願い、奏でて(1)
海斗編、スタート。
この世界は変わっていく。それはきっと仕方のないことで、ボクたちはその流れから逃れる事は絶対に出来ない。
時間が過ぎる度、遠い場所が近づいていく。手の届かなかった場所に指先が届くようになる。気づけば大切な物を何か取りこぼし、気づかぬうちにまた得ているんだろうと思う。
ボクや、香澄ちゃん。皆の思いがいつかどこかへ零れ落ちてしまっても、ボクはこの世界の事を覚えていたいと思う。
彼が愛していた人の事や、彼が求めていた世界のこと。ボクに出来る何か。涙を流す事の意味。
悲しむ権利なんてきっとボクにはないのだと思う。だから涙は流さないと誓った。あの日、あの時、大切な人を守れなかった日から。
この世界は変わっていく。だからやっぱりそれは仕方のない事で。なんていうかそれは……止まってられない、って事で。
「海斗」
振り返るとイゾルデが立っていた。木枯らしの吹く中、彼女はコートのポケットに両手を突っ込み、マフラーに顔半分を埋めながらボクを見ていた。
ボクの隣に座るとイゾルデは静かに溜息を漏らした。彼女の表情からは疲れの色がありありと見て取れる。沢山の苦悩が彼女を苛んでいるのはわかっていたことだし、ボクらにはどうにも出来ない。いや、厳密にはそんな余裕はボクにだってなかった。
自分の事を守れるのは自分だけ。でもそうしていると誰かを救うことはきっとできなくなる。だからって蔑ろに出来るほど、ボクは不幸な人生を歩んできたりはしなかった。
だからやっぱり仕方のないことで。仕方ないことばっかりで、ああやっぱりボクは無力なんだって認識させられる。イゾルデはポニーテールにした髪を風に靡かせながらモスクワフロンティアの廃墟を眺めていた。
「聞いたか? 国連はいよいよ結晶塔に対して攻撃を開始するらしい。まぁ、このご時世だ……。そうでもしなければ人はどうなっていくのかもわからんがな」
「…………そうだね」
世界は、変わった。
当たり前だったボクらの世界は今はもう遠い思い出の中の景色に変わってしまった。
フェリックス機関の戦艦ジルニトラ。そこで出会ったマグナスというミスリルが、この世界に自分たちの存在を公表したからだ。
世界中に広まったミスリルの存在。人々は人間以外の知的生命体の存在に恐怖し、それらがいつどこに潜んでいるのかもわからない状況に絶望した。
当たり前のように発生した差別と糾弾、そして国連や政府への批判の声は急激な高まりを見せ、この世界全てを憎しみや恐怖が飲み込もうとしていた。
ボクらはこうなる前に何かをしなければならなかったのかもしれない。こうなってしまう前に、この世界を救って見せなければならなかったのかもしれない。
もう人々は何も信じられなくなったし何も守ろうとはしなくなった。量産され続ける結晶機、ハイブリッドと各地でのミスリルとの抗争は激化を増すばかりで、ここモスクワフロンティアも例外ではなかった。
結晶塔周辺からは常に戦闘音が鳴り響き、今も世界中で沢山の人がミスリルと争っている。その遠い世界の出来事を今のボクたちはただ眺める事しか出来なかった。
「おーいっ!! 飯、買って来たぞ〜っ!」
坂道を木田君が走ってくるのが見えた。ボクらは軽く手を翳し、彼に応える。
あの日、木田君は輸送機を勝手に動かし、ボクらを救いにきてくれた。如月重工の人々に咎められても彼は聞こうとはせず、イゾルデを助けるために輸送機を犠牲にして飛び込んできてくれたのだ。
勿論彼一人の力ではなかった。同席していた佐崎君と、それから如月の崇行さん。二人の支持もあり、ボクらの命は本当にギリギリで助かったのだ。
そんなボクらの危険にいち早く気づいてくれたのが響さんとありすちゃんだった。二人は輸送機に自分たちを繋げていたワイヤーを引き千切ってまで助けに来てくれたのだ。
イゾルデもそうだ。その数分前まで彼女たちは討論を繰り返していたらしい。自分たちが本当に成すべき事がなんなのか、その答えを探していた。
そして彼女たちは来てくれた。一度は刃を交え、離れ離れになったボクたちは吸い寄せられるように一つになった。勿論、代償は少なくはなかったけど。
「ほら、イゾルデ元気だせよ! お前がシャキっとしてないと、何かこっちまで気が滅入るだろ?」
「……すまない」
「だーかーらっ! そんな顔すんなって! あ、分かったぜ。腹へってんだろ? 食えば元気出るって、な!?」
「……某がそんな大飯食らいに見えるのか、お前は」
イゾルデは……色々あってすっかり気を落としてしまっていた。彼女の場合、多分様々な罪悪感が原因なのだと思う。
彼女は立場ある人間であり、周囲の期待に応える義務を持つ存在だった。そんな彼女が踏みにじってしまった沢山の声を思えばこそ、彼女は俯いたままなのだろう。
木田君は……相変わらずだ。最近じゃ彼の笑顔や明るい声が随分皆を励ましてくれている。特にイゾルデを気にかけているようで、よくああやって声をかけてくれている。
多分、イゾルデもそれで救われているのだと思う。木田君と一緒に冗談を言っている時だけ、彼女は少しだけ寂しげに笑顔を見せる。
「海斗もボサっとしてねーで手伝えって! これすげえ重かったんだからな……。いっくら人手不足だからって、俺にばっかやらせんなよ雑用を〜」
「ごめんごめん。まぁ、男の子だからしょうがないよ。 ねっ?」
「女みたいな顔してるからって自分は例外だとでも思ってんのか……? いいから来い!」
「っとと……。ご、ごめんイゾルデ……手伝ってくるよ」
「ああ」
憂鬱そうに手を挙げて応える彼女から視線を反らし、ボクらは宿の中に戻った。
宿というか、なんというか。既にこの一帯は誰もが避難してしまっていて一般人はいなくなってしまったので、空いている一軒家を借りている状態だ。勿論悪い事だというのは分かっているけれど、そんな事を言っていられる状況でもなかった。
台所に立ち、包丁を片手に袖を捲くる木田君。鼻歌を歌いながら手際よく野菜を刻む彼の横顔を眺めながらエプロンを締める。
「最近、木田君のお陰でみんな少し持ち直してきたみたい。何だか色々押し付けちゃってごめんね」
「ん? あぁ、いいんだよそんなのは。俺はさ、ホラ。戦えねえからさ。皆みたいに、辛い想いを自分でする事もねえから。俺に出来る事って、今の所雑用とか、それくらいだろ? だから俺は気にしてねえよ。むしろ出来る事があって嬉しいくらいだぜ」
歯を見せ彼は無邪気に笑う。ボクもそれに微笑を返す。彼はなんというか、本当に純粋だ。
「皆には言うなよ? 俺は嫌々雑用やってるって、そういうスタンスの方がいいだろ?」
「そうかなあ。ていうかみんな、本当は気づいてると思うよ? 木田君のそういう優しさとか」
「あー、痒くなるからやめろそういうのは! お前は真顔でそういう事いうのマジでなんとかしろよな! ったく、恥ずかしいやつだよ」
とかなんとか言いながら嬉しそうな木田君であった。
うん、そうなのだ。多分ボクらは今、今までのボクらよりもきっと分かり合っている。お互いの苦悩や、お互いの立場や、お互いの愛や夢や勇気のことを。
それでもどうにも出来ないこの世界の憂いを一点に集め、ボクらは生きている。結晶機という強い力を持つボクらは、この宿命から逃れられないから。
もっと早く、こうしてお互いの気持ちをわかりあえていたら……そう思う事もある。でもこれはきっと、ボクらが勝ち取った今なのだと思う。
お互いに争い、苦悩し、言葉をすれ違い、思いを絶やし、いつの間にか伝わった事。痛みを伴う世界の変革に、ボクらも巻き込まれ今があるのだと。
その現実からボクらは逃れる事が出来ない。だからせめて今は、ボクはこのままいたい。あと何日このままでいられるかは判らないけれど、今の幸せを全力で感じたい。
そしていつかボクらがこの戦いを終えた時。この日の思い出を語り合う事が出来たならば……それはどんなに素敵な事だろう。
「イゾルデの奴……まだ、脱走の事気にしてんのかな」
「……だろう、ね」
「ま、しょうがねえわな。俺らチームキルシュヴァッサー丸ごと香澄連れて逃げ出したんだもんなぁ。日本じゃ今頃、どうなってることやら……」
彼らはもうチームキルシュヴァッサーではなくなってしまった。
当たり前のことだった。ボクらは逃亡した。自分たちの宿命から。世界から。大人の都合から。
当たり前のことだった。キルシュヴァッサーはもうボクらの手の中にはない。銀翼のミスリルは、今はきっと世界で猛威を振るっているだろう。
だからそれはそう、当然のこと。ボクらは一人の例外もなく、己の犯した罪に震えていた。自分たちが戦っていれば救えたかもしれない沢山の命に。ルールに。世界に。
「でもさ、なんつーかさ……。イゾルデがこう、シャキっとしてねえと、なんか気持ち悪いんだよな。落ち着かないっていうか。香澄がふてくされてて、響がそれを嗜めてさ。あいつら言い争いしてるのお前が困った顔しながら止めて。佐崎は本読みながらそれ見て笑っててさ……。そういうの、やっぱよかったよな。俺あれでよかったんだって思う。あれが、よかったんだ……」
「木田君……」
「笑っちゃうよな。世界より、友達の事の方が大事なんだぜ? やっぱ俺らってガキだよな。どうしようもねぇ、ただのガキだった」
「……うん。馬鹿みたいだよね。ふふ、笑っちゃうよね」
「へへへ……だよな? っふ、はははっ!」
「ふふふふ……」
何で笑っているのかよくわからなかったけど、ボクらは笑いあった。それから木田君は遠い所を眺めながら包丁を操る手を止める。
「俺に力があったらな……。お前らだけに戦わせたりなんか、しねえのに……」
「木田君は充分よくやってくれてるよ? 君の存在はきっとボクらの中でとても大きいはずだから」
「でも、まだ足りないよなぁ……。くそ、イゾルデのやつ……」
「木田君ってイゾルデが好きなの?」
何となく口にした瞬間、木田君の指にぐっさりと包丁が突き刺さった。
無表情に傷口を彼の視線が捉えた瞬間、血がどばっと溢れ出す。木田君は頬を引き攣らせながら笑い、それから手を押さえて飛び上がった。
「どわああああああっ!? めっちゃささっとるがなっ!?」
「き、木田君大丈夫!? うわ、すごいことになってるよ……」
「海斗! おんまえなあ……っ! だーそれどころじゃねえっ!! 止血しないと、止血っ!!」
ボクらがドタバタしているとサザンクロスが顔を覗かせた。木田君の出血状況を見て深々と溜息を漏らし、彼女はハンカチで木田君の血を止めてくれた。
「ただ料理するだけであんたら楽しそうねぇ」
「す、すんません……」
「木田君はもういいから、手を何とかしてきなよ! あとボクやっとくから!」
「そうするわ……。じゃあ、悪いけど……頼むな」
「うん……お大事に……」
サザンクロスの隣を抜けて木田君は出て行った。すると彼女は腕を組み、それから木田君を見送って首をかしげた。
「あいつ、ただの人間なのになんでここにいるのかしら?」
「うーん……それは、ただの人間だから、じゃないですか?」
「良くわかんないけど、いつも通りの人間の謎ってやつね」
理解に苦しむのか、サザンクロスは口元に手を当てて眉を潜める。ボクは笑いながら料理を続けた。
実際のところ、ボクらはこれからどうするべきなのか良くわかっていない。世界はもう、多分ボクたちだけでどうにかできるほどの規模ではなくなってしまったのだと思う。
だから本当に実際のところ、ここで暮らしていくだけでもボクらはいいのかもしれない。戦いとは無縁の場所で、当たり前の生活を営む事が幸せなのかもしれない。
でもきっとそれは有限で。この楽しい日々は永遠などではないのだとボクらは薄々感づいている。だからきっとみんな、一生懸命悩んでいるんだ。
自分たちが正しい道を選んできたんだって信じたい。勿論、そう選択肢の中から正解を選べてきたとは思えない。でもボクらはみんな考えて、それで一生懸命悩んで。何とか何かを選んできたはずなんだ。
だからそれが全て間違いだったなんて思いたくないし、思えない。ボクらの望んで掴み取った今が、無意味なものだなんて、そんな事は絶対にありえない。
君ならどう思ったのかな、香澄ちゃん? 君は今のボクたちをみて笑うかな?
君に出来たように、ボクに出来るかな。君が望んでいたものを、ボクは叶えられるかな。
判らないことばかりのこの世界の中、ボクたちが望むものはなんなのかな……。
手を止める。戻ってきた木田君にバトンタッチしてボクは二階へ続く階段を上った。扉の前で深呼吸して、ボクはゆっくりとそれを開く。
開け放たれた窓から差し込む暖かい日差し、揺れるカーテン。そんな白い部屋のベッドの上に、香澄ちゃんとありすちゃんは座っていた。
二人は手を繋ぎあい、何をするでもなく見詰め合っていた。ボクの来訪に気づき、二人は手を離してボクへ視線を向ける。ありすちゃんは、つらそうな顔をしていた。
感情を失った彼女は、あの日兄のために叫んでいた。そして今も、きっとかれてしまった涙のせいで泣く事は出来ないけれど、とても辛い想いをしているのだと思う。
「調子はどう?」
ありすちゃんは無言で首を横に振る。それから弾かれるように部屋を飛び出していった。
残されたボクら二人は無言で閉まる扉を見つめていた。それから視線をぶつけ、目を細める香澄ちゃんの隣に腰掛ける。
「……僕は、また何かしてしまったのか?」
「ありすちゃんは、君のために出来る事をさがしてるんだよ。一人きりのお兄ちゃんだからね」
「そう、か。そうなんだったな……。ごめんな、進藤。手間をかけさせる」
香澄ちゃんは申し訳無さそうに頭を下げた。ボクはそれを見ているだけで本当に悲しかった。
悲しかったけど、ボクもありすちゃんと同じ。悲しみの感情をうしなったボクに出来るのは、笑う事だけだった。
「まだ、何も……わからない?」
「……ああ。申し訳ないが……」
「いいんだよ、焦らなくて。もう少しでご飯できるから、もうちょっと待っててね! 木田君がすごいの作ってるから!」
少し血の味がするかもしれないけど……。
「それは楽しみだな」
香澄君は柔らかく微笑んだ。その笑顔を見ていると、何となく複雑な気持ちになる。
以前の彼ならそんな心を開いた笑顔をボクらに向けてくれることは絶対になかったろうから。
「それじゃ、また後でね」
「進藤」
扉に手をかけたところで呼び止められる。香澄ちゃんは優しい表情で笑う。
「いつもありがとう」
「……うん。どう、いたしまして」
部屋を後にして、廊下で足を止める。
辛くなるだけなのに。現実を再認識させられるのに。ボクは彼の過去の面影を求めてしまう。
桐野香澄は一命を取りとめ、そして……命以外の全てを失ってしまっていた。
彼が記憶喪失になってから、もう二ヶ月程が経過しようとしていた。
⇒願い、奏でて(1)
「あたしたち、これからどうすればいいのかな」
夕飯時。食卓を囲むボクらの中、アレクサンドラの言葉が小さく響き渡った。
それは別に、今に始まった話などではなかった。ただ言い出したのが彼女だったというだけのことで。だからボクらは自分の中で何かに折り合いをつける。
「香澄……ずっとあのままなのかな?」
不安げなアレクサンドラの声。でも不安なのはボクたちだってかわらない。
そもそも、香澄ちゃんがあの状態から助かっただけでも奇跡なのだ。彼は本当に、奇跡のような身体をしていた。
傷口はあっという間に塞がり、しかし彼は代わりに全てを失っていた。原因はわからない。ただ、彼の肉体は一度完全に死んでしまったような気もする。
ミスリルにとって肉体は仮初の存在に過ぎない。精神生命体であるミスリルにとって、肉体の消滅は=死ではないのだから。
それでもやっぱり桐野香澄の傷は深かった。ジャスティスさんもそうだったけど、あの人は香澄ちゃんほど直ぐには回復しなかった為、今でも包帯を巻いて安静にしている。とは言え今もそこでご飯を食べているわけだが。
とにかくボクらの身体は普通じゃない。それでも香澄ちゃんのそれは異常だ。記憶を失ったことよりも、生きている事のほうが余程の問題なのだ。生きてくれているだけでも、充分すぎるのかもしれない。
でもボクらは彼の過去を忘れられなかった。彼の言葉や彼の想い、彼の行った事。ボクらはみんな彼の事が大好きだった。彼を失いたくなかった。
病室に篭ったまま、彼はなかなか外に出ない。今も多分休んでいるのだと思う。ボクらと彼との間には恐らく大きな壁があって、彼はボクらに気を使っているのだろう。
「香澄君の身体に何があってああなっちゃったのかは判らないけど……生きていてくれただけでも、私は嬉しいかな」
「……それはそうなんだけど。でも、響はそれでいいの?」
「…………」
いいわけない。そんなのは口にしなくたってわかっている。
でもボクたちに出来る事はとても少なくて。ボクらの頼りの綱でもあるジャスティスさんは傷が癒えない為か、行動したがらないのである。
あの日、あの場所で何が起きたのか。ボクらがキルシュヴァッサーと戦わねばならなかったのは何故なのか。沢山の疑問を抱えつつボクらは生活してきた。この二ヶ月あまりの時間は、多分ボクらが傷や想い、沢山のものを整理するために必要な時間だったのだと思う。
でもそれも潮時が来たのだ。普段なら皆はここまで深刻に悩むことはなかった。でも、今日は違った。多分そろそろ、決めなければならない時が来ているのだ。
「つーかよ。お前ら自身は、何をどうしたいんだ?」
ジャスティスの言葉が部屋に響く。木田君の作ったカレーを口に放り込みながら、彼は言葉を続けた。
「香澄も俺も死に掛けて、世界は終わりに向かって動き出した。ミスリルの存在がこの世界を変えて行く……それは分かってんだろ? で、お前らは今この世界で何をして、何を残したいんだ?」
「何を、して……」
「何を残す……?」
静まり返る。それは一口に言える程、容易い答えではない。
沢山の願いや沢山の夢、沢山の希望。偽りと嘘と真実と現実。すり減らされるような世界と世界の重なる場所に連なるボクらの願いは、それほどシンプルではない。
「あんまそう難しく考えんなよ。お前らさぁ、好きなヤツとかいねえの?」
「「「 はい? 」」」
全員の声が重なった。ジャスティスは当たり前のようにもぐもぐしながらスプーンをボクらに向ける。
「だから、好きなやつだよ。恋だよ、恋。ラブとか愛とかあんだろそういうの? そういうのねーの? 若いのによ」
「い、いや……ジャスティス殿、今某たちはそんな事を言っている場合では……」
「そんな事言ってる場合じゃねえの? この世界終っちまうかもしんねーんだぞ? この一世一代の時期に、愛を語らず何語るんだ?」
ジャスティスは完全に真面目だった。というか、多分彼にとってそれが当たり前なのだろう。昔から彼は……ずっと変わらない。
しかし彼にとっての当たり前の言葉はボクらにとっては意外なもので。だからみんな、不意打ちされたように考え込まされる。絶望的な気持ちしか残っていなかったボクらにとって、少なくともそれは予想外の考えだった。
「お前らさぁ……もしかしてだけど、世界を救うとか、ミスリルと人間の戦いをどうこうするとか……世界の真実を探るとか、そういう事考えてたのか?」
全員こくこく頷いた。それを見てジャスティスは盛大に溜息を漏らし、カレーを一気に口に掻き込み水を一気飲み。そして口元を拭い、立ち上がった。
「馬鹿だろお前ら?」
たぶん全員、『お前にだけは言われたくない』と思ったことだろう。
「えーと……あー、そこの冴えない顔の男! 戦闘能力皆無の!」
「ぐっ……!? ひ、人が気にしている事を……」
「バッキャロ! そんなん気にするようなことじゃねえっつの! 兎に角お前! この中に好きな女はいるか?」
「はっ!?」
「だから、好きな女はいるかっつってんだよボケェッ!! そこの胸のでかいサムライねえちゃんか? あ? それともこっちの着やせするお嬢様か!? あ、ロシア美少女!? もしかしてロリコンかっ!! だがメイドはやらねーぞ、ハッハアッ!!」
「少し黙ってください、マスター」
「ごふっ」
傷口である胸に肘を打ち込むフランベルジュ。ジャスティスの口から大量の血液が飛び出し、食卓が鮮血に染まる。
完全に引いているボクらを他所にジャスティスは血の滲む包帯を押さえながら椅子に座った。
「本当に……死んじゃうから、やめてね……フランベルジュ……」
「善処します」
「お前の善処ほど頼りないものもそうないよな……」
口元の血を拭い、ジャスティスは遠い目をしていた。彼は少し休憩すると、話を再開する。
「まあ、居ても居なくてもいい。ここには居ないって事もあるかもしれないしな。でも一つだけ経験上俺からお前たちに言える事がある」
「……それは?」
「世界は、救えないってこった」
当たり前のように告げられる言葉。
分かっていた。ボクたちも。それは、気づいていたんだ。
ボクたちはただの子供なんだ。何も出来ない、世の中の事だって知らない。ただ力があるだけで、それ以外は何の変哲も無い子供なんだ。
この世界を変える事も、たった一人の友達を救う事も出来なかった。どうにも出来なかったんだ。ボクたちは本当に腹立たしくなるほど無力で。
誰もが打ちひしがれていた。この世界で今自分が出来る事を考える。それでも絶望的なビジョンしか浮かばないのは、自分たちの無力さと無知さを痛いほどに理解しているから。
何度でも言う。ボクらは馬鹿だった。子供だった。思いあがっていた。守れなかったんだ。救えなかったんだ。戦えなかったんだ。
逃げ出したんだ。沢山のものから。そんな事は許されないことなのに。ボクらは逃げ出したんだ。
そんなボクらを眺め、ジャスティスは笑う。手を叩いて鳴らし、ボクらの注目を集めながら。
「知ってるか? 俺たちたかが人間一人に出来る事ってのは、ものすっげえくだらねえ事くらいだ。例えば俺たち一人だけが環境に気を使ってスーパーのレジ袋を遠慮するようになったからって、温暖化からは逃れられない。俺たち一人だけが何かをしようとしても、世界という巨大な流れに対して影響を与えることは出来ない。それが大きくなれば大きくなるほど。どうにもならねえほどの問題であるほど。俺たちは何も出来ない無力な存在に成り下がる」
落ち込むボクら。彼はイゾルデを手招きする。暗い表情のままジャスティスの前に立つ彼女の頭を撫で、彼は言う。
「だけどな? お前たちには何か小さなものを変える力がある。その権利と、その為の想いがある。なあ、俺たちがこの世界の中で出来る事ってなんだと思う? それは世界を救ったり、何かと戦ったりすることか?」
「……それは……」
「俺達は限りなく自由だ。俺たちだけじゃない、この世界に生きる全ての人間が限りなく限界に近く自由なんだ。だが俺たちは俺たちであるために己を縛りつけ何らかのルールの下に存在しようとする。枠の内側に収まろうとする。そうするうちに全てがわからなくなって、大事な物を見失うんだ。でもお前たちははまだそうじゃないだろ? それじゃダメだって思ったから、香澄を助けたんじゃないのか?」
あの時、ボクらの想いは一つだった。助けたい、救いたい、守りたい。理屈とか立場じゃなかった。ただ想ったんだ。純粋に。
思いは重なり合って、偶然は奇跡になった。あの時ボクらの中の誰か一人だけでも、想いを共にしてくれなかったら。ジルニトラからの脱出は不可能だっただろう。
ボクらがボクらであるために、誰に言われるでもなく自分の意思で。立場を越えて願いが重なったからこそ、奇跡が起きたんだと思う。
「おい、元リーダー。トロそうなお前だ!」
「元、リーダー……はう……」
「お前はあの時何をしたかったんだ? 何で飛び出した?」
響さんは指先を絡めながら俯く。その時の自分の気持ち、焦り、衝動。沢山のものはやはり言葉に出来るほど単純じゃない。
「わかりません。気づいたら、身体が動いていたんです。香澄君を、助けなきゃ……そう思ったから」
「おいロリっ子。お前もそうなんだろう? やべえ、今私がやらなきゃ誰がやる! そう思って気づいたら飛び出してたんだろ?」
「……ロリ……う、うん」
「だったらそれでいいじゃねえか! 何を恥じる事があるんだ? それがお前らの心の中にある正義だったんだろ? お前らが選択した、そうあって欲しいと願う一欠けらの希望じゃねえか!」
自らの胸に手を当て、彼は言う。真剣な瞳で。
「己の願いに胸を張れ。世界の理屈を考えるのは大人の仕事だ。お前らはまだガキなんだ。何もできねえ青臭いガキなんだ。だったらせめて、その青臭さに胸張って歩いていけ。俺の言ってる事、間違ってるか?」
ボクらは応えられなかった。でも彼の言葉はなんだかとても力強くて、信じられる気がした。
ダメだったことばかりを思い返しては失意に落ちる今のボクらに出来る事。考えても考えても答えが出なくて時間ばかり浪費して行く日々。
ボクらは考えすぎていたのかもしれない。確かに彼の言うとおり、そう。ボクらの願いは、シンプルだった。
「……皆。ボクは、また皆と一緒に居たい。誰一人欠ける事無く……。だから、香澄ちゃんを助けたいんだ」
「某も、同意する。香澄を助けたい……。そして、某は……あの街も守りたい。子供の頃から過ごした、東京の街を」
「俺たちが帰るべき場所って、やっぱあそこだけだよな。色々あったけどさ……でも、あそこしかないんだよ」
「逃げ回っても、私たちは自分の弱さから目を反らせない。このまま逃げ続けられないから……やっぱり戦わなくちゃ」
「他の何かのためじゃなく、自分自身のために。あたしのために」
「ボクは――――」
そう、それでよかったんだ。
「それでもボクらは。やっぱりこの世界を……ううん」
皆の願いは一つなら。
「ボクらはボクらを救いたい。皆でまた、笑って過ごせるように。この世界を、愛せるように」
「その為には?」
「――戦います」
ボクらは頷いた。ジャスティスは満足そうに笑い、それから言う。
「だったら、それでいいじゃねえか」
色々あるけど。願いがあるのなら。
叶える為に行う一から百までの全ての努力をここに顕現しよう。
今のボクらに出来る事。皆の願いを束ねて考えよう。
そうしていつか大人になったとき、ボクらはボクらの話をしよう。
やがて訪れるどんな苦難だって。ボクらは乗り越えていけるから。
「みんな、やろう。もう一度」
逃れられない運命ならば。
仕方なくではなく。自らの両足で乗り込んで行く。
その方がきっとかっこいいよね? 香澄ちゃん……。
沢山の願いを束ねて、奇跡を成せるように。
ボクらは再び、歩き出す事を決めた――。
〜キルシュヴァッサー劇場〜
*ああ、もう五十部だよ……編*
ありす「思えば色々あったようで、何もなかったよね〜」
木田「いきなりぶっちゃけたな」
ありす「思いつきで書き始めた割には長続きしたよね!」
木田「思いつきだったの!?」
ありす「この小説を書き出す三十分前くらいまで全く別のファンタジー作品を書くつもりでいたらしいからね、作者は」
木田「じゃあなんでキルシュヴァッサー書いちゃったの?」
ありす「んー。なんかファンタジーとかめんどくさくなったんだって」
木田「どんだけーーーーーーーーーーー!」
ありす「でももうロボSF長編はもういいよね……」
木田「読者もおなか一杯だろうな。いや、作者もだけど」
ありす「ところで、レーヴァテインは越えられたと思う?」
木田「…………だから、そういう話はやめろよ。レーヴァテインとキルシュヴァッサー比べんなって。レーヴァテインは読んでたけどキルシュヴァッサーは読んでないって声多いんだから……」
ありす「なんで!? なんでなの!? 何が気に入らないのーーーーっ!!」
木田「うーむ。最近はあんまり面白い話が思いつかないんじゃないか? レーヴァテインで持てる力の全てを出し切った気がしないでもないんだ」
ありす「だからなんでロボットSF書こうとしてんだよおっ!!」
木田「何でだろうなあ……。そういえば本当は二十部くらいで終る予定だったらしいよ」
ありす「続けすぎだこらあああああっ!」
木田「まあ、三ヶ月くらいで終ればいいんじゃないか? そろそろ三ヶ月経つが」
ありす「無理でしょ終らせるの……。明らかに年末年始忙しい時期えっさほいさ作らないといけない雰囲気だよこれ……」
木田「会社で隙あらば寝ている作者だから問題ないだろ」
ありす「結局何がしたかったんだろうこの小説」
木田「それは永遠の謎ってことで」
ありす「…………」
木田「……そんな目で見られてもなぁ」
ありす「ふっふーん! でもでも、ありすはそんなに不人気キャラじゃないもんね! きっと皆メッセージに書き込むのが恥ずかしいだけで、ありす人気はかなりのものだからね!」
木田「その根拠はどこにあるんだ?」
ありす「批判的な書き込みがないから!」
木田「……え? いや、肯定的なのもなくないか……?」
二人「…………」
ありす「……クライマックスを迎える銀翼のキルシュヴァッサーをよろしくね!」
木田「えぇ〜……」