表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/68

想いよ、時を止めて(3)


「よお! お互い無事で何よりだな、海斗!」


ヴェラードが運転する車に乗って移動する事数十分。ボクとありすは如月重工の本社ビルの前に立っていた。

ボクらをそこで待っていたのは木田君と佐々木君だった。駆け寄ってきたスーツ姿の木田君はボクの肩に腕を回し、ありすの頭をぐりぐり撫でて笑った。


「木田君、佐々木君……二人とも如月重工に就職したの?」


「まあ、んなとこだな。お陰で色々と分かった事もある……な、佐崎?」


「ああ。そちらは完全に無事とは行かないようだが……一先ずは再会を喜ぼうか」


ヴェラードと協力関係を結ぶ事にしたボクは彼の運転する車で今後のことを決める為に二人と合流する事になった。

ボクが投獄されている間にも、既に二人はヴェラードと接触していたらしい。契約の騎士団ナイツオブテスタメントの中でも異色の存在であるヴェラードは、自ら佐々木君にアプローチを試みたらしい。

結果、彼らは対話の中で共闘へと至る事になったと。合流したボクらは車に乗り込み、今や人気のなくなった街の中を移動していた。


「他の皆はどうなったの?」


「ああ……。アレクサンドラは国連軍に所属して、既にミスリルとの戦闘を続けている。イゾルデは色々複雑な状況で一言に説明出来んが、一先ずは無事だ。俺達はこうしてこの世界を何とかする方法を独自に探っている」


それが、騎士の一人であるヴェラードとの合流なのだろう。確かにミスリル対人類の構図が表層化してきている今の世の中で、ミスリルの一人に協力を申し込むなんてのはそうやっていいことではないのだろう。

車に揺られる時間は短かった。ボクらは近場にあるモノレールステーションに足を踏み入れていた。今や利用する客も居なければ運行もされていないその場所は閑散としている。適当にベンチに腰掛け、ボクらは夕暮れの光を浴びながら作戦会議を始める事となった。


「ヴェラードから手に入れた情報とあの戦いの様相、それから如月重工に残っていたデータベースから、幾つかの推測が出来た。海斗にもそれを伝えておくべきだと思ってな」


「何か、判ったの?」


「…………まあ、色々とな。とりあえず俺の話を聞く上であらかじめ理解して欲しい事が二点ある」


佐々木君は指を二本立て、それを織り込むようにして事柄を数えて行く。


「まず、死亡したはずの桐野秋名の姿をしたキルシュヴァッサーのコア……俺たちが銀と呼んでいた存在だが、彼女の本当の名前は『アルベド』。桐野秋名とは全くの別人であり、彼女も契約の騎士団ナイツオブテスタメントの一人であるという事」


それはボクも予想していた事だった。桐野秋名の死は絶対的なものであり、これは揺るがない。彼女の死の理由はわからないけれど、それだけはもう変わらないんだ。

だから驚いたのはそのことよりも二つ目の事実の方だった。恐らくはその言葉を口にした佐々木君が誰よりもそれに対して戸惑いを抱いていたに違いない。ボクは彼の言う真実をそう容易に受け入れる事が出来そうにも無かった。


「二つ目……。『桐野香澄』なんて人間は、この世界に最初からいなかった、という事だ」


「はい?」


思わず変な声が出てしまった……。ありすも佐々木君が何を言っているのかさっぱりわからないのか、目を真ん丸くしたまま首をかしげている。

困惑した様子なのは佐々木君も同じだった。腕を組み、複雑そうに息を付く。それから彼が分かる限り、伝えられる限りの事実でボクらに告げる。


「桐野香澄というのは架空の存在なんだ。そしてこの問題は……ありす。君にも関わってくる事になる」


「……ありすも?」


「恐らくそれこそがアダムの計略の奥義にして、俺たちの逆転の切り札にもなる」


よく判らないまま、ボクらは顔を見合わせる。その事実を理解するには、やはり幾許かの時間が必要なようだった。



⇒想いよ、時を止めて(3)



「――――アレクサンドラ? どうした、こんな所で」


東京フロンティアにある結晶塔を取り囲むように存在する防衛ライン。その内側に膝を着く不知火とエルブルスの姿があった。

二機のパイロットはその足元で久々の邂逅を果たしていた。軍服の上にコートを着用したアレクサンドラはイゾルデの前に立つと、にっこりと微笑む。


「どうもこうも、ミスリルと戦ってるから。イゾルデは?」


「……ああ。色々と事情があってな……。日本を離れる事になった。もう、戻る事は無いかも知れん」


浮かない表情でそう語るイゾルデ。アレクサンドラはその手を両手で握り締める。


「決着を付けに行くの?」


「――まあ、そうなるだろうな。お前はどうだ? 戦うべき相手……力を振るうに相応しい理由は出来たか?」


フェリックス機関。それは、かつてアレクサンドラが所属していた居場所にして最後の故郷。悲しみと孤独と痛みの記憶を脳裏に刻み付ける、暗い暗い監獄の名である。

その場所に対する強い恐怖の念は今でも消し去ることは出来ない。名前を聞くだけでもいい気分ではないそれと、戦うに相応しい理由。

桐野香澄という少年を取り戻したい、というものもある。仲間の仇討ちをしたいというのもある。だがそれは恐らく彼女にとっての理由としては些か不足であり、もっと根本的にそれと相対する理由は、他人の為ではなくやはり己の為なのだろう。


「香澄に会うまで、あたしは他の生き方を知らなかった」


エルブルスとキルシュヴァッサーがぶつかり合い、互いに命を削って刃を交えた刹那。

他人と関われる事の幸せとそれがほどけてしまうやるせなさ。痛みが与えてくれる存在の保障と誰かにそれを与える事が出来る喜び。それらは全て彼女にとって未知のものであり、夢物語でもあった。

桐野香澄が彼女の幻想を現実にした。闇一色に染まっていた世界を殺してしまった。彼の傍に居れば知らなかった世界が見える……そう信じられた。


「香澄は大事だし、響の事も、大事……。キルシュヴァッサーは倒さなきゃいけないし、アダムのやったことは許せない事。でもやっぱり、あたしはあたしの為に戦いたい」


「……自分の為に、か?」


「――――だって、あたしも。香澄と同じだから……」



「そもそも、香澄やイゾルデ、海斗やアレクサンドラ……。第三生徒会に限った話ではないが、結晶機のパイロットは全員十八年前にアダムの手で生まれたばかりの頃既にミスリルに対する適応力を付加されている。これは十八年前まではアダムがエアハルト社に所属していた事が理由だが、結晶機に適合できる人間を生み出す事に人類は躍起だったから、仕方の無かったことでもある」


佐々木君はそうして語り始めた。

確かにそう、ボクや香澄、イゾルデやアレクサンドラには共通項がある。多分ボクらは全くの赤の他人ではなく、生まれた時同じ施設か何かに居たはずなのだ。

結晶機を操る力を持つ人間は恐らくが全員アダムの手による術式を施されている。木田君はその例に漏れていて、確か佐崎君はボクらより一歳年上……。実験当時、ボクらと同年齢ではなかった事から例外となったのかもしれない。

何はともあれこの東京フロンティアに生まれた今十八歳になっている子供たちには何らかの共通項が存在する、ということだ。それは全てアダムに繋がっている、とも言える。


「アダムはこのキルシュヴァッサープロジェクトの第一段階である適合者実験の後直ぐに姿をくらましている。恐らくその後に実験体を集めて研究を再開したのがフェリックス機関……。アレクサンドラはそこの実験体だったのだろうな」


「その後、アダムの研究成果を利用して人工的に結晶機のパイロットを生み出すのに成功したんでしょ? えーと……アメリカチームとか、ハイブリッドのパイロットはその産物だよね?


「そういうことだ。問題は桐野香澄がどういった存在なのかと、そのアダムのキルシュヴァッサープロジェクトとはミスリル化の年代が異なる桐野秋名と桐野ありす、この二名だ」


ボクらは佐崎君の発言をよく考えてみた。そうすると確かに色々とこの二名については疑問が多い……というよりは、なんだか違和感がある、とでも言おうか。

アレクサンドラが適合者として覚醒しているのに十八歳ではないのは、国外逃亡したアダムが生み出したフェリックス機関の研究成果だから。じゃあ、ありすは? アダムのもう一人の娘でもあり、限りなくキルシュヴァッサーに近い力を持つ少女。ミスリル化したとはいえ、キルシュヴァッサーと何の関係もないとは思えない。

そもそもキルシュヴァッサーはなんなのかっていうのもよく判らないし、秋名は香澄よりも五歳は年上だったはず。アダムが個人的に彼女を適合者にしたのか?


「とりあえず桐野秋名についてだが……。実は本格的に適合者実験が行われたのは十八年前なのだが、それ以前にもちらほらと実験は行われていたらしい。その中でも特にアダムの実験対象として跳びぬけて施術されていたのが、桐野秋名なのだ」


「アダムのお気に入りの検体だった、って事……?」


「そういうことだな。まあ、アダムの奴が桐野秋名に特別な想いを抱いていたのはそこから見て取れる。前置きが長くなったが、『桐野香澄が存在しない』という事について説明するぞ。自分でもうまく纏められるか自信がないが、よく聞いてくれ……」


佐崎君は何だか心苦しそうだった。彼のその苦悩の正体を、ボクは直ぐに知る事になる。


「桐野香澄というのは確かに俺たちが知る桐野香澄の名前で間違いない。問題はその名前ではなく、彼が本当は何者なのか、という部分だ」


「……何者、なのか?」


「……アダムは何の為に適合者実験をしていたのか。適合者実験というのはそもそも人間側の要望であってアダムの望みではない。だとすればアダムの目的は適合者実験ではなく、もっと別の場所にあったのではないか」


「回りくどいね……。つまり、どういうこと……?」


「……アダムの目的は、『自分自身の器』となる子供を捜す事だったんだ」


いよいよ持ってわけがわからなくなってきた。ボクらは完全に佐崎君の話に置いてきぼりを食っている。

しかし面を食らっているのはボクとありすだけで、他の二人は真面目な表情を浮かべていた。真面目、とは少し違う。怒りや悲しみ、複雑な想い気持ちが絡まりあって停止してしまっているような、そんな表情。

佐々木君は本当に話したくないといった様子だった。しかし、黙っているわけにも行かない。意を決し、彼は言葉を続ける。


「つまり、だ……。ミスリル『リインカーネーション』であるアダムは、ミスリルの記憶と意識を操る能力を使い……生まれたばかりの香澄に、『自分自身の存在を情報化して植えつけた』んだ」


「……え? そ、れって……どういう……?」


「わからないか、海斗……。香澄の『意識』は生まれた瞬間あいつに殺されて……つまりだから……香澄とアダムは、限りなく同一人物に近い存在なんだ」


キルシュヴァッサープロジェクト。

その最中、生まれたばかりの赤ん坊が一人声もなく死を認識する事もなく、殺された。

アダムの力で誰もが適合者の力を得て行く中で、誰にも気づかれる事も無く、桐野香澄はその命を奪われた。

それが、事実だった。真実だった。彼が特別である理由。彼がアダムの息子だった理由。彼が囚われ縛られていた理由。


「俺たちが香澄だと思っていたのは……海斗。植えつけられたアダムの意識……いわばアダムそのものだったんだ」



龍神艦ジルニトラ。大空を舞う神の船の中、香澄は一人フェリックス機関の制服に袖を通し、与えられた部屋のベッドの上に腰掛けていた。

考えるのは仲間たちのこと。海斗のこと。僅かな間だったけれど、自分を仲間だと言ってくれた人たちが居た事を彼は忘れてはいなかった。

自分のせいでジルニトラが現れ、彼らは傷付けられた事。自分自身の過去や存在の意味などわからずとも、それだけは理解出来た。

仲間を傷付けたくなかった。自分が大人しくアダムについていけば、それで全てが丸く収まる。いや、全てがとは行かない。何とか自分を救おうとしてくれた仲間たちは皆今頃きっと悲しんでいる。だから、全てとはいかない。それでも、彼らの命が救えるのならば……。

考えても答えは出なかった。何も無いカラッポの思考の中、少年は小さく溜息を漏らした。これから自分がどうなってしまうのかも、何をすればいいのかもわからなかった。

突然、自動ドアが開いた。部屋に入ってきたのはかつて少年が銀と呼んでいたミスリル、アルベド。アルベドは香澄の隣に腰掛けると、その手をそっと握り締める。


「元気ないわね、香澄。大丈夫?」


「大丈夫なわけないだろ……。何なんだ、あんた? なんでしょっちゅう僕に会いに来るんだ?」


「それは……。わたしが、香澄の姉だから……」


「ウソをつくなよ。あんたは僕の仲間を傷付けた……違うか? あんたが姉だったとしても、僕はあんたを許せない……。話す事もないし、話したくもない」


「香澄……」


冷たく言い放ち、手を振り解く香澄。アルベドの瞳は揺れていた。桐野香澄がここまで自分の思い通りにならない事なんて、今まで一度としてなかった。

アルベドの役目は桐野香澄をコントロールする事。キルシュヴァッサーを扱わせる事。香澄の心を安定させる事。元々アダムという人間の意識を強引に頭に刷り込まれている香澄の思考と記憶は非常に不安定で、感情の制御が自分では難しいという欠点があった。

故に、桐野香澄は常に人のコミュニティには受け入れられない存在だった。それはより彼を姉に依存させ、そのサイクルはやがて彼の中で姉を神のような存在に昇華させていった。

その存在の意を借りれば香澄を操る事は容易いとアルベドは考えていた。実際それはその通りであり、全てが彼女の思惑通りに進んでいたと言っても過言ではなかった。

桐野香澄はやがてアダムを越える存在となり、それをアダムも望んでいた。香澄は強くなり、神と同義の存在になる。この世界の永遠を司る力を持つに至った時、アダムの願いは成就されるから。

アルベドは所詮その為の香澄の教育係に過ぎなかった。それ以上でも以下でもなく、ただ契約の騎士団ナイツオブテスタメントの一人のミスリルでしかない。それが何時からか、どこからか狂い始めていた事に気づいたのは、おかしな事に香澄が記憶を失ってからだった。

そもそも、アルベドは香澄の記憶を何もかも消してしまうつもりではなかった。では何故こうもさっぱり消え去ってしまったのか? それはアルベド自身にもわからない事だった。

香澄はアルベドと視線を合わせようともしない。それが堪らなく寂しくて、少女は俯いたまま唇を噛み締めた。

こんなはずじゃなかった……そんな想いしか沸いてこない。香澄にしてあげたかったことは、少なくとも彼女の願いはこんなことではなかったはずだった。


「香澄は……桐野秋名の存在を忘れたの?」


アルベドの問い掛けに香澄は眉を潜める。全て失ってしまったはずの少年は、小さく息をついてその問い掛けに答えた。


「僕の、大切な人だ」


それは、仲間から聞いた記憶。でもそれは確かに胸の内、名を聞くだけでもはっきりと感じ取れる心の温かさが教えてくれるから。


「真実かどうかは、今の僕にはわからない。でも……僕が本当に信じたいと思えてそう出来るなら、少なくともそれは僕にとっての真実だから」


香澄の言葉には迷いがなかった。今までの彼の中にあった不安定さも影を潜めている。押しつぶされそうなほどがんじがらめに鎖に巻かれていた彼の心は今、まるで全て断ち切られて解き放たれたかのように純粋だった。

そうなってアルベドはようやく気づいたのだ。自分が放ったキルシュヴァッサーの『ミスリルを断つ力』を持つ刃が、彼の中の何かを解き放ったのだと。

では、自分はなぜそうしたのか。不安定になりすぎた香澄に楔を穿ち、アダムの力で彼を再生して全てをやり直したかったのだろうか。それとも、桐野香澄という存在が自分という幻影ではなくその向こうにある姉をいつまでも見ている事に嫌気が差したのだろうか。

理由は様々あった。ただミスリルとして役目だけを果たして生きてきたアルベドにその複雑な思考を理解する事は出来なかった。愛や憎しみという想いは言葉に出来るほど容易くは無く、理解出来るほど浅くもない。

ただあの時あった、香澄を傍に置いておけば彼はまた自分を求めるだろうという根拠のない確信が今の彼女を裏切る結果になっている。そうして今始めて彼女は後悔と罪悪感という感情を知るに至った。


「…………」


アルベドはそれ以上香澄に声をかける事は出来なかった。立ち上がり少年に背を向ける。

自分は何のために役目を果たしてきたのか。人間ならば誰もが抱く当然の迷いという感情の中、扉を開いた背中に香澄が声をかける。


「……あんたに悪気が無いのはわかってるんだ。それでも……だからそうですかってわけにはいかないから。だから……ごめん」


「……どうして、香澄が謝るの?」


「…………どうしてかな。でも結局、あんたの優しさに甘えていたのは……弱かったのは、僕なんだと思うから」


香澄の言葉を聞き、アルベドは胸を締め付けられる想いだった。

部屋を出た彼女は扉に背を預け、深々と溜息を漏らした。何の為に……。理由ではなく想いで動くミスリルにとってありえないその迷いが、彼女の運命を困惑させていく……。



「つまり……ボクらが香澄だとずっと思っていた香澄の意識は、アダムのものだったってこと……?」


信じがたい事実にボクは耳を疑った。ただでさえ静かなステーションの中に耐え難いほど重苦しい沈黙が広がっていく。


「アダムの目的は、自分をもう一人作る事でした。それは彼の往年の願いを叶える行為でもありますからね」


口を閉ざした佐々木君の言葉を引き継ぎ、ヴェラードが口を開いた。振り返ると彼は元の姿に戻っていて、仮面の向こうからくぐもった声で続きを語りだす。


「アダムは我々の女王に選ばれた人間であり、神の資格をと権利を持つミスリルです。それと限りなく同一の条件を満たすように選ばれ、彼の意思を継いだのが桐野香澄……。並外れたキルシュヴァッサーへの適合能力と不安定な人格はその為でしょう。一度彼の頭の中を覗いた事がありますが、情報や感情といったものが断片的に乱立していて、とても関連的な判断、思考が出来る様子ではありませんでしたよ。もっともっと破綻していて当然なほどに」


「……じゃあ、如月重工が香澄とキルシュヴァッサーを重要視していたのも、アダムが香澄を手に入れようとするのも……全てが彼がもう一人のアダムだから……」


「私が桐野香澄に注目するのもその為です。彼は限りなくミスリルに近い人間であり、人間に限りなく近いミスリルでもある……。言葉通りの意味ですからね」


少なからずボクらは香澄の異常性に気づいていたし、それをいつか知る事になっても耐えられる覚悟があると思っていた。

でも、それは違っていた。香澄は本当に、生まれた瞬間から既に宿命を背負わされていて既に全てが終わってしまっていたんだ。そんな彼には……本当に秋名しか、いなかったんだ。

ボクらが信じて守ろうとしたものも、ボクらがこれから倒そうとするものも同じだというのならば、それは一体どういう風に解釈すればいいのか。ボクらは一体何をやっていたのか……わからなくなる。

揃って全員が黙り込む中、顔を上げたのはありすだった。ありすは当たり前のように、ヴェラードに言った。


「それでも、お兄ちゃんはお兄ちゃんだよね?」


彼女はボクら全員に同意を求めるように視線を送る。そうだ、確かにそうだ。それでも桐野香澄が桐野香澄であったことに違いなんてない。

ボクらは彼と同じ時間を過ごした。特別な運命を背負っていても彼はやっぱりただの男の子だった。ただの、子供で。未来がわからなくて不安で。人と触れ合う事が怖くて。過去を振り切れずに迷っていた。

それが桐野香澄の全てでないというのであれば何を以ってして彼を定義するというのか。そう、ボクらは彼の証人だったのだ。彼が彼であるという、生きた証。


「お兄ちゃんが生まれた時、パパの意思を植えつけられたのだとしても、その後お兄ちゃんが生きた十八年はきっとパパとは違うから。だから、ありすはそれでもお兄ちゃんを信じるよ」


「……そうだね。ありすの言う通りだった。関係なかったね、そんなの。ボクらはそんなの……関係なかったんだ」


何度も頷いてみせる。ありすは本当に強い、いい子だと思う。時々ボクらなんかよりよっぽどしっかりしていると思ってしまう瞬間があるほどに。


「そういえば、ありすは? なんでキルシュヴァルツなんて力を持ってるの?」


「それは貴方が、今このキルシュヴァッサーが人類の敵となる事態を想定して生み出された、対キルシュヴァッサーの切り札だからです。貴方の母親である桐野綾乃は、生まれたばかりの貴方にある人物の記憶と意思を埋め込ませ、ミスリルとしました。貴方は最近ミスリル化したのではなく、キューブの接触により早い段階でミスリルとして覚醒してしまい、暴走してしまったに過ぎない」


またとんでもない話になってきた。綾乃さんはアダムの妻であるわけだから、同じ研究に手を染めていなかったと考える方が不自然なのだけれど。

だとするとありすと香澄は二人とも生まれた瞬間殺されて、別の人間として生み出された事になる。その事実を突然突きつけられ、それでもありすは平然としていた。


「なんとなく、わかってるよ。ありすに与えられた力と意思……それって、秋名お姉ちゃんのものでしょ?」


「え? 秋名ちゃん? な、なんで?」


ボクの問い掛けにありすは当たり前のように答えた。


「お姉ちゃんは、キルシュヴァッサーだから」


確かにそれは、当たり前だった。

そうだ、問題はそこなんだ。香澄やありす、それにアダム……。それ以前にボクらの全ての疑問の集約する先に、彼女の名前が存在する。


「桐野、秋名……。ヴェラード、秋名は一体……なんだったの?」


「アダムの最終目的にして、彼が失った世界の最後の輝き――。つまり所謂ところの、『始まりのミスリル』。我らの女王ですよ」


ヴェラードの言葉にボクらは黙りこんだ。この世界にある物はとても複雑で、理解するのはやはり難しい。


「……詳しく、聞かせてください」


それでも逃げちゃいけないんだと思う。

戦うからには、その理由と意味から。

その結果が、たとえどんなに辛い真実だとしても。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネット小説ランキング>SF部門>「銀翼のキルシュヴァッサー」に投票 ランキング登録です。投票してくれたら喜んじゃうぞ!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ