明けない、夜の向こう(2)
今から三年前。桐野秋名が死んだ時、進藤海斗は何もする事が出来なかった。
あの頃の中学生だった少年に力は無く、かけられる言葉さえ存在しなかった。
ただ沈黙の中、少年は秋名の亡骸を抱いて泣いていた。血に染まり、瞳を閉じて永遠に眠り続ける彼女の前で、少年は誓ったのだ。
彼女の願いを受け継がねばならないと。その願いをかなえねばならないと。全ての理由はそこにあり、少年の戦いはその時本当の意味での始まりを継げた。
たった一人、キルシュヴァッサーのパイロットとして戦った。三年間戦い続けた。それもこれも、全ては彼が約束をした彼女の為に。
そして三年が過ぎ去った今、彼らはかつて彼女を失った崩れた都で拳を交わしていた。海斗と香澄、二人の拳は互いの頬を打ち抜き、お互いに距離を置いて放った蹴りが空中で交差する。
今の海斗に手加減をする余裕は無かった。目の前に立っている少年はもう彼が知っている少年とは全く性質を異とする存在なのだから。
あらゆる分野において海斗は香澄を凌駕していたはずだった。三年間の経験値は彼らの間に大きな隔たりを生んだはずだった。だというのに、正直な思いが彼の中に渦巻く。
真正面からやりあって勝てる気がしない、と。全身が警報を鳴らす中、風と共に舞い降りるキルシュヴァッサーの拳が海斗を叩き潰そうと振り下ろされる。
砕ける大地と吹き飛ぶ雪の中、海斗は後方へと跳ぶ。キルシュヴァッサーの掌の上、香澄は冷めた瞳で親友を見下ろしていた。
「……お前、弱くなったか?」
ぽつりと呟いた香澄の言葉は決して嫌味などではない。彼は純粋に二人の間にある力の差をそう感じただけのことだった。
吐息さえ凍てつくような白い闇の中、少年は銀の機体の上、絶対的な優位から海斗を見下ろす。圧倒的なその存在感に物怖じしつつ、それでも海斗は折れなかった。
「香澄ちゃんは秋名ちゃんがどういう気持ちでキルシュヴァッサーに乗っていたのかが分かってない」
「お前はわかるっていうのか?」
「舐めないでほしいね」
首元のネクタイを緩め、上着を脱ぎ捨てる。
進藤海斗という少年は本来争いに向くタイプではない。強すぎる優しさは時に矛盾し自らに刃を向ける事もあるし、守りたいという強すぎる思いは時にそれさえも壊してしまう。
甘さという言葉で一蹴できてしまうような危うい均衡の上、それでも少年には銀翼の結晶機を操り続けてきたプライドがある。
「彼女は自らが討たれる事で望みを君に託したんだ。僕たちに。人類全てに。今の君がやろうとしている事は、彼女の願いとは正反対にあるものだ。君がそうやって力の使い方を誤り、彼女の願いを踏みにじっているところを見ると……ボクは無性に腹が立つ」
にらみ合う二人の間、大型のバイクが飛び込んでくる。そのサイドカーから身を乗り出したフランベルジュが顔を上げ、桐野香澄を睨み付ける。
「フラン! あいつに手を貸してやれ!」
「言われるまでもありません、マスター」
海斗の傍らに立つフランベルジュはヘルメットを外し、香澄と視線を交わす。香澄は何も言わずにキルシュヴァッサーのコックピットに姿を消し、フランベルジュは本来在るべき姿へと変化する。
蒼穹のミスリルは結晶の剣を空に浮かべ、乱立する剣のカーテンの向こう、蒼い瞳を輝かせる。
そのうちの二刀を両手に構え、静かに歩を進める。フランベルジュの中、海斗は静かに覚悟した。
勝率は四割もないだろう。キルシュヴァッサーは、ただのミスリルではないし、ただの結晶機でもない。
この世界に初めて姿を現したミスリル――。あらゆるミスリルを殺戮する為に存在する、カウンターミスリルなのだから。
⇒明けない、夜の向こう(2)
海斗にとって、彼女の存在は憧れだった。
まだ幼かった頃。いじめられては泣くだけの存在だった自分を常に庇い、笑顔をくれた姉のような存在。
その弟である香澄もまた大切な存在であり、崩れ去った復興を待つ街において彼らはまるで世界の全てのようでさえあった。
薄暗闇の中、それでも希望は直ぐ近くにあった。二人が街を去り、一人取り残された時少年は裏切られたという想いを強く抱いていた。
当たり前のように傍にあったものが消えたとき、その大切さを改めて実感した。孤独なまま長い年月が過ぎ去り、自らの両足でしっかり立って歩かねばならないと少年が決意する頃。もう二度と会う事は無いと思っていた桐野秋名は彼の前に現れた。
生徒会室の中、高校生ではなかった彼女は臨時職員としてそこに立っていた。スーツ姿の秋名は夕焼けの空を眺めながら窓辺で一人缶ビールを傾けている。
部屋に入った海斗はその姿に居ても立っても居られなくなった。彼女が現れてから数日間、彼は我慢をし続けた。しかしそれもついに限界を迎えた。
「秋名ちゃん……。どうして、戻ってきたの? どうしてあの日、君たちはこの街から居なくなったの……?」
「まだそれ気にしてたんだ。うーん……そろそろ許してほしいんだけどな」
「許すとかそういうことじゃなくてさ……。理由があったなら、知りたいんだ。ただ知りたいだけ。それで君たちをどうこうするとか、そういうつもりはないから」
「知った所で出来る事もないし、過去は変わらないわ。わたしが今ここにいて、君も今ここにいる。それじゃ不満なの?」
「……不満だよ。ボク、ずっと悩んでたんだ。今までずっと、考えてた……。置いていかれたボクがどんな気持ちだったか、秋名ちゃんにはわからないんだろうね」
拳を握り締め、視線を反らす海斗。差し込む眩い夕焼けを背に、秋名はそんな海斗を優しく見つめていた。
「……綺麗よね。光を吸い込んで、ばら撒くみたいで。わたし、結晶塔が好きなの」
「そこはミスリルが現れる元凶と推測されているのに、ですか?」
「ミスリルだって全てが悪いとは思わないわ。それに美しい物を……それそのものの価値を、付加価値だけで決定してしまうのは愚かしい事よ」
そう言ってビールを一気に飲み干すと空き缶をダストシュートに放り込む。海斗の傍に立ち、その頭を抱いて囁くように言った。
「束の間の自由をね。感じて見たかったのよ」
「……自由?」
「そう、自由。わたしたち姉弟はこの街で生まれ、この街で死ぬ。運命が分かりきっているのならば、せめてその枠の中だけでも足掻いてみたかった」
抱かれたままの言葉。海斗は勿論その表情を知ることは出来なかった。
ただ、耳元で囁かれるとてもとても寂しげな言葉には、きっと嘘や偽りはないのだと感じていた――。
「わからないのか、香澄! 秋名ちゃんは、君を救いたかったんだ! 君をキルシュヴァッサーに乗せたくはなかったんだよ!!」
振り下ろされる蒼い結晶の刃。それをキルシュヴァッサーも二刀流で応じる。
二つの巨大なシルエットが刃を交える戦慄のダンスは静かな雪の夜に金属音を高鳴らせる。
「秋名ちゃんが望んでいたのは人間とミスリルの共存だ! 彼女はその為に戦っていた! それは――本来ならば男であるボクたちの役割だというのに、だっ!!」
空中に浮遊させた刃を連続で投擲し、フランベルジュは後方へと舞う。脚部のスカート型のユニットが光を放ち、空へと浮かんだ機体は次から次へと容赦なく刃の雨を降り注がせる。
舞い落ちて行く雪さえも切り裂き、全てを串刺しにする攻撃の雨。コックピットには当たらぬ事を祈りながらも、そこには手加減の様子は一切存在しない。
並のミスリルならば滅多刺しにされ息絶えるに足る攻撃を三回分は行っただろうか。空に浮かぶ剣が全て消え去る頃、フランベルジュはその手を止めた。
「ボクたちは人間とミスリルが一緒に生きて行く為の手段を探さなきゃいけないんだよ。その架け橋となる事を、彼女は君に望んでいたはずだ!」
雪煙の向こう、キルシュヴァッサーの足元に無数の刃が散っていた。
降り注いだ凡そ百にも近い数の刃の雨を、キルシュヴァッサーは全て切り払っていた。二つの刃を振るい、首を傾げる。
「その姉貴は死んだじゃねえか。平和だの共存だの、そんな甘い事を言ってるからだろ? 人間もミスリルも……結局手を取り合うつもりなんてねえんだよ」
空に浮かぶフランベルジュ目掛けて刃を投げつけるキルシュヴァッサー。その単純すぎる軌道は避けるも払うも余裕で行えるはずだった。
しかしそれは空中で一度姿を消す。その不可解な行いに一瞬判断が遅れる。背後から再び姿を現し、フランベルジュ目掛けて飛んで来る攻撃をかろうじて防ぐ事が出来たのは、海斗にその力の知識があったから。
「空間跳躍能力……!? いつの間にここまで正確にコントロール……」
と、口走っている直後には目の前にキルシュヴァッサーが浮かんでいた。刃を切り払う為に生まれてしまった刺客から放たれた斬撃がフランベルジュの胴体を薙ぎ払う。
あと一瞬反応が遅れていたならば上半身と下半身が一刀両断されていたであろう事は明白だった。噴出す血液が落ちるよりも早く、止めを刺そうと追撃が降り注ぐ。
両手に構えた刃でそれを受け止め、キックで距離を離す。大地に着地したフランベルジュへと空中から襲いかかるキルシュヴァッサーは両手の剣を腕下の鞘へと戻し、両の掌を突き出す。
初見でその攻撃を回避出来る人間は恐らく存在しない。駆け回るフランベルジュの立っていた場所が次から次へと綺麗に抉り取られていく。目視間距離にあるのであれば、キルシュヴァッサーはその空間を切り取り、別の場所に転送する事が可能である。
丸ごと転送を受けたのならばそれはショートジャンプとなるが、中途半端な範囲を削り取られれbなそれは純粋なダメージにしかならない。あらゆる防御が意味を成さない限定空間ごとの切断攻撃。その連打の中、フランベルジュは倒壊したビルの陰に潜む事に成功した。
ショートジャンプの欠点は認識、把握するのが困難な部分にある。目視間にある物ならば兎も角、目に見えないものを正確にジャンプさせるのは非常に難しい。
キルシュヴァッサーは特に索敵能力には優れていない。それだけが唯一の救いだった。そしてその欠点とキルシュヴァッサーの能力を正確に把握していた海斗とフランベルジュだからこそ、その猛攻の前にまだ立っていることが出来る。
ざっくりと斬りつけられた胴体部は修復が一向に始まらない。キルシュヴァッサーの攻撃によって与えられた傷はどんな手段を以ってしても暫くの間は修復が出来なくなる。非常にタフなミスリルと言えども、修復を封じられれば数回の攻撃であっさりと倒されてしまう。
ミスリルを殺す為に存在するカウンターミスリル。銀翼のキルシュヴァッサーという最悪の敵を前に、海斗はコックピットの中で必死に策を練っていた。
「いつまでも隠れているわけにはいかないしね……」
「海斗。姉貴を追い詰めたのはどこのどいつだ? 如月か? それとも国連か? 内閣府か? さっさと教えてくれないと、お前を殺しちまうだろーが」
「秋名ちゃんはもっと上手くキルシュヴァッサーを操ったよ。そんな彼女と一緒に戦ったんだ。そいつの力は分かりきってる。そんなに簡単に倒せると思わないでもらいたいね」
「だったらわかるだろ? 物陰に隠れてたって――全然意味ないぜ、それ」
背筋を駆け巡る強烈な悪寒に反応し、その場を離れる。直後、巨大なビルごと空間が消滅し、はるか後方に転送されたビルが倒壊する地響きが鳴り響いた。
キルシュヴァッサーのショートジャンプ能力で移動できる物体はおよそ半径15メートルほどの球形と今まで決まっていた。しかし桐野香澄は数百メートルという範囲に及ぶビルそのものを一瞬で遠くへ吹き飛ばしてしまった。
抉れた大地から立ち上る砂煙の向こう、銀色に輝く刃を構えたキルシュヴァッサーが一直線に走ってくる。大地から無数の氷の結晶を生やし、時間を稼ごうとするがそれら全てが斬り捨てられ、再生もままならない。
見る見る内に迫ってくるキルシュヴァッサー。繰り出された刃を受け、しかし背後のビルに叩き付けられる。
超至近距離で刃を交えたまま固まる二つのシルエット。キルシュヴァッサーの刃はミスリルの力で構築されたフランベルジュの刃さえ両断し、蒼いミスリルを立てに叩き斬る。
「さ、教えてくれ。あいつの命を奪ったのは俺だ。俺はあいつを殺した人間として、やらなきゃいけない事が山積みなんでな」
「…………香澄ちゃん。君はこの世界でたった一人で生きて行くつもりなのか……?」
「他人を信じて裏切られるのはもうゴメンだ。俺はキルシュヴァッサーと共に生きて行く。秋名を認めなかったこの世界を見つめながら」
「――――だったら、ボクも連れて行ってくれ」
「はっ?」
シリアスな表情にあった香澄が素っ頓狂な声をあげる。しかし、海斗はいたって真面目だった。
コックピットを開き、自ら生身を曝け出して見せる。そして突きつけられた刃の前に立ち、祈るように顔を上げる。
「ボクも君を手伝うよ。君一人でそんな事は出来ない。だからボクも一緒に行く」
「……あのな。何でお前を信じてやらなくちゃならないんだよ」
「信じてもらえるかどうかは君が後で判断すればいい。必要なくなったならボクを殺してもいい。ボクはもう、君の傍を離れたくない」
「…………」
「案内するよ、香澄。ボクたちが戦わなくちゃならないものの所へ。ボクも一緒に君と戦う。君が憎む物から、ボクが君を守ってみせる」
降り注ぐ雪の中、キルシュヴァッサーの刃は動かなかった。
海斗からは見えぬコックピットの中、香澄は寂しげな表情を浮かべていた。
どうあってももう誰とも分かり合う事など出来ないのだと完全に打ち捨てた想い。その最中、親友は目の前で自分の協力すると叫んでいた。
その瞳に嘘はない。少なくともそれだけは信じてもいい……。そんな風に香澄にも感じられていた。
刃を下ろし、後退するキルシュヴァッサー。刃を収め、銀色に輝く光の翼を広げる。
「いいだろう。これは契約だ」
「うん……。契約するよ、香澄。ボクは君に付き従う。君の目的の為に戦うと」
二人の間に嘘はなかった……。それさえやはり嘘なのだろう。
それでも二人はそれで構わなかった。真実などこの世界のどこにもない。嘘ならば嘘で、それはそれで意味がある。
利用し、利用されることを良しとするのならば。間にあるものが憎しみだろうと、それは仲間と呼べる物になる。
手を取り合うわけでも言葉を交わすわけでもない二人の約束は、凍えそうな寒空の下で結ばれた。
「キルシュヴァッサーのロストが確認された」
第三共同学園生徒会に集められたメンバーはそこで日比野によりその事実を知らされた。
桐野香澄がキルシュヴァッサーと共に姿を消してから一日。この東京フロンティアのどこを探しても彼の姿が見つかる事はなかった。
スカートを握り締め、肩を震わせる響。背後からその肩を抱くイゾルデと、その様子を窺う木田と佐崎。
桐野香澄がいなくなった事実。そしてそれに至る経緯を、彼らはもう響より聞かされていた。自分たちの間にあった欺瞞が絆を遠ざけ、修復不可能なまでにしてしまったのだと。
もう後回しにはできない。自分たちが招いたその問題を、どうにかせねばならない。覚悟を決めたメンバーに、不幸な知らせが続く。
「それから、アレクサンドラだけどね。昨晩の内にキルシュヴァッサーの襲撃を受け、病院から拉致されたよ。今は多分、香澄君と一緒にいるだろうね」
「……マジかよ。香澄は一体これからどうするつもりなんだ……?」
「国連軍が何度か襲撃を仕掛けたけど、戦闘って呼べるほどのものさえ起こらなかった。それに付け加え結晶機には姿を隠す能力もある……。リアルエフェクトを発動出来る機能を持った存在でなければ香澄君を捕まえることはもう出来ないだろうね」
当然の事実に生徒会全てが重苦しい空気に包まれる。しかし日比野は冷静に、実に落ち着いた口調で会話を続けた。
「国連より委託を受け、君たち第三生徒会は対キルシュヴァッサー追撃の特別チームとして新造の輸送機と共に香澄君を追ってもらう。彼を放っておけば人類の大きな障害になりかねないというのが政府の考えだ」
「……香澄君を捕まえた後の事は……?」
「それを考える必要はないらしい。政府は桐野香澄を秘密裏に抹殺したがっている。当然の事だけどね」
「そんな……」
「君たちに任務が下されると同時に、世界は新しい動きを見せる事になる」
日比野は椅子の上に腰掛け、書類をテーブルに投げ出す。
「昨日、モスクワで二度目のグランドスラム現象が発生した」
「――え?」
「全部吹き飛んだよ。この東京フロンティアもそうなるかも知れない。いよいよ国連は結晶機の量産化計画を進めるらしい。そのベースに選ばれるはずだったキルシュヴァッサーが手元に無い以上、計画はアメリカか中国チームを中心に行われる事になるだろうね。だからボクたちは国連委託の対キルシュヴァッサー部隊として行動しなきゃならない。僕の言っている事、わかるね?」
四人は黙り込んだ。それは、楽しかった高校生活の終わりを示していた。
十二月が終れば、彼らの高校生活は終了する。そして終ってしまった生徒会としての役割に変わり、新たな戦いを始めねばならない。
元は仲間であり、友達だった彼を追わねばならない。追ってそして、殺さねばならない。それが今の世界が彼女たちに望む事だった。
「君たちには引き続きキルシュヴァッサーを追ってもらう。それから同時に、新しい結晶機が配備される事になった」
日比野が声をかけると、生徒会室の扉がゆっくりと開いた。登場したまだ幼さを遺した少女は日比野の隣に立ち、それから静かに顔をあげる。
「彼女が新しいチームキルシュヴァッサーのメンバーだ。名前は桐野ありす――。コードネームは『キルシュヴァルツ』だ。この結晶機のパイロットは……冬風君。君にやってもらう」
「――え?」
突然すぎる状況に何も答えることが出来ないまま、ありすを見つめる響。ありすは決意を秘めた瞳でその揺れる眼差しを見つめ返し、それから前に出た。
「よろしくね、響さん」
「――これは、どういう……!?」
「もう決まった事なんだよ、冬風君。決定は覆らない。一週間の準備期間の後、キルシュヴァッサーの捕獲の為に行動を開始する」
日比野の告げる決定が響の頭の中にぐらぐらとこだまする。
認めたくない現実を前に、少女は膝を着いた。涙を流す事も出来ないその傍らを通り過ぎ、日比野は部屋を後にする。
誰もが突然の状況を受け入れられない中、ただ一人彼の妹であるありすだけが真っ直ぐに響を見詰めていた。
一つの楽しかった季節が終わり、世界がゆっくりと変わっていく。伝えきれぬ思いは、ただ擦れ違ったままに。