銀翼の、キルシュヴァッサー(4)
夜の闇を引き裂き、エルブルスはロシアの大地を疾走していた。
目指す場所はロシアの結晶塔。今はもう何人たりとも近づく事の出来ないほど、大量のミスリルによって警護された堅牢なる塔に、少女はたった一人で挑まねばならない。
オペレーションキルシュヴァッサーを成功させる鍵は、仲間を信じる心。裏返しにすればそれは誰か一人でも失敗すれば全てが終わってしまう紙一重の戦いという意味でもある。
だがしかしその重く孤独な世界の闇に立ち向かいながらも、少女は心に希望の光を抱いていた。今この瞬間戦っているのは自分だけではない。仲間たちが共に戦っているのだと信じられるから、今は前に進める。
正面から接近してくる無数のミスリルを相手に、巨大な槍を携えて突撃する。重力の結界を纏った巨大な破壊の弾丸となり、敵陣へと切り込んだエルブルスが吼える。
空を、大地を、世界を奮わせる決意はアレクサンドラの心を研ぎ澄まし、彼女の本心と願いを世界に響き渡らせる。静かに深く息を付き、アレクサンドラは目を閉じた。
「――――さあ、かかって来なさい。有象無象も関係無く、あたしとエルブルスはお前たちを駆逐する!!」
瞳を開いたアレクサンドラは口元に微笑を湛えていた。それは、エルブルスと心を繋げた結果、溢れ出る力と意思が彼女にそうさせていた。
かつてエルブルスはキルシュヴァッサーでさえ凌駕するほどの力を持っていた。それはパイロットに極度の負担を与え、思考を奪う精神を荒らげるシステムのためだった。
今、彼女はそれを己の意思で作動させている。溢れ出る殺意と憎しみと、それら全てを受け止めて。本当は、分かっているのだ。それはアダムの実験の中、悲惨な最期をこの場所で遂げた沢山の兄弟たちの嘆きの声なのだと。
アレクサンドラの頬を涙が伝う。涙を流しながら、少女はエルブルスを前へと突き進ませる。もう、後戻りは出来ない。生きて戻り――そして、今度こそやり直すのだと誓ったのだから。
「ふ――っははっ!! お前たち如きがあたしを止められるとでも思うわけ!? 邪魔なんだよ……! とっとと消えて失せろッ!! 道は――あたしのモノだああああっ!!」
突き出した槍が放つ灰色の閃光が全てを押しつぶし跳ね飛ばす軋轢の力となる。
大量のミスリルを駆逐しながら駆け抜ける中、アレクサンドラの脳裏にあるのはたった一つの想いだけ。
そう、それ以上の言葉など必要ない。それ以上の想いなど――あってないようなものだ。
それこそ永遠に限りなく近い、有限の奇跡なのだから。
⇒銀翼の、キルシュヴァッサー(4)
『結晶塔を壊す方法は、二つある。一つは、結晶塔の内部にミスリルの力を使ってアクセスする事だ』
結晶塔を臨む大地を不知火が駆けていた。手にした刃は既に数え切れないほどのミスリルを両断し灰燼に帰した。
北京フロンティアの結晶塔に刃を携えて真っ直ぐに真っ直ぐに突き進む少女は、どれだけの返り血を浴び様とも迷いはしない。
『結晶塔はミスリルそのものであり、巨大な一つの器でもある。それに直接アクセスして……中で決着をつけるんだ』
「――――逃げるわけには、行かないな……」
揮った刃は一撃で正面の敵を焼き尽くす。刃を振って、振って、駆逐して。何とか前へと進む道を模索する。
『中に何が待っているのかはわからない。ただ、お前たちにしかそれはできないんだ。ミスリルに適合する能力を持つお前たちだけが、結晶塔にアクセス出来る』
「どけええええええええっ!!」
ミスリルを踏み台に、大空へと跳躍する。空中を舞いながら空を焦がし、焔の剣士は月夜に舞う。
目指す場所は結晶塔のみ。それ以外のミスリルをいくら倒したところで、何の意味もないのだから。
『だが、中に入って出てこられる保障はないし、中で勝てるかどうかもわからない。だからもう一つの手段を用意しておく』
結晶塔にたどり着いたイゾルデは迷わずその場所に不知火を突っ込ませる。
結晶の壁は最初柔らかく不知火を拒絶していたが、やがてゲル状に変質し、すっぽりと結晶機を飲み込んでしまった。
内部に足を踏み入れた瞬間、コックピットの中に居るはずのイゾルデの頬を突風が撫でて行く。開かれたその光に包まれた場所は真っ白い、限りなく純白の景色だった。
どこまでもどこまでも続いている永遠の景色。そこには時の流れも無ければ世界の限界も存在しない。無限にして永遠の城。その景色の中に、イゾルデは立っていた。
正面には刃を携えた一人の剣士の姿。それは彼女が長い間夢見て追い続けた背中。イゾルデは悲しみを堪えきれず、眉を潜めた。
『もし、どうしても勝てなかったとしても――俺たちには後が無い。だからその時は……皆一緒にアウトだ』
「お前がここの番人であった偶然に、私は感謝すべきなのだろうな」
イゾルデはそう呟き、刃を抜き去る。鞘にもうこの白刃を収めるつもりは無い。それを投げ捨て、両手で太刀を構える。
向かい側に立つ剣士も同様に鞘を投げ捨てた。これは既にお互いにとっての最後の戦い。勝利した方が世界の未来を見る事が出来る、死地の決闘。
振り返った剣士は煌びやかに髪と振袖を舞わせる。空からは白い桜の花びらが舞い散り、二人は刃を構えたまま対峙する。
「ほう、この間の……。私はキルシュヴァッサーと闘りたかったのだが……まあ、贅沢は言うまい。一度私に敗れたその刃で、斬れるのかな?」
「それは……やってみなければ判らないでしょっ!!」
雄叫びと共に駆け出すイゾルデと、悠々と歩き出すマグナス。
二人の剣士の刃が空中にて火花を散らした瞬間、二人は結晶機の姿に戻っていた。同時に刃を何度もぶつけ合い、互角に切り結ぶ二つの紅いシルエット。舞い散る桜の中、二人はお互いの過去に決別するべく、刃を揮う。
その白刃に映し出すのは相手への殺意ではない。少なくともイゾルデはそこに仲間の想いを乗せていた。そして、自分自身の決意を……。
振り下ろす斬撃が激突する。刃と刃、想いと想い、二つの拮抗する威力はお互いへと刃を微塵も寄せ付けない。
相手を斬り伏せるのに必要な全てを二人はその瞬間にかけていた。語り合う意味はなく、それだけの意義もない。
所詮、人間は愚かな生き物。言葉では何も伝えきれない。擦れ違い、迷い、間違いを繰り返すだろう。
だから、闘うのではないか。少女は想う。己の想いを伝える手段は――世界に覚悟を証明する術は、言葉だけではないのではないかと。
もし本当にその願いが真実ならば。永遠さえも砕くだけの力を持つのならば。それは、言葉にせずとも想いが自ずと結果をはじき出す。
世界から打ち滅ぼされるのは己か、敵か。シンプルなその力のぶつかり合いが、きっと言葉に出来ない沢山の物を世界に伝えてくれるから。
生きて汗を流し、呼吸を乱し、刃を揮う手がしびれても、それでいい。それこそ己の生きた証であり、世界に証明したかった確かなもの。
永遠を砕く為に――未来へと投擲する一縷の光なのだから。
「遅いな……。キルシュヴァッサーは、目にも留まらぬ速さだったぞ」
構えから繰り出される一瞬の斬撃が三連続で不知火へと打ち込まれる。不知火はそれを受け、腕に食い込む刃を何とか弾き返した。
鮮血が舞い散り、虚空を舞う白い花びらを朱に染めて行く。イゾルデは歯を食いしばり必死で反撃するも、それは紙一重でマグナスには及ばない。
マグナスの繰り出す刃は着実に不知火へと届きはじめていた。全身の各所を切り裂く刃の一撃に怯み、しかし後退する事は無い。
「ふん……。どうした、その程度なのか? お前の力は……想いは。私の器が育てた存在がお前のようなものならば――其の一生に意味などなかった」
「――――意味なら、あったさ!」
叫び声は空に響き渡る。二人は壁をすり抜け、想いだけが相手に伝う世界で向かい合う。
「この世界に無意味な事なんて……無い!」
「あたしたちは自分自身の為に、ここまで来た! 世界を救うためなんかじゃない! 自分自身の未来の為に、ここに来た!」
灰色の結晶世界の中、重力を込めた槍が世界を穿つ。
エルブルスと相対するのは、深緑のエルブルスだった。もう一機、アダムが生み出したエルブルスの中、アレクサンドラは嘗ての兄弟と刃を交えていた。
「君は人の意思が何かを変えるとまだ勘違いしているのか。世界という大きな命を変える手段など、僕たちは持ち合わせていない。人は弱いから、神という偶像を必要とするんだ」
緑のエルブルスから放たれた重力の波動がアレクサンドラを弾き飛ばす。空中で姿勢を揺らがせたその姿勢に、再び重力の砲弾を討ち込まれる。
連続で攻撃を叩き込まれ、遥か彼方まで吹き飛んで行くアレクサンドラ。無様な姿勢のまま大地に叩きつけられ、槍をついて立ち上がる。
「目を覚ましなよ、アレクサンドラ。人は支配されているほうが幸せなんだ。自分で考えずに……痛みや感情に流されている方がいい。その方が自分に素直じゃないか。いちいちそんなものを克服する必要なんかない。僕も君も人形なら……それ以上を望む必要なんてないだろ?」
エドゥワルドは槍を構えて突進する。二つのエルブルスの衝突は大地を砕き、結晶の世界に新たな亀裂を生じさせていく。
「僕が今まで君を見逃してきたのは、君ならアダムの考えに賛同出来ると思ったからだよ。君は僕と同じように、支配されたままのほうが幸せなんだ」
「支配されたままの方が幸せ……!? 自分の勝手な理屈をあたしに押し付けるなっ!!」
「僕らはこのまま世界に生きていたところで家族も帰るべき場所もない、孤独な存在だ。僕らの存在は誰の心にも残らないまま世界の結晶となり朽ちていく……意味のない魂なんだよ」
「意味なら、ある!」
槍を揮い、エドゥワルドを押し返す。正面から突撃し、シンプルな体当たりで敵を大きく弾き飛ばした。
「家族は居なくても、仲間がいる! 帰る場所なら、作れるんだっ!! 世界も居場所も関係ない! あたしたちに出来る事は、意味を作る事じゃない! 誰かの心に……残る事でもないっ!!」
エルブルスの手にした巨大なランスが回転を始める。重力を帯びた灰色の輝きが螺旋を描き、触れても居ない大地を砕く。
「大切なのは何かに流される事でも支配される事でもない! 傷ついて楽な道を選ぶお前には判らないだろうけどね……っ!! いつまでも弱音吐いて甘ったれてるだけだって事に、いい加減気づきなさいよッ!!」
螺旋の槍が放たれる。それは重力の竜巻を描きながらエドゥワルドへと迫る。
深緑のエルブルスはそれを槍で受け止めていた。暴れ狂う力の方向性は一瞬でエルブルスを弾き飛ばし、大地を抉って空を刻む。
「――――分かっていないのは君のほうだ、アレクサンドラ」
立ち上がったエルブルス。二機は再び激突する。
「僕たちはそのエルブルスの中に居る沢山の同士の命の上に成り立っているんだ! 生まれた瞬間から罪を抱いて生きている僕たちが、何かを残せるなんて想いあがるなっ!!」
「分かっていないのはあんたの方よ、エドゥワルド……ッ!!」
至近距離で、激突したままで。二つのエルブルスは同時に槍を回転させる。
「その想いの無念を晴らす為にも――! ここであたしたちが幸せにならないわけにはいかないんでしょう――ッ!?」
接触状態で同時に放たれた螺旋の槍は二つのエルブルスの胸を同時に穿ち貫く。溢れ出る鮮血の中、二機は槍を突き刺したまま手放し、素手で殴りあう。
それはどう見ても効率的ではない、まるで子供の喧嘩のような戦いだった。しかし二人は本気だった。心の底から純粋に拳を振るっているからこそ、そんな無様を晒しているのだ。
拳がお互いの顔面へと叩き込まれる度、二人は認識せざるを得なくなる。お互いの気持ちや理想を。しかしそれがわかっているからこそ、否定せずにはいられない――。
何よりアレクサンドラには負けられない理由があった。何があっても決して諦めてはならない理由があった。
「――になるって、決めたんだ……!」
エルブルスが朽ちて果ててしまったとしても、心に誓った事がある。
「香澄の事を……! すきになるって、決めたんだああああああっ!!」
アレクサンドラの拳が、エドゥワルドを守る強固な装甲へと突き刺さる。
血塗られた手で失った物もある。血塗られた手だからこそ、掴めるものも、在る――!
「これからずっと……皆一緒に生きて行く為にッ!! ここから全部をやり直す! 過去を無かった事に出来ないのならば、今! あたしは――ッ!!」
「……ァアレクサンドラアアアア――ッッ!!」
反撃の拳がアレクサンドラの胸を穿つ。二つの巨大なシルエットは腕で、拳で、相手を叩きのめす為だけに、ただただ前へ――。
そこに最早意思はなかった。理由は関係ない。戦いを始めた以上、その結末は常に一つ――。
決定的なる勝敗という運命により、勝者と敗者――意思を貫けた人間を決定するのみ――!
たとえ振り上げた拳が砕けようとも。
たとえその首が圧し折れようとも。
たとえ己と相手の生み出した血の海に溺れる事になろうとも。
それは最早関係の無い。最早全ては意味をもたず。故にそれらは全て、無意味でさえ無い――。
「――――超えたいと願ったのだ」
刃を打ち鳴らす、イゾルデも同じ事。
「闘うと決めたのだ――」
そこに、意味や理由を問うだけ無駄な事。
主義主張、己の中に正義はある。ならばせめて――安らかに眠れるように。
「私はここで――敗北するわけにはいかないのだっ!!」
「その意思、五臓六腑を撒き散らしてもまだ健在か? 四肢を切り裂き血だるまとしても、尚健在か? 試してみようではないか」
マグナスの瞳が輝く。直後、炎熱で加速した一閃が虚空を切り裂いた。
それは目に留まる事もないまま、不知火の手首を一撃で切り落とした。刃を持ったままの腕が消え去り、イゾルデはそれに気を取られた。
「――――死んだよ、お前」
下段に太刀を構え、低い姿勢から乗り出すマグナス。独特のその歩方に、イゾルデは見覚えがあった。
見開かれる瞳とは無関係に、マグナスの繰り出す閃光の一撃は一撃の内に三連続で太刀を繰り出すだけの速さと重さを持っていた。
一閃を紙一重で交わした不知火に、回避方向からの斬撃が襲い掛かる。左肩から袈裟に突き刺さった斬撃に続き、首を刎ねる横一閃――。
刀を肘で受け、身体を捻る。首は半分ほど繋がったまま何とか無事、しかし腕は片方完全に使い物にならなくなった。
まるで刹那の出来事であった事を誇示するかのように、遅れて鮮血が宙を舞う。膝を着いた不知火に、マグナスは太刀を突きつけた。
「よく生きていたな……と言いたいところだが、所詮その様子では時間の問題か。この魂と記憶の渦の中、お前も飲まれて灰燼に帰すが良い」
イゾルデの身体は震えていた。やはり、敵わないのか。やはり、超えられないのか――。それとも或いはまだ、迷いがあるのか。
しかし今はそんな事より仲間たちの期待に応えられない事が悔しくて仕方が無かった。涙さえ流し、唇を噛み締める……。敗北さえも覚悟したその刹那、聞こえてきたのは友の声だった。
『何やってんだイゾルデッ!! いつまでそこで這い蹲ってる!?』
聞こえないはずの声が聞こえていた。
声はあらゆる場所から聞こえてくる。顔を上げた少女は目前の鬼神の如き強さを持つ獄炎の剣士を前に、歯を食いしばる。
『諦めんな! 斬れる! 斬れねえと思ってるから斬れないんだよ!! いいか、お前が自分を信じられないなら、俺が言ってやるッ!!』
結晶塔の外側に、一人の少年の姿があった。
ミスリルの山を書き沸け、血まみれになってたどり着いた少年。その背後では彼を援護すべく、如月重工の応援により駆けつけたハイブリッド隊が戦闘を繰り広げていた。
その中でも如月崇行と如月朱雀が操るハイブリッドが木田という一人の少年を彼女の戦う結晶塔へと送り届けていた。彼は一人、生身の両足で戦場を駆け抜け、爆発とミスリルの大群をものともせず、見事たどり着いて見せたのである。
『イゾルデ・エアハルトッ!! お前は強い! お前はやれる! お前は斬れる! お前が信じられなくても俺が信じてる!! 皆お前を信じてる!! だから立てよイゾルデ……! 一緒にあいつを、ぶっ叩斬ろうぜ……っ!!』
「木田……お前……」
『大丈夫だ。失敗しても、お前一人じゃ死なせない……。俺もここで、一緒にお陀仏してやるよ』
作戦が失敗した時、彼らが取れる最後の方法は――自爆だった。
キルシュヴァッサーの『ミスリル殺し』の結晶を大量に詰め込み、周囲のミスリル細胞を爆死させる機能を持つ爆弾。それを結晶機の中に内蔵しているのである。
しかしそれは結晶塔の内部でしか効果的に運用できず、そしてそこで発動すれば周囲を飲み込んで大爆発し、擬似的なグランドスラム現象を誘発する代物である。無論、逃げることは愚か、生き残る事など夢のまた血夢。
木田はそんな恐怖の中からイゾルデを救いたかった。少しでも最後の瞬間まで傍にいてやりたかった。全身怪我だらけで満身創痍、血を流した無様な姿のまま、結晶塔に背を預けて語りかける。
『俺の知ってるお前は……強くてカッコイイ、最高の女なんだ。なあ、イゾルデよ……斬ろうぜ。斬っちまおうぜ。あんなやつ、バッサリとよ――』
語りかける、彼の吐息をすぐ近くに感じていた。
深く息を付き、それから静かに瞳を閉じる。
心を研ぎ澄まし、この窮地からの起死回生を願う。
やれるか? 否。やるのだ。それ以外に、想いに応える術はない。
「一人では、ないさ……」
立ち上がり、切り伏せられた腕から刃を手にして片手で構える。
「貴方の動きなら……頭の中で何度も繰り返した」
数百数千回。心の中で反芻した、理想の姿。今ここで顕現せずして何の為の日々か。
「あれからもう十年……。その十年間の中、私が培ったものを貴方に見せる」
片手での無様な構え。立ち上がった剣士に対し、マグナスは無言で刃を構えた。
先ほどと同じ構え。一瞬で三度は殺せる必殺剣。マグナスの――如月桜花の会得した、剣戟の極地――。
「――ごめんね、木田。私……一人じゃ振れそうにないから」
『ああ。手伝ってやるさ。お安い御用だ――』
目を閉じれは、隣に木田の存在を感じる。
二人で握り締めた片手の剣は、両手さえも凌駕する。
何故ならそこにある想いは三本腕――。二本で構えた剣を、圧力で突破するは道理。
少女は心の底から素直になる事にした。深呼吸して瞳を開けば、世界は白く白くどこまでも白く広がっている。
ああ、美しいではないか。決戦の舞台ならば、雌雄を決するならば、このような舞台で無くては――。
過去に決別する為に。
新たな一歩を踏み出す為に。
「貴方の背中を超えさせてもらう」
イゾルデ・エアハルトは――。
「――――如月桜花を、斬る」
マグナスの三連撃が不知火へと同時に襲い掛かる。
三つの剣戟全てが即死の一撃。しかしイゾルデはそれに対して剣をあわせようとはしなかった。
ただ、目を見開き――今まで何度も脳内でトレースした動きを、現実の物にする。
一撃。身体を背後に捻り。
ニ撃。踊るように身体ごと前へ。
三撃。首を守らず屈んだまま、刃の防衛線の向こう側へ踏み込む――。
複雑な三つの斬撃。それらを全て紙一重で不知火は回避していた。残されたのは大振りな必殺技を繰り出し、無防備を晒したマグナスの身体のみ。
イゾルデは踏み込む。その一歩は大地をも砕く重さを有す。それは、上段から下段へと。シンプルに、振り下ろす一閃――!
「桜花――ねえさあああああああああんっ!!」
頭部に突き刺さった剣は。
そのまま、マグナスというミスリルを縦に真っ二つに両断する。
切り伏せた直後、不知火の太刀は罅割れて砕け散る。その舞い散る刃は桜の花びらにも似て、朱に染められた白銀は空を舞う。
マグナスの視線は何も言わずにイゾルデを見つめていた。
イゾルデはあわせた視線をそっと閉じ、涙を流したままその場に倒れた。
最早動く事は一歩も敵わない。イゾルデもまた、マグナスと同じく血溜まりの中へとその身を投げ出して沈黙していた……。