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有限の、永遠の中で(2)

もう四十話っすか。


「……これは……?」


司令部に突入した響たちが見たのは無人の空間だった。

誰一人存在しない、しかしつい先程まで確かにそこには誰かが居た。そんな痕跡だけが残り香のように残る空間で静かに銃を下ろす。

すぐさまコンピュータに触れる響の背後、木田は眉を潜める。佐崎も同様、彼と同じ違和感を感じ取っていた。

死んでいるわけではない。しかし生きているわけでもない。何も無い空間。べっとりと肌に絡みつくような重い空気の中、冷や汗が床へと零れ落ちる。


「……響、感じないか?」


「感じるって……あ」


手を止めた響は顔を上げ、窓ガラスの向こうに広がる演習場に目をやる。

特にそこには何も無い。何も無いだろう。常人の目にならば絶対に映ることの無い何か……それを捉えるもう一つの感性で響は世界を見つめる。

無の空間に確かに広がる違和感。直後、響の目には確かに見えていた。この世界を覆い尽くさんとばかりに大気を覆う薄く張られた煙のような極小の粒が。


「……少し、息苦しい」


「なんつーか……上手くは言えねーけど……。ここ、さっきまで俺たちが居た場所とは違う気がする」


「それは勘?」


「頼りになる、を付け加えてもいいぜ」


木田の軽口に若干の遅れを取り、轟音が世界に鳴り響いた。

篭るようなその音に増す違和感の中、演習場で金色のオルガンを広げるオラトリオの姿を確かに目にする。

身を乗り出す三人の目前で繰り広げられる一方的な攻撃は一瞬でエルブルスを、そして続いて姿を現したキルシュヴァッサーをも昏倒させる。

何が起きたのかを考えるよりも更に早く、真紅の機体が煙の中から姿を現した。音を奏でるよりも早く、背後から振るわれた巨大な刃が空を切り裂く。

炸裂する光と共に刃から放たれる紅蓮の炎。天まで焦がさんと燃え上がるその陽炎の向こう側、揺れるシルエットが太刀を中段に構える。


「やっぱミスリルがいたのか!」


「そりゃそうだろうけど……この状況の解決にはなってないよね」


部屋を後にし、模擬戦場へと移動しようと振り返った三人の退路を遮るように、扉に背を預けた少年がゆっくりと顔を上げる。


「……いつの間にやら、ってか」


「貴方がこの現象の原因ですか?」


問答しているというのに問答無用の勢いで拳銃を向ける響。しかし少年はその響の瞳を静かに覗き込み、小さな……しかし、はっきりと聞き取れる声で呟いた。


「…………止めておいた方がいい」


撃つ覚悟がないのならば。


少年の言葉はそう続くような気がしてならなかった。それは誰よりも、引き金にかけた指先が震える彼女が分かっていた。

迷いを見透かすほの暗い瞳に映るのは紅蓮の炎。背後で繰り広げられる炎熱は熱い風となり、窓を吹き抜け響の髪を揺らしていた。



⇒有限の、永遠の中で(2)



「これがキルシュヴァッサー?」


「ええ。これがキルシュヴァッサー……。銀翼のキルシュヴァッサーです」


桐野秋名が始めてキルシュヴァッサーの前に立った時、彼女は既に自分に待つ運命を感じ取っていた。

桐野香澄がそうであったように、彼女もまたその前に立ち、静かに息を呑んでいた。銀色の身体を持つ白銀の巨人。結晶の中、静かに眠るその機体に手を伸ばし、そして秋名はその指をそっと握りこんだ。

触れる資格があるのかどうか、その時の彼女には判らなかった。胸に手を当て、静かに過去に想いを馳せる。

たった一日。ただ一日の事。彼女が弟である桐野香澄の傍を離れたのは、たったの丸一日だけの事だ。

つい昨日まで、彼女は彼の傍に居た。傍に居て離れなかった。どんな時も、一瞬たりとも弟の姿が心の中から消えたことは無かった程に。

いつも通り、仕事に行くかのように布団から置き出して立ち上がる秋名を香澄は寝ぼけた様子で見つめていた。早朝にも程がある、まだ夜が明け斬らない薄暗闇の中、香澄の頭を撫でて秋名は笑った。


「……どっか行くのか?」


「うん。ちょっと出かけてくるね」


「帰りは……?」


「……うん。そのうち、ね」


「じゃあ、待ってるよ……。飯、作っとくから……」


曖昧に濁した言葉と笑顔を前に香澄は瞼を閉じる。それはごく普通の、今までの彼らの会話そのものだった。

何の予兆も無く、何の前兆も無く。だからそれはとても唐突な事だった。香澄は直ぐにまた眠りに付き、秋名は寂しげな微笑を浮かべ、家を後にした。

全ての始まりは彼女の手元に届いた一通の手紙だった。それは桐野香澄にあてられた物と全く同じ。ただ一つ違う部分があるとすれば、その差出人だろう。

一人で電車を待つ駅のホームのベンチで彼女はその手紙を手に取る。もう何度も読み返し、何度も何度も読み返し、くしゃくしゃになってしまった紙キレを。


「……父さん」


そこには父の名――桐野アダムの名があった。

十年ぶりに見る父の手書きの文字。懐かしいインクのにおい。記憶という記憶が記している確かに証拠を前に秋名は髪を纏め、静かに空を見上げる。

夜が明ける寸前の形容しがたい切なさを湛えた空に自分の想いを映し、それに手を伸ばすように。静かに吐き出した息は白く空に上っていく。

父からの呼び出し――その理由はもう分かっている。来るべき時が来たのだ。全ての人生は、その存在の意味は、今この瞬間の為にあった。

丸一日を経て、いずれ眠るべき墓標を前に秋名は目を開く。第三共同学園の地下に広がるその場所は現代のそれよりもまだ未熟であり、そしてまだ何もかもが手探りの状態にあった。

秋名の背後に立つ日比野はその華奢な姿に溜息を漏らさずには居られなかった。若い人材が次々と犠牲になる今の世界に対する失望か、それとも求めていた理想と現実との齟齬か。そのルーツは勿論彼本人にも判らないものだった。


「これが、父が残した物なんですね」


「……そうなるね。桐野アダム……いや、アダム・ゲオルク・リヒテンブルグ博士が残したこの世界の希望だよ」


「希望? 本当にそうかしら。わたしにはこれが、未来を作ってくれる物には見えないけれど」


呟く唇は当然のように冷静だった。表情も穏やかだ。しかしその瞳の奥底に渦巻いているであろう激しい感情は全て怒りや憎しみで、愛は欠片ほども無い。

父が残し、娘が受け継いだ人類の希望。しかしそれは彼女にとっては望ましいものではなかった。望ましくないなどと、口が裂けても言えない彼女は、ただただ思うことしか出来なかったが。


「僕は、確かにこれは希望だと思う。君のお父さんと、それからお母さん。二人が作った代物だからね」


「日比野さんは確か父の弟子、だったかしら」


「そうだね。子供の頃の君たちと会ったこともあるよ。覚えては居ないだろうけどね」


苦笑を浮かべる日比野。それから背後を振り返り、秋名を促す。


「紹介するよ。君がこれから協力して戦ってもらう事になるメンバーだ。暫定、だけどね」


そこには二人の少年、それから一人の少女の姿があった。そのうち一人と目が合い、秋名は無邪気な笑顔を浮かべる。


「まるで運命のようね。海斗」


「……秋名、ちゃん? どうして……!?」


そこに立っていたのは当時まだ中学生だった海斗だった。

その左右に立つ少年と少女。それが後にジャスティス、そしてフランベルジュと呼ばれる人間へと変化して行く。

彼らがまだ生徒会を根城に活動していた頃。まだその頃、世界に結晶機は一つしか存在せず、全てが未完成で曖昧で、そして少しだけ優しかった。

定義も線引きも無く、物差しさえも無いその日々は何者にも代え難い物だった。毎日が彼らの中で輝いていた、青春の一頁だった。

キルシュヴァッサーのパイロット候補を育成するという目的の中、彼らは精一杯に生きていたし、それは恐らくハッピーエンドを迎えるべきものであったはずだった。

全ての運命が狂い出した瞬間は確かにどこかにあって、僅かに軋んでしまった運命の歯車は巡り巡って全てをおかしくしてしまう。

そんな小さな、歯と歯の間に噛み込んでしまった小石のような瞬間があったとしたら。

何気なくいつ通りの、姉が居なくなっていくらかの時が過ぎ、それが日常になろうとしている少年の。桐野香澄の元に届いた、一通の手紙ではないだろうか。

それを手にした時、少年の運命は来るってしまった。何もかもを台無しにしてしまった。自らにさせ巡り来るであろうハッピーエンドを、無慈悲に駆逐してしまった。


「東京に……居るのか? 姉貴……」


少年の判断は直ぐだった。即座に家を飛び出し、東京フロンティアを目指した。

急ぎすぎる心は一瞬たりとも落ち着く事は無く、胸の内側が焦げ付くような苦しみを携えたまま少年はかつての故郷を目指していた。

ようやく辿り着いたかつての故郷。人ごみを書き沸け少年は自らの家へと続く道を急いでいた。

息を切らし、呼吸を乱し、全身に汗をかきながら懸命に走っていた。そうしなければ全てがおかしくなってしまう気がしていた。

しかしその足取りの一歩一歩全てがまるで死の宣告のように。彼の人生に鎌をかける。自らの足で桐野香澄は絶望へと突き進んでいた。


「……ねえ、さ――?」


かつての家の前で見つけた姉の姿に思わず駆け寄ろうとしたその足が静かに停止する。

夕暮れの景色の中、秋名は見知らぬ男と口付けを交わしていた。手を取り合い、誰も居ない静かな通りで二人は影を重ねていた。

荒れていた呼吸がピタリと収まったのは恐らく息をする事を忘れていたからだろう。ぽたぽた零れ落ちる汗がアスファルトに染み込み、呆然と口を開けたまま香澄はその姿を見つめていた。

一秒が一分にも一時間にも感じられるような孤独の中、秋名の視線がゆっくりと動いた。

唇は奪われたまま、彼女は視線の端に自らの弟の姿を見た。弟もまた、姉の姿を見た。

あれだけ探し求め、信じ続け、耐え切れずに後を追った姉。目の前で男に抱きしめられるその姿に気づけば一歩、後退を行っていた。

そのまま少年は踵を返し、その場を走り去った。背後からの姉の声を振り切り、両方の耳を手で塞ぎ、全力で走りぬけた。

気づけば辿り着いていたのは子供の頃秋名と海斗、二人と一緒に遊んだ公園だった。香澄が乗るには小さすぎて足が着いてしまうブランコの上、ただただ呆然と顔を押えて少年は呼吸を乱していた。


「……秋名」


言葉に出来ないざわつきが脳裏を支配し、思いも言葉も何もかもが失われていく。

風船の中に思い切り注ぎ込んだ水が画鋲の一突きで全て抜けてしまうように、心の中全てのものが音を立てて抜け落ちて行くかのような強力な脱力感。

その時桐野香澄は思ってしまった。思いさえしなければ目覚める事も決して無かった筈の願いを。

頭を抱えて声も無く全てを失ったかのような絶望に身を任せる夕暮れの日。彼の人生はそこから狂い始めたのかも知れない。



「香澄とアレクサンドラに何をした」


『さぁ? あんたも体験してみればいいんじゃなぁい? そしたら気持ちが判るかも……ねっ!』


オラトリオが向けるオルガンの音色。放たれたそれが不知火を覆うよりも早く、振り下ろした太刀がアスファルトの大地を弾き飛ばす。

粉々に砕かれた石の榴弾がオラトリオに降り注ぐと同時に捲れあがった岩盤が不知火を守る盾となる。ぶつかり合った音と岩盤は爆ぜるように輝きを残し、世界に残響を響かせる。


「――能力が『音』ならば絶対的に無敵かもしれないな。だが、それは『音』ではないらしい。不可視の指向性音速攻撃……。機体に不調を与えるものか、或いはパイロットの身体状態に影響を及ぼす能力か」


『へぇ、大体正解。厄介なのは香澄だけだって聞いてたけど、あんたみたいなのも居るんだ』


後方、空に向かって跳躍したオラトリオから放たれる目には見えない衝撃が降り注ぐ。不知火の周囲の大地を根こそぎ吹き飛ばし、真紅の結晶機はそれさえも一刀の元に切り払う。

間合いを取ってしまえば基本的に攻撃される事は無い――。不知火が持つ長大な太刀と隠し武器を内蔵するスペースもない細身のシルエットはそれを相手に知らしめているかのようでもある。オラトリオのその判断は勿論間違いではなかった。


『あたしの能力は必殺の威力なんだから、当たればあたしの勝ち。スピードにだって自信はあるから捕まえられるつもりもない。一方的に嬲って壊してあげるわ』


オラトリオの言葉の向こう、不知火は刀を上段に構えていた。真紅の瞳が光を帯び、刀身から湧き上がる熱が大気を歪め、限界を超えたそれは刀身に刃を纏わせる。

燃え上がる太刀を振るう、その一挙一動にあらゆる力を込め、イゾルデは歯を食いしばり目を見開いた。


『そんな距離から刀が届くわけ……』


「一瞬だ」


遮られた言葉に思わず表情を歪めるオラトリオ。遥か彼方で刀を構えた理解不能な人間は、まるで分かりきっているかのような口ぶりで語る。


「……たった一瞬、活目しろ化物。これから某は、貴様を斬る」


斬れる。斬れるのだ。当たり前のように。分かりきっているかのように。彼女は斬れると信じている。

自らが構えた刀身十メートルを越す巨大な太刀。ただその一振りで、化物を駆逐できると言う圧倒的な自信。それは敵であるオラトリオにもハッキリと感じ取れた。

それは侮辱である。化物を自負し、化物であることを誇りとし、化物であり続けるために人を食らってきたオラトリオにとって、許しがたい侮辱に他ならなかった。

正面からの勝負でなければオラトリオの勝率は高かったかも知れない。その効果を狙っての挑発であったのかどうか、それは勿論わからない。

ただイゾルデとオラトリオ、二人の持つ矜持が互いに正面衝突以外の選択肢を削いでいた。二人は一瞬言葉を失い、一呼吸の後に動き出す。

不知火が一歩前へと踏み出した刹那。その背後に巻き起こる爆発が徒歩とは比べ物にならない程の瞬発力を生み出す。

脚部から放たれた閃光が引き金のように不知火を前へとはじき出し、炎が噴出した太刀が高々と掲げられる。


『……発火能力!?』


オラトリオの放つ衝撃波は確かに音速だった。しかしオラトリオそのものの動きが緩慢である事に比べ、オルガンの指向性を変化するのには若干のタイムラグが存在する。

イゾルデにとってはそれだけでもう十分だった。空中に向かって真っ直ぐに進むという回避不可能の状況の中、二度目の疾走――。


『空中で方向を変えた!?』


空中で発生した二度目の爆発が不知火の身体を反転させる。捻りを加えられた一撃は更に重さと威力を加速し、振り下ろされた刃はオラトリオへ。

大気をも切り裂くような炎熱の剣を紙一重で回避したのはオラトリオそのものの反応は非常に鋭かったからであろう。だがしかし避けると同時にオラトリオの全身を炎が包み込んでいた。

刃の先端から放たれた炎の矢はオラトリオを貫き、炎上させる。全身から湧き上がる炎に焼かれるその身体に、三度目の加速を加えた刃が振り下ろされた。



脳裏を駆け抜けていった鮮烈なビジョンの果てに桐野香澄は瓦礫の山の前に膝を着いていた。

呼吸をする事を忘れていたかのように息苦しく、停止していた心臓が動き出したかのように全身が熱い。瞳の奥に流れ込んだ見知らぬはずの記憶たちが少年の脳を焦がして止まない。


「……知っていた、のか?」


瞳に当てる指先。まだ消え去らぬ記憶の名残の中、夕暮れと振り返った姉の姿がこびり付いて離れない。

深く吐き出した息は白く、ただ白く空に上って行く。果てしなく銀色の月の下、顔を上げる少年の視界の先に彼が切望した人物が立っていた。

彼女は何も言わず、ただそこに立っている。銀色の翼を広げる天使のような巨大な機体の足元で香澄を見つめていた。

少年は立ち上がり、ゆっくりと一歩を踏み出す。踏み出してしまえばそれは容易く、二歩、三歩と前へと彼を誘っていく。


「やめろ……」


自らの意思とは無関係に記憶は彼の行動を再現する。


「やめろ……!」


伸びた二つの手は彼が愛した彼女の首へと伸ばされた。

倒れた二つのシルエットは瓦礫の坂の上、静かに影を重ねていた。桐野香澄の指先は桐野秋名の生命活動を停止せんと必死にその首を絞めている。

入りすぎた力は指先の感覚を鈍らせ、握り潰すかのように、しかし愛しむかのようにその指先は命を刈り取ろうとしている。


「やめてくれ……。もう、いいんだ……。わかったから……っ! わかったからっ!!」


「いいえ。貴方はわかっていないわ、香澄」


首を絞められた女はにっこりと微笑む。不気味なまでに暖かなその笑顔のまま、少年の頬へと指先を這わせる。


「貴方が殺したのよ」


お前が殺した。


「貴方が奪ったの」


何もかも、台無しにしたのは。


「貴方が、望んで。貴方が、自らの手で」


他の誰の所為でも無く。


「だからそれは」


お前の所為だ。



――――酷く滑稽な音が鳴り響いた。



気づけば目の前の愛した人は動かなくなっていた。

口から溢れ出し止る事のない血の泡がどろどろと口の端より零れては炎に焼かれたコンクリへと伝って行く。

少年は震えていた。自らの行いに恐怖していた。全身を包み込む絶望感はこれがただの夢などではないのだと彼の脳に訴えかける。

そう、彼は知っている。この景色を見たことがある。他の誰でもなく桐野香澄こそ、彼女の死の原因だったのだから。

それは間接的でも結果的にでもなく、彼が望んで彼が起こした死に他ならなかった。

思い出の中、少年は死んだ自分の姉に刃を振り下ろしていた。何度も何度も繰り返し、何度も何度も。

もう死んでしまって動かない、体温を奪われていくだけの哀れな躯に対して彼が突き立てたナイフは現実を知らしめるかのように血を撒き散らし、少年の両手を汚して行く。


「俺が殺したんだ……っ」


恐怖に慄き、少年は後退する。


「俺が……っ!? 俺が殺し……ころ……っ!?」


止まる事の無い両手の震え。かちかちと歯を鳴らし、少年が逃げ出そうと振り返った先、主を失ったキルシュヴァッサーが立っていた。

伸ばされた巨大な手が桐野香澄を叩き潰そうと振り下ろされ、目にも留まらぬ速さで直撃したそれは痛みを伴わず、全ての意識を逆に覚醒させていく――。


「……香澄?」


大地に堕ち、焼けるオラトリオ。止めを刺さんと傍らで刃を掲げるイゾルデの背後、ただならぬ気配に振り返るとそこにはゆっくりと身体を起こすキルシュヴァッサーの姿があった。

イゾルデの問いに答えずに起き上がったそれは軋むような動作でゆっくりと首を捻り、背後の不知火を見つめる。

開け放たれた瞳がぎらぎらと光り、口元は笑顔を作る。知性を投げ捨てたかのように四本足で大地に立つと、それは徐に不知火目掛けて駆け出した。


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