覚悟、その向こう側で(2)
「香澄先輩。 お昼一緒に行こうよ〜」
「…………あ、ああ……」
昼休み。 教室の出入り口で手を振っているアレクサンドラにクラスメイト視線が集中する。
アレクサンドラの制服は完全な第一共同学園仕様ではない。 ブレザーは共有だからいいものの、ワイシャツは赤ではなく青。 加えてその外見からして立っているだけで物凄く目立つのだ。
それを理解していない本人は昼休みになる度にこうしてやってきては教室中をざわめかせる。 当然そのわざめきは俺に対して送られたものだ。
慌てて立ち上がり、早足で入り口まで向かうとアレクサンドラの手を取り教室を抜け出す。
「アレクサンドラ……。 どうしていちいち教室に来るんだ? そもそも学年が違うならフロアが違うだろうに」
「だってあたし、この学園のこと何も判らないし。 知り合いは今の所香澄しかいないし。 それに、香澄と一緒に居たいから来るんだけど……あたし、何か変なこと言ってる?」
真顔で首を傾げるアレクサンドラ。 前々から思っていたが、こう……なんというかこう……変なやつである。
アレクサンドラ・ゲルマノヴナ・シェルシュノワ。 第一生徒会チームキルシュヴァッサー所属、キルシュヴァッサー三号機専属パイロット。 元フェリックス機関のエース、六番目のパイロット。
俺が殺されかけ、殺しかけ、守ろうとして、守れなかった少女。 生きていてくれた事も戻ってきてくれた事もそれどころか仲間になってくれた事も嬉しいし、こればかりには朱雀社長の配慮に感謝している。
だがこう……これからはもう誰も守らないと決めた俺の覚悟を平然と飛び越えて当たり前のように擦り寄ってくる無邪気な姿を見ていると気が緩むというか……そもそもこう毎度毎度表れられては恥ずかしいというか……。 ただでさえ生徒会メンバーからは白い目で見られているのにこれ以上変な噂はもらいたくない。
そうした俺の不安とは対照的にアレクサンドラは嬉しそうに走っていた。 それほど表情豊かな方ではない彼女が優しく笑う時、それは本当に心が安らいでいる時なのだとそれくらいはわかるから。
「邪険にも出来ないよな……はあ」
「どうかしたの?」
「いや……今日は何食おうかなぁ、とか……まあ、そんな程度の悩みだ」
「どこでもいいよ。 香澄が一緒なら」
せめて先輩と呼んでくれ。 学年違うのに名前呼び捨てだとただならぬ仲のようじゃないか。
そんな風に言ったところで無意味だっていうのも、わかってはいるんだけど。
⇒覚悟、その向こう側で(2)
こう冷静に振り返ると、俺の学園生活は常に誰かに付きまとわれていたような気がする。
開始直後の海斗しかり、ありすしかり、冬風しかり……。 それが今度はアレクサンドラになっただけと考えればそれほど問題でもないのかも知れない。
学園中央エリアのガーデンスペースのベンチは昼休みという事もあり当然込み合っている。 しかしパンくらいは買わねばならないので、俺とアレクサンドラはカフェのカウンターに並んでいた。
メニューを覗き込むアレクサンドラは先程から全く動かない。 目を丸くしたままただ立ち尽くし、後ろに並んだ俺の更に後ろに人が溜まっていく。
「おい、アレクサンドラ……。 どうかしたのか?」
「うん? いっぱいあるなあってびっくりしてたところ」
その無表情でびっくりしてたのか?
「あーっと……すいません、これとこれと、あとこれを一つずつ……」
身を乗り出し注文すると店員のおばさんに笑われてしまった。 まあ確かにこんな様子じゃカップルというよりは兄妹――ってところだろうか。
だがその良い方向への誤解は期待できそうにもない。 俺にはありすという四六時中付きまとっていた、それこそアレクサンドラよりある意味目立つ妹がいたのだ。 目撃者は当然多く、妹がありすだけだということは周知の事実である。
てきとうに購入したサンドウィッチやら何やらをアレクサンドラに持たせ、後ろに並んでイライラしている人々に軽く頭を下げ撤退する。
そこそこ離れたベンチに腰を落ち着け深く息を吐くと、アレクサンドラは俺を見て微笑んでいた。
「ったく、いきなり棒立ちするやつがあるかよ……」
「棒立ち? あたしはいつもあんな感じだけど?」
「いつもか!? 前の学校じゃどうしてたんだ!?」
「おばさんがね、いつも決まった奴を何故か用意してくれてて。 お店に行くと選ぶ間も無く財布を取られて、お金を払わされて、パン渡されて帰ってたから」
何だそれは。 だがおばさんグッジョブと言わざるを得ない。 第一共同学園のカフェテリアはレベルが高いらしい。
このクソ込み合う時間帯に毎日あれをやられては生徒たちに襲われかねない。 誰だって急いでいる時に長すぎる赤信号にぶつかったら苛立つはずだ。
それにしても、ぼうっとした奴である。 前々からそんな気はしていたが、実際にこう現実的に傍に居てその認識がどんどん深まっていく。
基本的に歩くのは遅いし、放っておくと時々コケる。 何をするにもゆったりしていて、なんとも言えないスローリーな雰囲気を我が物としていた。 今新発見したが、食うのも遅い。
ちびちびとパンを齧っているアレクサンドラを横から眺めていると気の休まる瞬間がない所為か余計な事を考えずに済んだ。
「第一のパンと違うんだ……。 こんなの無かった」
「うちのオリジナルらしいぞ。 とりあえずテキトーに珍しそうなの選んじまったが、それでよかったか?」
「うん。 香澄が選んでくれたからこれでいい」
思わずガクっとしてしまう。 脱力してしまう理由は結局こいつにとって俺がいいと言えばなんでもいいという結論に至ってしまうからだ。
そうして全身全霊で信頼されるのは悪い気分ではないが、イマイチ自意識の希薄なアレクサンドラにあまり俺が関わっていいものかとも思う。
誰からも信じられる事を止めた今の俺にとってその信頼は重すぎる。 応えてやる事も出来ない。 それでもアレクサンドラは幸せそうにパンを食べている。 それでいいのだろうか。
「香澄は少し変わったね」
突然のアレクサンドラの言葉にパンを食べながら首を傾げる。
「前より少しだけ強くなった。 身体も、心も。 でも、痛みはもっと強くなった。 もっと、すごく。 だからそれをガマンしてる……違う?」
見透かすような事を言うアレクサンドラ。 こうした他人の心には敏感な分自身がトロくさくなっているのだとしたら、確かにそれは正当な采配だろう。
だが俺はあの頃程その言葉に同様しなかった。 痛みに慣れたのかもしれない。 小さく苦笑し、その頭をわしわし撫でる。
「だとしても、俺はもっと強くならなくちゃならないんだ。 お前は知らないかもしれないけど、お前が居ない間に色々な事があったからな」
「それで香澄はずっと寂しそうなの?」
そういう事もないと思う。 寂しいと思うよりも前に進みたいという焦燥感の方が強いからだろうか。
まあ確かに昔に比べれば傍らに海斗の苦笑もありすの飛びぬけた笑顔もない分寂しくなったのだろう。 だがそれが自分自身を決定的に捩じ曲げる事実にはなりえない。
俺は変わった。 自分で変わろうと努力している。 そうして耐え続けた痛みに今は少しだけ慣れたのだと思う。 寂しさもより乗り越えなければ成らない目的の為ならば耐えられる。
「お前の言ってた通りだよ。 痛みが自分を強くするなら……俺は針の筵で構わない。 今の自分が正しいのかどうかは判らないから……せめて今は思うようにやってみたいんだ」
「……そっか。 それが香澄の望みなら、あたしもそれを信じるよ」
口元についたパン屑を舐めながらにっこりと微笑む。 その姿はどうにも気が抜けているような頼りになるような……なんとも言えない雰囲気だった。
本当にアレクサンドラはエルブルスに乗っていないと普通なんだ。 確かに変な奴ではあるが……殺すとか殺されるとか、そういう事とは無縁の少女だ。
「お前はそれで良かったのか? エルブルスなんだろう? 三号機は」
「如月重工の社長さんが改造してくれたから大丈夫だと思う。 前よりずっと自由にエルブルスが使えると思うから。 あの子も喜んでる、きっと」
「俺は、全てのミスリルを滅ぼしたい。 全部滅ぼしたら次は結晶機だ。 この世界に必要のないそれらを皆殺しにする……エルブルスも例外じゃない。 それでもいいのか?」
「うん。 エルブルスもあたしも、香澄を手伝うよ。 必要ならあたしの名前を呼んで。 要らなくなったら、捨てていいよ。 そういうつもりでここに来たから。 大丈夫」
どうしてこう、こいつは当たり前のように覚悟を決められるのか。 そしてその上で笑えるのか。
年下のはずなのに俺よりずっと立派だと思う。 どこか現実を生きるのに必要なファクターが抜けているようにも思えるが、それも彼女の生き方なのだろう。
大切な物と世界と自分。 そうした物を強く感じながら彼女は日々を生きている。 だから後悔しない……。 きっとそういうことなのだろう。
一生懸命に生きていればきっと強くなれる。 俺はそれを沢山の人に教わったから。
「どうしようもなくて、明日が判らなくて……居場所が無くなった時。 香澄はあたしの傍に居て理由をくれた。 痛みをくれた。 居場所をくれた。 だから香澄を守ってあげる。 傍にいてあげる。 他の誰も香澄を理解してくれなくても、あたしは傍に居る」
「恩返しって事か?」
「違うかな? 傍に居たいから、だよ。 好きだから。 それ以上の理由も、それ以下の必要性もないから」
アレクサンドラも変わったのかもしれない。 以前に会ったときより表情は柔らかく、今は満ち足りているように見える。
それが俺の勝手な思い込みで、そして彼女を傷つける結末にならないと今は信じたい。
微笑むアレクサンドラが俺の手を握り締め、じっと見つめてくる。 首を傾げると彼女も同様に首を傾げた。
「何だ?」
「なんだろうね?」
「……は?」
「大好きだよ、香澄先輩」
「あ、ああ……。 ありがとう」
「好き。 好き。 大好き。 愛してる」
急になんだこいつ……大丈夫か? 一応人目もある場所なんだが……。
繰り返し言い聞かせるように呟き、それからアレクサンドラはパンを食べるのを再開した。 訳がわからなかったが、もうアレクサンドラの全てを理解してやれるとは思わない俺は適当にスルーすることにした。
言うだけ言って彼女は満足そうに笑っていた。 そのパンを食べる速度がまたやたらと遅く、結局昼休みいっぱい使っても食べきることが出来なかった――。
「良かったのか?」
「何が?」
「アレクサンドラと香澄の事だ」
昼休み、香澄とアレクサンドラがガーデンスペースで昼食を摂っていた頃。 同じく生徒会室にはイゾルデと向き合う響の姿があった。
二人は弁当箱を広げ、先程から無言で昼食を摂っている。 その理由はイゾルデの弁当箱が巨大な重箱で中身が和食であるということでも無ければ響の弁当箱が小さくて可愛らしい猫のプリントがされたものであることでもない。
既に最初から響は不機嫌そうだったのである。 パソコンの画面を眺めながら傍ら、フォークでたこ足に切られたウィンナーを刺してはじっと見つめていた。
見かねたイゾルデが会話を切り出したものの、響の機嫌は相変わらず悪い。 むしろ丁度その怒りの原因に触れてしまったらしく、意図的にそうしたとは言えじろりと睨まれたイゾルデは思わず苦笑を浮かべた。
「良いんじゃないですか? 桐野君がどこの誰と仲良くしようと私には関係ないですから」
「そうじゃなくて……。 アレクサンドラはまだこの学園に入って間もないし、チームとしては香澄一人に彼女の面倒を押し付けているのはどうかと思ってな。 何だ、香澄があの子と仲良くすると問題があるのか?」
「わ……っ!? そういう事じゃないからっ!! そーじゃないからっ!! ただ……」
「ただ?」
「……桐野君が、たぶらかされなければいいんだけど」
「やっぱりそういう事なのか?」
「ちーがーうーもーんっ!! そうじゃなくて! だから……だって、桐野君は……っ」
握り締めるフォーク。 辛そうに視線を反らした響の言いたい事を、イゾルデはわかっていた。
そう、香澄に逃げ出す権利はないしその先の場所もない。 彼は孤独であり、悲劇的であり、そして苦しみながらも戦わねばならない。 それは響の望みでもあった。
海斗がそうしていたように、その夢をかなえるためにも香澄の力は絶対に必要なのだ。 チームリーダーとしても、冬風響個人としても、香澄が堕落しては面白くない。
そう、憎しみを抱いても尚彼と普通に接するように努力しているのは、彼の力が必要だからに他ならない。 深く溜息を吐き出し俯く響を見つめ、イゾルデが口を開いた。
「まだ、許せないのか」
「……許すとか許さないとか、そういう事じゃないよ。 だって海斗は見つからなくて、桐野君はキルシュヴァッサーに乗ってるんだから……。 その事実が変わらない限り、気持ちだって変えられない」
「だが本当は香澄が悪いわけではないのだと気づいているのだろう」
「だったら何っ!?」
机を叩いて立ち上がった響。 小さなその弁当箱がテーブルから零れ落ち、綺麗に整えられた中身が一瞬でぶちまけられる。
「私はチームキルシュヴァッサーのリーダーとして……戦いを続けなくちゃならない。 海斗が乗るはずだった場所を、彼が守るはずだった世界を守らなくちゃならないの。 それ以上も以下もない……。 憎しみは消せないし悲しみも消せないから、もう背負っていくしかないんだよ」
「だがそうして背負っていけば辛くなる。 何れは重さに耐え切れず潰されるぞ」
「それでもいいよ……。 私が潰されるんならそれで……。 それで……ラクになれるなら……」
身体も声も、小さく震えていた。 それは恐怖の為か、怒りの為か、悲しみの為か。 恐らくそのどれもが正解であり、そして正解と呼ぶには余りに拙い感情の螺旋なのだろう。
辛辣な表情で視線を反らす響。 その心はどこか既に折れてしまっているように見えた。 全てを信じて仲間を信じて、愛する人を信じていた少女。 理想を追い求め、しかし現実の前に叩きのめされ、真っ直ぐに誰かを見ることが出来なくなってしまった。
表面上平静を装ったところで核心に触れれば誤魔化せない様々な感情が破裂する。 その激しい感情は彼女の身体さえ蝕み、球のような汗を零しながら響は胸強く抑え、歯を食いしばる。
「響……? 大丈夫か?」
「……平気。 ちょっと疲れただけだから」
「とてもじゃないが平気という状態には見えない。 肩を貸すから保健室に行こう」
「大丈夫だから、ほっといてよ。 優しくしないで……」
駆け寄るイゾルデを突き放し、響は後退する。
「私、復讐の為に皆を利用してるんだよ……? 平気なフリして、普通なフリして、偽善を並べてっ! 優しくされる価値なんてない……優しくされたら困るんだよ。 だって、私は……」
「響っ!」
言葉は最後まで続かず、全身の力が抜けるようにして響はその場に倒れこんだ。 すかさず抱きとめたイゾルデの腕の中、呼吸を荒らげながら響は気を失っていた。
「……お前は一つ重大な間違いを犯している」
小さな身体を抱き上げ、目を閉じるイゾルデ。
「利用されてもそれでいいと思うから、仲間なんだろう――」
呟きは当然響には届かない。 その身体を抱えたまま、イゾルデは保健室に向かって歩き始めた。
東京フロンティア東方面、香澄が引き起こしたグランドスラムの爆心地よりは離れた場所にある崩れかけた一つのビルの一室にメイドのフランベルジュとその主の姿があった。
ひび割れ今にも崩れそうなコンクリートの床の上、不釣り合いな赤いソファの上に腰掛ける男。 その傍らでフランベルジュはシーツを折りたたんでいた。
「あー。 暇だなおい……。 マジでやる事ねえ」
「だったらバイトでも始めたらどうですか、マスター。 常に私たちは金欠なのですから」
「いや……。 働いたら負けかなと思ってる……うぅぅぉおうっ!?」
フランベルジュの投げ飛ばしたアイロンが回転を加えられながら主に迫り、紙一重のところで避けたそのアイロンは後方のコンクリの壁を粉砕し、そのまま屋外へと突き抜けていった。
「お前! 何しやがる!?」
「申し訳ありません……」
「いくら何でもあれは当たったら死ぬレベルだぞ!? 残念ながら俺の頭はコンクリートより固い自信ねーからな!」
「壁を壊してしまいました……」
「そっちですよねーっ! わかりまーーーーすっ!!!!」
頭を抱えて男が絶叫しているとおもむろに部屋の扉が開き、仮面のミスリル、ヴェラードが姿を現した。 しかしフランベルジュもその主も特に驚いた様子はない。
突然ヴェラードが訪ねてくるのはいつもの事である。 しかしヴェラードにしてみれば頭を抱えて絶叫している主と砕け散った壁、その傍ら無表情にシーツをたたんでいるメイドとどうにも理解しがたい状況である。
「なんだヴェラードか。 どうした? お前も暇なのか?」
「…………いえ。 そうではありませんが……人間とはなんとも不思議な生き物です。 時々私は理解出来ない事があります」
「そうか。 まあお前も中々いいミスリルだが、まだ人間を理解するには百年早いぜ? ハーッハッハッハ!」
「どうやらそのようです……。 ですが貴方の傍にいれば真理に近づける気がしますよ、ジャスティス」
ジャスティスと呼ばれた男は長く伸びた後ろ髪を編みながら気さくに笑い返した。 勿論嫌味だったのだが、そんな事には気づかない。 仮面の上からでは判らないが、ヴェラードもまた笑顔を返していた。
ライダースーツの男の隣に仮面のマントが腰掛け、傍らではメイドがシーツをたたんでいるというこれまたどうにも理解に苦しみ環境が出来上がると、一息ついてヴェラードは本題を切り出した。
「それで、例の少年は?」
「ああ、無事だぜ? あいつも中々しぶといからな。 今は向こうのベッドで寝ているが」
ふわりと舞い上がるように立ち上がり、ヴェラードはベッドに移動する。 そのスプリングの壊れた古いベッドの上で眠る少年は、進藤海斗その人であった。
あのグランドスラム現象の中、何とか救助に成功したジャスティスは海斗を連れ帰り、ここに匿っていた。 海斗は外傷は無いもののあれから未だに目覚める事はなく、メイドのフランベルジュに世話をしてもらう状態が続いていた。
「何故連れ戻ったのか、その理由を聞いても?」
「別に理由って程のもんはねえよ。 ただ、昔の馴染みだからな。 あのままほっといたら死んでただろうし、助ける理由はそんなもんだ」
「成る程……貴方らしい答えだ。 勿論私も彼を助けるのには賛成ですが、ここにおいておいたら目を覚ました時厄介では? 人間の医療機関に渡した方が良いのではないかと」
「いや。 知らないのかヴェラード? こいつはアルベド――桐野秋名の一番弟子だぜ」
「……秋名の……。 成る程、では?」
「ああ。 話しようによっちゃ俺たちの計画を理解してくれるかも知れねぇ。 そうすれば心強い協力者になる。 腕は折り紙つきだぜ?」
「それにこの少年、中々面白い過去を持っているようですね。 成る程、グランドスラムをやり過ごすだけの事はある」
踵を返したヴェラードは入り口に方に歩き、それから首だけで振り返った。
「では、彼の待遇は貴方に任せましょうジャスティス。 しかるべき時が来たらば、私も真実をお伝えしましょう」
「おう、任せとけ。 お前も気をつけてな」
「全てはミスリルと人の明日の為に」
そういい残し消えていくヴェラードを見送り、ジャスティスは窓の向こう側を眺めた。
「明日の為に、か――」
その呟きは傍らのフランベルジュには聞こえていた。 だが彼女は聞こえないフリをして作業を進める。 シーツをたたみ終えたメイドは立ち上がり、主に訊ねた。
「紅茶でも如何ですか? マスター」
「……ああ。 頼むよ」
「畏まりました」
ふと微笑み、去っていくフランベルジュ。 目を閉じ笑ったジャスティスの心の中、迷いは少しばかり晴れたように見えた。