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友達と、呼べるのなら(3)


「この間の香澄君の無断出撃の件ですけど」


「ああ」


部屋に響くのはカードがめくれる音だけ。

窓の向こうからは鳥の声。 あとは換気扇が回っているだけの世界。

音が無く、静かな世界は二人の言葉だけをやけに大きく浮き彫りにし、静寂の舞台は言葉を包まずそのまま相手に伝えていく。

ゲームをしているというシチュエーションが二人の言葉を安易な物にしているのは明らかだった。 単純なカードゲームだったが、それでも二人はそこに集中し、つながりを見出していた。


「どうして勝手に出撃したんですか?」


「悪かったよ」


「謝らないでください。私が知りたいのは理由なんですから」


「理由なんて意味ないだろ。結果が全てだ」


「それは貴方の中ででは、でしょう? 貴方の言動に振り回されるこっちの身にもなってくださいよ」


「振り回してるのはそっちも同じだろうが。 あとそれアウトだ」


「……。 ちゃんとシャッフルしたんですか?」


「人に文句つけるな。 まあ、このまま五連勝だろうな」


「香澄君ってどうしてそう人生に対してストイックなんですか? 割り切れない思いとか色々あるじゃないですか」


「割り切らなきゃ生きてこられなかったからな。 それに大人になれば誰だってやることだ。 もうそろそろ子供だからって言い訳は通用しないだろ」


「それはそうですけど……。 なら割り切れない思いはどこにやればいいんですか。 迷いとか、不安とか……」


「飲み干してなかった事にするしかないだろ。 誤魔化して、嘘をついて……。 誰かに吐露したところで迷惑をかけるだけだ。 事情を押し付けてラクになるのは押し付けた本人だけで、受け取ったやつは迷惑極まりない」


「……嘘とか誤魔化すことばっかり上手なんですね。 カードもすぐそうやって隠すし」


「一対一でばば抜きなんだから隠さなきゃどれがどれだか判るじゃねえか」


「そうですね。 一対一だったら、本当に相手のカードなんてまるわかりなんです、本当なら。 相手がそうやって手札を隠してしまわなければ」


「全て見透かされるのは面白くないだろ。 人生もゲームも」


「でも、少しくらい判らなきゃ思いは一方通行です。 勝率も同じ事」


「手加減しろってか?」


「そうは言ってないけど……。 ただその生き方は意地悪だと思います。 自分に対しても、相手に対しても」


いじけた表情の響。 その指先から放たれたカードがテーブルを叩く。

乾いた音と共に時計が十八時の訪れを告げた。



⇒友達と、呼べるのなら(3)



「は、あぁあっ! そ、そこ……! もっと……強くしても大丈夫だから……っ!」


「こ、こうですか……?」


「あぁあああっ! じょ、上手……! きもち、いいわ……っ! くうっ!!」


「……ていうか、なんて声出してるんですか貴方は」


「何よ、気持ちいいもんは気持ち……ああっ! はあ〜……。 人間ってのも、案外悪くないわねぇ〜」


ジャスティスの部屋に響き渡るサザンクロスの喘ぎ声。

うつ伏せに横たわるサザンクロスの上に乗り、背中を揉む海斗。 勿論海斗がやりたくてやっているわけではない。 サザンクロスの命令で仕方なくやっているのである。


「女の肌に傷をつけたんだから責任くらい取りなさいよ」


というのはサザンクロスの言葉である。 本来なら受け流して終わりになるはずのその言葉にバカ正直に海斗は共感し、今はこうして背中を揉んでいる次第である。

一体どういうわけか、サザンクロスはこの廃ビルの一室にそのまま滞在していた。 時々こうして部屋にやってきては海斗をこき使うような生活を続けている。

ベッドをサザンクロスに占領された家主はメイドと共に拾ってきたテレビを眺めていた。 非常に奇妙な組み合わせの摩訶不思議な状況が部屋の中に渦巻いていた。


「というか貴方昼間はOLなんじゃ?」


「あー。 もう行かなくなって久しいからクビ確実ね。 もうどうでもいいわ、あんなところ。 もう飽きちゃったし」


「飽きたとかで仕事辞めちゃ駄目だよ」


「真面目ねー。 でもフランベルジュ、この子具合良いわよ。 人間の男にしては結構テクニシャンだし」


「左様ですか。 良かったですね、海斗」


「よくないよ……。 ていうかホント、ボクは何やってるんだろうなあ。 こんなところで……」


がっくりと肩を落とし、深々と溜息をつく海斗。 それは本人は勿論周囲とて同じ疑問を抱いていた。

寝たままのサザンクロスは片方しかない腕を組み、その上に頬を埋めながら片目を閉じる。


「そもそもあんたさ、結局何を悩んでいるわけ?」


「何を、って……。 色々ありすぎてこれっていう程はっきりしていないんですけど」


「まぁいいからさ、全部言って見なさいよ。 言葉にするとはっきり判ることってあるわよ」


「……そうですか? えーと……」


胸のうちにある思いは様々だ。

友との決別。 その理由。 ありすのこと。 あの日、戦った黒いミスリル。 フランベルジュと過去の記憶。 ジャスティスと今の自分。

触れ合った思い。 擦れ違った思い。 変わってしまった思い。 複雑な境遇。 過去と現在。 約束した未来。

わけのわからず、ただただ言葉にならない思いを呟いていく。 サザンクロスは目を閉じたまま、肩を揉ませたままそれを一つ一つ聞いていた。


「とりあえず判った事が一つあるわ」


「え?」


「アンタは何に悩んでいるのか自分でも判ってないって事」


「……それは、判ってないんじゃ?」


「それが理解できただけいいんじゃない? 自分の中で何が引っかかっているのか、それを探すのが先決。 何に悩んでいるのかもわからないのに考えたって答えは出ないわ。 自分の気持ちを先に見つけなきゃね」


「……自分の気持ち、か……。 それならハッキリしてる。 ボクは香澄ちゃんを助けたい、守りたい。 そして秋名ちゃんとの約束を守りたいんだ」


「じゃあそうすりゃいいじゃない」


「……いや! だから、そうできないから悩んでるんじゃないか……。 ボクは香澄ちゃんの傍に居るのは間違いなのかな、とか……色々考えちゃうんだ」


「ま、それならそれでいいんじゃない? ダラダラ悩んで、結果わかることもあるわよ。 結論を急ぐ必要はあっても慌てる必要はないわ。 じっくり時間をかけて、無駄だと後で考えたとしても早合点して決め付けるよりはいいわ」


「…………サザンクロスって、ミスリルだよね? どうしてボクの話なんか聞いてくれるの?」


「アンタは他人に答えを求めすぎよ。 自分で考えて、それで答えを出してみなさいよ。 人に言われたとおりにしない。 少しは逆らうくらいの気概が大事よね」


「逆らう気概、か……」


考え込みすぎて停止した海斗の手。 サザンクロスは溜息をつき、フランベルジュに視線を向ける。

ジャスティスはテレビをみながら頬杖をつき寝ていた。 フランベルジュは二人の姿を見下ろし、冷たい笑顔を浮かべている。


「サザンクロスは随分と海斗の事が気に入ったようですね」


「……その目は何? 何か勘違いしてない?」


「いえ、勘違いなんて……。 ふふふふふふ」


「絶対何か悪い事たくらんでる顔よそれ!! アンタ昔っから性格悪いわね〜っ!! 陰湿女!!」


悩む海斗に乗られたまま身動きの取れないサザンクロスとそれをあざ笑うフランベルジュ。 二人のやり取りは決して交わることはなく、そして当たり前の風景となっていった。



夕飯はバーベキューということになった。

せっかく山に来たんだし、アウトドアを楽しもう! というのは木田の提案。 概ね全員それに同意し、今は別荘の前にある広場でレジャーグッツを広げていた。

淡々と皿を並べたりしていると、ふと背後から肩を叩かれた。 そこに立っていたのは何故か木田だった。


「よ! 楽しんでるか、香澄ちゃん?」


「……木田か。 まぁおかげさまでな」


皿を並べ、食材を纏めながら返事をする。 今回の計画の首謀者が誰なのかは、まあ何となく想像がついていた。

木田はにやにやしながら仕事をする俺を眺めている。 何となくいい気分がしないので手を止め振り返った。


「何か用か……?」


「いやさ。 響とはどうなってんのかな〜と思って」


「どうもこうもあるか。 部屋じゃトランプしてただけで後は何もねえよ」


「トランプしてただけ、ね……。 随分仲良くなったんじゃないか?」


木田の胸倉を掴み上げて睨みつける。 木田は冷や汗を流しながら笑っていた。

本来ならここでパンチの一つでもくれてやるべきなのだろうが、俺は何もせずその手を放していた。 木田もおかしいと思ったのだろう。 首をかしげて怪訝な表情を浮かべていた。


「……感謝、してるよ。 どうせお前の企画なんだろ? 部屋に篭ってウダウダ考えてるよりずっといい気分だ。 それは正直に礼を言わなくちゃな」


「お、おいおい……? なんか調子狂うな〜……。 あの桐野香澄君がそんないじらしいことを言うなんてねぇ」


「正しい事は正しいし、言わなければ成らない事は言わなくちゃな。 それくらいのことは俺にも判る」


言わなければ後悔する。 やらねければ迷うだけ。 それくらいのことはもう、俺にだってわかる。

だから失ってきたし取り戻せなかった。 でもそれはきっと一人だったらずっとその迷いの中に居続ける事になっていた。

答えはいつも堂々巡りで、やっぱり正しいと思える一つの解は得られないのだと思う。 だから、誰かと交わって言葉が欲しくなるんだ。

そうすれば心に風が吹く。 窓を開けなければ、孤独な部屋にそれは入り込まないのだ。


「……迷惑をかけたな、色々と」


呟いた言葉は夕闇に吸い込まれていく。

木田は俺の前で腕を組み、それから少しだけ思案した後、当たり前のように口を開いた。


「――――俺はさ。 ただのメカニックで、本当はチームキルシュヴァッサーに居るような人間じゃねえんだ」


顔を上げる。 木田はそのまま俺の方を見ないで話を続ける。


「俺は昔佐崎のヤツに助けられてな。 両親がミスリルにやられちまって、一人になった時……手を差し伸べてくれたのが佐崎の家の出身だったあいつだったんだ。 言っても信じないだろうけど、俺は佐崎家の執事なんだぜ? 件、あいつのボディガードってところか。 嘘みたいなホントの話」


「……あ、ああ」


「だから俺は佐崎一族にデカい借りがある。 でも俺にパイロット適正はないんだ。 あいつもそうだ。 だから誰かに代わりにキルシュヴァッサーに乗ってもらわなきゃいけねえ。 本当は――俺だって自分の手でミスリルをぶっ倒してえよ」


振り返って微笑んだ木田の表情はどこか寂しげで、迷いを秘めていた。 それは今の俺と何も変わらない。 恐らく木田という人間の本心だった。


「羨ましいよ、お前やイゾルデが。 俺も戦いたかった。 できることならな……。 力がないから悔しいのに、力があるのにヘコんでるお前を見ているのがどれだけ俺にとってイラつく事だかわかるか?」


「……ああ。 俺のやった事はみんなに対して失礼な行為だ。 軽率だったと、今は思ってる」


「いいや。 お前はわかってねえんだよ、桐野香澄」


胸倉を掴み上げ、木田は真剣な眼差しで俺を見つめる。

その真っ直ぐな視線はあまりにも真摯で、視線を反らしたくなる。 けれどそれは今きっと許されない。 誰かの本気の想いを、曲解するなど、愚かしいにも程がある。


「俺たちは『仲間』だ。 『友達』なんだよ。 わかるか? だから俺はお前を責めねぇし、お前が出すどんな答えだって受け止めてやる。 なのにお前は自分ひとりで戦って自分ひとりで全て背負って、それで全部守れた気になってやがる。 舐めんじゃねえよ」


「…………木田」


「……俺たちはガキだ。 一人じゃろくに前にも進めない。 だから歩いていく為に支えあう……それはおかしなことか? 不自然か? 下らないか? 迷惑か?」


「違う……」


「そうだ、違う。 それは強がって孤独を気取ってるだけだ。 香澄……もっと俺たちを頼れ。 俺たちを信じろ。 皆色々な事情を背負ってる。 だから、迷ってるんだ、みんな。 だから、正しい答えは出せないんだ、誰でも。 だから、俺たちは言葉を交わして信じて、ゆっくり前に進むんだ」


手を放し、木田は優しく笑う。 俺は素直にその笑顔に感心していた。

何故辛い過去や迷いを抱えて尚、強く笑う事が出来るのだろうか。 それはこの男の強さであり、そして美徳でもあるのだろう。

それと比べて俺はどうだ。 迷って、傷つけて、背負った気になっても重すぎて潰されそうになるだけ。 独りよがりの正義は誰かを傷つけるばかりで状況はいつも八方塞。

何をやっていたのだろう。 何をしていたのだろう。 何をするべきだったのだろう。 思いばかりが先走り、俺は静かに目を閉じた。


「偉そうな事言っても、俺は結局力がねえ。 お前らのサポートしか出来ねえ。 だから、せめて俺は皆を信じてる。 それしか今の俺に出来る事はないんだ」


「……そうか。 そう、だな……。 ありがとう木田。 少し……気が楽になったよ」


顔を上げると木田は満足そうに笑っていた。 それから拳を作り、俺の胸を軽く叩く。


「なあ香澄ちゃんよ。 俺たちみんなの心の距離は、何メートルだ?」


そういい残し、木田はそのまま作業に戻っていく。 取り残された俺の中に残るその言葉は、思いもよらず俺たちの関係を浮き彫りにする。

そうだ。 俺は皆を仲間だと感じていた。 ありすと海斗を失い、皆に出来てしまった巨大な負い目と責任感がそれを遮っていただけで。

確かにあの夏の日、そして海斗と再び手を取り合った日。 俺は彼らとの距離が縮まるのを感じていた。 触れ合うのを感じていた。 大切になるのを感じていた。

でもそれは俺の間違いだったのかも知れない。 自分の優しさは結局誰も守れず、こうして気を使ってもらってばかりで。 なんて自分は駄目なんだろうと思う。

その生き方を選んだのもそうしてきたのもすべては俺のせいで、だから誰のせいでもない。 傷つけて無視して見なかった事にしてわかったフリをしたのは他でもなく俺なのだから。


「――――木田っ!! 待ってくれ!!」


去っていく木田を気づけば呼び止めていた。 駆け寄りその手を取って、俺は意を決して言葉を吐き出した。


「……ちょっと来い!!」


「え? なんでそうなるの?」


「いいから来い! 馬鹿野郎!!」


頭の上にクエスチョンマークを浮かべている木田を引き摺り、道すがら歩いていた佐崎も捕獲し女性陣の元へ走っていく。

二人が何か喚いていたが俺は全く気にしなかった。 そうだ、気にしている余裕なんかない。 こういうのは思い切って勢いに任せてやってしまっていいのだ。

ああそうさ、俺は小利口すぎる。 姉貴にもいわれていた。 守るつもりがあるのか壊すつもりがあるのかわからないって。 愛しているのか嫌っているのかわからないって。


でもそうだ仕方ないじゃないか俺はそういう生き方しかできない誰かの傍に居て素直に笑ってはいそうですかって現実を受け入れて愛する人が居ない世界の中何事もなかったかのように全てを忘れて自分だけ新しい幸せをつかめるなんてそんな風には考えちゃいないっ!! でもっ!!!!


「響っ!!」


「は、はいっ!?」


エプロンをつけたままの響が慌てて振り返る。 結局その場に居た女子三名を含め生徒会メンバーは全員揃ってしまった。 そうする為に集めたんだが。

ぐったりしている木田と佐崎を放し、両手で響の手を握り締める。 顔を紅くし戸惑う彼女の瞳を間近に覗き込み、俺は呼吸を荒らげたまま叫んでいた。


「君を、守らせてくれ!」


「え?」


「だからっ!! 俺に! 君を! 守らせてくれっ!!」


「は……ぃ、え? な……に? うん? なにが……え? あ、うん……わかり、ました……?」


「守っていいんだなっ!?」


「う、うん……。 守って、ください……?」


「ありがとうっ!!!!」


そのまま響の身体を強く抱きしめた。 周囲の声は無視した。 今はそれでいいのだと俺ははっきりと判った。

傷つける事も失う事も信じる事も裏切る事も愛する事も守る事も、全ては一人では出来ない事なのだ。

今ようやく俺はわかった。 俺は自分から世界を遠ざけていただけなんだって。 自分から幸せにならないようにしていただけなんだって。

姉貴を失って、ありすを失って。 なのに俺だけ自分だけ幸福になっていいわけがないんだって思ってた。 でも、それは違ったんだ。


「かかか、か、かす……!? かす、かすみくんんんっ!? にゃにをしているのですかっ!?」


「ありがとう響……! ありがとう! あと木田もついでにありがとぉおおうっ!!!!」


「ぐほお!? 何で俺は抱擁じゃなくてパンチ!?」


「さっき好き勝手言ってくれたからな……」


「あれぇ!? 根に持ってたのかよ!?」


響の頭をわしわしと撫でて、それから思い切り深呼吸をして目を閉じた。

ああ。 俺は下らない事で何を悩んでいたのだろうか。 思えば簡単な事だった。

失いたくないなら守ればよかったんだ。 傷つけてしまったのならば癒せるように努力すればよかったんだ。 迷っているのなら、誰かに頼ればよかったんだ。

目を開くと皆が俺を見つめていた。 勿論奇抜な行動を取ってしまった以上笑いものにされるのは覚悟していたのだが、誰も俺を笑ったりはしなかった。

皆が笑っている。 響だけは相変わらず目を丸くしていたが。 でも俺はもう決めた。 決めてしまったのだ。


「――皆を、仲間と呼んでもいいか?」


全員顔を見合わせて、それから脱力して苦笑しながら声をそろえていった。


「「「 当然 」」」


ずっと独りだった。

姉貴が傍に居ても、俺はいつもどこかあの人との距離を感じていた。

いつも誰かの重荷になっていることが辛くて我慢ならなかった。 そんな自分に幸せになる権利なんてないと、誰とも言葉を交わさなかった。

でも判っていたんだ。 独りでいられるわけがないんだって。 独りで出来ることなんて多くはないんだって。

みっともなくても頼るしかないんだ。 その借りはどこかで返していけばいい。 ――仲間として。


「――――もう、一人として失わない。 大切な仲間を守る。 だから皆、力を貸して欲しい」


胸に手をあて声を上げる。 皆は笑いながら頷いてくれた。


「なんつーか、香澄ちゃんって結構天然だよな。 やることが突拍子もないっていうか……常に全力っていうか」


「同感だ。 人騒がせな男だと言わざるを得ないな、お前は」


「あたしはずっと前から先輩の事信じてるし、先輩の為にここに居るから。 香澄が望むなら、いつまでだって傍にいるよ」


「ふむ。 ちなみに仲間だと思って居なかったのは貴様だけだ。 下らない事を考えていたのも目が覚めたのならこれからは今まで以上に頼らせてもらうぞ」


「――香澄君」


響は顔を上げた。 彼女の愛する人を俺は奪ってしまった。 その確執はどうしたって埋めようの無いものだと思う。

俺が姉貴を忘れられないように、これからの俺たちの人生の中でその溝はずっと横たわり続ける事だろう。 それでも俺は構わない。 それでも海斗の代わりに彼女を守らなければと思った。

そこに彼女の意思は関係ない。 たとえどんな誹謗中傷を投げかけられたとしても構わない。 傷つく覚悟ならもう出来ている。

だが彼女は俺の予想とは対照的に強い瞳で俺の手を取ると、少しだけ首をかしげて穏やかに微笑んだ。


「もう一度、貴方を信じてもいいんですね?」


「勿論だ」


即答した。 だからちょっと間の抜けた空気になってしまう。

皆が笑って響も笑っていた。 だから俺も釣られて笑う。 随分と久しぶりに、心の底から笑えた気がした。


「では、これは契約です。 私と貴方と、そして皆との間に結んだ契約。 貴方はもうその責任を一人で背負う事は許されない。 どんな時も私たちは道を共にすると。 そう誓えますか?」


「ああ。 契約する。 桐野香澄は君を、皆を守る。 その為の正義になる、と」


「……では、私を殴ってください」


響の突然の言葉に場が静まり返る。 しかし彼女は本気だった。


「私はあの日、貴方に全ての責任を押し付けて逃げ出しました。 そして貴方の顔を思いっきり二回、ビンタしました。 だから殴り返しておあいこにしてください」


「いや、あれは俺の勝手な行動が原因で……」


「い、いいからやってください。 結構勇気の居る決断だったんですから無駄にしないでください。 な、なぐりあったら……と、友達なんでしょう?」


それはあの日、俺と海斗のやり取りを見て首を傾げていた少女の精一杯の誠意だった。

殴り合って貸し借り無し。 確かにそういうやり方もアリだろう。 でもあれは男同士でしかも親友同士だったからまかり通るものであって、馬鹿みたいに鍛えた今の俺が響を殴ったらもうお嫁さんにいけなくなるのではないだろうか。

無論周囲からは冷たい視線が俺に突き刺さっている。 『まさかやらないよね?』といわんばかりだが、響は目を閉じて身体を縮み込ませているので気づいていない。

さて、どうしたものか……。 なんかこの響の状態はキスを強請っているようにも見える。 と、頭の中がパニックなせいで意味不明なことを考えてしまったが、仕方ない。


「お前がそう望むなら……」


指を鳴らし、手を振り上げる。 その動作が全力全開で、明らかに本気である事を全員が同時に悟ったのだろう。 俺の拳は全員の手によって止められていた。


「……はわわわわ……っ!?」


「見ての通り、俺はお前を殴れない理由がある。 皆が止めるから仕方ない……そうだろ?」


「お前、それ予想してやったのか……? なあ、予想してたんだよな? 響のやつをモロにぶん殴るつもりじゃなかったよな?」


「さてどうだろうな」


「おいっ!?」


「ま、とにかく無理なもんは無理だ。 残念だったがこれでは――っ!?」


思わずぎょっとしたのは、響が泣きながら俺を睨みつけていたからである。

慌てる俺の周囲から皆が遠ざかっていき、全員同時に耳を塞いだ。 俺はそれが何を意味するのか理解出来ないまま――、


「香澄君の……バカアアアアアアアアアアッッ!!!!」


至近距離でその大声を聞かされると同時に、何故か俺の方がもう一発張り手を貰う事になっていた――――。



冬風響の叫び声が山に響き渡る頃。

別荘の屋根の上に揺れる小さな影の姿があった。 その影は丸一日ずっと彼らの姿を影ながら見守り、そして今風に髪を靡かせながら響に追い回される香澄を見て笑っていた。


「――こんなところに居ましたか、アルベド」


少女――銀は屋根の上に腰掛けていた。 その背後に浮かび上がる黒い影は、先程崇行に付き添っていた黒いメイド服の女である。

高い身長に長い黒髪。 その全体の黒の全てが深く、濃く、見ているだけでどこかに吸い込まれてしまいそうな色合いをしている。

それは闇と呼ぶに相応しく、闇という一言で全てを片付けられるようなものだった。 風に靡かれながら女は銀の傍らに立つ。


「いつから気づいていたの……? ヴェラード」


「ここに貴方が来た時には既に気づいていましたよ」


黒い靄のようなものが女の全身を包み込み、次に闇が晴れる時、そこには仮面の男が立っていた。


「それより、貴方の方こそいつから私に気づいていたんですか? 変装は完璧だったと思うのですが」


「それは、ね。 でもまぁ、雰囲気で分かるわ。 あなたずっと変わらないし」


「アルベドも変わりなく。 桐野香澄がここに居る時点で貴方がここに居る確信はありましたが……。 ようやく少しはまともな姿になったようですね」


「元通りになるにはまだ随分と時間がかかりそうだけどね。 でもまぁ、香澄の成長を見ていられるのは役得かも。 あの子、随分立派になっちゃって」


「……真実を明かすつもりはないのですね」


「あら、どうしてそんな事をしなくちゃいけないの? 桐野秋名は死んだ――それが全てで真実でしょ? わたしはわたし。 彼女は彼女よ。 それにこの身体だと色々とメリットもあるのよ。 映画館も遊園地も子供チケットで入れるし……あ、そもそもテレポートできるからチケットいらないんだ」


明るく笑う銀の姿にヴェラードは溜息を漏らして踵を返す。


「任せますよ。 貴方の事だ、万が一にもぬかりはないでしょうからね」


そのまま闇に溶けて消えていくヴェラードの姿を振り返りもせず、銀は静かに目を細める。

既に世界は暗闇が包み込み、彼女の銀色さえ闇が塗りつぶしてしまいそう。 黒い空の下、真紅の瞳に香澄を宿して微笑んだ。


「――ね、香澄。 香澄とわたしなら、また永遠にだって届くよね……」


呟いた言葉は勿論香澄には届かない。

そして二人の物語が動き出すのは、まだまだずっと遠くの事であると、銀はよく理解していた。

銀色の光を帯びて揺れる影はただずっと、香澄の姿を見守っていた。


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