルニトラからの激しい砲撃の中、手足を吹き飛ばされて大地に伏しても尚、少女は前だけを見つめていた。


「…………やること、やらなきゃ……ね」


コックピットの中、少女が手にしたのは自爆スイッチだった。

エルブルスの内部に仕組んだ対ミスリル用爆薬。その起爆スイッチである。

握り締める手は震えなかった。もう一歩も動けない。しかし、目的は――結晶塔は破壊しなければならないから。

深く息を吸い込む。ジルニトラの砲撃の音よりも、心臓の鼓動の音に耳を済ませていた。

吐息と脈打つ心臓だけが世界の全てとなり、アレクサンドラはそっと目を閉じた。吐き出す息がとてもとても熱い。しかし、けれど――思い出す事は良かった事ばかりで。

何もなかったわけではない。無意味だったわけではない。何も残せないわけではない。

ただ、幸せだったことだけが脳裏に過ぎっていく。そして願わくば――その景色が永遠に続く事を祈っている。

涙が流れた。しかしそれは不幸を嘆く悲しみの涙ではなく。この世界に生きる事が出来た事を、感謝する涙――。


「そこに、あたしが居なくても……ねえ、香澄」


きっと、永遠の意味を見つけてね――――。


スイッチを押した。

エルブルスの体内から銀色の光が溢れ出し、そして――。



「ありがとう、香澄……。次に会う時は……もっと、違う出会い方がいいな――――」



「――――結晶塔が……」


香澄が目にしたのは目の前の金色の結晶塔が光を弱めて行く姿だった。

天を貫く金色の輝き。それは世界の夜と昼を切り裂いて雲を突き抜け星さえも照らし出す。

しかし香澄はその輝きの意味を知ってしまった。目の前の道を開くために、仲間の命が失われていく事。そしてその先に待っているのが――最早幸せな結末ではないという事を。

涙が溢れた。しかし、迷う暇はなかった。周囲では騎士たちが王である香澄を往かせる為だけに命をかけて世界の敵と戦っている。

それらの責任を背負い、全てを前に香澄は涙を拭い去った。翼を広げたキルシュヴァッサーが大空へと羽ばたき、世界の空を銀色に染め上げて行く。


「行けえっ!! 香澄――ッ!!」


『行きなさい! 桐野香澄!!』


「ご武運を、銀翼のキルシュヴァッサー」


香澄はその声に応えなかった。応えない代わりに真っ直ぐに塔を見据え、力いっぱい翼を羽ばたかせる。

全ての有限と永遠に決着をつけるため、キルシュヴァッサーが空を舞う。

その金色の塔の向こう側、確かに蠢く世界の悪意を感じ取りながら――。


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