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チーム、キルシュヴァッサー(2)


「……ねえ海斗。 海斗はどうして彼の事をそこまで信じられるの?」


地下へと向かうエレベータの中、冬風響は進藤海斗の背中に問いかける。

小さな言葉はしかし聞き漏らされる事は無い。 振り返らずカイトは目を細め、静かに扉に触れた。


「人を信じる事に理由が必要なのかな」


「え?」


「『信じる』事は、『それに応えて欲しい』と強制する事じゃない。 ただただ、『信じる』――。 それだけなんだと思うな、ボクは」


「…………それで裏切られても、海斗は構わないって事? あれだけして、必死に信じようとしている彼であっても」


「響さんにはわからないかもしれないけどね。 彼は素直じゃなくて、いつも言葉は嘘を付く。 口で何だかんだ言っていても、彼はどうしても動かなきゃならなくなった時、咄嗟に動いてしまうタイプの人間なんだよ。 昔っからそうだった。 そういう根本的な部分を、人間は変える事が出来ない」


苦笑を浮かべながら語る海斗は、香澄が自分の事を覚えていると言う確信があった。 そうでなければあそこまで自分を避ける理由も見当たらない。

つまり香澄は何らかの理由で過去を避けたがっているという事。 その過去の象徴である自分が近づけば跳ね返すのは当然の理。 それでも尚、痛みを押し付けなければならない理由があるから。

勝ちの決まっている賭けに相手を誘うのはそういい気分ではない。 優しい性格の海斗ならば尚の事だった。 それでもやらなければならないのは、香澄への強い愛情の所為なのかもしれない。


「彼はボクを救ってくれた。 何度も何度も繰り返しね。 どんなピンチにだって駆けつけて、どんなに自分が傷ついても助けてしまう。 彼はそういう人間なんだ。 確実にね」


「それが、『理由』なの?」


「違うかな。 『根拠』だよ、それは。 信じるに値する、過去の確かな経験さ」


ふっと優しく微笑むと同時に扉が開いた。 開け放たれた空間に下りた瞬間少しだけひんやりとした空気が二人を迎え入れる。

その吹き込んだ風の中、海斗は笑顔を浮かべて歩いていく。 その背中を見つめながら響は手を握り締めた。


「…………でも、それは過去だよ、海斗……」


複雑な思いが渦巻く胸の内。 しかしそれを吐露するわけにはいかない。 だからせめて、あってはならない事を願う。

桐野香澄が、信頼に足る人間で無ければいいのに、なんて。 願ってはいけないはずなのに。

それでも少女は俯いた。 自分より強い価値を未だに放ち続ける十年前の幻影を、どうしても掻き消せないからだろうか。



⇒チーム、キルシュヴァッサー(2)



「え? 出かけるの? 今帰って来たばっかりなのに?」


家に着くなり俺は着替える事もしないで出かける準備を進めていた。 約束の時間までそれほど間がない。 急ぐ必要はないが、ゆっくりしている時間もなかった。

部屋に鞄を放り投げ、階段を下りるとありすと出くわした。 そういえば外食しようと思っていたし丁度良かったのかもしれないが。


「もしかしたら帰りが少し遅くなるかもしれない。 夕飯はありすだけで済ませてしまってくれ」


「えー……じゃあ今日ありす一人って事? つまんない……」


綾乃さんはどうも一週間に一、二回程度しか帰宅しないらしい。 この間は俺の歓迎という意味で無理に帰宅していたようだが、あれから一度も彼女の姿は見て居なかった。

そうなると、ありすは殆ど毎日この広い家に一人暮らし状態だったということになる。 それは家事くらい出来ねばどうしようもないだろう。 そんなありすが新たな住人である俺を歓迎するのも判らなくはない。

殆どあれから毎日べったりなありすにしてみれば今日もそのつもりだったのだろう。 一緒に見たいテレビがどうだの、夕飯がああだのと愚痴を零していたが、事情を察してくれたのか溜息を零して納得してくれた。


「若いから色々あるのはわかるけど、あんまり遅くなりそうだったら電話してね?」


「ああ。 すまないな、ありす。 行って来ます」


「生きて帰ってこいよ〜っ!」


何やら不謹慎な見送りを受け、俺は家を飛び出した。 外はすっかり夕日が差し込み、その光を吸い込んでは放つ結晶塔のせいで世界は真紅に染め上げられていた。

夕暮れの世界を何故か俺は走っていた。 どうにも脳裏にこびり付いて漱ぐ事の出来ない記憶たちが両足を急かしているように感じる。


「くそ……っ! 行ってどうするんだ、香澄……!」


自分自身に問い掛ける言葉。 そりゃあそうだ。 ここで行けば色々と終わる。 俺のつけてきた仮面があっさり剥がれてしまうかもしれない。

それでも。 あの場所に足が向かうのは何故なのか。 歯を食いしばって自問自答しても、答えは見つからない。

徒歩で行くには遠すぎる距離だった。 今度は自転車なりバイクなり足を用意してからにしたい。 次があるなんて思えないけれど。

それでも、行かないわけにはいかなかった。 そうだ、俺は行かねばならない。 あいつの信頼を、あの想いを無下には出来ない。

例えそれで終わりになってしまうとしても。 俺は十年前、あいつに何も言わずに去ってしまった事を謝らねばならないんだ。 そう、何も言わずに目の前から大切な人が居なくなってしまう辛さは、今なら判るから。

そして終わりにしよう。 全てを終わりにして、日常を取り返すんだ。 前に進むんだ、あの時から――。


「はあ……っ! はあ……っ!」


肩で息をしながら細い階段を上りきった瞬間、紅の風が吹き込んで頬を撫でていく。

眩しさのあまり眼鏡を外し、素直な瞳で世界を眺めた。 この街に来て二度目の景色。 意外だった事はその場所が無人ではなく、何名かの子供たちの遊び場になっていた事だった。

今時の子供は公園で遊ぶよりもゲームやらマンガやらの方が好きな物だと相場は決まっているが、中にはこうして昔と変わらず外で遊ぶ子供もいるらしい。


「……変わらない物、か」


眼鏡を胸ポケットから下げ、静かに息を付く。 幼い子供たちが遊んでいる様子を眺めていると自然に頬が緩んでしまった。

ベンチなんて気の効いた物はないので、桜の木の下に腰掛ける。 久しぶりに走ったというか、久しぶりに汗をかいたというか……。 何ともいえない気分だった。

約束の時間まではまだ余裕がある。 胸元を緩めながら視線を子供たちに向けると、そこから少し離れたところに一人、孤立している少年の姿が見えた。 何をするでもなく崖付近に立っては手摺越しに町を見下ろしていた。

昔から孤立した子供というのは居る物だ。 人間という物は集団行動を好むくせにどうにも馴染めない……そういう奴が一人や二人居る。 ゆっくりと立ち上がり、俺はその少年の傍らに立った。


「……連中と一緒に遊ばないのか?」


「…………」


子供は何も答えない。 俺の方へと向けられた視線は金色で、見る者を吸い込むような不思議な色をしていた。

じっと俺を見つめては黙り込む少年の頭の上に手を載せ、わしわしと撫でる。 くすぐったそうに片目を閉じ、少年は首を傾げた。


「ガキの内に馴染んでおかないと後々面倒くせぇぞ。 何でか知らんが、大人になるにつれ人間は素直には生きられなくなるものだからな」


「…………素直に、生きられなくなる?」


「ああ。 何でかねえ……。 まあ、そういうもんなのかも知れねえな。 プライドとか常識とか、下らねえもんに囚われて身動きも取れなくなる。 そうなっちまう前に出来ることはやっておかなくちゃな」


「…………出来る事を、やる……」


少年は俺の言葉を繰り返しては世界を眺めていた。 携帯のディスプレイは時刻を表記している。 約束の時間まではもう直ぐだ。


「じゃあな。 まあ、せいぜい上手くやれよ」


「…………君は」


背を向け立ち去ろうとすると、子供は俺の背中に向かって何かを言った。


「君は…………どうして嘘をつくの?」


目を見開き、その世界を眺めた。

真紅の光が屈折する少年の周囲。 光が捻じ曲がると言う現象を視覚的に理解する事は本来ありえない事だと判っているのだが、目の前の少年は確かに光を屈折させていた。

否。 恐らくは結晶塔から乱反射する光の欠片のみを捩じ曲げているのだろう。 少年の伸ばした指先がゆっくりと自分に近づいてくる。 少年はその場から一歩も動いていないはずなのに、腕だけが伸びてくるような目の錯覚――。


「……っ!」


思わず背後に身を引いていた。 慌てて跳んだ為後方にあったブランコに背中から激突する。 少年の姿は元の状態に戻っていたが、俺は確かに見た。

何かが後ろに居た。 目には見えないのだが、わかる。 少年から湧き出している何かがゆっくりと世界を湾曲させ、そこに蠢いている事を。

一体何がどうなっているのかはわからないが、最近の都会は物騒だ。 自分から話しかけておいてあれだが、見知らぬ人間と関わりは持たない方がいいらしい。

少年の背後に居る何かが動くのが見えた。 直後少年は頭を抱え、獣のうめき声のような唸りを上げる。 飛んで来た何かを避けようとその場に屈むと、後方のブランコが両断され大きく傾いた。


「冗談だろ!?」


目には見えない何かを避けられたのは直感としか言いようが無い。 『それ』は輪郭のみ光の屈折でかろうじて捉えられるものの、完全に色は透明。 背後の景色に馴染み、目を凝らさねば見る事が出来ない。


「人はどうして嘘をつくの……? どうして自らの心を捩じ曲げる?」


「何言ってんだか訳わかんねえんだよ……。 嘘なんかついてねえっ!!」


「それも、嘘……?」


理解した。 先ほどは何かが『伸びて』来ただけだった。 だが今度は本体ごと突っ込んでくる!

ブランコが切断された光景を思い出し、咄嗟に横に飛ぶ。 ブランコは吹き飛ばされ、重量なんて感じられないように空中を舞って、そして――――。

無数の悲鳴があがった。 何故俺がそれを忘れていたのかはわからない。 ただ、そこには最初から子供たちがいたのだ。

子供らの目の前に突き刺さった捻じ曲がったブランコは傾き、今にも彼らを押しつぶそうとしている。 涙を流し、怯えながら座り込む子供たち。 考えている余裕はなかった。


「くそおっ!!」


何やら背後から飛んできていたが気にしなかった。 腕を切りつける痛みが鋭く駆け巡ったが、足は止めない。 何も考えていなかった。 その後どうなるとか、今の自分がどうとか気にもしなかった。

ただ、子供らの下に駆け寄り、その身体を抱き上げて投げ飛ばしていた。 四人もいたので一苦労だったが、これで何とかブランコの倒壊に巻き込まずに済む。

そこまで考えて自分がまだその場所にいる事に気づいたのだが、時既に遅し。 上から落下してくるブランコの避けた鉄の塊は今にも俺の身体を貫こうと振り下ろされ――。


「――――香澄ちゃん、大丈夫!?」


逸らした視線。 しかし訪れたのは痛みでも衝撃でもなく、叫び声だった。

顔をあげるとそこには何故か空中で停止するブランコと、俺の前に立つ海斗の姿があった。

そうして俺は理解する。 ブランコを止めているのは時間でも奇怪な現象でも海斗でもなく。 俺たちの背後に立つ『目には見えない何か』なのだと。

巨大な何かが立っていた。 それは目には見えないがシルエットだけは垣間見る事が出来る。 その姿は光を屈折させ、確かに存在をそこに誇示していたから。


「信じていたよ、香澄ちゃん」


海斗は俺に背を向け、静かに笑う。


「君は弱き者を絶対に見捨てない。 だからこそボクは君を――。 君と一緒に――」


金色の瞳のガキが相変わらずこっちを見ていた。 だが俺たちの背後の何かを警戒しているのか、容易に飛び込んでくる事はしなかった。

風の中、髪を靡かせながら海斗は腰のホルダーから拳銃を取り出し、ガキに向ける。 止める間も無く放たれた銃弾はしかし少年の目の前で弾き伏せされていた。


「あいつらに銃弾は効かない。 厳密には効くけど、この状態だと通用しない。 香澄はもうわかってると思うけど、これは普通じゃない。 でも、現実なんだ。 だから――」


優しく微笑み、それから真剣な眼差しで空に手を伸ばす。


「キルシュヴァッサーッ!! リアルエフェクトッ!!」


海斗の言葉が何を意味するのかは判らなかった。 しかし後方の何かから放たれた銀色の光が一瞬世界を反転させる。

黒は白に。 白は黒に。 アトランダムに変化させ、根こそぎ引っくり返される色彩。 目がチカチカして頭が痛くなりそうなその一瞬の直後、浮かび上がったのは二つの影だった。

全長は8メートル程だろうか。 俺たちの背後には、銀色のロボットが膝をついていた。 ロボット、というものなのだろうか? 銀色の髪を靡かせ、真紅のマントを羽織った謎のデザイン性。 しかしその全身を覆う装甲は銀色に輝き、ぎょろりと動いた瞳も確かに銀色だった。

それが恐らくはキルシュヴァッサーなのだろうと思う。 騎士の甲冑のような姿をした何かは、しかし何故かその手には鞘に収めた日本刀を握り締めていた。

『敵』を見る。 子供の背後には全長2メートル程の結晶が蠢いていた。 結晶が蠢くというのもまた妙な表現だとは思うが、そうとしか言えない。 まるで意思を持つかのように形状を何度も変化させる半透明の結晶は、光を乱反射しながら俺たちを捉えていた。


「口で言っても香澄は信じないだろうからね。 だから、これがボクらの現実だって、教えに来たんだ」


キルシュヴァッサーの伸ばした掌の上に飛び乗り、海斗は笑う。 このわけのわからない状況の中、海斗だけは無邪気に笑っていた。

何故笑えるのだろうか。 こんな、理解し得ないような非現実的景色の中で。

キルシュヴァッサーの胸が開き、海斗はそこに飛び込んだ。 直後、ゆっくりと立ち上がるロボット。 敵はキルシュヴァッサーの瞳が輝くのを見た直後、在ろう事か目の前の少年を飲み込んでしまった。

それは文字通りの光景だった。 背後に浮かぶ結晶が半分に割れ、ぺろりと少年を平らげる。 止める間も無かった。 直後結晶は巨大化し、こちらのロボットと同等の大きさに変化していた。

シルエットだけだったその半透明の姿には金色が宿り、薄い紙のような足を持つ蜘蛛のような形状に変化する。 二つのロボットが対峙する光景に、俺はもうついていけなかった。

奇声を発しながら跳躍した蜘蛛は八本の足を空中からキルシュヴァッサーに向けて伸ばす。 それらは一本一本が薄く延ばされた鋭い刃で、恐らくはブランコを両断したのもあれだったのだろう。


「まずい……!」


そう考えるよりも声に出すよりも早く、キルシュヴァッサーは跳躍していた。

巨大な振動と轟音、そして小さな崖上の公園を崩してしまいそうな衝撃と共に跳躍するキルシュヴァッサー。 巨大なヒトガタの人形が宙を舞い、凄まじい疾風に思わず顔を背ける。

しかしその重量感のある周囲への影響とは裏腹に軽やかな動作でくるりと回転すると、巨大な刀で迫る刃を両断する。

切り裂いて伏せた刃の先端を束ねて掴み上げ、身体を捻ってゆっくりとした動作で大地に向かって投げ飛ばすキルシュヴァッサー。 それは俺たちの頭上を通りすぎ、森の中に落ちていく。

二度目の地震。 俺はふらつく足取りで駆け出していた。 目を開けたままポカンとしている子供たちの横を通り過ぎる時『こっちに来るなよ』と釘を刺して。

木々を抜けるとキルシュヴァッサーと蜘蛛は戦っていた。 巨大なクレーターの上、何度も刃をぶつけあう二機。 しかし性能差は圧倒的なのか、袈裟に振り下ろしたキルシュヴァッサーの刃が蜘蛛の半身に食い込み、透明な液体を空に舞い上げる。

刃はぐんぐん食い込んでいく。 キルシュヴァッサーの両腕が太く軋み、強い力が込められているのが判った。 まるで生きているみたいに。 筋肉が収縮するような動きでキルシュヴァッサーは刃を振りぬいた。

直後、コメディな動作で真っ二つに両断された蜘蛛は左右に分かれた体が時間差で大地に転がり、直後結晶状だった身体が溶け出し金色の水となってクレーターに溜まっていった。

キルシュヴァッサーはロボットでありながら意思を持っているかのように見えた。 刃に付いた金色の液体をマントの裾で丁寧に磨き上げるとアクロバティックに片手でくるりと刃を回転させ、鞘に収める。 マント振るい、全身をその影に覆うと同時に銀色の光を失い、まるで何も無かったかのようにその姿を消してしまった。


「な……んだそりゃ」


驚きのあまり唖然とする俺の肩を叩き、いつの間にかそこに立っていた海斗が笑う。


「ようこそ、香澄ちゃん」


俺の手を握り締め、満面の笑みで言うのだ。


「ようこそ、チーム『キルシュヴァッサー』へ」


俺は何も答えられず呆然としていた。

だってそうだろう。 この状況で何か言えるやつはどうかしている。

口をぱくぱくさせる俺の顔を見て、愛らしく笑った海斗は口元に手を当て言った。


「やっぱり香澄ちゃんは、眼鏡掛けてないほうが可愛いね」


余計なお世話だった――――。


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