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願い、奏でて(2)

「香澄君、元気?」


「……冬風さん、だっけ? 見ての通り、元気だよ」


誰もが寝静まった夜。響は香澄の部屋を訪れた。

銀色の月明かりが差し込む窓の下、香澄は一人で静かに空を見上げていた。銀色に染まった髪の合間から覗く瞳が月を映し出し、宿したその輝きは寂しさを加速させる。

隣に立った響は少年の横顔を眺めた。少年はそれに気づき、少しだけ恥ずかしそうに苦笑を浮かべる。


「どうしたんだ? こんな時間に」


「あー、うん。別に何か用ってわけじゃないんだけど、ね……。ただ、ちょっと」


「ちょっと?」


「……うん。なんていうか。君の顔が見たくなったんだよ」


「……そうか。変わった趣味をしているんだな、あんたは」


優しく微笑む香澄に同じく微笑で応える響。しかしその胸の内は決して明るくはなかった。

香澄が優しく微笑めば微笑むほど、素直に心を曝け出せば曝け出すほど、今までの自分たちとは違う事を認識させられる。

繰り返される胸の痛みはやがて現実をゆっくりと溶かし、過去さえも幻だったのではないかと心に信じ込ませようとする。気づかぬ内に求めていた理想の姿が脳裏を過ぎり、過去の擦れ違った記憶に溜息が零れ落ちる。

強く拳を握り締め、唇を噛み締める。どうにもならなかった過去の存在を思い返すだけでも涙が溢れそうになる。


「大丈夫か?」


そんな表情を見て香澄は優しく声をかける。それが悲しみを加速させ、我慢の限界を超えてしまう。涙は零れ落ち、隠す事も出来ない。

両腕を翳し、顔を覆う。そうして後退し、その場に膝を着いた。自分ではどうにも出来なかった悲しみだけが両目から零れ落ち、絨毯に染みを作っていく。


「……お、おい……?」


「……私、香澄君にずっと謝りたかったんだ」


「謝る?」


「うん……。いっぱいいっぱい、謝りたかったんだ。私、ばかだったね。本当に、ばかだった。笑っちゃうくらい、ばかだったよ」


笑いながら涙を零す響。その隣に座り、香澄は小さく息を付く。

二人は並んで空を見上げていた。銀色の輝きはこの世界に平等で、彼にも彼女にも無論降り注ぐ。

輝きに照らされて零れ落ちる涙の光。香澄は悲しげに目を細め、響の涙を指先で拭った。


「ごめんな。何も、わからなくて……」


「………………」


「申し訳なくて仕方が無いんだ。皆、僕に良くしてくれるのに、何もわからないなんて。僕は、どうすればいいんだろうな……」


「………………香澄君は。香澄君は、さ」


涙を拭い、顔を上げる。出来る限りの笑顔で微笑み、その手を握り締める。


「香澄君は、そんな事考えなくてもいいんだよ。私たちは仲間なんだから。友達なんだから。好きでここにいるんだから。だから、香澄君はいいんだよ。そんな心配しないくても」


「でもな……」


「むしろ、助けられてるんだ、私たち。特に私は。君が居なくちゃ何も出来なかった。君がいてくれたから頑張れた。いっぱいいっぱい助けてもらったよ。香澄君は、いっつもかっこよかった。かっこよかったんだよ……」


また、名前を呼んで欲しい。

また、あの頃のように。

記憶が戻った彼は、自分を許してくれるだろうか。

その疑念と苦しみは勿論拭い去ることは出来ないけれど。

それでも今自分に出来る事。自分のやりたいこと。やらなければならないと思う事。その気持ちに嘘はつけないから。


「強くなりたいよ、香澄君……。私も、香澄君みたいに……」


香澄は何も答えなかった。答えられるはずが無かった。何もわからない今の彼に、出来る事も何もなかった。

それでも少年は隣で涙を流す少女の頭を不器用に撫で、小さく溜息を漏らしてくれた。

それだけでも十分だった。少女は俯いて、笑っていた。馬鹿馬鹿しくなるのは単純な自分の心か。それとも偽りに溺れる愛しさか。

どちらにせよ、もう蹴破っていくしかない。この場所で止まっていることは出来ないから。それだけはもう、分かりきっているから。



⇒願い、奏でて(2)



ボクらの根城は今、とんでもない事になっていた。

自分たちの成すべき事を決めた日の翌日。ボクらは行動を開始した。とりあえずはまず、目先の事をなんとかしようと思ったのだ。

丸いテーブルを囲み、その上に両足を投げ出しているジャスティスさん。その正面では如月崇行さんが足を組んでカップを傾けている。崇行さんの隣には響さんとイゾルデが。残りのボクらは周囲に立っている状態だ。

ジャスティスさんはどうやら崇行さんの事がそんなに好きではないらしい。既にガンくれモードというか、火をつけた煙草を咥えながら崇行さんを睨みつけていた。

何とも言えない緊張感の中、ボクらは一部始終を見守っていた。ジャスティスさんが暴れだしたらボクらではもうどうにもならないし、今となっては敵対組織の人間である崇行さんに手を出したとなれば大問題になる。ボクらは祈るような気持ちでジャスティスさんを見つめていた。


「成る程ね……。響君の話が本当なら、香澄君はもうキルシュヴァッサーの適合者としての力を失った事になる。だから香澄君のことは放っておいてほしいと、君たちは言いたいわけだ」


「桐野香澄の危険性は既になくなったのだから、香澄君をどうこうする意味は薄まったはずです。それに、元を正せば如月の方が香澄君とキルシュヴァッサーの事を秘密にしていたのが原因ではありませんか?」


「響君の言う通りだね。如月重工は、桐野香澄がキルシュヴァッサー……いや、銀に操られている事を把握していた。銀の成長はイコール香澄君に対する支配力の増加であるとか、そういう事も理解していたしね」


「――オイ。だったらテメエらなんで黙ってやがった? ガキだからって舐めてんじゃねえぞ、あ?」


だから、ジャスティスさんはどうしてそうけんか腰なんですか!

でも、ボクたちだってそれは言いたいことだった。彼はボクらの言葉を代弁してくれたに過ぎない。言い方はまあ……問題ありだけど。

そこを行くと、崇行さんは大人だった。冷静な態度でジャスティスの言葉を受け、静かに話を再開する。


「如月重工は、桐野香澄の力を利用したいと考えていたからね。香澄君がキルシュヴァッサーの支配から逃れられなくなれば成る程、こちらとしては都合のいい事が多かったのさ」


「そんな……。香澄君だって人間なんですよ……?」


「ミスリルは人間じゃない。ミスリルは全て滅びるべき……。これは、国連の総意だ」


崇行さんが冷静に告げる言葉がボクらの胸に突き刺さる。

まず、彼に連絡を取ろうと言い出したのはイゾルデだった。それにはボクも賛成だ。崇行さんは如月の人間であると同時に如月の人間ではないという組織にとってのグレーゾーンに位置する存在。彼を縛る制約は如月重工として、というよりもむしろ公安の人間として、というものの方が大きい。

それに彼は朱雀さんほど話の通じない人ではない。実際彼はジャスティスさんの悪態をものともせず、冷静に話を進めているし、この場所にもちゃんと一人で来てくれた。信用に足る人物からの言葉だからこそ、ボクらはより打ちのめされた。


「それにキルシュヴァッサーは人類の未来を賭けた存在……。一人の人間の命で世界が救えるのならば……と、考えたんだろうね」


「…………」


「……まあ、そんな顔をしないでくれ。香澄君の事を知ったのは僕も最近だし、それにあくまでもさっきのは国連の意向だ。客観的な評価、というものかな」


すっかり暗い顔をするボクらを見て彼は苦笑を浮かべた。


「香澄君を救えなかったのは、僕らの責任でもある。僕ら大人が彼を利用しようと考えなければ、こんな事にはならなかった。だから僕は……僕個人、如月崇行としては、随分前から如月重工やキルシュヴァッサーの事を調べていたんだ」


「――え? 崇行、それは……」


驚いたのはイゾルデだった。二人が交わした視線の中にあったやり取りがどんなものであるのかボクらにはちょっとよくわからない。

でも崇行さんは真剣な表情で頷いてくれた。そうして鞄の中から無数の書類の束をテーブルに出し、そのうちの一つを響さんに手渡した。


「そもそも『キルシュヴァッサープロジェクト』とは何のためにあったのか。そこから話す必要があるだろうね」


「キルシュヴァッサー……プロジェクト?」


「とても単純な話、キルシュヴァッサーは全てのミスリルを無力化するために生み出されたんだ」


そうして崇行さんが始めた話は現在から数十年前に遡る。

この世界で始めてミスリルの存在を知ったのが何者なのか、何が原因でミスリルが現れたのかはわからない。ただ、ミスリルという生き物がどんなものであるのかについての研究は長年人間の中で繰り返されてきた。

ミスリルというものが精神体であり、肉体を持たない存在であるという事。人間の肉体に感染し、その構成を変質させる事。そうして自らの肉体に相応しいものを生み出し、それを成長させていくということ。

宿主となった人間の精神はミスリルに冒され、ミスリルは人間を食料に次々増殖していく力を持つ。悪性のウイルスを遥かに凌駕するその脅威性に人間は恐怖した。

ミスリルが恐ろしい存在である事は今でも変わらないが、昔はそれに対する手段が全く無かったのである。故に彼らは『はじまりのミスリル』へと着目した。


「つまり、この世界に初めて出現したミスリル、零号結晶体だ。『彼女』はドイツに居た。ドイツの研究機関は彼女の存在がミスリルにとっての始祖であることを知ることになる」


ミスリルは、自らの記憶の一部を他人に植え付ける事によって増殖する事がある。厳密には同じミスリルのうちの一部の人格性を投射された元のミスリルに近い性質を持つ何かを生み出す能力、とでも言うべきなのだろうか。

元々ミスリルの存在について詳しいことはまだわかっていない事のほうが多い。しかしこの方法で行けば、ミスリルのルーツは一人のミスリルであったのではないか、という推測にたどり着く事が出来る。

ルーツは幾つか存在したのかも知れないという疑問は実際に調査を行えば直ぐに判明した。それぞれの接点を洗いざらいに調べ上げるという血の滲むような努力の先、ある湖畔に暮らしていた一人の少女が始祖として該当する事が判明したのだ。


「彼女こそ『はじまりのミスリル』。名も無き始祖。全てのミスリルは、彼女から出現したものだった」


「はじまりのミスリル……」


「驚きだろう? 今この世界を滅ぼそうとしているミスリルの全てが、根源を一人の少女にしているんだから。そして何より問題だったのは……彼女にはそういう認識がなかったってことだ」


始祖のミスリルは、ただの少女として生きていた。

彼女は意図せず他人をミスリルとして感染させてしまうという恐ろしい力を持っていた。気づけば彼女の周囲の人間は全てミスリルとなっていたのだ。

彼女自身、自分がどこからやってきたのかを知らなかった。己のルーツを知らない彼女は突然現れた研究者に拘束され、暗い牢獄の中に投げ込まれる事になった。


「その『彼女』がどうなったのか、『彼女』がどんな人生を送ったのかそれはわからない。ただ一つ分かる事は、人類は彼女に対する実験の中で、全てのミスリルを操る絶対命令権を始祖が持つという事に気づいたんだ」


「絶対、命令権?」


「いきなりこんな話を聞かせて戸惑うなって方が無理だね。でも、事実なんだ。全てのミスリルは彼女のために存在した。この世界を壊そうとする全ては彼女を愛していた。故に彼女は呼ばれていた。『女王』、と」


始まりのミスリルには全てのミスリルに対する抗えぬ絶対的な命令権が存在する。その事実は人類にとってのかすかな希望となった。

しかし、女王の存在は既に失われてしまっていた。過去に何があったのか、とにかく人は彼女を殺してしまったのだ。失われた女王により統率されなくなった全てのミスリルは主の存在を忘れてしまった。


「こうして失われた王座は空席となった。だからその空席を何とかして埋めてしまおうという計画が持ち出された。つまり、偽りの王をその玉座に着かせ、全てのミスリルを管理しようとしたわけだ」


「それが……キルシュヴァッサー?」


「そう。キルシュヴァッサーは銀翼の女王の力を宿して生み出された偽りの玉座。そして偽りの王となるべき人間だったのが、桐野香澄君その人なのさ」


「……如月は。世界は。香澄の奴を王に仕立て上げて、全てのミスリルを背負わせようとしてたわけだ」


ジャスティスさんの言葉に頷く崇行さん。ボクらははっきり言って……置いてきぼりをくらっていた。

始まりのミスリル。結晶の女王。偽りの玉座。仕立て上げられた王……。わけのわからない事ばかりだった。はっきり言って、理解しきれるようなものではなかった。

一息ついた崇行さんは紅茶を呷り、それから優しく微笑んだ。ボクらは困惑したまま、今は全身で彼の言葉を聞くことしか出来ない。


「如月が危険だと分かっていながら香澄君を放置した理由がそこにある。香澄君は一人だけではミスリルの王として成立しない。彼には足りない要素がいくつもある。ミスリルに王として成るためにはキルシュヴァッサーという玉座、そして女王の願いを宿した存在が必要だった。それが銀、そして二つの存在が融和し、香澄君が銀の意思を打ち破った時、完全なる人の手によるミスリルの神が誕生する……はずだった」


「でも、香澄君は銀の意思に逆らえなかった……」


「その危険性は充分にあった。想定内だった。もしも香澄君が王の資格に耐えられなかった時、彼は女王の力に取り込まれる事になるだろう。そうなればキルシュヴァッサーは暴虐の王となり、この世界を滅ぼしかねない存在になってしまう……。国連が恐れているのはそこなんだろうね」


「そんな……! 香澄君をそんな風にしたのは、この世界全てじゃないですかっ!!」


テーブルを両手で叩き、響さんが立ち上がった。吹っ飛ばされた椅子が木田君の足元に転がって、部屋は静まり返った。


「香澄君は何にも悪い事してないのに……っ! いらなくなったからって、ハイそれでお仕舞いって、殺してなかったことにしようとしたんですかっ!?」


「……まあ、そういうことになるね」


「なんて……酷い……っ」


響さんは歯軋りしながら辛辣な表情を浮かべていた。多分今、ボクらは同じ気持ちを共有している。多分やっぱりそれを、彼女が代弁してくれたってだけで。


「だがよ? だったら香澄が居なく成っちまったら、計画はオジャンじゃねえか。そのへんどうなんだよ? 簡単に見切りつけて殺しちまっていいのか?」


「キルシュヴァッサープロジェクトには幾つかの段階がある。彼が居なくなったらその時は次の段階へと進めばいい……そういう考えなのさ。それに香澄君がああなることによって齎される事もある」


それは、彼が生きていても死んでいても別にいいと、世界が言っている事に他ならなかった。

沢山の人の意思が彼の全身を支配し、生死さえも意味を失っていく。どう転んだところで幸せにはなれない彼の人生が、ボクらの前に渦巻いていた。


「……とまあ、このへんまでが僕に調べられた限界だ。残念ながらこれから先に何が起こるのかは僕にもわからない。だから僕も聞きたいんだ。これから一体何が起ころうとしているのか……そこの君にね」


視線がジャスティスさんの背後に立っていたフランベルジュさんに収束する。皆はどういう意味なのか判らない様子だったけれど、ボクは気づいていた。

いや、ずっと前からそうだったんだ。彼は、彼女たちは。ボクら人間にはわからない何か大きな流れを知っていたんだって。


「……単刀直入に、申し上げますと」


前に出たフランベルジュは小さくお辞儀をしてからボクらを眺め、それから目を細める。


契約の騎士団ナイツオブテスタメントとは、『ある一人の人間』と契約を交わした、始祖に仕えていたミスリルの事です」


「え?」


「私たちはもうかれこれ数十年間この世界で生きています。そして始祖によってミスリル化された人間であり、彼女を……王を守るために存在した原初に限りなく近いミスリルです。故に、彼女の最期も知っていますし、これからこの世界に何が起きようとしているのかも理解しています」


「して、それは?」


「お教え出来ません」


………………?


「「「 はあっ!? 」」」


多分その場に居た全員の声が重なっていたと思う。

あっけらかんと言い放った張本人は澄ました顔で両目を閉じている。ボクらは完全に唖然として、フランベルジュに何とも言えない視線を送っていた。


「そんな目で見られても、答えられないものは答えられません。我々契約の騎士団ナイツオブテスタメントは、完全なる『中立』なのですから」


「それは……ミスリルと人間、そのどちらにも属さない……という事かい?」


「その通りです。我々は限りなく人間に近いミスリルであり、限りなくミスリルに近い人間なのです。完全なる中庸……それは我々が生み出された時から未来永劫代わることの無いたった一つまず譲る事の出来ない法なのです」


「って、こった。フランベルジュから何か聞こうとしても無駄だぜ? こいつは多分、騎士団で一番真面目だからな。俺にだって教えてくれないし」


「…………え? ちょ、ちょっと待ってください……」


頭を抱える響さん。それはボクも同じだった。流石に黙っていられなくなって前に出た。


「じゃあ、二人が香澄君をほっといたのも……?」


「ああ。中立だからだ」


「…………え? は? じゃあ、どうして二人は一緒に居るんですか……?」


「あ? そんなもん、俺がフランベルジュに惚れてるからに決まってんだろ?」


「…………え? っと、じゃあ、その……あなたたちってもしかして、ボクらの味方では……?」


「ああ、ねえな。味方じゃねーわ」


「「「 はあぁああああ〜〜〜〜っ!? 」」」


なんじゃそりゃあああああああああああああっ!?

何だこの人、言ってる事が滅茶苦茶だぞ!? ボクらはこの人の言葉をいちいち真に受けないほうがいいんでしょうか神様!

だめだ、完全に全員が沈黙していた。完全にどう見たって明らかに味方だと思っていたのに……いや、そうだよね。味方だったら、もっと早くなんとかしてくれてたよね……。

なんだかどっと全身に疲れが出てきた。多分それは全員一緒だったんだろう。溜息が重なり、全員盛大に肩を落とした。


「な、なんだなんだ!? どうした! 若いんだからもっとシャキっとしろ!」


「しゃきっとしろって……無茶ですよおっ! どういうつもりなんですか、ジャスティスさんっ!」


「お、おう……? 何をそんなに怒ってるんだ海斗……」


「何を怒ってるんだ、じゃないですよおっ!! あんた三年前に秋名ちゃんを失ってから何してたんですかっ!?」


「あ〜……お前はまだそれを引き摺ってるのか。俺はもうフラベルジュを愛してるから、三年前のあれは過去のことなのだ、ハッハッハ」


「あ、ああぁ……っ! あなたって人はあああああああっ!!」


胸倉を掴み挙げて頭を振り回す。首をガクガクさせながら気持ち悪そうな顔をしているジャスティス。ボクはもう、この人の言うことは話半分くらいにしか聞かないことにした……。


「ちょ、ちょっと話をまとめてもいいかい?」


崇行さんの声にボクは手を話した。テーブルに突っ伏してぐったりしているジャスティスさんに代わり、フランベルジュが前に出る。


「君たち契約の騎士団ナイツオブテスタメントは、ミスリルにも人間にも属さない組織……だから、彼らの仲間ではないし、ミスリルの仲間でもないと」


「その通りです。ご理解が早くて助かります」


「だ、だったら君たちはどうしてここにいるんだい……? どうして香澄君を助けたんだ?」


「結果的にそういう事になってしまっただけです。今はマスターが重傷なので動くわけにはいきませんし、ここは色々と便利な集まりだっただけです。我々は桐野香澄を助けるつもりはありませんでしたし、他の皆さんに関してもそうですから」


ぴしゃりと言い放たれ、ボクらは唖然とするしかない。そうだ。フランさんってこういう性格だったんだ……。


「我々契約のミスリルは皆過去の契約を基点に行動しています。この世界がどんな形に変わっても、その契約を守る事以外に行う事は一つとしてありません。我々ミスリルは人間とは異なり、世情や感情、状況に流される事がない生き物ですから」


「でも、君たちは三年前にチームキルシュヴァッサーにいたんだろ? だったらどうして……」


「俺は三年前はただの適合者だった。フランのやつは……この世界に蘇ろうとしている『玉座』の存在を確かめに来たテスタメントの代表に過ぎないってわけ。で、俺は秋名が死んだし秋名みたいにこの世界にくくられたまま不自由に生きていくのが嫌で、無理言ってフランのやつについてってるだけだぜ」


「ただ、我々の目的はただ一つ――――」


フランベルジュの言葉に視線が集中する。彼女は恭しく頭を下げ、それから胸に手を当てて微笑んだ。


「『主』の命令に従う事。『主』の願いに応える事。『主』の存在を守る事――。そして、『人間として考え行動し、中立の範囲の中で己の成すべきと判断した行動に命を賭ける事』、ですよ」


ボクらはもう何もいえなかった。彼女たちがミスリルとして存在しているというだけには余りにも自由な行動をしている事に対し、ボクの中で一つの答えが出た気がする。

多分、彼女たちにとって人間の世界にあるしがらみみたいな物は些細な事なんだ。全員が自分の成すべき事を理解し、そのためだけに行動しているから迷わない。ミスリルっていうのは多分そういうものなんだ。そういう、生き物なんだ。

だからきっとこの世界がどうにかなるとかそういうことにさえ興味はないんだ。それぞれが抱いている興味の対象にのみ全力で、あとはどうでもいい。それがミスリルの生き方なんだろう。


「ま、そういうワケだ! 俺たちの力をアテにすんのは止めたほうがいーぜ?」


もう何も言い返す気にもならなかった。あの時共闘できたのは本当にたまたま、偶然の結果だったのだろう。

ボクらを励ます言葉もきっとそういうつもりじゃないんだ。ただ思う事を素直に伝えているだけで。だからきっと彼の言葉には説得力がある。

彼自身がそうした自由な性格だからこそ、フランベルジュとも一緒にいられるんだろう。そういう意味ではお似合いのカップル、ということなんだろうか。

ミスリルと人間との愛、か……。なんだか冷静に考えると二人の存在は色々な事を思わせてくれるなあ……。


「よって、我々は貴方たちにとって極端に利益になると判断できる情報を与える事は出来ません。ただ、それは個体によると思います」


「え?」


「つまり、我々ミスリルの中にはおしゃべりな者も居ますし、人間に協力的な者も居たりします。勿論気まぐれですがね」


「それは……えっと、いいの?」


「良いのです。自由に振舞う事こそ主が我らに望んだ事なのですから」


フランさんはこういいたいのだろうか?

自分たちは話す事が出来ないけど、人間に協力的なテスタメントからならば情報が手に入る、と……。

振り返ってサザンクロスを見たが、首を横に振った。彼女は協力的というかなんというか……まあちょっと違うだろうね。


「逆に言えば完全にミスリルについているテスタメントも居ます。契約の騎士団とは同じ組織の中に全く異なる思想を持つ存在が混同されているわけです。そんなルールを極端に逸脱した存在に対して処罰を執行するのが私の役目でもあります」


「つまり、ジルニトラにいやがったマグナスは完全にルール破りだから、俺たちが決着をつけなきゃなんねーわけ。他にもお前らに完全に肩入れするやつとかが居たら、ぶっ倒したりするわけ」


つまり味方でもないし敵ではないけれど、状況によってそれは変化するということだろうか。

彼らが敵になる可能性なんて考えたくもないけれど……まあ、仕方が無いのかもしれない。相容れないってことなんだろうから。


「ミスリル、かあ……。ほんと、不思議な生き物だよ……」


頭を抱えるボクらを見てフランベルジュは微笑んでいた。

その微笑が綺麗ですごく印象的だった。勿論それが彼女の本当の笑顔なのかどうかはわからないけれど。

だったらボクの三年前の日々は何の為にあったんだろうか、とか。それを秋名ちゃんは知っていたんだろうか、とか。いろいろな事を考えた。

そう、秋名ちゃんは三年前のあの日。どうして殺されなくちゃならなかったんだろう、とか。

沢山の疑問はやっぱり消えず、分かったことのお陰で増えたわからないこと。それら全てを解き明かすのには、やっぱりとても時間がかかりそうだった。


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