表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/68

契約の、騎士団(2)

――――桐野秋名に関する件。


銀翼のキルシュヴァッサー専属パイロット。

人類歴史上初めてミスリルを撃退した人物。 その後役一年間の活動の中、東京フロンティアにおけるミスリルの絶対数を半分にまで至らしめた。

結晶機適合者として貴重なデータを残し、その後の適合者と結晶者全ての模範となった人物。 同時に同計画内にて二名のパイロットの教育を担当。

契約の騎士団と呼ばれるミスリル集団の存在を暴き、その内四体を破壊。 その後、突如行方不明になり、発見されたのは三日後。 発見された時点で既に死亡していた。

死因は首を絞められたことによる窒息死。 着衣に乱れあり。 外傷はその他存在せず。

容疑者不明。 殺害動機不明。 殺人現場に手がかりは一切存在せず、その全容は謎に包まれている。

同時期、育成していたパイロットの内一名がキルシュヴァッサーを引き継ぎ、もう一人は計画を離脱。 その後行方不明。


そんなデータを見つめる響の視界の中、香澄は銀の頭を撫でていた。 無愛想に、仕方が無くといった様子で。

しかしそれでも二人の関係から考えれば前に進んだと取ってよいだろう。 その景色の中、響はノートパソコンに落としていた視線を反らす。

その事実を知ったのは、もう随分と前のことだ。 桐野香澄が専属パイロットとなり、進藤海斗が学園から姿を消してしまった頃。

怒りや憎しみ、何よりも心の中に溢れ変える疑問をどうにかしようと彼女は過去のデータを洗いざらい調べていた。 それでも尚桐野秋名に関する情報は少なく、ただパイロットであったということ、そして死んだということ、二つの事実しか見受けることは出来なかった。

それを香澄に伝えなかったのはある意味復讐だったのだろうか。 未だにその面影を追い求める彼に全てが無駄なのだと伝えてしまったのならば、その後どうなってしまうのかはわからない。

戦う事をやめるとか、自らも死ぬとか、そんな事になってしまっては困るのだ。 故に響はそれを意図的に隠匿していた。 事実を知りながら、香澄に嘘をついていた。

しかし最近はそれで良いのかと。 一度は固めたはずの騙す決意が揺らいでいた。 戦う事、そしてミスリルを滅ぼす事に執着し、どんどん強くなる香澄。 その強さの行き着く真実が空しいものであるという変えようのない事実が、響の決意を惑わせる。

それは哀れみなのか。 そして何故その事実は香澄に対して隠されているのか。 何より香澄は、それを知りたいのかどうか。

調べる手段ならいくらでもあった。 響のノートパソコンを無断で使用すれば良かった話だし、距離が縮まってからは頼んでもよかった。

目的と手段の逆転――。 自らが求める結果とそれを追い求める行為の間に生じた齟齬、とでも言うのだろうか。 兎に角香澄の今の行いは彼の当初の目的とは大きく食い違っている。

それもまた一つは自分のせいであり。 そして一つは隠匿された情報、そして香澄の待遇にある。

海斗はその全てを知っていたはず。 無論日比野も、である。 それどころか、彼の母親である綾乃でさえその事実を承知していたはずなのだ。

誰も彼もが香澄に嘘を付き、戦わせようとしているような。 そんな、薄暗い予感を覚えるのだ。 

一度しか面識のない、素性のよく判らない綾乃ならばまだわかる。 だが既にずっと仲間としてやってきた心優しい海斗でさえ、事実を香澄に伝えなかった。

世界を取り巻く嘘の環境――。 その一端を自分も構成していることは勿論理解している。 でも、だからこそ――。 納得の行かない事もあるのだろう。


「響」


「――え? 何?」


考え込んでいた思考の中から香澄の声が意識を引き起こす。 パソコンの画面を畳み、思わず苦笑を浮かべた。


「悪いけど俺、今日はもう帰るから。 銀と買い物に行く事にした」


「あ、うん……。 毎日必要以上にトレーニングしてるんだし、問題ないと思います」


「ああ。 それじゃみんなお疲れ」


銀の手を取り、部屋を出て行く香澄。 その後姿になんともいえない不安を感じ、響は自らの胸に手を当てていた。

その表情はとてもあからさま過ぎた。 左右に立った木田と佐崎は同時に顔を見合わせ、それから溜息を漏らした。


「不安ならもっとちゃんと見守ってやったらどうだ?」


「……そ、そういう訳じゃないけど……」


「そうじゃないならなんなんだろーねぇ。 まぁ、俺たちが口を挟む問題じゃねえけどさー」


二人が作業に戻る中、席に着く響。 思いつめた表情のままそっとパソコンを起こし、静かに呟いた。


「そういう訳じゃ……ないんだけど……」


その後に続く言葉はどうにもまだ本人にも理解出来そうにはなかった。



⇒契約の、騎士団(2)



銀と一緒に居ると、自分でもはっきりと判るくらい情緒不安定になる。

元々俺自身、安定した性格の人間とは言い難いし、ここ数ヶ月のドタバタもあり、安定した状態ではない事もわかる。

とはいえ、色々あった分俺も成長したはずなのだ。 だからもう、銀の姿を見ただけで喚いたりはしないし、これが姉貴と別物だって事も良くわかっている。

俺の隣をありすの服を着て歩く姉貴と同じ姿の銀はそれほど表情豊かではない。 思えば姉貴も昔はこれくらい大人しかったような気がする。

13、14才くらいの姉貴といえば、恐らく親戚の家を転々としていた頃だろう。 その頃の姉貴のお行儀の良さといえばハンパないものがあった。

良くも悪くも猫を被るのが上手かったというか。 お陰でいつも何故か俺ばかりが悪い目で見られていたっけ。 元々素行はよくなかったし。

そんな俺を姉貴が庇うと、まあしょうがないかみたいな雰囲気になる。 姉貴はそれが判っていたのだろうか。 いつも俺の代わりに沢山のものをガマンしていた。

その後、自由になった姉貴のあの破天荒な振る舞いを見ていると、ああ、やっぱりあれは我慢してたんだなーと思う。 その時感じるどうしようもない申し訳のなさみたいなものを、俺は銀にも感じている。

恐らくは自分の思い出の中にあるその姿と感情が見事にシンクロしてしまっているのだろう。 兎に角いい気分はしない。

銀はどこか浮かれているというか、楽しそうだった。 ただ歩いているだけなのに、時々俺の顔を覗き込んではにこにこ微笑んでいる。


「……どうかしたのか?」


「おに……っ。 香澄と一緒なの久しぶりだから」


今一瞬言いかけた俺が禁じている言葉。 それを一生懸命飲み込んで、彼女は俺を呼び捨てにする。

呼び捨てなのもどうかと思うが……まあ仕方が無いだろう。 下手したらこいつは俺より長生きかも知れないし、外見と中身は関係ないんだし。

何度見てもダメだった。 どうしても受け付けられない。 なんでお前がここに居て、彼女たちがここにいないんだと、思い切り叫びたくなる。

でもそれは自分の所為なのだと。 そうわかっているから、何もいえない。 このどこにもやり場のない思いが絶え間なく俺の心を苛んでいるのだ。

だが、イゾルでも言っていた通り。 彼女は彼女で、彼女以外の何者でもない。 他の誰かと比べたりする時点で間違いなのだ。

だからこのままずっとこの距離を続けていても仕方が無いし、彼女が俺に好意的な時点で俺はそれから逃れられない。 自分で選んだくせに女々しいにもほどがある。

何故、俺に対してこんなにも彼女は優しいのだろう。 あれだけつれない態度をしているのに。 家に帰れば変わらずお帰りと笑ってくれる銀。

ふと、足を止める道端。 銀も自然と足を止めた。 俺の一歩前で振り返った彼女に思わず疑問を投げかける。


「どうして、お前はそんなに俺に優しいんだ?」


物凄く間抜けな質問だったと我ながら笑いたくなる。 自分より一回り以上小さい少女に向かってどうして? だ。 馬鹿馬鹿しいだろう。

それでも彼女は真面目な表情で答えてくれた。 勿論直ぐにではなく、いくらかの思案が必要だったが。

そして逆に彼女は俺に質問する。 それは不安げな瞳だった。


「香澄は優しくされるの……嫌?」


「嫌じゃないが。 そうじゃなくて……」


「理由とかは確かに色々あるよ。 わたしがメモリーバックした桐野ありすの記憶が、香澄に対して好意的だから、とか。 香澄がわたしの宿主だから、とか」


本人の口からそんな生々しいセリフが飛び出すとは思って居なかった。 見た目は子供だったし、言動もありすのようだったからてっきり俺は銀が何も考えず無垢な思いで俺に付きまとっているのかと勝手に勘違いしていた。

だが実際はどうだろう。 俺は判っていたはずではないか。 銀は銀で、他の二人は関係ない。 彼女は外見と中身は一致しないし、だから俺よりも現実をきちんと見ているかもしれない、という事も。


「色々あるけど、でも香澄は大きな思い違いをしてる」


「……それは?」


「わたしはね。 キルシュヴァッサーを通して感じる、香澄の願いの姿だから」


自らの胸に手をあて、彼女は分不相応な深い瞳で俺を見上げる。


「メモリーバックがどうとか、そういうのは関係ないの。 香澄が望んだ姿形、性格……。 兎に角そういう風になるものなの。 だからこの小さな姿も、言葉も、性格も、全てあなたが望んだ形」


「……俺が、望んだ……」


「愛されたいという気持ちも、愛したいという気持ちも、全て香澄が望んだ事。 だからわたしはあなたを愛してるし、愛されるように振舞う……理由なんてそれだけだから、わたしにだってわからない」


俺は気づいていたのかもしれない。 そうでなければこの衝撃の少なさは説明出来ないから。

何故、俺は彼女を避けていたのだろう。 その理由もまた、考えれば直ぐに辿り着く。

ありすを失った俺。 自ら壊してしまった俺。 姉貴を捜し求める俺。 姉貴に愛されたいと願っていた俺。

全てが事実であり真実であり、そして微かな嘘を含む。 勿論それさえも俺が望んだ全てなのだろう。

失ってきた沢山の物。 今は取り戻したくて仕方が無くて、でも半ば諦めている。 現実は変わらないんだって。

だから、その代わりにって。 そうだ。 『彼女たちとは違う』と感じながら、それを理解しながら、それでもその姿形を、心を、望んでいたのは俺の方なのか。


「…………やっと、わたしと向き合ってくれたね。 香澄」


少女は嬉しそうに微笑み、それから背後で手を組んで俺の名前を呼んだ。 その仕草はありすというよりも、どちらかというと――――。


「見つけたわよ。 キルシュヴァッサーの適合者!」


声に振り返ると、そこには夜の闇の中でも鮮やかに映えるピンク色の髪の毛の女が立っていた。

服装からして会社員か何か。 しかしその様子は一般人のそれとは遥かに異なり、どこか異常な印象を受ける。

銀に対する言葉を飲み込み女を見つめる。 女はそのまま近づいてくると、俺の胸倉を掴み上げて言った。


「あの時の決着をつけてあげる……! さあ、さっさとキルシュヴァッサーを召喚しなさい!」


女の瞳もやはり薄い桃色に染まっている。 こんな目の色の人間が、髪の色の人間がいるものなのか――!?

その時俺の脳裏に過ぎる姿。 同じく灰色の髪の毛と灰色の瞳をしたアレクサンドラ。 そして何より俺の背後に、銀色の髪の少女が居るではないか。

すぐに回答に至る。 つまりこいつは、『関係者』。 しかしあの時の決着っていうのは何のことだ……?


「待て! あんたが何者だかは知らないが、こんなところで何を言ってるんだ!? 状況を最初からわかりやすく説明しろ!」


「――忘れたっていうわけね。 そう……。 これを見ても同じ事が言えるのかしら?」


自らのスーツの肩口を掴み、それを思い切り広げてみせる。 ワイシャツの下、下着の上からでもはっきりと判る生々しい傷跡。 胸から肩口にかけてまるで何か鋭い刃物で切り裂かれたような傷跡が残っている。

しかしそれを見ても俺は何のことだかさっぱりわからない。 それどころか行き成り下着を見せてきた女のせいか、周囲はどよめきに包まれている。


「本当に覚えていないみたいね……。 だったら、身体で思い出させてあげるわ!」


女の身体から光が立ち上り、その姿の背後に巨大なミスリルが姿を現す。 隠すつもりは一切ないという様子のその状態。 俺は何か思い違いをしていたのかもしれない。

こんな人目につくようなところではミスリルは戦わない。 少なくとも今まで戦ってきた相手はそうだった。 だがこいつは一体何なんだ?

今までの相手とは比べようもない威圧感を感じる。 それにこいつがミスリルだということは、つい先程まで話していたのはミスリルの宿主――?

そこまで来て思い至る。 確かに以前一件、同じケースの事態があったはずだ。 俺はすぐさま思考を切り替え、背後に下がる。


『ナイトオブサザンクロスとして! 今日は本気で決闘させてもらうわ! さあ、さっさとキルシュヴァッサーを呼びなさいよっ!!』


「こんなところでか……!? こんなところで戦ったら……っ」


『戦うつもりがないんなら周りの人間を攻撃させてもらうわよ? 生身のあんた殺したって面白いことは何もないのよ、アタシはっ!!』


サザンクロスの全身から光の弾丸が四方八方に放たれる。 それらは町を盛大に破壊し爆発させ、何の前触れも無くそれを受けた人々は木っ端微塵に砕け散り、原型も残らなかった。

足元に跳んできた見ず知らずの誰かの手足を眼にした瞬間、脳裏に過ぎっていた何か自分をセーブしていた糸のようなものが音を立てて焼ききれたような気がした。


「ミスリル……! お前たちはいつもいつもっ!!」


鞄を投げ捨て、眼鏡を外す。 腕を高々と天に伸ばし、その名前を呼んだ。


「来いっ!! キルシュヴァッサーッ!!」


名を呼んだ瞬間、空より舞い降りたキルシュヴァッサー。 他の結晶機にはない転送能力。 キルシュヴァッサーの大本である銀が同行している以上、キルシュヴァッサーは俺の呼びかけに応えどこにだって姿を現す。

背後に降り立ったキルシュヴァッサーの掌に飛び乗りコックピットへ。 銀の姿が光の粒となりキルシュヴァッサーに吸い込まれると同時に機体の全身に強い力が漲る。

レベル2に進化したキルシュヴァッサーは、今までのそれとは違う。 今までこいつと一緒に戦ってきて敗北はおろか、一撃だってダメージを受けたことはない。

腕に装着された刀を抜き、ピンク色のミスリルを睨む。 確かこいつは、以前海斗とイゾルデが撃退したミスリル――サザンクロスのはず。


「復讐のつもりか?」


『ええ、その通りよっ!! 人間如きにやられたままでいいわけないでしょ!? それに――アンタを仲間に引き入れなきゃならないなんてっ!! アタシは断固反対なのよっ!!』


「――何言ってんだかわかんねえなっ! てめぇの言い分なんてどうでもいいっ!! 叩き斬る! 相手がミスリルならっ!!」



キルシュヴァッサーの刀と鋭く鋭利なサザンクロスの足がぶつかり合い、甲高い音を街に響かせている最中。

それらから逃げ出す人々とは正反対、その二つに近づきそれを見守る海斗の姿があった。 傍らにはジャスティス、それからフランベルジュの姿がある。

勿論海斗がそこに現れたのはサザンクロスが暴走し、キルシュヴァッサーに決闘を挑む事を知ったからである。 香澄を心配して駆けつけたつもりが、今はそれとは全く異なる印象を受けていた。


「おー。 進化してるじゃねえか、キルシュヴァッサーのやつ」


「そんな……。 香澄ちゃんが乗っているの? あれに……」


「強いのか? 桐野香澄は」


「――――見て、判らないんですか?」


香澄の叫び声が空に轟く中、刃はサザンクロスの胸を貫いていた。

飛び散るその体液のが大地に零れ落ちるより早く、十字の切り傷を刻み込む。 キルシュヴァッサーは空に跳躍し、サザンクロスの頭部を強く蹴り飛ばした。

盛大な轟音と衝撃と共に吹き飛ぶサザンクロス。 高層ビルに突っ込み、倒壊する残骸の中、キルシュヴァッサーは倒れたサザンクロスにハンドガンを連射する。

その照準は正確ですばやいがしかし曖昧で、サザンクロスが倒れた地点を打ち続ける。 倒壊の砂煙の中、相手も見えずに放たれる弾丸は次々と町を破壊していく。


「つえーな。 出鱈目に。 サザンクロスが手も足も出ない、か……」


「でもそれじゃあ、ただの滅茶苦茶な破壊じゃないか……! 香澄ちゃん……」


震える拳を握り締め、不安を隠せぬ瞳で銀色の機体を見上げる海斗。 砂煙から飛び出してきたサザンクロスの蹴りをキルシュヴァッサーは片手でしっかりと受け止め、続けて繰り出されたもう片方の足もしっかりと防御する。

その上でその両足を握りつぶし、倒れるより早くサザンクロスを押し倒すとその胸部を膝で砕き、両手でその両肩を捉える。


「変形すると早くなるんだっけか。 だったら早めに翼は奪っておくべきだな」


肩からサザンクロスの両腕をしっかりと握り締め、ぎりぎりと締め付ける。 抵抗する事も出来ず両腕を引き千切られ、サザンクロスは沈黙する。

千切った腕を噛み砕き、食らうキルシュヴァッサー。 グロテスクな音が街に響き渡り、それを見た誰もがその姿に戦慄を覚えた。

目の前で戦う二つのシルエット。 そのどちらが正義でどちらが悪なのか。 そんな事はもう判らない。 一方的な暴力で相手を蹂躙する今のキルシュヴァッサーは、事情を知らない人間からすれば想像を絶するただ化け物でしかない。

湧き上がる沢山の悲鳴の中、海斗は自然と駆け出していた。 生身の自分に出来ることなど何もない。 それでも香澄に何かを伝えなければいけないと思ったのである。


「……止めるのですね?」


その海斗の傍ら、スカートを捲し上げて走るフランベルジュの姿があった。 海斗は一瞬迷った後、力強く頷いた。


「よしなに」


次の瞬間、フランベルジュは蒼い光に包まれていた。 何か大きな力に引き寄せられ、海斗の身体が宙を舞う。

気づけばそこには蒼いミスリルが奔っていた。 蒼穹の装甲とはためく外装。 あの日海斗の刃を阻んだ機体が、何の前触れも無く海斗を取り込んでいた。

そこにあったのはコックピットだった。 機械で調節されず、ただむき出しの操縦機関。 それでも海斗は一瞬で状況を理解していた。

蒼い閃光がキルシュヴァッサーの傍らを過ぎると、倒れていたはずのサザンクロスの姿はもうそこにはなかった。 遥か彼方。道路の真ん中で肩膝を着いている蒼い機体の腕の中、サザンクロスの姿はそこにあった。


「――お前は」


食べかけのサザンクロスの腕を投げ捨て、キルシュヴァッサーは刃を構える。 蒼いミスリル――フランベルジュの中、海斗は言葉もなくキルシュヴァッサーの向こうに居る香澄を見つめ、汗を流した。


「お前は――姉貴を殺したミスリルか?」


海斗は答えない。 ただ気絶し、人型に戻ったサザンクロスを道の脇に下ろし、立ち上がる。

強烈にたたきつけられるような殺気を感じながら海斗はそれでも黙り込んでいた。 ここで何か口にすれば自分が海斗であることを香澄に伝える事になってしまう。

それは明確な裏切り行為だ。 だがしかし、目の前の変わり果てた香澄の姿を見てそれでいいとも思えなかった。 だからこそ、こんな無茶をしてしまっている。


「答えろ。 お前が姉貴を殺したのか?」


返答は無く、代わりにフランベルジュが取り出したのは蒼い結晶の刃だった。 それを二刀構え、海斗は香澄を祈るように見つめる。

しかしキルシュヴァッサーは刃を思い切り振り下ろし、アスファルトと乗用車を一台真っ二つにして歯軋りしていた。


「……それは、YESと受け取るぜ」


激しい怒りを受け、揺れるキルシュヴァッサーのマント。 周囲の空間がねじれ、ゆがみ、今にも周囲全てを吹き飛ばしてしまいそうだった。

今はもう止めるしかない。 キルシュヴァッサーを行動不能にし、この場を収める。 最低限の、被害だけで――。


「てめえのせいで、海斗もありすも姉貴も――ッ!! ミスリル――――ッッ!!」


駆け寄り振り下ろされた刃とフランベルジュの結晶剣がぶつかり合い、二人の戦いが幕を開けた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネット小説ランキング>SF部門>「銀翼のキルシュヴァッサー」に投票 ランキング登録です。投票してくれたら喜んじゃうぞ!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ