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いざ、思い出と共に(2)

スラム全体を覆いつくすようなその巨大な影を前に、俺たちに出来る事など何もなかった。

圧倒されるという言葉を肌で感じる最中、俺たちを導いた五番目の実験体は当たり前のような顔をして振り返る。

表情は良くわからなかった。それは、感情を失ったありすのそれと良く似ている。己の思考さえ奪われた彼らの家は、大空を舞う巨大な翼だった。


「ようこそ、桐野香澄。我々フェリックス機関は貴方を歓迎します」


太陽の光を遮り、昼と夜さえ逆転させる巨大な浮遊物体。大空を優雅に舞うそれは超巨大な飛行機だった。

アレクサンドラはそれを見上げ、身体を震わせていた。真紅の翼を広げる巨大なその飛行機……いや、戦艦とでも呼ぶべきだろうか。龍を彷彿とさせるデザインのそれは、アレクサンドラにとってきっと良い物ではないのだろう。


「……ちょ、ちょおっ!? 何あれ!? 契約の騎士団ナイツオブテスタメントにもあんなのいないわよっ!?」


サザンクロスが驚いているところを見ると、どうやらミスリルの中でもそれは異常な存在らしい。


「全長800メートルの僕らの家です。ミスリル級航空母艦、『ジルニトラ』。皆さんお察しの通り、あれもミスリルです」


「ミスリルって……いや、サイズ的に問題あるんじゃないの!? ねえ、アタシが間違ってる!? アタシがおかしな事言ってる!?」


「……いや、多分あんたが正しい……。俺も正直……ビックリってレベルじゃねーよ……」


空を見上げる。各国の関係者は度肝を抜かれて今空を見上げている事だろう。

恐らくは今この瞬間、この街の殆どの人は空を見上げ、一つの物を見つめている。

それはとても奇跡的な事で。何だか今この瞬間だけは人は分かり合えるのではないかと。そんな不思議な事を考えていた。


「行きましょう。キルシュヴァッサーはもう飛べるのでしょう?」


「……ああ」


五番目の言うとおり、キルシュヴァッサーは翼を手に入れた。

行くのならばさっさとしよう。時間をかければかけるほど、脱出は難しくなるはずだ。

俺達は案内されるがまま、キルシュヴァッサーと共にその巨大な船に向かっていった。



⇒いざ、思い出と共に(2)



「自己紹介から始めましょうか」


戦艦ジルニトラに到着すると直ぐに五番目はそんな事を口にした。

第三共同学園の地下とは違いすぎる、非常に機械的な格納庫にキルシュヴァッサーを立たせ、鋼の大地の上に足を下ろす。


「僕の事はエドゥワルドと呼んで下さい。エデゥワルド・ゲルマノヴナ・シェルシュノワ……それがコードネームです」


俺たちの驚きは全く無視といった様子で五番目は話を進める。いや、脳内とは言え五番目などという呼び方は失礼だろう。それを言えばアレクサンドラは六番目だ。


「わかった、エドゥワルド」


一応、返事だけしておく。他の皆は格納庫の中をきょろきょろ眺めていた。

正直俺もそうしたい気持ちでいっぱいだ。空を飛ぶ巨大なミスリルの中に居るとはまだ思えない。

ただ一人、サザンクロスだけが一人神妙な面持ちで壁を見つめていた。振り返って様子を窺っていると彼女は舌打ちし、溜息を漏らす。


「確かに、こいつはミスリルね。ただ……」


「ただ?」


「……なんでもないわ。連中、アンタに話があるんでしょ? 行きましょうよ」


サザンクロスはそれっきり黙って先に言ってしまう。しかし一人で先に行っても道はわからなかったのか、顔を赤くしながら戻ってきた。


「ついてきなさいよっ!!」


「あ、ああ……。なんか、ごめん……」


だったらそんな先に行かなきゃいいのに。というか、エドゥワルドは先程から停止したロボットのようにじっとその場に立ち尽くしていて案内する気配がない。

アレクサンドラは相変わらず気分が悪そうであり、海斗は興味津々と言った様子で船内の様子を窺っている。こうなると、俺が動かないと状況は進展しなさそうだ。


「エドゥワルド。どうして俺たちをここに呼んだ? ぶっちゃけた話、この戦艦はお前らの切り札なんだろ?」


「その通りです。ジルニトラの中に案内する、という事が貴方に対してのこちらの精一杯の誠意であるという事を理解してほしいのですが」


逆のパターンもありえるだろ。誠意とかなんとかいって、体裁よく拠点に俺たちを引き入れた積もりかもしれない。

確かにエドゥワルドの表情から敵意のようなものは感じられないが、もう人間を信じて裏切られるのは御免だ。徹底的に疑った上で慎重に行動しなければ。


「…………ま、多少なら力押しでどうとでもなるか」


一人で小さな声で呟いた。俺にはキルシュヴァッサーがある。空間を操る能力を持つキルシュヴァッサーならば、いざとなればジルニトラをぶっ潰して脱出するのも容易だ。

多少の罠でどうこうされるほど俺はもう弱くない。ある程度強気に行動した方がむしろ無難、か……。


「そっちに敵意がないことは分かった。それで、用件は?」


「その前に。こちらに用事があるのは桐野香澄だけです。他の同行者をこれ以上船内に進ませるわけには行きません」


「……香澄ちゃん、それはいくらなんでも」


「いや、大丈夫だ。海斗とサザンクロス、銀とアレクサンドラはここに残ってくれ。俺が一人でこいつらのリーダーに会ってくる」


「……一人で本当に大丈夫?」


海斗の不安そうな声に頷いて答える。今の俺は海斗に心配されなきゃいけないほど弱くはない。

肩を軽く叩き、笑い飛ばしてみせる。海斗は少しだけ安心したように頷いたが、勿論俺のは演技だ。

ここで海斗にゴネられると話が進まないし、そもそもこいつらは足手纏いだ。いざとなった時、俺一人で戦えるように一箇所に居てもらった方が効率的だ。

銀は俺が呼べばジャンプでこちらまでやってくることが出来るから、放っておいて問題ない。彼女も最初からその積もりなのか、非常に態度は落ちついている。心配なのは先程から黙りこくっているアレクサンドラだが……。


「エドゥワルド。いくらなんでも格納庫に突っ立ってろっていうのは無いだろ。客室みたいな物はないのか?」


「駄目です。船内に入る事を許したのも桐野香澄の仲間だからという理由での譲歩ですから。大人しくこの場で待っていただける限りこちらからは手出しはしませんが、それ以上というのであれば考えがあります」


「考え? だったら俺にもあるぜ五番目。交渉出来る立場だとでも思ってんのか? キルシュヴァッサーで今すぐぶっ潰してやろうか、あぁ?」


エドゥワルドは初めて困ったような表情を見せた。いくらこいつが巨大なミスリルだろうが、内側で大暴れされたら困るのは当然だろう。


「平和的な交渉でテメエらみたいなキチガイ連中とケリつける気はねぇんだよ。それをマトモに話聞いてやろうってんだから、感謝はされても仲間蔑ろにされる謂れはねえ」


「……わかりました。僕の任務は桐野香澄を確実にブリッジまで連れて行く事です。その為ならば些事などどうでも良い事でしょう」


そう言ってエドゥワルドは歩き始めた。案内をするという意図だろう。俺はその場に他の皆を残して一人で歩き出した。

通路は比較的狭い。二人並んで歩けばそれでいっぱいいっぱいという様子だ。特に装飾が成されているわけでもない無機質な鉄の通路を音を鳴らして歩いていく。

道は真っ直ぐに進んでいて、左右に枝分かれする通路はシャッターが下りていて見る事が出来なかった。まあ、それくらいの事は当然しているだろう。


「彼らの案内は別の者にやらせる事にします。桐野香澄は安心して着いてきてください」


「安心して……ね。本気で言ってるならお前の頭はどうかしてるな」


少年は歩みを止めないまま、一瞬だけ振り返った。無機質な瞳はどうにもここの壁やら床やらと変わらない色をしているように思えてならない。


「憎んでいるのですね」


「あ?」


「貴方はきっと、この世界の全てを憎んでいるのですね」


ポケットに突っ込んだままの手が少しだけ震えた。見透かされたような事を言われるのは好きじゃない。

少年をにらみつけると、彼はそれっきり黙りこんだ。舌打ちでもしてやりたくなったが、まあ確かに事実を言われただけだ。改めて言われるほど、俺は世界を憎んでいるのだろうか。

暫く真っ直ぐ進んでいくと正面に扉が見えた。エドゥワルドが取り出したカードキーでそれを解除すると、向こう側にはブリッジが広がっていた。

今までの狭い通路とは打って変わって開けた空間の中心部には、まず巨大な柱が見えた。正確に読む事は出来なかったが恐らくそれがジルニトラのコアなのだろう。周囲には白衣の人間たちが操縦を行い、コアの隣には赤い装束を身に纏い、巨大な太刀を携えた女が立っている。

女はこちらに気づくと、ゆっくりと振り返る。一目で分かったが、女は日本人だった。日本人にしては随分と背が高いが、流石に同じ日本人ならそれくらいの判断はつく。

エドゥワルドは女に頭を下げるとブリッジから退室した。ブリッジの窓から見える外の景色はゆっくりと動いていて、まるでこの船は雲のようだとそんなくだらない事を感じた。


「こうして改めて君と対峙すると、実に懐かしいね……。気分はどうだ、桐野香澄」


「あんた日本人だろ? 俺の事を知ってるって事は……如月関係者か?」


「成る程、勘が良いな。確かに昔はそうだったが、今は違う」


女は俺の目の前まで近づくと微笑を浮かべ、革のグローブをわざわざ外して白い手を差し伸べる。恐らくは握手しようという意図だったのだろうが、俺はそれに応じなかった。


「……ふっ。君は可愛い男なのだな」


「は……?」


「まあ、良い。名乗るのが遅れたな。一度しか名乗るつもりは無いので、心して聞いて欲しい」


女は胸に手を当て、目を細める。開かれた小さな口の向こう、ちらりと覗く舌が言葉を刻む。


「私の名前は如月桜花。契約の騎士団ナイツオブテスタメントに所属するミスリルの一人だ」



香澄が桜花との邂逅を果たしていた頃、アレクサンドラたちは広い部屋に案内されていた。

その中はまるで子供部屋のようだった。オモチャが乱雑に転がったカラフルなカーペットの上に座る彼らの目に映るのは壁に貼り付けられた沢山のクレヨンで描かれた絵だった。

幼稚園や保育園と言った場所を彷彿とさせるそこは、実際にそれと同じ役割を持つ場所だった。出入り口は一つしかない、広い広い遊戯室。その真ん中でアレクサンドラは目をきつく瞑り、祈るように両手を合わせていた。


「……アレクサンドラ、大丈夫?」


余りにも異常な様子に海斗が声をかける。アレクサンドラは目を瞑ったまま首を縦に振るが、とても大丈夫な様子には見えなかった。


「変な部屋ねぇ……。これって何をする部屋なのかしら」


「……子供部屋、だから。あたしたちはいつもここで、大人に呼ばれるのを待ってた」


アレクサンドラの呟きに全員が振り返る。壁に貼り付けられた絵を眺めてはアレクサンドラは過去に想いを馳せる。

何人かの子供たちがその部屋の中でアレクサンドラと一緒に遊んでいたが、その誰一人として一緒に遊ぶことはなかった。いつからそうなったわけでも誰かに禁じられたわけでもなく、子供たちはそれを自らの手で選択していたのである。

壁に貼り付けられた絵のうちのいくつかはアレクサンドラが書き溜めたものである。それらは壁を埋め尽くさんとばかりに何重にも壁に貼り付けられ、不気味ささえ演出する。だがそれらは全て彼女たちの祈りや呪いに他ならなかった。

目を閉じれば鮮明に思い出せる。一緒にいた子供たちが一人、また一人と外へ連れ出され、だんだんと減っていく。いつ自分にその順番が来るのか待つ間気が気ではなかった。

そうした子供たちは皆絵に祈りか呪い、どちらかを込める。救いを、あるいは殺意を求め。そうして報われなかった幾百幾千の呪いと祈りがこの場所を覆いつくしているのだ。

吐き出す吐息は荒々しく、胸が締め付けられるようなその激しい感情を一つの言葉にするのならば、それは恐怖以外の何者でもない。


「怖い……」


頭を抱えて震えるアレクサンドラから搾り出された言葉。それに反応したのは意外にもサザンクロスだった。

震えるアレクサンドラの隣に座り、その頭を撫でる。顔を上げたアレクサンドラに対し、彼女は言った。


「アンタは大人になってきたんでしょ? 子供の頃とは違うわ。人間ってのはね、変わっていけるものらしいわよ。だからこそ恐ろしく、強いものなんだから」


「…………それでも、怖い」


「だったら怖がればいいわよ。我慢しないでさ」


アレクサンドラを強く抱きしめ、耳元で優しく囁く。


「怖い怖いって泣き叫んで他人に縋ってみれば良いわ。そうすればきっと、思っていたよりも怖くないって事に気づくはずだから」


片方しかない腕でアレクサンドラを抱き寄せるサザンクロス。その二人の様子を見ながら海斗は一人別のことを考えていた。

ミスリルと人間の共存を謳った彼女の事。そして、それとは反対の行いをしようとしている親友の事。

何よりも、その状況を変えられぬままでいる自分の事……。尽きぬ思いは少年の中に積もり、やりきれないまま消化できず残ってく。


「フェリックス機関、か……」


海斗は香澄が秋名を殺した人間だという事も知らなかった。

彼が知っていると思っていた事はとても些細な事で、故にその奥にある全ての理由や真実と呼べるものを理解出来てはいなかった。

その事実に気づいた時、この旅には意味があると思えた。ただ、香澄の傍に居るだけではなく。同じ物を知り、同じ物を求めれば、見えてくるものがあるはずだから。


「……許せるのだろうか」


もしも、秋名の死の真実を知った時。

桐野香澄が桐野秋名を殺さねばならなかった理由を知った時。

自分は、今まで通りの自分で居られるのか。

それを考えるのが、今はとても恐ろしかった。



「如月……桜花?」


「ああ。人間としての名前はそれだが、ミスリル真名は『マグナス』という。君はヴェラードに会ってここまで来たんだろう?」


図星だったが、認めたくはなかった。やはりヴェラードがここに俺を誘ったのには理由があったのだろうか。

目の前のこの女がその理由だというのならば、俺はこいつから逃げることは出来ない。力で倒す事も出来ない。何故ならこれは、きっとあの日の真実へと続いているから。

女はさっさと歩いていく。ブリッジにある指揮官席に腰掛けると俺に隣に座るように促した。言われるがままにするのは気に入らなかったが、仕方ない話を聞く為に座る事にした。


「さて、単刀直入に話を進めよう。その為に君に記憶を共有したいのだが」


「……アホか? そんなの許可するわけねえだろ。記憶を共有するとか何とか言って、俺を洗脳するつもりなんじゃねえのか?」


「ふっ、洗脳か。まあそういう発想も可能だな。だが我々の間では『意思』は『命の価値』だ。肉体よりも魂に重きを置く我々が相手と記憶を共有するという事がどれだけ私にとっても屈辱的な事なのか君にはわかるまい」


「ヴェラードは何も言わずに勝手にやってたぞ」


「強引なやり方が好きなのだよ、あれは。それにヴェラードにとって姿形だけではなく、個人的な意思も興味の対象外なのだろう。あれの矜持は別のところにある」


この女が『本当はやりたくはないが、目的の為に止むを得ず記憶の共有を行おうとしている』という事は理解できた。だがそれと信用できるかどうかは別問題だ。


「まぁ、いいだろう。話して聞かせねばならぬのは少々面倒だが、身体を持つ者の喜びの一つでもある。が、回りくどい話は苦手でな。用件だけ言わせて貰う」


女は足を組み、窓の向こうの景色を眺めながら目を細める。


「お前にはミスリルを率いて人間と戦ってもらいたい」


余りにも唐突過ぎる言葉に言葉が出なかった。

人間と戦う。ミスリルを率いて? 俺はその人間だというのにか? いや、俺は人間じゃない。人間であるように仕組まれたただのミスリル……。ならば、俺はミスリル側に付くのが妥当だと、そういいたいのか?

いや、そうじゃない。俺はミスリルだって居ていいものだとは思っていない。人間全てを滅ぼしたいわけでもない。ただ、この世界の裏にある悲劇を生む連鎖の原因となる存在を排除したいだけだ。

マグナスの提案はどう考えても呑めるようなものではない。しかし迷っているのは何故か。すぐさまNOだと言えない理由は一体どこにあるのか。

彼女は俺に視線を向ける。迷っている事を悟られたくなくて視線を反らしたものの、その行為そのものがすでに迷っていると伝えているようなもの。


「どうした? まだ人間に未練があるのか?」


「……俺は……。俺は、人間だ。お前らミスリルとは違う」


「まだそこに拘るのか。人間という奴は効率の悪い生き物だな。男ならもう少しすっぱりと割り切って生きられないのか、君は」


「人間と戦えって……何のためにだ? お前らミスリルは現状のままで充分なんじゃねえのかよ?」


「言葉が足りなかったようだな。厳密には戦ってほしいのではない。『戦い続けてほしい』のだ」


「……戦い、続ける?」


「そうだ」


マグナスは立ち上がると太刀を大地に着き、片手を窓の向こう、雲の海に伸ばして目を細める。


「無限に繰り返される闘争と永遠に繰り返される歴史。我々は別に何かを終らせたくて戦っているわけではないよ、桐野香澄。ただ、続けて欲しいだけだ。永遠にな」


腕を振るい、刀の鞘を俺に向ける。マグナスは微笑み、それから顔を目と鼻の位置まで近づけ、真紅の瞳を揺るがせ微笑む。


「ミスリルとて別に人間と争いたいわけではない。生きる為に人間という食料が必要であり、ただ生活していきたいだけだ。人間を滅ぼせば我々も滅びる……。滅ぼす理由があるまい?」


「だが、ミスリルの行いは人間を滅ぼすものだ。その恐怖に晒されながら生きていく事も、ミスリルを許す事も人間は出来ないだろ」


「それは人間の感情の問題だろう? 譲歩や話し合いというものがなされれば我々とて必要以上の敵対行動は行わないさ。確かに一部のミスリルは人間を過剰搾取している側面があるが、それはこちらが隠れながら生きていかねばならない以上、一人や二人暴走する馬鹿が出てきてもおかしくはあるまい? 人間とて同じはずだ。明らかにいけないと分かっている事を快楽目的で実行に移す馬鹿は絶えないだろう?」


確かに。確かにそれは、俺もずっと考えていた事だ。

俺がミスリルだというのならば、今までメモリーバックを行わずとも生きてこられたのだ。他のミスリルとてメモリーバックを行わずとも生きていけるのではないか。


「元々メモリーバックはミスリルの生活に絶対的に必要なものではない。ヒトの身体を有する以上、生命維持に必要なのは人間と同じものだけだ。だが、ミスリルには『知識欲』という人間にはない強力な第四の欲求がある。これは放っておいても死にはしないが、やがて精神に障害を来たす。『知り求める事を止めた時、ミスリルは滅ぶ』のだ」


「だったら絶対的に必要なんじゃねえか」


「だがそれはミスリル同士でお互いの知識や記憶、経験を共有したりトレードすることでも賄える。仮にメモリーバックすることになったとしても、相手の人生全てを奪うような事にはならずとも良い。それに記憶は毎日毎日今この一瞬とて全ての人間が刻み生産し続ける無限の物だ。一日二日減ったところで気にするやからは居まい?」


「ちょっとまて……。じゃあ、何だ? あんたは人間とミスリルの共存が可能だと考えているのか!?」


「その通りだ」


「それと俺が人間と戦い続けるって事と何の関係がある!? 本当に共存するつもりがあるのならば、あんたたちが最初から人間に譲歩すればよかっただけの話じゃねえかっ!!」


立ち上がり、叫ぶ。周囲の研究員が振り返る中、マグナスは一人落ち着き払って微笑みさえ浮かべていた。

その余裕ぶった態度はまるで俺が追い詰められているかのような錯覚を生み、心が落ち着かなくなる。彼女は焦る俺とは対照的にゆっくりと椅子に座った。


「人間は我々ミスリルを全て滅ぼしたくて仕方が無いのだろう? その為にフロンティア計画を立ち上げ、結晶機という物を生み出して我々に対抗しようとした。人間はどうしてここまで異形のものを受け入れないのか。和解しようというのならば、この世界の覇者である種族、人間がまずするべきだったのではないか?」


確かにそれはそうだ。でももう話はそんなスケールはとっくに越えてしまっている。今更論点を最初に戻してもそれは破綻するだけだ。

問題はこれから。そして何故彼女が俺を人間と戦わせようとしているのか、その一点に収束する。俺は気持ちを落ち着かせ、ポケットに手を突っ込んだ。


「……それでいい。桐野香澄、君はキルシュヴァッサーというこの世界において最強の力を所有している。人間でありながらミスリルであり、ミスリルでありながら人間でもある君こそ、この世界のバランスを生み出す存在に相応しい」


「……バランス?」


「そうだ。君には人間だけではなく、このまま暴走した行いをとっているミスリル、その二つの全てと戦ってもらいたいのだ。戦い続け、それらが君という世界の抑止力の存在に恐怖し、互いを滅ぼすのではなく共存を求めなければいけなくなるまで、君には戦い続けて欲しい。永遠に。無限に。その祈りの先に、君が望む世界もみえてくるだろう」


「……って、それは……じゃあ……」


「――――そう。君にはこのまま大暴れしてもらいたいのだ。我々フェリックス機関は、君のその『馬鹿騒ぎ』を全力で援護する用意がある」


差し出された手はやはり握手を求める物だったのだろう。

しかし俺はそれを取ることはやはり出来なかった。彼女は残念そうに息を付き、それから首を傾げる。


「まさか、君単独で世界を相手に戦えるとでも思っていたのか? ならばそれは思い上がりだと言わざるを得ない。君にはスポンサーが必要なはずだ。君の行いをワールドスケールでサポートし得る、大きな組織の存在がね」


「…………待ってくれ。話が急すぎて頭がついていかない……」


情けない話だったが本音を語る事にした。

フェリックス機関は結晶機を開発していた国家組織で、ロシアに所属してるんだよな? それになんでテスタメントのミスリルが居て、なんでそいつは俺に共闘を申し込んでいるんだ?

そうじゃないだろ……。俺が想像していたのは、イカれた研究者共のイカれた組織だ。いや、それはそれで事実なのか? だがその裏には彼らなりの考えや主張があり、それが俺にとって予想外だったという事……?

そりゃそうだ。誰にだって主義主張がある。目的が違えば手段も違う。だが、今のこの瞬間それに打ちのめされているのも事実。俺はこの状況を完全に想定していなかった。

深く息を吐き出し、腕を組む。何と答えたら良いのか判らない。今まで敵だと……それは悪なのだと思っていたフェリックス機関と手を組む? 考えた事もなかった。だからって、じゃあ、手を組んで人間とミスリル、その両方と戦うのか……?


「……あんたは俺にこう言いたいんだよな」


自分でも余りにも馬鹿馬鹿しい言葉に頬を冷や汗が伝う。


「―――桐野香澄に、世界征服をしろ……と」


「世界征服。単純明快で良い言葉だ。その通りだと返答させてもらおう、桐野香澄。君はこの世界にとっての恐怖となり、希望となり、抑止力となる。バランサーとして人とミスリルの上に立つ……ふっ、そうだな。『神』になるんだ」


一気に胡散臭くなった。全く持って信用できない。快諾も出来ない。だが、手段や善悪を迷っている余裕が今の俺にあるのか……?


「どうした? 私を敵だと思うのならば今ここで襲い掛かっても構わないぞ。キルシュヴァッサーの時と空間を操る力で、今このジルニトラを叩き落してくれても一向に構わんよ?」


「……て、てめえ……っ」


人が迷ってるのを分かりきっていて余裕の表情で挑発しやがる。


「無理をするな。君はまだ子供なのだ。重大すぎる決断を急ぐつもりはないさ……」


マグナスは俺の肩に触れ、挑発的な瞳で俺を見つめる。俺はその視線から目を反らし、肩に触れる手を払い退けた。

対立する視線はしかし彼女には届かない。彼女にとって俺は恐怖にも希望にも成り得ないのだろう。彼女にとって俺は恐らくただの子供、だった。


「仲間の場所まで案内しよう。良ければ船内でじっくり考えてもらっても構わん。ミスリルの中でも最大最速を誇るこの龍神艦ジルニトラ、存分に堪能してくれ給え」


目の前の物は敵――。

そんな考え方が、すでに甘いのか……?

敵、味方……。人間、ミスリル……。何かを二つに分けて決め付ける事は、判断を鈍らせる……。

だからといって信じていいのか? 疑うべきじゃないのか? 割り切れないのは俺の甘さか、それとも……。

どちらにせよ今は彼女に従うしかない。さっさと歩き出し揺れる真紅の裾を眺め、俺は溜息と共に歩き出した。



〜キルシュヴァッサー劇場〜


*久しぶり編*



『メインヒロインその2』


響「悲劇のヒロインになれそうでなれなかった……って、何ッ!? どういう事!?」


ありす「……序盤はね。ありすがね。ヒロインだったと思うんだ」


イゾルデ「なんだ? ヒロインかどうか何て事で悩んでいるのか?」


響「ヒロインかどうかは死亡フラグとも関係してくるんだから死活問題なんだよっ!! イゾルデはそれでいいかもしんないけど!! こっちは大変な〜の〜っ!!」


ありす「序盤目立ちすぎると後半の出番がどんどんなくなっていくという事を他の作品から勉強しておくべきだったああああああっ!!!!」


アレクサンドラ「香澄はあたしに任せてくれればいいから、皆は安心してね」


響「何で香澄君と一緒に居るのがアレクサンドラなああああのおおおおっ!?」


ありす「それは言っちゃだめだよ……。作者だって何でなのかわかってないんだから……」


アレクサンドラ「これからも、メインヒロインのアレクサンドラをよろしくね〜」



『主人公その4』


海斗「……とかなんとかみんな言ってるけど、主人公は香澄ちゃんで安泰だよね?」


香澄「……どうだろうか。最近俺、自分が主人公なのかどうか自信なくなってきたよ……」


海斗「本編で出来ないからってここぞというタイミングで超弱気!? 大丈夫だよ香澄ちゃん! 香澄ちゃんは立派に主人公してるって!!」


香澄「そうかなぁ……。なんか、作者に嫌われてるから幸せになれない気がしてきたんだが……」


海斗「そ、そんなことないって!! 女の子いっぱい囲まれてるし、主人公そのものだって!!」


香澄「いっぱいいてもヒロイン決まってないからどうなるかわからないじゃないか」


海斗「…………」


香澄「…………姉さん」



『情緒不安定ズ』


木田「最近出番のない木田です。今日の議題は皆が何でこう情緒不安定なのかということについてです」


佐崎「主に情緒不安定なのは……」


香澄「何故俺を見る!?」


木田「香澄の情緒不安定具合は半端ねーよなぁ。めっちゃシスコンだし、寂しがりなのか人間嫌いなのかわかんねえし」


香澄「そ……そこが俺の魅力なんだよ。最近の主人公は、情緒不安定じゃないといけないんだ」


佐崎「……。まあ、何も言うまい」


香澄「そんな事を言えばすぐ泣き出す響とか、すぐ暴走するアレクサンドラとか、直ぐ敵対したり味方になったりするミスリル連中だって情緒不安定だろおおおがっ!!!!」


佐崎「今思ったんだが、この物語そのものが情緒不安定なんじゃないか」


木田「あぁ……。そうなっちゃいますか……」



『反抗期その2』


日比野「では、次の患者さんどうぞー」


綾乃「……最近、子供が反抗期なんです。娘はロボットになっちゃうし、息子は家出しちゃうし……。私、どうしたらいいのか……」


日比野「なかなかアグレッシブなお子さんですね。そんなお子さんにはガツンと親から言ってあげたほうがいいですよ」


綾乃「でも、父親は色々な組織を渡り歩いている謎の研究者で、子供をしかれるのは私しかいないんです……」


日比野「成る程……。特殊な家庭環境がお子さんの反抗心をさらに強めてしまっているわけですね」


香澄「いやっ!! あんた親っぽいことなにもしてねえだろ!?」


ありす「ママっていっつもどこにいんの!? なんで国外いつの間にかいってんの!? どっからつっこめばいいのおおおおっ!?」



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