想いよ、時を止めて(2)
「ありすちゃん」
優しい声に振り返ると、そこにはありすの背後に立ち顔を覗き込む響の姿があった。
桐野香澄が記憶を失ったという事実が成立してからの時間をありすは苦悩と共に過ごしていた。その理由は本人にも見当のつかない事だった。
かつてミスリルとなり、実の兄に全てを奪われた桐野ありす。彼女の中に感情と呼べるものはほぼ全て消え去ったはずであり、今の香澄を見たところで思うことなどなにもないはずだった。
だというのに、忘れ去られてしまったという事実を認識する度に、動揺は激しさを増して行く。言葉に出来ないその複雑な感情は正常な思考を阻害し、わけのわからない衝動ばかりを扇動する。
今もありすは香澄の部屋から帰って来たところだった。一階のソファに座り込んでは小さな膝を抱え、月明かりだけが差し込む夜の中、一人でずっと考え込んでいた。
隣に座った響は何も言わず、ただありすの隣で月を見上げていた。優しい雰囲気が月明かりを受けて加速し、ありすは何となく自分の気持ちが和らいだのを感じていた。
気持ち。気持ちなんてもの、失ってしまったと思っていた。諦めていたと言い換えてもいいだろう。それをまた、目の前にした時。もう二度と手に入らないと感じた物を、目前にした時。揺らぐ気持ちを動揺でないというのならば、どんな言葉を用いれば表現出来るだろうか。
焦燥。後悔。狼狽……恐らくどれも違う。世界の無い心という問い掛けに対し、少女は自らの『力』に答えを求めた。
「……お兄ちゃんに、メモリーバックをかけました」
ありすの呟きに響は沈黙で応える。少女は自らの小さな手をじっと見つめ、目を細める。
「何も、なかった。何も……なんにも。全部綺麗さっぱり……まるで桐野香澄なんて、最初からそこに居なかったんじゃないか、ってくらいに……」
世界も時も、決してその歩みを止める事はない。
彼女の姉が銀翼の化身であった時。その命が絶たれた時。それでも日は暮れ朝日は昇り、世界は当たり前のように続いていく。
その絶対的なる世界の流れを酷く恐ろしく感じた。この世界にある様々なものは、たった一瞬の煌きだけを残して時の流れの中に呑まれて消え行くが定。いつしか自分もそうして誰かの中から消えてしまい、残る事も出来なくなって。そして自分の兄の事さえ、全てなかったことになって。
当たり前のようにあったはずの物が消えて行くのに、それが続いてしまう恐ろしさ。それがまた繰り返されようとしている事実が、ありすを酷く苛んでいた。
「……響さん。お兄ちゃん……もう、この世界から弾いて出されちゃったのかな……」
響は答えなかった。
「お兄ちゃんはもう、帰ってくる場所もないのかな……」
勿論、答えなど持ち合わせているはずもなかった。
「そしたらありす…………一人ぼっちなのかな」
膝を抱える小さな少女に対し、出来ることなど何があるだろう。
響は眉を潜める。目の前の少女は涙を流す事も出来ない。それを嘆く事も出来ないし、叫ぶ事も出来ない。ただそこにいて、ただそこに在るだけ。それはもう、生きているのにいないも同義……生ける屍も同然だった。
それでも少女は考え、恐怖と捉えられぬ恐怖と戦っていた。一心に兄の為を想い、献身的なまでに願っていた。その行いの一つ一つは、決して幽鬼の行いなどではなく。この世界に確かに存在する想いなのだと思うから。
「ありすちゃん、さ。前、私に訊いたよね?」
「……え?」
「私が香澄君の事、好きなのかどうかって」
響は笑顔でそう告げた。ありすが顔をあげると、小さなその頭を撫でて響は微笑んでいた。
「好きだよ。香澄君の事」
「……響、さん」
「ありすちゃんも、お兄ちゃんの事大好きでしょ?」
ありすはゆっくりと頷く。響は両手を広げ、ありすの身体を優しく抱き寄せて呟いた。
「時間は止まらない。過去はやり直せない。全ては忘れられていく。どんな鮮明な想いだって、いつかは消えてしまう。それでも今私たちが願い、想い、生きているのなら……それはきっと意味のあることだから。明日を待つ事だから。未来を信じる事だから」
暖かい温もりの中、ありすはその言葉に耳を済ませていた。嬉しくもなければ悲しくもないはずのその時、少女の心には確かに安堵があった。
「誰かがその人の事を好きだと思って上げられたら、それはきっと消えない。誰かの心の中に残り続ける。誰かの未来の中に、生き続ける……。今は見えなくても、大丈夫。明日が判らなくても、心配ない。もう迷ったって平気だよ。一人じゃないから」
一人じゃないから。
言い聞かせるように、重ねて呟いた言葉。
響は確かに微笑んでいた。優しかった。間違いや擦れ違いを繰り返しても、それでも前に進むのだと言っていた。
その姉のように感じていた人が、桐野ありすの腕の中で真っ赤に染まってうっすら目を開けたまま息絶えている。冷たくなって流れ落ちて行く真紅の体温は、枯れた大地に吸われる事もなく広がっていく。
ありすの瞳は揺れていた。目前の事実を認識したくなかった。冬風響という一つの命が過去になり、もう絶対に取り返しのつかない事になってしまった事実を。
切断されてしまった下半身はどこかに飛ばされて見えなくなった。腰から上だけの血だらけの姿を抱きかかえ、自らも血塗れになりながらありすは肩を震わせていた。
泣きたかった。泣きたかった。泣きたかった泣きたかった泣きたかった。では何故泣けないのか。何故悲しめないのか。事実を認識するだけの、淡々とした機械のような自分に反吐が出そうになる。
冬風響が、死んだ。
事実を脳裏で反芻させ、視線をゆっくりと上に上げる。
笑い声が響いていた。丘の上に立つ銀翼の化身の肩の上で、銀色の魔女が笑っていた。
声高らかに響き分かる狂気的な嘲笑の中、ありすは血に染まった響の胸に顔を埋めて心の底から願った。
どうか、時を巻き戻して。どうか、世界を止めて――と。
⇒想いよ、時を止めて(2)
響さんの上半身がありすちゃんの腕の中で停止しているのを見て、ボクは声を失った。
それから彼女の下半身を捜して荒野をうろついて、その足だけを担いでボクはありすちゃんの隣で立ち尽くした。
ボクらは互いに悲しみという感情を失っていたから、勿論涙は流れなかった。それは逆にボクらの中にあった大切なものを粉々にぶち壊したような気がした。
膝を着いて、ボクは絶望した。ボクはら敗北を喫したのだ。当たり前の事だった。当然の事だった。桐野香澄はアダムの手に落ち、ボクらは大切な仲間を一人失った。
ボクは何も出来なかった。リインカーネーションから放たれた光と風に吹っ飛ばされ、気づけばもう一歩も動けないくらいにダメージを受けていた。気づいた時には香澄の姿もアダムの姿もなく、無様に大地に転がっている自分だけが取り残された。
ボクらは敗北した。ボクらは敗北した。ボクらは敗北した……。何度理解しようとしても上手く感じる事が出来ない。ボクらの未来も夢も、あっけらかんと砕かれてしまった。
目の前に現れた世界の悪意。何も出来なかった無力なボク。香澄を守れなかった、バカなボク。
「…………っふ、ふふふふ……」
笑いが零れた。
「あっははははははっ! あははははははは! あははははははははははははははっ!!」
それから急に空しくなって、両手を大地に叩き付けた。
「ボクは…………! ボクはあ……っ!! くそぉおおおおおおおおおおおおおおおお――――っ!!」
この世界は、どんどんその色を変えて行く事になった。
国連は対ミスリル用兵器である量産型結晶機『ハイブリッド』の全国配置を決定。
結晶塔の存在する六つのフロンティアシティを完全なる戦場とし、住民の強制退去を決定した。
世界中では暴動が勃発し、ミスリルの存在は人々の猜疑心と絶望を煽り、人間とミスリルとの対立は激化して行った。
アダムは龍神艦ジルニトラとキルシュヴァッサーの力を使い、次々に人間を駆逐していく。空を飛翔する死神の船は人々に恐怖を植え付け、二十四時間三百六十五日世界中のどんな場所でさえ安心して眠れる場所はないのだと人類に告げていた。
過酷化を辿る一方のこの世界の中で、国や法、対立や共闘など、様々な変化が世界を包んで行く。そしてボクたちもまた、変わらずにいる事は出来なかった――。
「じゃあ、君がリインカーネーション――アダムを討つと言うんだね」
「はい」
ボクは国連の軍服に袖を通し、第三共同学園の生徒会室に立っていた。
正面には日比野先生と桐野綾乃博士の姿がある。本来ならばこういう事は社長である朱雀さんがやるべきなのだろうが、いかんせんそんな事をやっている場合ではないのだろう。
ボクら、元チームキルシュヴァッサーは全員犯罪者扱いになった。国の重要機密を無断で持ち出し暴走……その結果桐野香澄を失い、仲間も一人失ってしまった。
何も出来なくなったボクらを、保護する為にとの名目で崇行さんはボクらを日本に連れ帰った。その後ボクらはしかるべき処罰を待つ事になり、それぞれが離れ離れになってしまった。
他の皆がどうなったのか、あれから二週間投獄されていたボクには理解出来ない。それでもここにつれてこられた以上、この両腕を鎖が繋いだままだとしても、ボクにはまだやれる事があると思う。
「ボクがアダムを討ちます。そして桐野香澄を奪い返します……」
「桐野香澄の存在はもう不要なんだよ、海斗君。だが、確かにアダムの存在は今の我々では手に負えない。量産機では歯が立たないのが本音だからね」
「力があればやってみせます。命を懸けてでも」
「……それは、香澄君の為かい?」
「そんな事はどうでもいいじゃないですか」
両手の拳を強く握り締め、歯軋りする。
あの日、何も出来なかったボクがいた。力がなかったボクがいた。香澄を救えなかったボクがいた。
あの時、秋名を守れなかったボクがいた。真実を知らなかったボクがいた。香澄を疑ったボクがいた。
真実を前に、絶望を前に、悪夢を前に、未来を前に、悪意を前に、出来る事など限られている。
それでもやらなければならないんだ、ボクは。命をなげうってでも、あのクソッタレな親父に一発殴りこまなきゃ気がすまないんだ。
「アダムはボクが殺す……それ以上もそれ以下もない。ボクにとっても、貴方たちにとっても……違いますか?」
椅子にかけたままの日比野先生は眼鏡の向こう側、鋭い眼差しでボクを見つめていた。隣に立った綾乃さんは……よく、わからなかった。表情は、見えなかったから。
「いいでしょう。進藤海斗君、貴方を対フェリックス機関の特殊部隊に編入します。本日この瞬間を以ってして貴方は国連結晶機部隊所属、特務少尉となりました。これからはもう、民間人でもなければ子供でもいられないよ。それでも構わないね」
「願ったり叶ったりです」
どちらにせよ、もう引き返す場所なんてボクにはないんだから。
部屋を出て直ぐに、見知った顔を見つけた。桐野ありす……黒翼のキルシュヴァルツ。少女もまた、国連軍の黒い軍服に身を包み、ボクを待っていた。
「……久しぶりだね、海斗君」
ボクは屈んで彼女と視線を合わせる。両手を手錠でつながれているため、両手で彼女の頭を撫でて微笑んだ。
「海斗君、少し……髪、伸びたね」
「君も少しね。ありすがここで待っていたって事は、君がボクのパートナーかな」
ありすは頷いてポケットから鍵を取り出した。鍵とは言えそれは機械製で、いくつかのボタンが存在している。
「その手錠の鍵……。爆薬が仕込まれているから、変な動きをすれば両手が吹き飛ばせるってママがいってた」
「だろうね……。じゃあ君はボクの監視役でもあるってわけだ」
ありすは申し訳無さそうに頷いた。君がそんな顔をする必要はないのに。全部悪いのは、君なんかじゃないのに。
鎖を鳴らして微笑んでみせる。これでボクは彼女の気持ち一つで腕を吹っ飛ばされる関係になったわけだ。上等じゃないか。
両手だろうが両足だろうが両目だろうがくれてやる。それであの男を殺せるっていうのならば、安いもんだ。
「誰かがやらなきゃいけないんだ。誰かが……」
そうしなきゃ、この世界は変わらない。
誰もが擦れ違い、昨日を嘆いて明日に涙する。今を失って生きて行く死相しか見えない未来を願う日々なんて、もう終らせなきゃいけない。
誰かを犠牲にして、その誰かに全部押し付けて、それで世界の悪意を払拭できるなんて……いや、それは矛盾だ。ボクはそれをやろうとしている。分かっている。やっていることは今までの世界と変わらないんだって。
なら憎しみを消し去る方法を誰か教えてくれよ。悲しみを止める手段を教えてくれよ。もしそんな方法があるのならば、有象無象の全てをかけてボクはそれに手を伸ばしてやる。
でも、存在しないのなら……現実がすべてを救わないのならば。ボクは、ボクが願うボクのための未来だけでも救いたい。
「海斗君……ありすね」
「うん?」
「ありす……強くなりたいよ。強く、なりたいよ……。響さんの仇、討ちたいよ……。お兄ちゃんを取り返したいよ……」
拳を強く握り締め、懇願するように彼女は顔を上げる。
「それって、そんなに悪い願いなのかな……? ねえ、どうしたらいいのかな……? 海斗君……海斗君は、これからどうするの?」
ボクは少しだけ思案する。牢獄の中でずうっと考え続けたけど、名案は見つからなかった。
結局考えたところで出来る事なんて少ないんだ。どうにもならないことばかりで、どうにもならないんだ。当たり前だ。世界は大きいから。
それでも祈りや願いを続ける事に罪なんてない。憎しみや悲しみを戦いの理由にする事も悪ではない。ただその醜さを飲み込む覚悟さえあれば。
「一緒に強くなろう、ありす」
少女の頭に手を乗せ、優しく微笑んで。決意を固めよう。
「強く……なれるかなぁ。お兄ちゃんを……今度こそ、助けられるかなぁ?」
「――――助けるんだ、ボクたちで。それに離れ離れになったって、ボクらは一人なんかじゃない。皆もきっとどこかで、自分の戦いを始めてるはずだから」
あの日、ボクらの想いは一つだった。
全員揃って昔のように笑いあうことはもう一生できないだろうけど。
あの時誓った願いだけは、死んでもかなえてやる。
その祈りが重なればきっと……神の奇跡にだって届くと信じているから。
「おや、こんな所に居たのですか。探しましたよ、進藤海斗」
飄々とした声に振り返ると、そこには二十代くらいの女性が立っていた。黒い軍服……ボクらと同じ制服を着用したその人は、何となく見覚えのある微笑を浮かべながら目の前に立った。
見知らぬ人だ。一瞬ありすの知り合いか何かではないかと思って視線を送ってみたが、小さな頭を横にぷるぷる振られてしまった。首をかしげていると、彼女はボクの首の後ろに手を回し、静かに微笑んだ。
「忘れてしまったんですか、海斗君? 私の事を」
「え? いや……えーっと……?」
「私ですよ、私」
女性が両手で顔を覆う。それが解放された時、そこには桐野香澄の顔があった。
身体は女性なのに顔は香澄なのでかなり違和感があるが、そんな芸当が出来るやつをボクは一人しか知らなかったのですぐにピンときた。
「まさか……ヴェラード?」
「ええ、その通りです。今は貴方と同じく対フェリックス機関部隊に所属する、言わば先輩ですね」
顔を元に戻し、彼女……彼? は微笑んだ。ありすはよっぽどびっくりしたのか、目を丸くしていた。
「どうしてこんなところに?」
「ええ、まあ。色々と事情がありまして……まあ単刀直入に申し上げますと、私は人間の味方をしようかと思いましてね」
「なんでまた……いや、ありがたいですけど……」
「桐野香澄を取り戻したいんですよ。リインカーネーションの輪の中ではなく、あれは人の雑踏の方が似合う」
彼女は両手を叩いてあわせ、それから目を細めて怪しい笑みを浮かべた。ヴェラードの真意はさっぱりわからないけれど、でも何となくこの人の気まぐれさは信用できるような気がする。
結局のところ問題があれば戦うしかないわけだし、香澄に興味を持っているのは事実のようだ。だったら利用できるだけ利用して、というのも手なのだろう。
手段や方法を選んでいる余裕など今のボクにはないんだ。何としてもジルニトラを落とし、アダムを引っ張り出す必要がある。
「それに、桐野香澄を救う方法ももしかしたらあるかもしれません」
「ほ、ほんとっ!?」
食いついたのはありすだった。小さい女の子に縋りつかれ、ヴェラードはにこにこ微笑んでいる。それにしたって、何でまたこの人は……。
「ミスリルだから信用出来ませんか?」
「え? あ……その」
彼女は寂しそうな微笑を浮かべ、それからありすの頭を撫でた。ぐりぐり撫でられたありすは片目を瞑ってそれを受けている。
「人間ですよ」
ヴェラードは言う。
「人間と変わりませんよ、私たちも」
顔を上げ、彼女は問い掛ける。
「貴方も、そうではありませんか?」
ボクは答える事が出来なかった。言葉に詰まるボクを見て、彼女は楽しそうに笑って背を向ける。
「少しからかいすぎましたね、すみません。まあ兎も角、私は敵ではないという事で……。一先ずは手を組みませんか? 同じ桐野香澄を崇拝する存在として」
確かに、そうなのだろう。ボクが香澄に執着するのは、その存在を崇拝しているという言葉がもしかしたら該当するのかもしれない。
どちらにせよ構わないことだ。大切である想いに変わりは無いし、決意に揺らぎは微塵もない。やるべき事も変わらないし、手段だってそう。
ありすは不安そうな瞳でボクを見上げていた。勿論、そうだ。彼女だって、そう。だから、ボクは……。
「教えてくれますか? 桐野香澄を救う方法について」
「俺が思うに、香澄の精神は結晶塔の中に浮遊しているんだと思うんだわ」
如月重工、地下研究室。そこにスーツ姿の木田と佐崎の姿があった。
木田の操作するコンピュータ端末のモニターには結晶塔のデータが映し出されている。素早く丁寧な動作でキータッチを行い、木田は言葉を続けた。
「結晶塔がなんなのか、今になってようやく分かってきたぜ。あれは多分、この世界に打ち付けられた『楔』なんだ」
「――『楔』?」
「アダムのやろうとしている事も、必然見えてくる。だったらそれを阻止するのも不可能じゃねえ。今の俺たちだったらな」
打ち鳴らされる刃の音は――。
如月重工の社長室に幾度と無く響き渡り、澄んだ音色を重ねて行く。刀を手にしたイゾルデと朱雀は何度もそこで刃をぶつけ合い、無言で死合を続けていた。
互いに服装はスーツ。激しい攻防はいつどちらが命を落としてもおかしくないほどで、刃がぶつかり合う度に限りなく死に近い感触が掌から全身に響き渡る。
イゾルデの荒い踏み込みから繰り出された横の一閃が朱雀の太刀を弾き、刃が師の喉元に突きつけられた時、イゾルデは悲しげに瞳を揺らしていた。
「――――本当に首を落とされるかと思ったぞ、イゾルデ」
「…………申し訳ありません、師匠」
刃を収めたイゾルデは深く息をついた。先ほどまで呼吸さえ忘れていたのはお互い様。肩で息をしながらイゾルデは額に浮かんだ汗をそのままに目を閉じ背を向ける。
「首を落とされても仕方が無いんだろうがな――私たちは」
朱雀の呟きにイゾルデは答えなかった。無言のまま歩き出し、社長室を後にしようとするイゾルデ。朱雀はその背中に言葉を投げかけた。
「斬りに行くのか? 如月桜花を」
イゾルデの歩みが止まる。ゆっくりと振り返った彼女は決意に満ちた悲壮で頷き、刃を掲げて頭を下げた。
「ありがとうございました、師匠」
そんなイゾルデを止める術を朱雀は持たなかった。
去って行ったかつての弟子を見送り朱雀は息を付く、頭を抱えて椅子の上、小さく呟いた。
「焼きが回ったな……私も」
見渡す東京フロンティアの街は半分近くが倒壊し、巨大な結晶塔を囲むように国連軍の部隊が配備されている。
変わり果てたかつての首都の姿に思うものもある。朱雀は煙草に火を点け世界を見下ろした。
変わっていく世界の姿が、その両目には確かに映し出されていた。
〜キルシュヴァッサー劇場〜
*70部で終われる気がしない編*
『死後の世界』
響「あー。死んじゃったー」
ありす「ノリ軽っ!?」
響「いいんだよ、もう。どうせメインヒロインになれならいっそ死んで香澄君と永遠に一緒にいるから」
ありす「怖……そういう作者が実際に言われたようなことを言わないでよ……」
イゾルデ「しかしあっさり死んだな」
響「本当はもっともっとあっさり死ぬ予定だったらしいよ〜。でもこれから回想シーンとかでウザいほど出まくってやるから安心してね」
ありす「んまぁ、確かに死んだヒロインのほうが後々重宝されるのはレーヴァで分かってることだしね」
響「そう、だからこれは戦略的戦死なんだよ! 戦略的戦死!」
イゾルデ「……泣いてもいいんだぞ」
響「…………。きっと私にだってファンはいたはずだようううううっ! うああん、イゾルデーっ!」
イゾルデ「よしよし……お疲れ様、響」
『主人公その5』
香澄「…………」
海斗「か、香澄ちゃん……。いつになく落ち込んでるね」
香澄「レーヴァテインのリイドと比べて、香澄は何考えてるのかわからない……共感出来ないという意見が多いのはまだしも、だ」
海斗「へ? あ、うん……?」
香澄「いよいよ主人公でさえなくなった気がするのは何でだ?」
海斗「……。いや……その……」
香澄「なんで目を反らすんだ?」
海斗「…………」
香澄「俺の目をちゃんと見て話せ!! 海斗ぉおおおおおおお!!」
『綺麗好きその2』
海斗「ありす」
ありす「ん〜? どうしたの海斗君」
海斗「キルシュヴァルツのコックピットでさ、響さんが大量出血して死亡したじゃない」
ありす「うん」
海斗「そうすると、ありすの身体の中はどうなるの?」
ありす「――――――――知りたい?」
海斗「えっ?」
ありす「ありすそのものであるキルシュヴァルツの体内で響さんがぶちまけた内蔵がありすの中でどうなってるのか…………本当に知りたい?」
海斗「………………」
ありす「そんなに知りたいなら――教えてあげる〜〜〜〜っ!!」
海斗「イヤアアアアアアアアッ!?」
『君の名はその3』
香澄「ミスリルの名前って変なの多いよな」
フランベルジュ「私は剣の一種から取られた名前ですね。ジャスティスは正義……まあ他の小説からレンタルしたんですが」
ヴェラード「フランベルジュは炎を意味する言葉から派生した剣名のくせに、貴方能力が氷ですよね。それはどうしてですか」
フランベルジュ「冷たさは限界を超えると熱くなるとか、実は胸の内に熱さを秘めているとか、そういう設定です」
香澄「ウソくせえ……。本当はどうなんだ?」
フランベルジュ「お菓子の名前みたいで可愛いでしょう?」
香澄「ポッキーみたいなアレのことか!? アレのことなのかーーーーーッ!!」