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銀翼の、キルシュヴァッサー(1)

いよいよラストエピソード。


三月の真夜中の空は肌寒く、しかしもうじき春を向かえ、暖かさを取り戻すだろう。

移ろい行く日々と季節と時の中、得ては失いまた何かに手を伸ばして。そうして生きてきた日々全てに、桐野香澄は向き合っていた。

ずっとずっと認める事の出来なかった姉、秋名の死と変える事の出来ない世界の現実。それと向き合うように、過去彼女を自らの手で欲し滅ぼした場所に香澄は立っていた。

崩れ去ったアスファルトの世界の中、今はもう居ない彼女の思い出に手を合わせる。瞳を閉じ、見上げた空から吹き抜ける風は様々な思い出を吹き飛ばして行く。

失ってしまう事が恐ろしくて溜まらなかった。それを手放してしまう事で、全てを失ってしまうように思っていた。

だが、そうではない。たとえ思い出や記憶が全て消えてしまったとしても、心の中に残る生きた証だけは絶対に消す事は出来ない。

感情ならばいつかは薄れて解けて行く。しかしその向こう側にあった熱い思い出だけは、絶対に消える事がないのだと香澄は理解したから。


「――お別れだ、秋名」


夜空の下に、銀色の髪と真紅の瞳に賭けて誓う。


「俺、強くなるよ。強く生きて行くよ。もう、あんたがいなくても泣かないように……。誰かの涙を、止めて上げられるようになるから」


香澄は涙を流さなかった。それどころか微笑を浮かべ、穏やかな表情で深呼吸する。

心の中でもう一度、愛する人に別れを告げて。


「――――ケリ、つけてくるよ。俺は俺の、やり方で……。不器用でも、そうするしか……前に進む方法はないと思うから」


背を向けて歩き出す。一歩踏みしめるたびにその歩みは過去を風の中へと攫い込んで行く。

失うことを恐れるのではなく、その思い出を力に新しい世界へと歩き続けて行く。

たとえその先に何もなかったとしても。信じて歩んだ道だけが、己の世界を定義づける真実なのだから。



⇒銀翼の、キルシュヴァッサー(1)



桐野香澄が決意を胸に姉に別れを告げる一時間前――。

香澄たちは如月重工の本社ビル、地下工業エリアを歩いていた。

香澄とキルシュヴァッサーの変化、それに伴う大幅な力の増幅。それに付け加え結晶塔の異様な光に、既に戦線は崩壊し街はパニックに陥っている。

状況を冷静に観測、判断できる組織は今この東京フロンティアに如月重工しか存在しない。チームキルシュヴァッサーが解散したことで軍との関連性が弱まっていた事が逆に幸運へと傾いたのである。

佐崎の案内で地下工業プラントの奥地に立ち入った香澄は眉を潜めた。己が見たわけではないが、香澄にはその景色の記憶があった。


「……キルシュヴァッサーの保管室か」


過去、そこには鎖に繋がれた製造途中のキルシュヴァッサーがぶら下がっていた場所だった。

今は何も無いその場所に、日比野と綾乃が香澄たちを待っていた。香澄は綾乃の姿に一瞬困惑したが、視線を反らさずにきちんと彼女の視線に応えた。

それだけで綾乃は香澄が変わったのだと理解した。胸に抱いたファイルを握り締める指先に少しだけ力を強く込め、目を細める。


「悟ったのね。キルシュヴァッサーの意思を」


「……お陰様でな」


二人は近くまで歩み寄り、視線を交わす。真剣な眼差しはやがて解けるように甘くなり、二人は小さく息をついた。


「本当に強くなったのね、香澄ちゃん……。なんだか嬉しいような……寂しいような、複雑な気分」


「あんたには訊きたい事が山ほどあるんだ。悪いけど、悠長に話している余裕はない」


「ええ、わかってるわ。結晶塔の事でしょう? 丁度分析が終わった所だから、こっちへ来て。ちゃんと座って話せる場所を用意しているから」


案内されたのは会議室のような空間だった。モニターやデスクが完備され、暖房も効いている。落ち着いて腰を据えて一息つくと、綾乃は語り始めた。


「みんなは、どこまで真実に近づけたのかしら? たぶん、もう分かっている事もあると思うけど……少し、状況を纏めるわね」


結晶塔で暴走を開始しているのは、現在は東京フロンティアの一つのみである。

他にもこの世界には確認されているだけで六つの結晶塔が存在するが、それらの全ては未だ何の反応も示す様子はない。


「結晶塔がなんであるか……まず話はそこからね。香澄ちゃん、説明は必要?」


「いや、必要ない」


香澄の言葉に視線が集中する。香澄は当たり前のようにテーブルを指先でたたきながら、ゆっくりと言葉を続けた。


「結晶塔は、世界の意思を具現化した存在……なんだろ?」


「世界の……?」


「いし……?」


ありすと海斗が同時に首を傾げる。香澄は複雑そうな表情を浮かべ、綾乃を見やる。


「俺の言い方はかなり主観的だから正確とは言えないかもしれない。ただ、結晶塔は『そういうもの』なんだ。見る人によって捉え方は様々だが……世界に近い言い方をするのならば、『この世界に起きた歴史、事象、並びにこの世界で生きてきた生命の記憶』の貯蔵庫、かな」


何を言っているのか全く判らないと言った様子で全員が黙り込む。しかし、綾乃だけは香澄の言葉を理解しているようだった。


「香澄ちゃんの言う通り。あれはつまり『世界の記録』にして、『世界の声』『意思』『想い』『願い』とも言えるもの。突然オカルトな話になるんだけど、皆は死後の世界とか信じる?」


綾乃の言うとおり、逸れは確かに突拍子も無い話だった。しかし、元々わけのわからないミスリルやら結晶機といった存在と当たり前のように同居をしている事を思えば、そんな物が存在したとしても別段不思議ではないようにも思える。


「人は死んだらどうなるのか? それはわからないけれど、ミスリルはどう?」


ミスリルは死亡すればその身体は結晶の欠片となって世界に解けて行く。

砕けたものは霧散し、世界の景色に解けて消えてしまう。人間も死ねばその身体はやがて朽ち果て世界に同化する。

では、意思はどうか?

人の意思はどこへ消えるのか。それは誰にも理解の出来ない事だ。だがしかしミスリルという生命の存在が、それに一つの回答を見出すだけの可能性を与えてくれる。


「香澄ちゃんは、死んだ秋名ちゃんの意思を確かに受け取ったんでしょ?」


「……ああ。『死』んだとしても、意思は『何か』を媒介にすれば世界に維持される……。結晶塔は巨大な『意思のサーバー』なんだ」


「感覚的に理解するのはちょっと難しいかもしれないわね。でも、他に言い様もないの。結晶塔は巨大な結晶……いわばミスリルの塊。そこには通常では保存しきれないような莫大な量の記憶、知識が収められているの」


今までミスリルは、結晶塔から生まれるのではないかという推測が行われてきた。

故に結晶塔を包囲するように存在する一種の要塞であるフロンティア都市によってその存在は監視を続けられてきたのである。

ミスリルという生命の始まりは、一人の少女……女王からのものだった。しかし女王は朽ち果て、ミスリルは自分たちで勝手に仲間を増殖させていく。

ではそれでも尚結晶塔がミスリルの発生源ではないかと疑われるのは何故か。それは、実際にフロンティア都市でのミスリル発生件数がずばぬけて多いというデータが理由にある。


「これは、結晶塔にミスリルが集まっているという言い方も出来るわね」


「だけど、ミスリルは実際に結晶塔からも生まれてくる」


「そうね。結晶塔とミスリルは……働きアリとその巣、見たいなものかしら」


ミスリルは知識や意思を欲する。

欲して手に入れた知識や意思はただ消化して活動のエサにするだけではなく、ミスリル同士の中にある精神的に繋がった部分を通じて、結晶塔へと送られるのである。

ミスリルたちは日々知識や記憶を搾取し、それを結晶塔へと送り続ける。そうしていく事で結晶塔の中には混沌とした記憶と感情のデータベースが生み出される事になる。

感情や意思といったものは決して一言二言で割り切れるようなものではない。逆に言えば理解にはそれだけ苦しむ事になる。故に結晶塔の内部に存在しないデータが送られてくる事により、結晶塔は己の体内からその『疑問』を解決する能力を持ったミスリルを生み出すのである。


「つまり、ミスリルは日々人間を理解する為に必要な人材を結晶塔から量産しつつ、爆発的に増えていくわけ。一般的なミスリルと騎士団クラスのミスリルが所有している意志力の差はそこから生じるの」


一般的なミスリルは所詮『決められた知識を回収する』だけの役割しか持たない。己の自由意志で行動し、並外れた力と目的を持つ騎士団クラスは、結晶塔から生まれたのではなく原初のミスリルであるキルシュヴァッサーから生み出された物。その二つの間には大きな隔たりが存在する。


「少し話がずれてしまったけど、つまり結晶塔はミスリルの巣窟であり、意思と知識のデータベースであるってこと。そこだけ抑えてくれれば問題ないわ」


「その、データベースである結晶塔の何がどうしちゃって、ああなってるの?」


ありすの言葉に綾乃は頷く。部屋の照明が落とされ、全員が眺められる位置に配置された大型のモニターに結晶塔の映像が映し出される。


「そもそもその結晶塔は何故出現したのか? 結晶塔をこの世界に生み出すグランドスラム現象を行ったのは、言うまでもなくアダムなの」


グランドスラム現象。それは、結晶塔がその規模を拡大する際に発生する物体の消滅現象である。

巨大な結晶塔も、元々は小さなミスリルだった。それが一瞬にして巨大な塔を構築するに当たり、必要な事がある。


「キルシュヴァッサーには『再生』と『破壊』の力が存在するの」


桐野香澄の感情が高鳴ることで発動した、銀翼の波動。

それは周囲の物体全てを破壊し、キルシュヴァッサーの体内に取り込む事が出来る。

同様の能力をリインカーネーションも所持している。アダムのそれの場合、破壊した全てを他の物体の中に収める事も可能なのである。


「リインカーネーションの『転生』は、街単位で世界を削り分解し、結晶塔の元となる存在に一気に流し込む事が可能なの。大量の記憶と意思を食らい尽くしたミスリルは急速に成長し――……その後どうなるのかはわかるわね?」


「じゃ、じゃあ……グランドスラム現象って……」


「そうね。超超広範囲かつ命の有無を無関係に行われる、空間ごとを吸収するメモリーバックだと言えるわ」


時空を切り裂く能力を持つキルシュヴァッサーならば、グランドスラム現象を起こす事は容易なのである。

そのキルシュヴァッサーの力を引き継いでいるリインカーネーションもまた、グランドスラム現象により世界を大きく駆逐する事が可能なのだ。


「その上で、結晶塔が今どうなっているのかを説明すると……あれは今、無限に成長しようとしている、と言えるわ」


元々結晶塔もミスリルである。沢山の知識や命を取り込みたいという欲求は確かなものであり、故に結晶塔はミスリルたちに大量の知識を要求する。

しかしそれそのものが巨大なミスリルだというのならば、手駒を使わずとも己の力で大量に周囲を飲み込めば済む話。それを何故、今まで結晶塔は行わなかったのか。


「行わなかったんじゃなくて、行えなかったの。彼らの創造主であるアダムがそれを望んでいなかったから」


「でも今親父は世界の全てを結晶塔が飲み込む事を良しとしている……だろ?」


頷く綾乃。その場に居る全員が驚きを隠せなかった。結晶塔ほどの巨大な存在が、全てを飲み込もうと動き出したならばどうなるのか……その結果を先ほど目の当たりにしたばかりなのだから。


「じ、じゃあ……世界はもうあと数時間で全部なくなってしまうってことですか……!?」


「それを防ぐ為に、こうしてここに集まってるのよ? 海斗ちゃん」


「教えてくれ、綾乃さん。俺は何をすればいい? どうすればあの親父を止められる?」


香澄の言葉に迷いや不安は感じ取れなかった。やろうと想う事を、やろうと願う事を、そしてその手段を綾乃が与えてくれる事を信じて疑っていないのだ。

確固たる意思は全ての不可能さえ可能にしてしまうような強さを秘めている。香澄のその堂々とした態度に、周囲の焦燥も徐々に収まっていった。


「結晶塔の覚醒はまだ、東京フロンティアでしか始まっていない。その覚醒も香澄ちゃんが時を止めているおかげで進行していないわ。六つの結晶塔は全てがリンクしていて、一つが完全に覚醒すれば爆発的スピードで全てが同時に暴走を開始するわ。でも逆に言えば、東京フロンティアの結晶塔を停止させている間、他の結晶塔は動かない」


「つまり……」


「そう。今の私たちに出来ることは、東京フロンティアのものを除く五つの結晶塔を、同時に破壊することだけよ」


しかし、結晶塔は通常の攻撃手段で破壊する事は出来ない。

結晶塔はただでさえ巨大である上に全てがミスリルの装甲と同じ頑強さを持っている。故に通常兵器どころか結晶機での攻撃でさえびくともしないのだ。


「でも、今のみんなだったら……不可能じゃない。そうでしょ?」


頷いたのは木田と佐崎だった。

二人は綾乃の前に立ち、それから深呼吸をして話し出す。


「……今から俺たちがやろうとしていることは、正直賭けによる部分が大きい」


「それでも、多分可能性はこれっきゃねえ。アダムの奴に一泡吹かせる作戦……皆、悪いけどこれに賭けてくれ――」



「香澄」


「……アレクサンドラか」


最後の作戦の直前、アレクサンドラは香澄の傍に駆け寄ると、そのままの勢いでその腕の中に飛び込んだ。

夜の闇を切り裂くサーチライトに照らされ、銀色の翼を広げるキルシュヴァッサーの前。二人は冷たい風の中抱き合い、アレクサンドラは香澄の胸に顔を埋めながら、振るえる指先で香澄の上着を握り締めた。


「ど、どうしたんだ……急に?」


「急なんかじゃないよ。ただちょっと、こうするタイミングがなかっただけで」


「……お前は相変わらずだな。お前が何を考えてるのか、結局未だに俺はよくわからないままだよ」


「わかんなくても、いいよ。そのままでも……別に、いいから」


香澄の体温を、その傷の跡を直ぐ傍で感じていた。

身体を離しても、心だけは繋がっていたかった。これから過酷な戦いへと臨まなければならないアレクサンドラが、ただ一つだけ思い残す事。


「出撃まで、もうすぐだね」


「……ああ」


「そうしたら、次に会う時は……全部終わった時だね」


「そうだな」


「……香澄は」


呟きながら顔を上げたアレクサンドラの表情はどこか寂しげで、浮かない様子だった。

それも無理は無い。今の香澄は全ての痛みや傷、思い出を乗り越えた先に立っている強い存在だから。その隣にはもう、どんな人だって必要ないのだ。

誰かに支えてもらわなければ立てなかった香澄。存在を肯定してくれた香澄の傍に居たかったアレクサンドラ。二人の奇妙な関係は、お互いの弱さと傷跡が生み出した物に過ぎなかった。

香澄が過去を乗り越え、己の強さを取り戻した今。アレクサンドラが、この世界と向き合おうと決めた今。二人の間にあったどうしようもなくほつれていた暖かい糸は緩んで解けてしまったように思える。

ただ、それが寂しくて。でも今寂しいなんてことは言えなくて。アレクサンドラは言葉を詰まらせた。これから辛い戦いをしなければならないというのに、自分勝手な事を考えている自分を嫌悪しながら。

そんな彼女の頭を撫で、香澄は優しく微笑んだ。その微笑は今までアレクサンドラが見た事が無いほど、きらきら輝いていて。少女の顔は一瞬で真っ赤に染まってしまった。


「今までの俺は多分、どこかで仲間を疑ってたんだと思う」


戸惑うアレクサンドラを他所に、香澄は語り始める。


「でも、今は皆を信じられるから。こんな危なっかしい作戦だって……お前たちに任せられる。アレクサンドラ、お前だから任せられるんだ。わかるか?」


アレクサンドラは首を縦にこくこく振った。香澄は強く頷き、空を見上げる。


「色々もう、取り返しはつかない。でもこれから、いくらでも俺達はやり直せる。生きていける……。だから、信じて……それでも信じて。皆と一緒にやり遂げたいんだ。チームキルシュヴァッサーの、桐野香澄として」


「……香澄」


風が吹き、彼の銀色の髪をすり抜けて行く。

その輝きの景色が何故か涙で滲んで、頬を伝うそのあふれ出した感情にアレクサンドラは戸惑いを隠せなかった。とめようとしてもとめられず、ぼろぼろと零れる涙は絶え間なく瞳からあふれ出して行く。


「あ、あれ?」


香澄が優しくて、香澄が強くて、香澄にまた会えて、嬉しいはずなのに。

香澄が見ているものが弱さや過去ではなく、未来なのだと悟った時。その隣に自分がいられる景色が全く想像出来なかった。

彼の生きる道は孤高の道。道さえない荒野の中、当ての無い希望を探して前に進み続けるような、そんな生き方を選んでいる。そこには傷を癒すような必要性も、ちょっとやそっとで他人を頼るような甘さも存在しない。

なんだか急に香澄が遠いところへいってしまったような気がして、堪らなく寂しくなってしまった。香澄が記憶喪失になったときから、ずっとそうだった。

彼には仲間がいて、一人ではなくて。お互いに一人ぼっちで同じ痛みを抱えていたからこそ触れ合う事が出来たのに、今ではもう香澄はアレクサンドラだけのものではなくなってしまった。

その傍に居る資格を、自分の中に見出せなくなってしまったのかもしれない。零れ落ちる涙の一つ一つを冷静に見送りながら、アレクサンドラは立ち尽くしていた。


「ど、どうしたんだよいきなり!? 何で泣いてるんだ!?」


「……えっと……。よく、わかんないけど……」


涙を拭いながら、立ち尽くす。何も言葉が出てこなくて頭の中が真っ白になった。

でももう、香澄に頼ってばかりではだめなのだ。これからは世界と向き合って、自分の意思で生きていくと決めたのだ。

誰かの意思や行動に支配され続けるのは、人形であり続けるのと同じ事だから。過去の自分と決別する為にも、そうやってきちんと前に進むのだと決めたのだ。そのはずなのに。

今更になって胸が苦しくて、寂しくて、悲しくて。気づけば子供のように声を上げて両手で顔を覆い、涙を流していた。小さな鳴き声が静かな夜の闇に響き渡り、香澄は困惑しながらも、恐る恐ると言った手つきでアレクサンドラを抱きしめた。

目を丸くする少女の瞳を覗き込み、香澄は苦笑する。それだけでぴたりと涙は止んでしまった。


「何で、お前が俺にくっつきたがるのかって訊いたら……安心できるから、って言ったよな」


過去の景色が脳裏を過ぎる。自分と彼が、いつでも近くで触れ合えていた記憶が。


「自分を許せなかった時……お前は俺を許してくれるって言った。本当は俺、それで随分救われてたんだ」


「……香澄……」


「何で泣いてるのかわかんないけど、一人でそうやって抱え込むなよ。お前とも、なんだかんだで色々あっただろ? 深い付き合いなんだし……辛いなら、いつでもこうしてやるから」


許してあげるから。

その香澄の言葉に余計に涙が止まらなくなって、腕の中でもう一度泣いた。

香澄はどこか遠くへ行ってしまったわけではない。辛い時はいつでも駆けつけてくれるから。それは、変わらないまま。彼は今でも少女のヒーローのままだった。

離れて行く事を悲しんでいてはならない。共に前に歩むのならば強さと弱さを兼ね備えねば。全てを上手くやることは出来なくとも……権利を持たずとも。


「香澄の事……好きに、なってもいいかな?」


その、想いだけは許してほしいと。


「好きになるってこと、よく、わかってなかったけど……。今なら香澄の事……ちゃんと、好きになれる気がするから」


今までの、必要だから支えあうだけの関係ではなく。

兄と、妹のようなふれあいではなく。

もっと深く、同じ遠くを目指すパートナーとして、彼の隣に在りたいと願った。

アレクサンドラの真っ直ぐな瞳に香澄は少しだけ照れくさそうに苦笑し、頭をぐりぐりと撫でて背を向けた。


「――――勝手にしろ、バカ」


その姿が本当に愛らしかったから。


「……えへ。えへへへへっ! かっすみ〜!」


「だー! いつまで引っ付いてんだよお前は!?」


「んー、出撃まで」


ちゃんと戻ってきたら、沢山の願いを語ろう。

過去に決別を告げられたのならば、きちんと明日へ向かおう。

せめてその力を今は授けてほしいから。

どうか、許してほしいと願う事に、罪も罰もないはずだから。

香澄の背中にしがみ付き、泣きながら笑うアレクサンドラとそれを溜息交じりに受ける香澄。

二人のそのシルエットが光の中、離れる事は無く――。



そしてまた、二人のそれが一つになることはもう二度と無かった。



その日、人類とミスリルの決着をつける最後の作戦が密かに開始された。

作戦名は、『オペレーション・キルシュヴァッサー』。


桐野香澄と世界との、最後の戦いが幕を開けた――。



〜キルシュヴァッサー劇場〜


*みなさん、ありがとう! 編*



『エンディングその3』


ありす「また読むのに千分超える作品になっちゃったね」


香澄「そうだなあ……。読者の人に本当に申し訳がない」


ありす「なんかこのペースだと七十部チョイくらいになりそうな気もするね」


香澄「本当に申し訳ない」


ありす「うーん……なんかもうここでやることもなくなってきちゃったね」


香澄「まあ、もう後は終わるだけだしな」


ありす「今回はエピローグ部分を従来より多めに取る予定なのだ〜!」


香澄「タイトルがサブタイトルになるともう終わりって感じがするなあ」


ありす「うー……なんか急に寂しくなってきたよ」


香澄「ロボット物としては霹靂〜に続いて二作目だから前回よりは落ち着いて書けたが、やはり長くやっているとそれなりに思い入れも出来るからな」


ありす「うう……。このどうでもいいあとがきもそろそろ終わりだと思うと、なんか泣けてくるよ……」


香澄「評価や感想、メッセージなど本当に力になりました。今まで長い間応援ありがとうございました」


ありす「皆大好きだよー! しぬなー!」


香澄「死なないからな」


ありす「キルシュヴァッサーはもう終わっちゃうけど、いつかどっかでまた思い出してね!」


香澄「そんなことより、ちゃんと終わらせられるかどうかのほうが問題じゃないのか……」


ありす「それで、これ終わったらどうしよっか?」


香澄「……んー。今まで人気でなさそうなのばっかり書いてきたから、異世界ファンタジーとかラブコメとか人気ジャンルでもチャレンジしてみるか?」


ありす「……出来る気がしないんだけど」


香澄「というか、メッセージの返信の仕方がわからないのが問題だ」


ありす「いい加減わかれよってかんじだよね」


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