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それぞれの、想い(1)

TRPGしすぎた。

「だからといって、貴方の出撃停止措置が解除されるわけではありません」


ふてくされた様子で言い放つ響の言葉と同時に向けられたのはノートパソコンだった。

画面を覗き込むと、そこには先日放送されたものらしいニュース番組の映像が流れている。


『こちらが先日東京フロンティアに現れた謎のロボットです』


『もう滅茶苦茶ですねえ……。大暴れってレベルじゃないでしょう、これはもう』


『相当の被害が出ているのにも関わらず、政府からの回答はありません。これは一体どういう事なんでしょうか?』


『もういい加減政府はしらばっくれてないで公表してほしいですよね。隠しておける状態じゃないのは明らかなんだから』


ニュースで話題になっているのは勿論キルシュヴァッサーとパイロットのこの俺である。

なんとも言えない気分になり、苦笑を浮かべながら顔を上げると響はじっとりとした視線で俺を睨みつけていた。


「……これ隠蔽するのにどれだけお金掛かってるか知ってる? 香澄君じゃ一生どうにも出来ないような凄まじい金額が君一人のために動いているんだよ?」


「……あ、ああ。悪い……」


「悪い……じゃないの! とにかくっ!! 桐野香澄君の出撃停止命令は解除しませんっ!!」


と、いわれてしまったのが一昨日の事。

訓練さえも禁じられてしまった俺は授業が終ると即帰宅するしかないというなんとも暇をもてあます状況にあった。

生徒会室に行ったところでなんだが居心地が悪いし、かといって謹慎は解けたのだから学校に通わないわけにもいかない。

なんともどっちつかずな中途半端な状況になってしまい、玄関先の段差に腰をかけて部活に勤しむ生徒たちが駆け巡るグラウンドをぼんやりと眺めていた。


「……はあ」


ようやく気持ちを切り替えて動き出せるかと思って気合を入れてみたらあれだもんな。響は俺にどうしろっていうんだろうか。

もうすっかり冬も近づき寒くなり始めた十二月初旬。ぼんやりと空を見上げていると、影が落とされる。持ち主は小さな少女で、髪をふわりと靡かせて微笑んだ。


「……銀か」


「どうしたの香澄? もしかして暇?」


「もしかしなくても暇だ……。やる事がないとこんなに退屈だとは思わなかったよ」


銀は隣にちょこんと腰掛け、俺と同じようにグラウンドを眺めている。膝を抱えたその様子はどうにも可愛らしく、なんとも言えない気分になる。

銀……か。日比野のヤツはペットか何かだと思って〜などとほざいていたが、最近は実際にそんな感じである。具体的にはネコか何か。

ふらりと消えてはふらりと帰ってくる……そんな感じ。気づけば傍にいて、構おうとするといなくなる。気まぐれというか、予測不能なのだ、銀は。

小さく欠伸をしてもたれかかる小さな身体。ありすも随分と気まぐれなヤツだったが、ここまでではなかったと思う。


「香澄、暇なら遊んでよ。一日中一人でいるわたしの気持ちも考えてよね」


「知らん、好きにすればいいだろうが。お前の行動を制限した覚えはない」


「じゃあ全然知らない人の所に行っちゃってもいいんだ?」


「…………あのなあ」


「うそうそ、冗談だよ。香澄は面白いなぁ」


深々と溜息を着く。というかこいつ、ここにいていいのか……? まあいざとなったらテレポートしてもらえばいいんだろうけど。

それにしてもヘコむ。こう、なんというか、出鼻を挫かれた気分だ。ようやく心機一転再スタートというこの場面で何故こうなるのか。

自分が悪いというのは分かっていても……納得行かない。もう暴走したり先走ったりしないから、さっさとキルシュヴァッサーに乗せてもらいたいものだ。


「うおーい、香澄ちゃ〜ん」


妙な声に振り返ると木田が手を振っていた。作業着姿のまま缶ジュースを手にしている。


「何だ、休憩か?」


「ああ。たまに外に出ないと息苦しいんだよ、地下ってのはどうもなあ……。ふー、マジ生き返った」


一機にスポーツドリンクを飲み干し、それから銀を見やる。小さく手を振って笑う銀に木田の頬も緩んでいた。


「……やべえな銀、かわいいなおい」


「……お前」


「ああ、俺はロリコンだ! いや、ロリコンでもあるっ!! 可愛ければなんでもいいんだよ! プリティーイズジャスティス!」


「お前は気楽でいいな……」


「へへ、最高の褒め言葉だぜ! そういう香澄は暗い顔してんな。まあ暗い顔なのは元々だけど」


余計なお世話である。


「もしかして響に出撃停止食らってるのが堪えてるのか?」


図星だったが思わず黙り込む。はいそうですというのはなんだか負けた気がして嫌だったのだ。

しかし逆にそれが答えになってしまったらしい。腕を組んで頷くと、俺の肩を叩いた。


「気持ちは判るぜ。でもとりあえず機嫌を直すなら、こっちからアクションしないとな」


「……聞くだけ聞こう」


「そうこなくっちゃな! それじゃあいっちょこの木田様が響のご機嫌取りをサポートしてやるぜ!」


途端に猛烈な不安に駆られたが、俺はもう諦めていた。

というかもう、何でも良かったのかもしれない。この退屈を紛らわせてくれるのならば、木田の下らない考えに乗るのも一興だろう。

こうして俺は終末、木田と共に出かける事になった。その内容はまあ……またどうにもくだらない物だったが。



⇒それぞれの、想い(1)



「いやぁ〜! お待たせお待たせ!」


といって駅前に現れた木田の傍らには何故かイゾルデの姿があった。

額に手を当て、今日の目的を思い出す。たしか今日は、響の機嫌を取るために集まったのではなかっただろうか……。

週末の駅前はかなりの混雑具合で、立っているのもわりと辛い。そんな中三十分近く待ってやったというのに、何故こうなっているのだろうか。


「ふむ、待たせてしまったようだな。何分急に呼び出された物で、許してくれ」


「……俺が許さないのはイゾルデじゃなくて木田の方だが」


「ま、待てって! 行き成り拳を握り締めるな! 鳴らすな! とりあえず移動しようぜ。ここじゃ落ち着いて話も出来ねえ」


確かに木田の言うとおりだった。こんなところで拳を振るおうものならば通行客に誤爆してしまうことうけあいである。

振り返ってみたが、一緒に来ていたはずの銀がいない。この人波に流されてしまったのだろうか……。まあ、放っておけば来るだろう。どうもあいつは俺の位置が判るようだし。

そんなわけで三人そろって駅前の喫茶店に入る事にした。適当に飲み物を注文し、一息つく。


「それで、俺はここでお前を殴ればいいのか?」


「殴るの前提で話を進めるのはそろそろやめてくれ香澄……。今日は響のやつにプレゼントを買いに来たんだよ」


「で、某も選ぶのを手伝って欲しいと呼ばれたのだ」


「本当はアレクサンドラにしようと思ったんだけど、番号しらねーし連絡つかなくてな。男二人よりはいくらかマシだろ?」


「……どういう、意味だ……木田……」


木田の首を絞めながら笑うイゾルデ。大分引き攣っているが笑っているのには違いない。

完全に閉め落とされかけた木田は暫くテーブルに突っ伏して死んでいたが、俺たちがコーヒーを飲み終わる頃には復活を遂げていた。


「お前らめちゃくちゃクールすぎて俺マジボケるのも命がけなんよ……」


「だったらボケるな」


「そうはいかねーだろ……。と、とにかく! イゾルデも一緒にショッピングしようぜって話だぜ!」


まあそれは構わないし、確かにイゾルデがいたほうがいいだろう。

イゾルデは響とは仲が良い。チーム内では恐らく一番ではないだろうか。付き合いも古そうだし、俺たちだけで考えるよりは大分マシだろう。

しかしプレゼントか……。そんなに金は持ってきていないのだが大丈夫だろうか。何となく女の買い物は高いようなイメージがある。

それはまあ、昔はバイトに明け暮れていただけあって貯金は無意味にあるが……手持ちは大した事が無い。若干不安だが、まあどうせ高校生の買い物だ……恐ろしい事にはならないだろう。

そう考えていた俺が甘かった。イゾルデに連れて行かれた和服屋で俺の目に飛び込んできたのは、ちょっと目が飛び出てもおかしくないような金額だった。


「これなんかどうだ? 響には和装が似合うと思うのだが」


「……い、イゾルデ……? お前、いっつもこんなの着てんの?」


「家ではもっぱら和装だな。外に出る時それだと目立つから自重しているが」


とは言え抜群にスタイルのいいイゾルデの事だ。ジーンズ(加工したのではなく本当に刃物か何かでダメージを負ったように見える)とTシャツ(何故か大和魂とデカデカと記されている)という明らかに手抜きな服装でも凄まじく目立っているのだが。

というか、かろうじてジャケットを羽織っているものの、寒くないのだろうか。前完全に開いているし……。


「いや、そうじゃなくてだな……。これはいくらなんでも高すぎるだろう。この二十分の一くらいの値段しか予算が……」


「なんだ、そうなのか? それを早く言ってくれ。普通に選んでしまった」


あきれ返る俺と木田。なんというか、流石はエアハルト社の孫娘……。金銭感覚がおかしい。

何も買わずに店を出たにも関わらず物凄く丁寧にお見送りしてくれた和装の店員に気後れしつつ足早に通りに出る。何と言うか、あの店に入る事は今後一生無さそうな気がしてならない。


「香澄、予算はどの程度なのだ?」


「高くても2、3万くらいにしてくれ……。それ以上は銀行かATMのお世話にならないと無理だ」


「……2、3万か」


腕を組んだイゾルデは困ったような表情を浮かべ、救いを求めるように俺たちを見やる。


「……なあ。2、3万って何が買えるのだ?」


「「 は? 」」


「……だ、だから……。そんなちょっとのお金で何が買えるのだ?パフェとかか?」


一瞬イゾルデが何を言っているのかわからなくて二人して顔を見合わせる。

それから腕を組んで考え込む。イゾルデが言わんとしていることがなんなのか。

しばらく考えた後、俺は静かに息を吐き出し、目を閉じて訊ねた。


「……もしかしてお前、2、3万のモノを買ったことがないのか?」


「あ、ああ……。さっきのコーヒーは木田の奢りだったし……。自分で買い物をする時は、その……カード払いで十万以上のものばかりだからな……」


顔を紅くしてそっぽを向くイゾルデ。どうやら根本的に俺たちとは違う世界にお住まいのご様子である。

さすがに本人も自分が盛大にズレてしまっていることに薄々感づき始めたのだろう。俺たちの表情をちらりと窺いつつ、返事を待っている。


「な、何だ? 言いたいことがあるならはっきり言えばいいだろう! 貴様らそれでも男なのか!?」


「……そういわれてもな」


「俺たちはどういえばいいのかわかんねーっすよ、イゾルデさん」


「う、うるさいな……! じゃあさっさとカードで買えばいいだろう! 私はカードしか持ち歩いていないんだ! さっきの和服をカードで買ってそれで終わりだ!」


「うおわ、待て待て!? 金額見なかったのかよ!? 香澄の予算の二十倍だぞ!?」


「知るか! エアハルト家の財力を以ってすればその程度なんの問題もないッ!! むしろ安いくらいだ!」


「落ち着けイゾルデ! 俺個人としても、さっきの店に戻るのは気まずいッ!!」


道端でドタバタ劇を始める事になってしまったが、何とか収拾をつけ通りに設置されているベンチの上に腰掛けていた。

散々もめたせいか三人ともグッタリとしており、もうなんだか買い物とかそういう状況ではない。イゾルデは相変わらず不機嫌で、そっぽを向いたまま腕を組んでいた。


「とりあえず、イゾルデの金銭感覚が俺たちにとって全く役に立たないことだけは分かった」


「……香澄。お前意外と某に対して容赦というものがないのだな」


「完璧人選ミスだったな……。ま、まあそれはともかく! もうちょっと響に似合うようなお値段のものにしようぜ!」


「……お前たち知らないのか?」


「何が?」


「響はかなりいいところのお嬢様だぞ」


絶句した。

流石にそれはないだろ〜と思う俺たちの脳裏に過ぎる響の何となく浮いた言動。特殊な立場の人間が集う生徒会のリーダー、冬風響。その響はエアハルトの孫娘の親友……。

頭を抱える。お嬢様? そういう顔つきかよ……って言われて見るとそんな気がしてくる……。 どうにもぼけぼけとしていると思ったら、やっぱり普通じゃなかったのかあいつ……。


「……えーっと、イゾルデさんそれはマジ話?」


「当たり前だ。舞踏会とかでも顔をあわせるからな。昔からの馴染みなんだ」


舞踏会ってなんだよ。それ本当に地球上の出来事なのか?


「っていうかまてまて……。その話がマジだとすると……」


「……ああ。響のやつの金銭感覚も……」


二人同時にイゾルデを見つめる。イゾルデは顔を紅くし、一生懸命睨み返してきたがもう知ったこっちゃない。

参ったな。響やイゾルデに対して定額の品を送ったところで逆に失礼って事なのか? まあそういう立場の人間なんだから仕方が無いと言えば仕方がないんだろうが……。


「参考までに教えてくれ。イゾルデは何を貰ったら嬉しい?」


「……ふむ? 新品の木刀……あとは鉄アレイとか」


お前に聞いた俺が馬鹿だった。


「な、なんだ香澄その顔は!? まるでお前に聞いた俺が馬鹿だった、とでも言いたそうではないか!」


その通りです。


「だああああっ!! マジで役にたたねーっ!! 俺たちだけで何とかしなきゃいけないのかよ!」


「……いい度胸だな、木田……」


木田が背負い投げされているのを横目に俺は考えていた。どうすれば響が喜ぶのか。機嫌をよくしてくれるのか。

どうにもあいつの考えている事は理解不能だ。脈絡がないというか、何もかも唐突すぎる。そして翌日には態度も言葉も変わっているのだから手に負えない。

深々と溜息を着き、大地に木田がたたきつけられる頃。いつの間にか現れた銀はベンチにちょこんと腰掛け俺を見上げていた。


「どうかしたの?」


「お前どこに……いや、もういい。見ての通り買い物は完全に迷走中だ。響がいい所のお嬢様だって事が判明してな」


「あー。香澄の財布軽そうだもんね」


お前はもう少しオブラートに包むとかそういう事を知らんのか?


「プレゼントを贈りたいんでしょ? だったら値段だけが全てじゃないと思うな」


「……と、言うと?」


「例えば手作りとか。お金持ちなら贈り物には慣れてるだろうから、高級品を贈呈したって効果は同じだと思う。だったらあえてオンリーワン方向に行った方がいいんじゃないかな」


「ハンドメイドか……なるほどな」


確かにそれが一番現実的なところだろうか。しかしだからといって何を作ればいいのかさっぱりわからない。

頭部から血を流す意識が途切れそうな木田を引き摺り移動したのは我が家だった。コタツを囲み、四人で買って来た様々なものを取り出す。


「香澄ちゃんは特に特技とか得意な工作とかないんだよな?」


「ああ」


「とりあえず……こんなのはどうだ!?」


木田が取り出したのは手作りオルゴールというものだった。

キットだったので説明書どおりにやれば一応形になるというとても簡単な初心者向けの物だった。

箱を開けると小さな木箱が中から出てくる。取り扱い説明書を開き、俺は確信した。


「これなら俺でも出来るな。ちょっと待っててくれ」


「おう。香澄が作らなきゃ意味ないからな」


そうして俺は作業に没頭する。コタツで眠る銀。勝手にミカンを食う木田。時代劇を見るイゾルデ。

二時間ほどそうして経過しただろうか。四苦八苦しつつも作り出した自信作が完成した。


「おー、結構早かったな」


「早速鳴らしてみてくれないか?」


「ああ。ちょっと待ってろ」


ネジを巻くとオルゴールが流れ出す仕組みだ。きりきりと巻き捲くり、俺は自信を持って手を放した。

すると小さな箱からはなにやら物悲しい音楽が流れ始める。最初は良かったのだが、途中から何だか半音ずれたりと奇妙な音楽へと変化し、逆になにやらおどろおどろしい感じの音楽になってしまった。


「……ホラーゲームで聞いた事あるよ俺こういうの。サイレント……いやなんでもない」


「香澄、悪い事は言わん。やめておけ。これは呪いだ」


「…………」


結構自信があったのに一蹴されてしまった。何だかものすごく納得がいかない。

オルゴールを箱に閉まって溜息を漏らす。あとで部屋にでも飾っておこう……結構気に入ってるのに。


「次は某の番だな。こういうのはちょっと男にはあれかもしれんが……」


イゾルデが取り出したのは簡易的なアクセサリを作れる工作セットだった。何パターンかのアクセサリをビーズやカラフルな糸、付属の布などで作り出せるらしい。


「これは簡単そうだな」


ソーイングセットくらいなら家にもあったはずだ。台所の棚から取り出してきたそれを広げ、再び取り扱い説明書を開く。

しかしいざ始めてみるとビーズが小さいわ糸が通らないわで大苦戦。冷や汗を流しながら震える指先でビーズを弾いては拾ってを繰り返していると、二人は同時に溜息を漏らした。


「……香澄。お前不器用すぎ」


「いや、待て……。おかしいな、昔は裁縫もやってたはずなんだが……」


とは言え簡単なものばかりだったし、針に糸を通すのは姉貴にやってもらっていたような記憶が……。

その後暫く粘ってみたものの、あまりにもうまく行かないビーズの山に完全に敗北し、俺はテーブルの上に素材を投げ出して俯いていた。


「……まだやってたの? もうシンプルに絵とかにしたら?」


「……母親の誕生日に小学生が書くんじゃねえんだぞ」


「でも香澄じゃそれくらいじゃないと無理じゃないかな? 料理ってわけにはいかないだろうし」


「……言ってくれるじゃねえかチビ……。おい木田!画用紙とクレヨン買って来い!!」


「それマジで小学生……いや、幼児じゃねえか……?」


何だかんだいいつつも画用紙とクレヨンを買ってくる木田。俺は袖を捲り、気合を入れてクレヨンを手に取る。

画用紙の上に響の姿を思い浮かべる。大丈夫だ、俺なら出来る。俺は不器用なんかじゃない。

というわけで書き始めたものの、見守る三人の視線がどうにも心苦しい。見る見るおかしな事になっていく画面に俺は早くも投げ出したい気持ちで一杯だった。


「……何故この絵の響は泣いているんだ?」


あいつの印象だと泣いてるところが多いんだよ。


「つーか、画力が……」


子供の頃から絵なんて書かなかったからな。


「ていうか香澄、下手だよね」


…………。


「だあああああっ!! やってられっかあああああっ!!!!」


思い切り叫び、画用紙を真っ二つに両断する。それを何度も引き裂き、丸めてゴミ箱に叩き込んだ。

結局残ったのは恐ろしげなメロディを奏でるオルゴールとほぼ新品同然のクレヨン、そして散らかったビーズの山だけだった。


「ていうか、何で俺があいつの機嫌を取らなきゃならないんだ!? おかしいだろ木田あ!!」


「なんで俺に当たるんだよ!? げふう! 容赦ねえっ!!」


木田の顔面を蹴り飛ばしたら若干スッキリした。深く息をついてコタツに入ると、銀が湯飲みを傾けながら呟いた。


「……それで、結局どうするの?」



そして翌日。

休み明けの放課後、俺は生徒会室に居た。

扉を開けると眼鏡をかけた響が目を丸くする。出撃停止を食らっている俺がここに来る事を想定していなかったのかもしれない。

ノートパソコンでの作業を止め、俺を見つめる響。首を傾げるその姿の前に立ち、小さく咳払いする。


「どうしたの香澄君? 妙に改まって」


「……実は、お前にプレゼントがあってだな」


「エッ? な、なんでまた……」


「とにかく聞いてくれっ!!」


思わず身を乗り出してしまったが、響は完全に面を食らっている。俺はそのまままくし立てるように経緯を語った。

皆で買い物に行ったこと。しかし結局ろくなものが選べなかった事。頑張ったが結局どうにもならなかった事。

響は笑いながらその話を聞いてくれた。こっちは真面目に話しているのになんというか白状なやつだ。


「そんな気を使っても出撃停止は解かないよ? これ、社長の言いつけだから私じゃどうにもならないし。それに香澄君の言うとおり、普通の贈り物はもう飽きちゃったし」


何と言う上から発言……多少イラっとしたがまあこれは胸のうちに飲み込んでおいてやろう……。


「まあ、気持ちだけ受け取っておくよ。香澄君も頑張ったみたいだし」


「ちょっと待った。結局それで何も無いんじゃ流石にみっともないだろ? だから……これをやる」


ポケットから差し出した封筒を受け取り、響は首を傾げる。その場でそれを開いた響きの目に飛び込んできたのは……『肩叩き券』という文字だった。

しかも作ったのは俺ではない。余ってしまった画用紙を何枚かに切り分け、その外側にイゾルデと木田が模様を書き、真ん中に肩叩き券という文字を書いたのは銀である。

クレヨンで書いたこともあり、相当な手作り感溢れる代物になってしまったが、何もないよりはマシだろう。勝手に納得して頷いていると、響は肩をぷるぷると震わせていた。


「感動したのか?」


「……ちっちが……っ! なにこれえっ!? 肩叩き券って……え〜〜っ!?」


「何故笑う!?」


「笑うなって方が無理でしょ! だってこれ、肩叩き券って……あはははは! 小学生じゃないんだからさあ〜〜!」


腹を抱えて大笑いする響。その姿を見ていたら段々と腹が立ってきた。人がせっかく親切心で作ってやったというのにこの態度はなんだ。

つーかなんでお前に俺が笑われてやらなきゃなんねーんだよ意味わかんねーなおい。見る見る頭の中が怒りに染まっていく。


「いらねーんなら返せ馬鹿!」


「あ、ちょっと! 返さないよ、もう貰ったもんね〜」


「ふざけんなっ! つーかなんで俺がお前の肩揉んでやらなきゃなんねーんだよ!! くそ、冷静に考えたら一部始終意味不明じゃねえかっ!!」


「気づくの遅いね……っていうか、ハイ!」


券を奪い取ろうとする俺の眼前に突きつけられた『肩叩き券』の文字。響は自らの肩を叩き、にやにやと笑っていた。

流石にぶん殴りたくなったが、しかしこれは自分で作った物。みんなの努力の結晶でもある。作ったのが連中なら、叩くのは俺の仕事か……。


「そうそう、素直で宜しい」


響の背後に立ち、肩に指を掛ける。直後、その肩をぎゅうっとかなり強く揉んでやった。

途端に飛び跳ねて悲鳴を上げる響。目尻に涙を浮かべてわなわなと拳を握り締めるその姿に何となくいい気分になる。


「こ、子供……っ」


「ふん、どうとでも言え。つーか動くな。揉めないだろうが」


「……三十分は揉んでもらうからね」


「ハイハイ……って、滅茶苦茶肩凝ってるな。パソコンやりすぎじゃないか?」


「うるさいなー。仕事なんだからしょうがないでしょ?」


何だかんだ言いつつも気持ち良さそうに頬を緩ませる響。その姿を見ていたらまあ、何だかんだで恩返しにはなったような気がする。

そんな風に肩を揉んだり揉まれたりする放課後の風景。いつの間にか背後に立っていた銀が笑いながら呟いた。


「結局仲いいよね」


「「 だ、誰が!? 」」


反射的に叫んだ言葉は二つ重なって空に響いた。


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