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ノーウェイ、アウト(2)


ずっと、あなたの傍に居たかった。

ずっと、あなたと同じ物を見たかった。

ずっと、あなたと同じ道を歩きたかった。

ずっと。ずっと。ずっと……。


「どうして……人は永遠じゃないのかな」


そんなものはありえないってわかっていた。

永遠なんてものはどこにもなくて。世界の全ては有限で。当たり前のように思う全てのものが本当は掛け替えのない自分の欠片なんだってこと。

だから、失いたくなかった。せめて傍に居たかった。守りたかった。ずっと、永遠に……。存在しない幻想を胸に、願いを託していた。


「永遠って言葉が、誰にでも平等で……。当たり前のように、ずっとずっと続けばいいのに」


そうすればきっと。誰もが幸せに気づかないまま。溢れ変える現実の中で、幸福に生きていける。

知らない方がいい事を知らないまま。知ろうともしないまま。ただただ生きていける。


「そんなこと、あるわけないのにね」


分かりきっていたとしても。

願い続けるのを止める事は、きっと出来ないだろうから。



⇒ノーウェイ、アウト(2)



「さて、とりあえず潜入には成功したわけだが」


戦艦ジルニトラの格納庫。そこにメイドのフランベルジュとそのマスター、ジャスティスの姿があった。

香澄と響たちが戦っている隙を突いて潜入する事に成功した二人。中に入る前から不機嫌そうだったフランベルジュの眉間のしわは潜入してさらに増えたように見える。


「……この船は」


「んあー。まあ、そうだろうな。それはともかく……サザンクロスを探すとするか。あいつ、良くわかんないままここにいるんだろうからな」


「全く、世話の焼ける妹です」


「ああ、全くだな……ってぇ、妹ォッ!? 明らかにお前の方が年下じゃねーか!!」


「……ミスリルにとって外見的な年齢と実年齢が関係ないのは今更でしょう、マスター。要はミスリル化する前のベースとなる人間の年齢が問題なわけですから」


「まぁそりゃそうだけどよ……妹ねぇ。ミスリルにもそういう気持ちが存在するんだな」


「ええ、それは。我々は……人の心を知りたくてこの世界に居るのですから」


二人が歩き出す頃。キルシュヴァッサーの振り下ろした刃とキルシュヴァルツの鎌とが音を立ててぶつかり合っていた。

正面からの打ち合いになればキルシュヴァルツに勝ち目は薄い。二機の戦闘能力には大差が無いはずだというのに、キルシュヴァッサーの動きは完全にキルシュヴァルツのそれを凌駕している。

能力の使い方もタイミングも、単純な白兵戦闘の実力も香澄は響に勝っている。キルシュヴァッサーの圧倒的に身軽な動きを前に、響が翻弄されるのは当然の話である。

それを何とか彼女が凌げているのは、キルシュヴァルツそのものであるありすが彼女をサポートしているからに他ならない。響が考え、ありすが動く。そんな不可思議な協調性のお陰で彼女たちは何とか戦場に立つことが出来ていた。

ある意味二人のコンビネーションは正しく、そしてその作戦は成功だったように思える。もし作戦通りに行っていないことがあるとすれば、桐野香澄の強さが想像を遥かに超えてしまっている事、だろうか。


「香澄君聞いてっ!! キルシュヴァルツはありすちゃんなんだよっ!? 香澄君はありすちゃんを守りたかったんじゃないの!?」


「敵として前に出てくるなら仕方がないだろ。なぁ、ありす?」


鎌を刀身でいなし、その場で反転して柄でキルシュヴァルツの顔面を強打する。

激しい打撃に背後によろめくキルシュヴァルツ。香澄の繰り出す一撃を防いでいたのはイゾルデの太刀だった。


「香澄は何をどうするつもりなのだ!? お前のやっていることは滅茶苦茶だ! 何故そうも簡単に仲間に刃を向けられる!?」


「仲間なんかじゃねえだろ……? 勝手に裏切っておいて、勝手な事ばっか言ってんじゃねえよ、イゾルデェエエエッ!!」


振り下ろす銀色の刀。不知火はソレを片手で振り上げた太刀で受け、空いた片手をキルシュヴァッサーの胴体部に当てる。

奇妙な違和感は現実の物となった。キルシュヴァッサーに触れた不知火の掌が赤熱し、次の瞬間には発火、爆発を巻き起こす。距離を離すキルシュヴァッサーを追い討つように不知火は太刀を大地に突き刺し、大地から噴出す火柱はキルシュヴァッサーを捉えて離さない。


「発火、爆破の能力か!?」


「香澄!」


不知火のスカート型のフレアユニットから飛び出した左右三基ずつの投擲用クナイユニット。それを両手の指の間に挟み、投げつける。火柱の中からショートジャンプで脱出した香澄は上空から不知火に切りかかる。

その一瞬の刹那。イゾルデは香澄の刀を白羽取りで受け止めていた。香澄が驚いている瞬間、不知火の両手から巻き起こった爆発がキルシュヴァッサーの刀を圧し折る。

刀を片方失い、仕方なく予備の刀を片手に後退する香澄。二機の間には拮抗状態が生まれ、一度目の攻防は終了した。


「忘れたのか、香澄? お前に戦い方を教えてやったのはこの某なのだぞ」


「ああ……そうだったな。さんざん一緒に特訓したっけな……」


二人の脳裏にかつての日々が過ぎっていく。

しかし今更剣を止めるわけにはいかない。再び体制を立て直したキルシュヴァルツと共に不知火はキルシュヴァッサーに襲い掛かる。

片方しかない刀では二機同時に相手をするのは難しい。破壊力の高い不知火の攻撃をかわしながら、ショートジャンプで死角に回り込むキルシュヴァルツをいなす。今までの香澄の戦いの中で、最もシビアな戦闘を要求されていた。


「このままキルシュヴァッサーを破壊する!」


不知火の炎がキルシュヴァッサーを焦がす。背後から振り下ろされた鎌はキルシュヴァッサーの片腕を貫き、そのまま機体の右肩に突き刺さった。

香澄にとって深刻だったのはダメージよりも巨大な鎌でしっかりと貫かれ身動きが取れなくなってしまった事だった。背後から再び襲い掛かる不知火に反応するのが若干遅れてしまったのである。

不知火の刃がキルシュヴァッサーの胸部を貫く。コックピットのすぐ近くを貫通した赤熱する刃は香澄の身体を焼き焦がし、コックピットの機器は火花を散らす。


「っつうっ!?」


熱された操縦桿は握り締めることが出来ないほど熱くなり、香澄の操作を受け付けない。それでも香澄は強引にそれを握り締め、雄叫びと共に二機を振り払う。

胸部に刺さったままの炎の剣を引き抜き、片膝を着く。溶け落ちた装甲が剥がれ落ち、銀色の液体のようになって荒野に広がっていく。それはまるでキルシュヴァッサーが流す血のようであった。


「い、イゾルデ!? そんなことしたら香澄君が死んじゃうよ!!」


「……それも止むを得ない。響も見ただろう? あいつは沢山の命を平然と消し去った。野放しにしておけばどれだけの人間が殺されるかわからない」


「そんな……。それは、そうだけど……。でも……」


「出来ないなら下がっていろ。あれだけのダメージを与えれば、某一人でも倒せる」


刀を失った不知火は両手にクナイを握り締める。炎を纏い、命中すると同時に爆発するその刃をキルシュヴァッサー目掛けて投げつけた。

香澄が焼ける体の痛みに苦しみ、反応が遅れた時。放たれたクナイは空中で爆散し、炎はキルシュヴァッサーには届かなかった。


「香澄!!」


上空から飛来する攻撃を回避する為に後退する不知火。ジルニトラのカタパルトから飛び出してきたのは巨大な砲銃を携えたエルブルスだった。

キルシュヴァッサーの隣に着地し、庇うように前に出る。構えたカノン砲から放たれる重力の弾丸は命中するしないを関係なく周囲を薙ぎ払いながら不知火とキルシュヴァルツへ連打される。


「香澄を傷付けるなら……あたしが相手をするよ」


「やっぱり、アレクサンドラ……。香澄君と一緒に居るって事は……そういうことなの?」


アレクサンドラは答えなかった。ただ近づけば攻撃するという警告染みた決意だけがひしひしと伝わってくる。

響は胸を痛めながらその姿を見ていたが、その表情が驚愕に包まれた。その場に居た誰もが恐らく同じ想いを感じていた事であろう。

キルシュヴァッサーの穴の開いた腕と胴体。その装甲が見る見るうちに治癒して行くのが明らかに見て取れたのである。受けた傷は既に殆ど修復され、やがて跡形もなくなるだろう。

特異すぎるその性質に響たちが驚いていた時、エルブルスから放たれた重力弾が二機を襲った。アレクサンドラはキルシュヴァッサーを担ぎ、威嚇射撃を行いながらジルニトラに撤退して行く。


「逃がすか……!」


『待て、イゾルデ。今は追うな』


追撃を仕掛けようとする彼女を止めたのは、如月朱雀の声だった。動きを止めると、キルシュヴァッサーとエルブルスがジルニトラに格納するのが見えた。

何故止めたのかを問い掛けるイゾルデの視線に朱雀は当たり前のように溜息を漏らし、口元に手を当てて片目を閉じた。


『あんまり追い詰めると暴走する。そしたらまた何が起こるかわからん』


「しかし……」


『兎に角、いいんだよあれで。あいつも分かったはずだ。私たちが迂闊にどうにか出来る相手じゃないって事がな。それに……』


「……それに?」


『いや、こっちの話だ。引き続き戦艦を追うぞ。良いな、響?』


「…………」


『冬風響、聞いているのか? キルシュヴァッサーを格納した敵戦艦を追撃する』


「あ、は、はい!」


ジルニトラが飛んで行くのを見送りながら響は考えていた。

今の自分に出来る事。ジャスティスが言っていた言葉。そして、桐野香澄を救う方法。

それら全てが指し示す答えはやはり難解で。溜息は止まりそうな様子が見えなかった。



多分、夢を見ていた。

何故多分なのかというと、それは今の俺の世界ではなく、過去の世界だったから。俺の記憶の中にある、けれども思い出す事は無かった記憶たち。

親父は昔から俺たちの事はほったらかしで、母さんはいるのかいないのかもわからない。だから、いつも家に居た俺にとって家族は姉貴……姉さん……お姉ちゃんだけだった。

お姉ちゃんは何でも出来た。僕の憧れだった。彼女はいつでも笑顔で強くて、でも僕は泣いてばっかりだった。

子供心に僕は自分の不幸を認識していた。授業参観に一度も来ない父親。遠足でのコンビニ弁当。目覚めても何も無かったクリスマス。例えばそんな、どうでもいいこと。

僕は知っていた。この世界に夢や希望なんて物は無いんだってこと。そこにあるのはいつでも現実だけで。だから、期待したりしちゃいけないんだって。

友達はみんな子供だった。僕はいつも一人だった。いつも誰かを遠ざけてきた。皆は幸せそうだった。僕は一人だけ、楽しむ事がとても苦手だった。

いつでも考えてしまう。今楽しくても、明日その幸せが続くかどうかなんてわかんない、って。明日になれば夢が覚めるように、楽しい思い出は消えてしまうんだ、って。

一人ぼっちでいれば失うものはなかったから。一人ぼっちでい続けることでしか、僕は自分自身の明日を信じられなかったから。

どうして他人には当たり前にある事が自分にはないのかと、悩んだ夜もあった。当たり前のようにあるはずの幸せが無い日々は、とても不幸なことだって。

僕らは、両親にしかられたこともない。喧嘩をしたこともない。そんな事をしても無駄だってわかってるから。沢山のしがらみが。お金とか立場とか、とにかく沢山のものが僕たちを縛り付けていて、自由はとても遠いところにあるんだってこと。わかっていたから。

それでもどうしようもなく寂しくて涙が出てくる日もある。膝を抱えて明日を信じられない夜がある。どうしてかはわからない。理由なんてない。皆だってきっとそうだろう?

生きているのは辛いんだ。寂しいんだ。明日が怖いんだ。誰かと触れ合う事も信じる事も期待する事も求める事も、全てが恐ろしくてたまらないんだ。


僕は、臆病だった。


「香澄!」


顔を上げるとそこにはお姉ちゃんが立っていた。

お姉ちゃんは制服姿のまま汗だくで、真冬なのに汗だくで。白い息を吐きながら、僕の前に立っていた。

中学生になったお姉ちゃんと僕。距離は少しずつ離れていくようで、僕は不安で堪らなかった。でも、お姉ちゃんは僕を探してくれた。

僕を探してくれるのはいつもお姉ちゃんだった。いつもいつも、お姉ちゃんだった。僕は探してもらうのを待っているばかりで、ここにいるって言ったことさえなかった。

それでもお姉ちゃんは見つけてくれた。いつでも見つけてくれた。そうすると僕は僕らの心がまだ離れ離れになっていないんだって、少しだけ安心する事が出来た。


「こんなところで何してるの? ほら、一緒に帰ろう?」


お姉ちゃんの優しい手が伸ばされる。僕はその手を握り締め、ゆっくりと立ち上がった。

彼女は優しく微笑みながら僕の頭を撫でる。それから腰を落として、両手を広げて。小さく首を傾げるのだ。

僕は彼女の腕の中で涙を流した。二人きりの世界の中で涙を流した。彼女はいつも穏やかに僕の苦しみを溶かしてくれた。

だから、彼女は。姉貴は。姉さんは。お姉ちゃんは。秋名は。あの人は。俺にとって母親で。姉で。でも、妹で。だから、恋人だった。

愛していた。この世界の中であの人だけは永遠だと、僕は信じていた。信じていたんだ――――。


「大丈夫だから」


夕暮れの光に包まれる帰り道。手を繋いで歩く彼女は白い歯を見せ、無邪気に笑う。


「香澄がどんなに寂しくてもね。どんっなに辛くても。わたしは必ず傍に居る。ずうっと香澄を守ってあげる」


「……ほんと?」


「ほんとっ! お姉ちゃんはね、香澄の事が〜。だい、だい、だ〜いすきだからっ!」


「……僕も、お姉ちゃんのこと、だいすきだよ」


「ふふふっ! でもね、お姉ちゃんのほうが、もっとだいすきだよ」


「ぼ、僕の方がだいすきだよ! だい、だい、だい……だいすきっ!」


「え〜? ホントかなぁ〜」


「ほんとだよ! ほんと! こっから……これくらい、だいすき!」


「そっか。それじゃあわたしたち、ずっと一緒だね。ずうっと、一緒に居られるね」


嬉しそうに……でも、どこか寂しげに笑う彼女の横顔を見て、僕はその時思ったんだ。


「あのね……お姉ちゃん」


いつもいつも、僕は探してもらってばっかりで。助けてもらってばっかりで。

そんな自分が情けなくて。悲しくて。でも、安心して。だからそんな暖かさを、彼女にも与えてあげたかった。


「お姉ちゃんがどこかにいなくなっちゃったらね? 僕、探してあげるからね」


いつでも傍に居てくれると笑ってくれたように。いつかそんな彼女を守ってあげられる男になりたかった。


「絶対、探してあげるからね! 絶対だよ! 約束するっ!」


彼女は本当に悲しげに微笑んで。それから暖かい陽だまりみたいな笑顔で、指を結んでくれた。


「――うん。約束」


「約束っ!!」


二人して大笑いして。涙はどこかへふっとんだ。

幸せだった。それだけで良かった。それ以上なんて求めていなかった。

だからずっと。ずっと。ずっとずっとずっと、ずうっと。永遠に続けば良いって思っていた。

なのにどうしてなんだろう。永遠なんて言葉が、この世界に存在しないのは――――。



「……う……っ」


目を覚ますと、そこはベッドの上だった。

随分長い夢を……。ずっと忘れていた夢を見ていた気がする。

意識はぼんやりしていて、自分が何をどうしていたのか、過去がさっぱり手繰れない。ただぼんやりと天井を眺め、自分の両目から零れ落ちている涙を拭って身体を起こした。

涙を拭う時の痛みで気づいた。左腕にはグルグルと包帯が巻かれ、戦闘による怪我の存在を教えてくれる。考えてみれば、滅茶苦茶に熱された操縦桿を握り締めたりしたっけ。


「……そうか、俺は」


イゾルデと……響と殺しあったんだ。

で、その響が乗ってるのはありすのキルシュヴァルツで……。ああ、俺は何をやってるんだろうか。何で仲間と殺しあってるんだ……?

思い切り溜息を着いてベッドに身体を横たえる、今は何だか酷く疲れている。何も考えたくない。何も。

なのに頭の中を滅茶苦茶に沢山の思い出が飛び交って、自分の本当の気持ちがわからなくなる。俺は一体どうしてしまったのだろう? こんなにも自分が不安定な存在だなんて、思ってもみなかった。


「…………ああ」


東京フロンティアでの日々は、無意味なものだったのかな。

俺はあそこでみんなに出会った。姉さんを失ってもう何もかもどうでもよくなった俺にとって、皆との日々は本当に楽しいものだったんだ。

うるさいくらいに明るいありすの笑顔に憂鬱な気分は吹っ飛ばされて。家に帰ればお帰りと笑ってくれるあの子のお陰で、一人じゃないって思えた。

競い合える仲間がいて。同じ目的の為に頑張る事が出来た。傷付けあったり死に掛けたり、裏切られたり裏切ったりもしたけど、俺はあれでよかったんだ。

あれでも幸せだった。信じていた。期待していたんだ。あのままずっと。続けばいいって。永遠なんだ、って。そんな風に……。


「それがどうして……こうなってんだ?」


何で俺火傷してんだろう。

何で俺、あいつらと戦ってんだろう。

この世界はどうなってんだ? 誰か教えてくれよ。誰でもいい、誰か……。

ああ、またか。俺はまだ自分以外の誰かの答えを求めている。自分以外の誰か……それを求めている。

一人じゃダメなんだ、俺は。どんなにがんばっても……どんなに孤独を気取っても、だめなんだ。

一人は嫌だよ姉さん。俺はどうなるの? この世界はどうなってしまうの? 不安で仕方ないんだ。誰かに助けてほしいんだ。誰か。誰か――。


「嫌だ……」


怖い……。


「嫌だ……っ」


怖いよ……。


「違う! 俺が望んでいたのはこんな世界なんかじゃない!!」


飛び起きる。歩き出す。足取りがおぼつかなくて倒れる。

立ち上がる。歩き出す。壁に手を当てる。壁に額を当てる。


「皆と一緒に居たいよ、姉さん……」


何が世界征服だ。何がフェリックス機関だ。

如月重工? フロンティア計画? 結晶機? ミスリル?

知ったことじゃない。知ったことじゃないっ!! 知ったことじゃあ、ないっ!!!!


「俺に背負わせるなよ……っ」


完全に危ない奴だった。


「俺なんかに出来るわけないだろ!?」


誰に言うでもなく。一人きり。病室の中で。


「無理だよそんなの! 嫌だよそんなのっ!!」


戦いたくない。誰も傷付けたくない。皆笑っていてほしいのに。


「何やってるんだよ、俺は……」


膝を着いた。

もう、何もかもわからなかった。どうしたらいいのだろう。この世界の中で。化物として生まれてしまった俺は。一体何をどうすればいい。

この世界は何を望んでいる? 俺に何をさせたい? どこへいけばいい? 誰を傷付ければいい?

これ以上何を失えというんだ? 失うものなんてもう何もないじゃないか! 俺はもう自分さえ失った。もう自分の事さえわけがわからない。俺は一体どうしちまったっていうんだよ。

途方に暮れる、というのはこういうことなのだろうか。何もかもがわからなくなった。考えたくも無い。もううんざりだ。

逃げ出したい……。こんな所には一分一秒だって居たくない。でも、どこへ……? どこへ逃げればいい……?

俺は一人だ。限りなく独りだ。どうしようもないくらいに逃げ場がない。そう考えると震えが止まらなくなった。

声も出なくなる。自分が本当にここに居るのかどうかさえ、わからなくなっていく。俺はどうすればいい? どうしたらいい? 誰か答えてくれ! 誰でもいい、教えてくれっ!! 誰か!! 誰かっ!!!!


「嫌だ……。嫌だ、いやだいやだいやだいやだいやだ、いやだ……ッ!!!!」


いてもたっても居られなくなって飛び出した。

ジルニトラという巨大な牢獄の中、俺はわき目も振らず走り続けた。どこまで言っても暗い通路が続いて、たどり着いたのは格納庫だった。

キルシュヴァッサーやエルブルスの前を素通りして、俺は壁に激突する。叩いてもそれは開かなくて、当たり前のようにこの船が空を飛んでいる事を再認識させられる。


「このまま何もわからなくなるなんて嫌だ……!」


涙が零れた。怖くて頭がどうにかなりそうだった。

もうなんでもいい。俺をここから出してくれ。こんなところで生きていくくらいなら死んだ方がましだ。居なくなった方がましだ。


「だってこんなにも……俺は一人じゃないか……」


壁を背に、その場に座り込む。世界の全てが色を失い、両肩に圧し掛かってくるかのようだ。

モノクロな世界では呼吸をする事さえも苦しくて、俺はどんどん頭が真っ白になる。そうだよ、俺なんて所詮こんなもんだ。どんなに力が強くても。どんなに運命が過酷でも。俺はそれらを背負えない。

俺は所詮ガキなんだ。十八歳にもなって、まだまだガキなんだ。ああ、そうさ。俺はこの世界のことなんてわからない。どうにもならないただのガキだ。だって、そうだろう?

今まで何も求めてこなかった。ただ流されるままに生きてきた。誰かが与えてくれる……誰かが守ってくれる。誰かが見つけてくれるって。信じないふりをして信じていたんだ。

だからこうなってしまったのはどうしようもない。俺自身が生み出してしまった絶望なのだから。


「……香澄」


反射的に顔を上げると、そこにはあの日と変わらない姉さんの姿があった。


「お姉ちゃん……」


彼女は俺を両手で抱きしめると、優しく頭を撫でてくれた。

俺は自分の立場も忘れ、馬鹿みたいに泣いた。この世界よどうか終ってくれと。涙と共に祈りながら。

何もかもが無くなって全て分からなくなれば。俺さえも消え去り全てが無に帰せば。きっとこの苦しみからは解放されるはずだから。


「ねえ、香澄。そんなに苦しまなくていいの。泣かなくていいの。わたしは傍に居る。ずうっと傍に居る。香澄だけを守ってあげる。香澄だけを見てあげる。香澄だけを愛してあげる。世界の誰もが貴方を見捨てても、わたしだけは貴方を見捨てない。ね、そうでしょう? 約束を思い出して、香澄。貴方とわたしは、永遠に一つなんだから」


「おねえ、ちゃん……」


ぎゅっとその細い身体を抱きしめた。

俺は限りなく一人だ。でも、そうだ。独りでよかったんだ。


「だって、お姉ちゃんが傍にいる……」


世界なんて終ってしまえばいい。

俺と彼女だけ……。二人だけでもいいんだ。

この世界が消えてなくなれば、苦しむ理由はみんななくなる。

ようやくわかった。逃げられないんだ、俺は。この世界から。この自分から。この未来から。

だったら全部ぶっ壊してしまえばいい。何も残らずわからなくなってしまえばいい。

そうすれば永遠だ。俺と彼女の二人だけで、世界は永遠になる。夢を叶えられる……考えなくて済む。


「わかったよ、僕……。わかったんだ。ありがとう、お姉ちゃん。ありがとう……」


「香澄……」


彼女が微笑んでいる。俺はそれだけで幸せだった。それだけで永遠だった。それなのに――――。


「そいつはちょっと早合点ってもんじゃねえか、桐野香澄?」


抱きしめあう俺たちの向こう側。彼女の向こう側。見覚えのある男が立っていた。

金髪にライダースーツの長身の男。そいつはサングラスを外し、蒼い瞳で俺たちを見つめていた。無言で俺たちに近づくと、姉さんを俺から取り上げるように襟首を引っ張り上げる。


「お、おいっ!? なんであんたがここにいる!?」


「ぎゃあぎゃあわめくなよ、香澄。お前『誰と話しているつもり』だ?」


「誰……? 誰……って……」


姉さんは首根っ子をつかまれたまま、俺に向かって微笑む。あれは姉さんだ。お姉ちゃんだ。桐野秋名……そうじゃないのか?


「こいつは桐野秋名の姿をしているだけだ。別に桐野秋名本人なわけじゃねえ。何度もそう言ってんだろうが」


「でも……。でも、彼女は姉さんだ! 姉さんしか知らない思い出を知ってるし、それに……」


「そりゃ、お前の思い出だろうが。お前がそうやって都合よく解釈してこいつを信じたいのはわかるぜ。でもハッキリいってやる」


男は彼女を放り投げる。そうして彼女を一瞥し、俺をじっと見つめる。


「お前が桐野秋名を殺さなきゃならなかった理由は――――秋名と同じ姿をしたコイツにある」


「――は?」


何を言っているのかわからない。お願いだからこれ以上俺の頭をかき回さないでくれ。

彼女を見つめる。彼女は秋名じゃない? 彼女が笑っている。僕に、俺に、桐野香澄に微笑んでいる……。

じゃあ誰だ? こいつは誰だ? 俺の心の中を知っているこいつはなんだ? 何の為に僕の傍にいる? 俺に触れる? 何の為に……?


「香澄、彼の言う事を信じるの?」


「え?」


「彼とわたし、どちらの言う事を信じるの?」


息を呑む。どちらを信じる? どちらを信じるって……なんだ?

え? 俺は勿論姉さんを信じるよ。姉さんのいう事は絶対だ。俺にとって世界の神の言葉に等しい。

神の言葉? 誰が決めた? 俺……? 俺がそう決めたのか? 姉さんが神? 俺にとっての?

なんだ。何が起きている? 何で俺の頭はこんなグルグルしてんだ? わけがわからない。誰か助けてくれ。

誰か? 誰かって誰だ? 誰かの言葉を求めている? だから、誰の? ああ、頭が痛い。ざわざわする。わからなくなる。


「しゃきっとしやがれ、香澄ッ!! てめえは一生このままその化物の操り人形になるつもりかっ!?」


「操り……人形……?」


「秋名が本当に、てめえにそんなつらい道を選ばせるとでも思ってんのかよ!? あの弟思いというよりブラコン一直線の秋名が! お前に友達と戦えなんていうかっ!?」


何いってんだこいつ……。


「ちゃんとこいつを見ろ、香澄ッ!! そしてちゃんと自分を認識しろ! 誰かになんて頼ってんじゃねえ! テメエの頭で考えろッ!! まだてめえは、生きてんだろがッ!!」


何いってんだこいつ……。本当に、何いってんだ、こいつ……。

銀を見る。彼女は優しく微笑んでいる。信じるべきもの? それがどっちかって?

目の前に現れただけのこの怪しい男を信じられるかって? そんなわけないだろ。姉さんを信じるさ。姉さんを信じるとも。

姉さんってなんだ。姉さん……? 俺は何を考えている? 何を不安がっている?

分からなくなる。頭が真っ白だ。俺はどうすればいい。どうすればいい。どうすれば、どうすれば、どうすれば、どうすれば。


「命令してくれ、姉さん……。僕は、どうしたらいいの……?」


自分の中で何かが千切れたような気がした。

彼女の唇が動き、俺は彼女を救うべく行動を開始した。



自分の意思とは、無関係に――。



〜五十部記念あとがき〜


ありす「祝! ラストスパート!」


香澄「もう!? まだ結構続きそうなんだけど!?」


ありす「いや〜。七十部いかないうちに終らせたいですね〜」


香澄「難しくないか……?」


ありす「いやっ! 気合で進めればいけるっ!!」


香澄「気合の使いどころがちょっとおかしいな」



というわけで、ああ、やっと五十部かあ……とか思っています。

ああ。でも五十部って結構な量だよなあ……。うーん。六十部くらいで何とか終らせたかったけど、それは難しそうですね。

とりあえずここからラストまで一気に盛り上げながら加速していけたらいいなと考えています。

多分あと二十部ちょっと、くらいになるかな? ラストスパートです。がんばりますので最後まで見捨てないでください。

でもきっとここまで読んでくれた人なら、最後まで見捨てないでくれるはず! ですよね?


それでは今後もキルシュヴァッサーをよろしくおねがいします。ありがとうございま〜す。

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