友達と、呼べるのなら(1)
ちょっと明るい話に戻るのであった。
「えー。 第一回、桐野香澄を元気付けようの会〜!」
突然の木田の言葉に誰もが唖然とする中、一人だけ乗り気なアレクサンドラが手を鳴らす。
木田もそれに続いて拍手と成し、結果的に全員引き摺られる形で拍手が沸きあがった。
無論、自宅謹慎中の香澄は生徒会室には居ない。 居るのは香澄以外のメンバー全員である。
「えーと……急にどうしたの? 木田君」
その中で一人だけ拍手をしなかった響は眉を潜めながら首を傾げている。 半笑いなのは困惑しているからであって決してわくわくしているわけではない。
「いい質問だな響。 ズバリ!! 香澄は最近落ち込んでいるっ!!!!」
机を叩き、力強く拳を握り締めて叫ぶ木田。 そんな当然の事を今更何故騒ぎ出すのか理解出来ない響はそのまま口をポカンとあけたまま木田の熱弁に耳を傾ける。
「香澄は色々あってとっても落ち込んでいる! ここは仲間としてもあいつを励ましてやるべきだと俺は考えるわけだ! 香澄ちゃんの元気が出れば生徒会全体のムードが良くなる! 逆に言うと香澄が落ち込んでいると全体のムードが良くならない! 特に響! お前がだ!!」
「わ、私ですか?」
「そうだっ!! 香澄のことが心配で仕方が無いくせに意味のないタイミングでツンツンしやがって! どう萌えたらいいのかよく判らんタイミングでツンツンしたところで後でデレても意味はなし! より効果的なツンデレというものを貴様に叩き込んでやる!!」
「……木田君が何を言ってるのか、私にはよくわかんないけど……。 まぁ、確かにちょっとこの間はやりすぎちゃったかなぁ」
「往復ビンタでバシーン、だもんね。 響って意外と情熱的」
アレクサンドラの横槍にばつの悪い顔をする響。 しかしそれもまた事実。 そういわれても仕方が無い事をしてしまったのだから。
何よりアレクサンドラには悪意がない。 事実だけを淡々と述べる為、それは否定のし様が無いのだ。 主観の混じらない情報は限りなく真実に近いのだから。
「私がやりすぎだったのは認めるけど、じゃあどうすればいいの? 木田君には何か案があるの?」
「あるっ!! 厳密には俺にあると言うよりは佐崎にある!」
「……ん? ちょっと待て、何の話だ? 全く知らんぞ」
「まあまあ、ここはとりあえずOKだっていっとけって。 兎に角、全部俺に任せておけって!」
胸を叩いてウインクする木田。 それが逆に不安を煽るというのは、最早言うまでもないのだろうが。
⇒友達と、呼べるのなら(1)
「…………で」
「空気がうまーーーーーーいっ!!!!」
いや、そうじゃなくて。
謹慎処分を受けた理由は十分理解している。 町は壊した人も殺したかもしれない。 そんなわけで色々落ち込んでいたのだが、緊急の召集に仕方が無く学校を訪れてみればこの様である。
数時間前。 校門を潜った俺は背後から何者かに袋のような物を被せられ、手足を縛られどこかへ連れ込まれた。 そのままの状態で車か何かに揺られて数時間……それは自分の感覚が頼りだったのでなんとも言えないが、まあ恐らく数時間だろう。 袋を外したのはアレクサンドラだった。
文句を言おうと口を開いた俺の口に手をあて、そのままアレクサンドラは俺を車の外に連れ出した。 厳密には俺が乗せられていたのはバスで、外には当たり前のように他の生徒会メンバーが立っていたのだが。
木田の叫び声が俺の言葉を遮ったのがつい先程。 俺の隣ではアレクサンドラがニコニコしながら俺の手を取っている。
何と言うか、何故こんな事になっているのかさっぱり理解出来ない。 意味不明なテンションの中、冷や汗を流す俺の周囲に広がるのは怒涛の大自然。 目前に広がるのは巨大な森。 ついでに言うとすでにこの場所がどっかの高原らしい。 森の中には巨大な洋館が見える。
俺以外の全員が既に荷物を用意しており、俺だけ近所のコンビニにちょっと出かけるくらいのテンションでここに立っている。 おかしい。 財布と携帯電話しかポケットに入ってねえ。
「あ、アレクサンドラ……。 これは一体……」
「うん。 チームキルシュヴァッサーの合宿だよ」
「合宿……? なんでまた今なんだ? 十月だぞ?」
「まあいいじゃねえか! どうせ俺たち夏休み半分くらい潰れてんだしさ! 今日から三連休だから、二泊三日の泊りがけだっ!!」
とりあえず首謀者が木田っぽいことは理解できた。
しかし三連休……? 学校ごと謹慎くらってる俺は兎も角、こいつらは普通の学生だろう。 明日明後日が土日で休みなのはわかるが、一日はサボることになるんじゃ……。
いや、もう深くは考えないほうがいいだろう。 もうどこからつっこんだらいいのかわからないし、もうどうにもならない。
今から帰るといったところで帰れるわけもなく。 帰ろうとしても迷惑をかけるだけだ。 そんなエネルギーを使うならテキトーに流されてだらだらしたほうがましか。
諦めてポケットに両手を突っ込んで溜息をつくと、木田の言うとおり空気がうまかった。 何となくばつの悪い気分になって改めて面子を眺めると、その違和感に気づいた。
「なあ。 マジで生徒会メンバー……生徒だけで来たのか?」
「ああ。 日比野氏は今回は参加していない。 というか、三日目には授業があるから参加出来ない」
そりゃそうか。 日比野だって腐っても教師だ。 流石に仕事をすっぽかして遊んでいましたなんて言い訳は通じないだろう。
だったら部活遠征用のこのバスは誰が運転してきたのだろうか……。 目隠しされていたのでわからなかったが、普通に運転していたような……。
そんな疑問を投げかけるように佐崎を見つめると、すぐに佐崎は気づいたらしい。 肩を竦めてから小さな声で囁いた。
「運転したのは俺だ。 無論無免許だが」
「……おい」
「実は一年留年しているから今年で十九歳でな。 普通車免許は持っているが、大型バスは駄目だ。 他にもボートから戦車、戦闘機まで大抵のものは乗りこなせるぞ。 当然無免許だが」
なんかサラっとすごい設定が出てきた気がするが、余りにも普通に言われたせいで突っ込む気力が起きなかった。
堂々としていると変なものでもなんだか普通に見えることがある。 恐らく佐崎の冷静さに飲まれてしまったということなのだろう。
「おーい! 何もたもたしてんだよ! 置いてくぞ!」
やけに張り切っている木田が山道を登り始める。 どうやらここからは洋館まで徒歩らしい。 他の連中は先に歩き始め、佐崎も俺の肩を叩いて歩き始めた。
「ま、そういうことだ。 とりあえず歩くぞ」
「……ああ」
手ぶらの山道は想像以上に余裕だった。 元々体力は最近の特訓で大分向上していたし、そもそも俺はどちらかと言うと肉体派なわけで。
山道を抜けた森の向こう、古びた洋館が間近に姿を現す。 それは古い建造物のように見えたが、手入れが行き渡り古さは逆に優雅さを際立てているようだ。
どこの金持ちの避暑地か知らないが、とにかくそんな感じだというほかない。 貧乏暮らしが当然だった俺にしてみれば全く持って無縁の世界だ。
「……で、でかい」
そして何よりも驚いたのは、俺以外のメンバーは別にどうってことない、こんなの当たり前〜みたいな雰囲気で歩いている事だった。
テンションは高いが普通。 何と言うかこう……何度も来た事があります、といった雰囲気である。 一人だけ唖然とする俺を置いて連中は洋館に入っていってしまった。
洋館。 洋館なのかこれ? ホテルとかじゃねえのか? でかすぎだろ。 何で山の中にこんなもんがぽっかり……? 普通に4、5階はあるよな。 敷地どうなってるんだ……。
等等、様々な疑問を抱えながら慌て絵t扉を潜ると巨大なホールに出た。 頭上にはシャンデリアが輝いている。 そして俺の視界の先、出来る限り見たくない人物が立っていた。
「遅かったな劉生。 待ちくたびれたぞ」
と、ふんぞり返りながら腕を組んで言い放った赤いスーツの女。 俺の記憶が正しければ世界有数の大企業にしてチームキルシュヴァッサーの開発元である如月重工の社長、如月朱雀だったと思うのだが。
何故その社長がここにいるのだろうか。 そしてなぜ他の面子はこの女を前にして普通なのだろう。 わけがわからない。
しかし冷静に考えてみると、スポンサーなら当然生徒会と面識があってもおかしくはない。 途中参加のアレクサンドラもそういえば社長と話したようなことを前に言っていた気がする。
となると気まずいのは俺だけか。 社長だか何だか知らないが、めちゃくちゃな事言われたしな。 若干トラウマになってるのはもう言うまでもないのだが。
ところでさっき社長が言っていた劉生って誰だ? とか思っていたら前に出た佐崎が肩を竦めて言った。
「こんなところで何をしているんですか、朱雀さん。 また怒られますよ?」
と、なにやらフレンドリーな発言。 態度からしてどうやら佐崎が劉生らしい。 佐崎劉生。 そういえばあいつの名前を俺は知らなかったな。
「ふん。 子供だけで旅行では何かと心配だ。 特に貴様らは我が社の命運を握る重要な存在だからな。 保護者同伴、というやつだ」
あんたが保護されなきゃいけない立場なんじゃないか? いや、恐らく平気なのだろう。 何となくこの女は並大抵のことでは死なない気がする。
「朱雀殿が一緒では鬼も泣いて逃げ出しますよ」
「イゾルデか。 久しいな。 剣の鍛錬は怠っていないだろうな」
「無論毎日。 それでもまだ朱雀殿には遠く及びませぬが」
なんでイゾルデと仲良さそうなんだっていうかなんかこいつら似てないか雰囲気が……。 つーかあんた社長なのにイゾルデより強いのかよもう結構歳行ってるだろあー突っ込みたいけど突っ込めねー。
「ふん、謙遜するな。 イゾルデが一緒では私の出番は無さそうだ。 せっかく愛刀に血を吸わせてやれるチャンスだと思ったのだが……まぁ仕方あるまい」
表現が怖い。 つーか侵入者が来てそれを問答無用で斬り捨てるのが前提なのかあんたたちは 想定するなら何事も無く終る楽しい旅行にしてくれ。
それからも数分間突っ込みたくても突っ込めないやきもきした時間が続いた。 当人たちは大マジで話しているようなのだが、一般人の俺からすると明らかにおかしい会話だった。
何はともあれ触らぬ神に祟りなしというやつである。 黙って木田の後ろに立っていたら向こうには気づかれなかった。 本当にあの人は俺を路傍の石くらいにしか考えていないのだろう。 本当にありがたいことだくそったれ。
「まあ、たまの骨休めだ。 存分に満喫し青春を謳歌するがいい。 私は酒を飲んで寝る。 ではな」
オールバックに固めた後ろ髪を靡かせ、踵を返す朱雀社長。 その姿が消えると同時に俺は盛大に溜息を漏らした。
「佐崎……。 お前あの人とどういう関係だ?」
「ん? ああ……。 佐崎家は如月の分家でな。 所謂親族というやつだ」
「……もしかしてもしかすると、お前物凄い金持ちか?」
「……まぁ、俺の力ではないがな。 金持ちなのは俺の両親であって、俺は特に関係ない。 親父は次の頭首にするつもりで英才教育を施したようだが、俺は別に佐崎に拘るつもりはないからな」
少々困った様子で呟く佐崎。 佐崎劉生。 いや、当然なのか? キルシュヴァッサーという重要機密を預けられているのがただの子供、というのも逆に不自然だろうし……。
それにしても色々と納得がいかない。 他の面子が雑談しているのをいい事に俺は佐崎の首根っ子を掴んで物陰に引っ張り込んだ。
「で、何でイゾルデは社長と仲がいいんだよ」
「趣味が同じ、というかあの人はイゾルデの剣の師だ。 イゾルデの家柄であるエアハルト家は如月と親密な関係にあるからな」
イゾルデ・エアハルトっていうのかあいつ。 そういえば自己紹介の時そんなような事を言われた気もする……。
「で、そのエアハルト家ってのも金持ちなのか?」
「……金持ちもなにも、エアハルト社社長の孫娘だぞ、イゾルデは。 知らないのか、エアハルト社。 キルシュヴァッサーの基本理念を提唱し、基礎部分を構築。 今は如月重工と手を組んでキルシュヴァッサーを運営しているもう一つのスポンサーだぞ」
「…………イゾルデが?」
「ああ。 逆にお前がそれを知らなかった事の方が俺は驚きだぞ……」
いや、知らないだろ。 俺は基本的には生徒会メンバーの個人的な事情になんて触れなかったし、そんな事をしている余裕もなかった。
まぁ、そうだよな。 冷静に考えてみれば別におかしなことじゃない。 如月重工とそのエアハルト社ってやつの関係者が生徒会に所属していると考えたほうが自然じゃないか。
むしろ全く何も関係のない俺がキルシュヴァッサーのパイロットをやっている事の方がおかしいのか。 俺だけ貧乏って事か。 狭い部屋で姉貴と二人暮ししていた俺の方がこの空間じゃ異端ってわけか。
「香澄……どうかしたのか? 何と言うか、お前から言い様のない苛立ちのようなものをを感じるが……」
「……気にするな。 ちょっとした嫉妬のようなものだ。 じゃあこのホテルは社長の支払いなのか?」
「支払いというか、佐崎の別荘だ。 無論タダだぞ、心配するな」
別荘ですかー。 そうですかー。
思わず佐崎をぶん殴りたくなったが、そこは我慢した。 何だかもういちいち反応するのが馬鹿らしくなってきたからだ。
思い切り溜息をついて全身の力を抜いた。 というか、抜けた。 もうこいつらの馬鹿げた非日常的な生活に気をとられるだけ馬鹿馬鹿しい。 こうなったら無料で停めてくれるんだ、余計なことは考えないに限る。
そんなこんなで佐崎の隣で脱力していると背後で皆が呼んでいた。 流石に次の行動に移るらしい。 仕方が無く佐崎と一緒に輪の中に戻った。
「佐崎君! 香澄君! 団体行動を乱さないでください! 勝手な行動を取ったらおやつ抜きですよ!」
前々から思っていたが、響は真面目なんだかどっかおかしいと思う。 佐崎は俺に連れて行かれただけなので弁明しようとしていたが、思い切り足を踏みつけると一撃で黙り込んだ。
「とりあえず、旅のしおりを作ってきたので全員この通りに行動してください!」
「……響、ノリノリだな」
「……の、のりのりじゃないもん! だって、みんな勝手に行動するから私がまとめなきゃいけないから、仕方なく……!」
「わかったわかった。 とりあえずしおりをくれ。 話が進まない」
頬を膨らませていじける響からしおりを受け取る。 何と言うか、小学校の時の遠足で見た事があるようなしおりだ。 表紙にはなにやら俺らしき人物が山道を笑顔で佐崎や木田と手を繋いで歩いている絵が描かれている。
血管がぶっちぎれそうになったが不満は飲み込んだ。 恐らく響の手書きなのだろう、ここで破り捨てたらまた機嫌を損ねかねない。 そしてページを捲ると中身は想像を絶するほど細かく作られており、俺は何も見なかった事にしてしおりを閉じた。
「……すまん、響」
「……え? あーっ!? 何も破く事ないじゃん、ばかあーっ!!」
響の目の前で両断したしおりをそのまま響につき返す。 残念だが俺がやらなかったら他の誰かがやっていただろう。 こんな分単位の予定表どおりに行動できるか馬鹿。
「うー! うーっ! 香澄君なんか嫌い! ばか! ばーかぁ!」
涙目になりながらしおりを回収する響。 嫌いで結構馬鹿で結構。 こんなところにつれてこられてまでこんなガッチリスケジュール管理されるよりはましだ。
「仕方が無いです……。 一部の……ごく一部の人がどうしても協調性が無くて意地悪でほんと意地悪でどうしようも無いので予定表は回収します……」
苦笑を浮かべていると他のメンバーが俺の肩を叩いた。 どうやら俺の判断は間違っていなかったらしい。
何はともあれ改めて見直すととんでもなく広い。 奥に室内プールが見えている気がするのは俺の気のせいだろうか。 シャンデリアっていくらするんだろうか。
そんな馬鹿な事を考えていると木田とアレクサンドラがなにやら手作り感満載の箱を取り出した。 箱の中身は全く見えないが、手を入れる事が出来る穴が空いているようだ。 昔こんな工作をやったことがある。 小学生の頃な。
「と、いうわけで! これから部屋割を決めたいと思います!」
「思いまーす」
アレクサンドラがぱちぱちと拍手をする。 ノリノリである。 響以上にノリノリである。
いつの間に木田と意気投合したのか。 元々ハイテンションな木田に楽しければなんでもいいといった様子のアレクサンドラ。 確かに息が合ってもおかしくはないのだが。
「ルールは簡単! この箱の中には六枚のカードが入ってる。 それらはA、B、Cいずれかのアルファベットが書かれているから、それが部屋割りになるわけ。 あとは普通にカードを引いてもらうだけだ」
「……あれ? 木田君、ABCしかないんじゃ、半分しか部屋がないことになるよ?」
「いや、それで合ってる。 一部屋二人の勘定だからな」
「ふーん……って、ええっ!? それって男女込みで!?」
「当然だ! せっかく高校生最後の夏……じゃなくて秋なんだから、何か起きそうな方がいいに決まっている!! まあ安心しろ響。 佐崎や香澄んじゃなくて俺と同じ部屋になる可能性だってあるんだからな」
「……おかあさ〜ん」
「泣くなよ!? リアルに傷つくだろ!?」
涙目になる響をイゾルデが抱きしめ頭を撫でる。 なんというか、本当にお母さんみたいだな。
というか、この箱本当にアトランダムな結果を生み出すのか? 明らかに木田が何かを仕掛けている気がしてならない。
学園祭の時もそうだったが、こいつそういう妙な小細工だけは一流だからな。 メカニックなのはいいが、そういう技術はもっと有意義なシーンで活用してほしい。
佐崎もどうやら俺と同じ考えのようだったが、その小細工に乗るつもりらしかった。 まあ今更どんな組み合わせになったところで大して変わらない気もする。
せっかく部屋割りを勝手に決めてくれるというのだ。 もめない分ラクかもしれない。 俺も佐崎同様その怪しいボックスに従う事にした。
まぁ、木田の隣でアレクサンドラがにこにこしているところを見るとあいつも一枚咬んでいるのだろう。 だとすると木田の妄想欲望が暴走した結果にはならない……はず。
仕方が無い。 心配だし一応少しでも公平にしておくか……。
「カードを引く順番は誰からでもいいんだな?」
「ん? ああ、大丈夫だぜ」
「じゃあ最初は響、次がイゾルデ。 三番目にアレクサンドラ。 その次からは俺、木田、佐崎の順番だ。 問題ないだろ?」
この並びは今てきとーに考えた順番だ。 この手のくじ引きの細工といえば順番が絡むことは多い。 俺がてきとーに決めてしまえばその阻害になるかもしれない。
しかし木田は余裕でOKと答えた。 もしかしたら俺の杞憂でそんな小細工は存在しなかったのだろうか。
そんなこんなでくじ引きが始まった。 全員が手に取ったカードを同時に明かすと、結果はこうなった。
A部屋:木田、佐崎
B部屋:アレクサンドラ、イゾルデ
C部屋:俺、響
「って、なんでこうなるんだあああああっ!? 俺の仕掛けた策が発動しないいいいっ!?」
「おい……やっぱ何か仕掛けてたのかお前」
「木田先輩の仕掛けなら、あたしがオフにしておいたから。 あんな組み合わせは絶対駄目だよ?」
にっこりと笑うアレクサンドラ。 しかしそういわれると逆にどうなる予定だったのか気になる……。
「ふむ? まあ、部屋にいる時間など寝る時間と起きる時間くらいだろうし問題は無かろう。 某は先に行くぞ。 アレクサンドラ、こっちだ」
「はーい、先輩。 それじゃあみんな、部屋に荷物を置いたらまたここに集合ね。 ばいばい、香澄」
去っていく二人。 木田と佐崎も二人そろって別方向に歩いていく。 結果的に残されたのは俺と響だけだった。
「……さて、どうしたものか」
「……へ、平気でしょ? だってほら、一緒なのは寝るときと起きるときだけで……」
自分で言っていてその問題性に気づいたのだろう。 イゾルデの中にそういう発想はないのか、あんなに軽くいってしまったが、その一緒に寝て一緒に起きるのが問題なんじゃないか?
思わず腕を組んで考え込む。 俺は問題ないが、響のほうがどうだろうか……。 流石に俺と一緒の部屋じゃ嫌なんじゃないだろうか。
「木田か佐崎に代わってもらうか? 一応男だしこのくじ引きの趣旨には沿うだろ」
「それは駄目だよ。 一度公平に決めた事を引っくり返すなんて、私の我侭じゃ出来ないもん」
何故そこで頑固になるのか。 いや、恐らく性格的にルールやら何やらを破るのは許せないタイプなのだろう。 生真面目というか何と言うか。
「ほら、行くよ! 集合時間に遅れちゃう!」
「あ、ああ……」
こいつ、この間俺の顔面に往復ビンタくれたことを覚えていないのか……? 気まずい気分なのは俺だけなのだろうか……。
とりあえずカードと一緒に木田から渡されていた鍵の部屋に入り、同時に肩を並べて扉を潜る(肩を並べられるくらい出入り口が広かった)。
ああ、これは住めるな。 それが俺の印象だった。 言うまでもなく豪華で、少々薄暗いものの高級そうな家具は一つ一つにまで丁寧に手入れが行き渡り、塵一つ見当たらない清潔な空間は古さを感じさせない。
「うわあ〜! 綺麗な部屋〜!」
「なかなかのもんだな。 さすが佐崎の別荘」
「見て見て! ベッドふっかふかだよ! 窓も広いし、ベランダついてるし! 空気おいしーっ!!」
「備え付けのティーセットが物凄く高級そうだ……。 テレビが壁掛けのハイビジョンってどういうことなんだ。 つーかでけえ」
二人して部屋の中をうろうろして、結局中央で向かい合う形になった。
と、そこで急激に恥ずかしくなってくる。 何と言うか、カップルで旅行に訪れたかのようなリアクションをモロにやってしまった。
それはお互い様だったのだろう。 響は突然火が吹くほど顔を真っ赤にして、それからベッドの上に倒れて頭を抱えていた。 つーかベッド一つしかねー。 気づいてるんだろうか……。
窓の向こうを眺めると森、そのさらに向こうには湖が見えた。 呆れるくらいに自然の中で、何だか色々な事がどうでもよくなっていく。
携帯電話の電源を切り、窓辺に立って深く息を吸い込んだ。 胸のうちに埃のように溜まっていた鬱憤も同時に吐き出せるくらい、思い切り息を吐いた。
少しだけスッキリした気分で振り返ると、響は枕に顔を埋めたまま足をばたばたさせていた。 スカートの中が見えそうだったが意図的に視線を反らした。
気まずいのは確かだったが、確かにここはいい場所だ。 ちょっとした観光地よりずっといい。 これがタダだっていうのだから、楽しまない方が損なのだろう。
何だかとても疲れてしまった。 ベッドの上、響の隣に倒れ、目を閉じる事にした。
少し寝たい。 そういえばわけのわからん拘束状態でここまで運ばれたから全身が痛いし。 起きたら少し体をほぐしたい。
「……香澄君?」
誰かの声が聞こえたが気にしない事にした。
ベッドは響の言うとおり物凄く柔らかくて、シーツは太陽のにおいがする。 リラックスした気分で力を抜くと、すぐに眠りに落ちていった。
そういえばこんなにすっきりとした気分で寝るのは久しぶりだな。 そんな事を考えながら。