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覚悟、その向こう側で(1)

こっから本編?


「覚醒したそうですね。 例の結晶機とやらが」


「そうでなきゃ暗躍した意味がないからね。 まあ当然の結果だろうね」


路地裏のゴミの山を背に二人の人物が顔をあわせていた。 一人はルービックキューブを手にした少年。 身体にミスリルを宿し、仲間内ではキューブと呼ばれている。

その傍らに立つ長身の人物は黒い仮面を顔に被り、全身をすっぽりと多い尽くすマントを着用している。 その様子はこの街の中、路地裏とて異質に違いない。


「彼には可哀想な事をしてしまいました。 人間とて命ある者……。 不要な殺生はくれぐれも自重して下さい、キューブ」


「はいはい、ヴェラードは人間が好きだね〜。 言われた通り必要最低限しか殺してないし、メモリーバックもしてないよ」


「ならば良いのです。 全ては人とミスリルの未来の為……。これは崇高な聖戦なのですから。 不要な争いは戦地を汚します」


男とも女とも取れない声だった。 仮面の向こう側から聞こえる若干トーンの高い優しい声は人間に対する慈愛に満ち溢れていた。

その態度が気に入らないわけではないが、キューブは人間博愛主義のヴェラードに同意しているわけではなかった。 勿論危険を回避するために無駄な行動は避けるべきではあるものの、人間一人一人を気遣って生きることは難しいだろう。

人が食べる動物や植物の事を一々考えて食べないように、それはミスリルにとって自然な事なのである。 逆にそれを当然と語るヴェラードは相当な変わり者であると言えた。


「ま、いいけどね……。 ぼくらは基本お互いに不干渉って事で通してるんだし」


「そういえばサザンクロスが見当たりませんね」


「彼女、キルシュヴァッサーに復讐するって躍起になってるよ。 今頃人間狩ってレベルアップに勤しんでいるか、癒えきらない傷を癒す為に休んでいるかどっちかじゃないかな」


「……愚かな。 憎しみで争えば結果は破滅でしかないというのに」


「まぁとにかく定期的に連絡を取り合おう。 ぼくたちだけでもきちんと情報交換していないと、仲間内で混乱が生まれるからね」


「その通りですね。 では、私はこれで失礼します。 キューブも道中気をつけて」


すっと、吸い込まれるように影の中に消えていくヴェラード。 キューブはルービックキューブをカチンと回し、小さく微笑んだ。


「人間は面白いよ、ヴェラード。 ルービックキューブと同じさ。 どこかをあわせようとすればどこかの辻褄が合わなくなる。 いつまで経ってもイタチゴッコ……悲しいよね」


空を見上げ、小さく息を付き歩き出す。 人の流れに溶け込んだキューブの姿は既に人間と見分けがつけられるようなものではなくなっていた。



⇒覚悟、その向こう側で(1)



「香澄、休憩にしよう。 根を詰めすぎだ」


手渡された紙コップを受け取り、それを一気に飲み干して思い切り息を吐き出した。

訓練機の隣に座り込み、頭からかけたタオルで顔を拭く。 既に何時間こうして訓練機に乗っているのか判らない。

訓練機同士のデータリンクが可能になってからは毎日のようにイゾルデに訓練を手伝ってもらっている。 データ上でのみだが、一応模擬戦が可能なのである。

つまり、既に何時間も俺と同じだけ訓練を続けているはずのイゾルデは汗をかきつつもまだ余裕が窺えた。 一体どんな鍛え方をすればそこまでタフになるのかわからないが、女に負けているというのは微妙によろしくない気分だ。


「慌てて訓練したところで直ぐに結果が出るわけでもあるまい。 それに香澄は実際に目覚しい勢いで成長している。 焦らずともお前は無双の風格を持つようになるだろうよ」


「……それじゃ、遅すぎる。 早く強くならなくちゃ……そうでなきゃ意味がないんだ」


イゾルデにさえ勝てない俺が、一体何を守れるというのだろうか。

ミスリルを全て滅すると決めたあの日から、俺は寝る間も惜しんで訓練を続けてきた。 訓練機のシミュレーションだけではなく、自分の肉体も鍛えている。 実際の肉体の運動神経、反射、センスがそのまま操作に直結するのだから、鍛えておいて損はない。

そのあらゆる訓練でイゾルデを付き合わせているせいか、最近は四六時中イゾルデと一緒の気がする。 最初はまるで追いつける気配の見えなかったその背中も、今は手を伸ばせば何とか届きそうなところにまで近づいていた。


「実際お前は強くなったじゃないか。 ミスリルも順調に討伐している。 誰もお前が立ち止まっているなんて言わないさ」


「ああ、わかってる。 それでも俺は、海斗を追い抜かなきゃいけないんだ。 あいつの代わりにならなくちゃいけない。 だから今は僅かでも力が欲しい」


「それが根を詰めすぎているというんだ香澄。 まぁ、言った所で聞くお前とは思っていないが……。 世話のかかる男だ」


「いつも付き合ってもらって悪いな。 必ず何か埋め合わせはするから」


「期待せずに待つとしよう。 それでは今日はあがりだ。 もう夜も遅いからな」


それは同感だった。 時計を見て時間の経過の早さに思わず驚いてしまう。

身体はくたくただったが、それでも辛いとは感じなかった。 日に日に強くなる実感は不安や迷いを消し去ってくれる。 今は悩んだり嘆いたりするより行動すべき時だ。

既に事件から一ヶ月が経とうとしていた。 俺の生活は大きく変わったようで、何も変わっていないような気がする。

どこか心の中に引っかかる違和感や不自然な形は確かにわかるけれど、表面上は別段何かが変わったわけでもない。 それはありがたくもあり、辛くもある結果だった。


「お疲れ様二人とも。 今日はもういいの?」


「……ああ。 冬風も早めにあがれよ」


「これが終わったらそうするね」


生徒会室に戻ると生徒会長が残業していた。 イゾルデと軽く挨拶をする冬風を見つめ、それから視線を反らす。

彼女はあの日から少しだけ変わってしまった。 具体的に何が変わったのかと言われるとそれは言葉に詰まるような些細な変化で、だから表面上彼女は過去と何も変わっていないようだった。

ただ一つはっきりと判る変化はそう、冬風は俺の目を見なくなった。 どんな時も相手の目を真っ直ぐ見て語る彼女は、俺と視線がぶつかるとそれを直ぐに外してしまう。

だからそう、彼女は俺を憎んでいるのだという事がよく判った。 それは声にも出さず態度にも示さない非常に遠回りな嫌悪。 彼女は笑いながら俺を見ない。 そんな風に少しだけ歪んでしまったように思う。

他のメンバーに対する態度は相変わらずどころか段々良くなっているように思えるのだが、俺だけはそうもいかない。 彼女は海斗を失った事実を自分でなんとか乗り越え、折り合いをつけて生きていこうとしている。 そして海斗が成そうとしていたことを代わりに成し遂げる為、その為に俺とも接してくれるのだ。

彼女に渡されたトレーニングメニューは悪意を覚えるくらいハードだった。 でもそれは俺の為を考え、成長を考慮し、特性を熟考し、そうして作られたものだった。 だからそこに一切の手抜きは存在せず、彼女は本気で俺に向き合っていた。

ただ視線だけは絶対に触れ合う事が無く。 恐らくもう二度とぶつかる事は無く。 だからそれを少々寂しく思うのは俺の勝手な考えなのだろう。

ドリンクを飲み干しゴミ箱に紙コップを投げ込む。 鞄を手に取ると二人に背を向け部屋を後にした。

既に真っ暗になった秋の夜。 冷たい風の中、欠伸を浮かべて空を見上げた。

結局当たり前のように海斗は見つからなかったし、ありすは元には戻らなかった。 俺に与えられたのはキルシュヴァッサーの席と、様々なレッテル。 失ったものは余りにも多く、手にしたものは下らない。

だが、悲しむことはなかった。 自分の中でそれでいいのだと納得してしまった。 そうするほか無かったのだと判っているから。

今でも思い返せば激しく胸を貫くありすの言葉も、海斗の戸惑いの瞳も、冬風の叫んだ声も、全ては忘れられないものだけれど。 それでも俺は戦うと決めた。

海斗がそうしようとしたように。 ありすのような不幸を再現しないために。 そして冬風に責任を取る為に。

帰路の中、ぶつぶつとトレーニングメニューの内容を復唱する。 今はそれでいい。 強くなる事だけ考えていれば、それで。 それ以上なんて望むのは、余りにも図々しいだろうから。


「おかえりなさい、香澄」


玄関の扉を開くと、足音と共に現れた少女が俺を出迎えてくれる。

それはありすの幻影などではなく、きちんとそこに実在する存在だった。 勿論、ありすではない。 ありすは過去の多くと感情を全て失い、未だに病院から出てくる事が出来ないのだから。

家主である綾乃さんも戻ってこない以上、この家に存在するのは俺ともう一人しか居ない。 ありすの着ていたゴシックロリータなドレスの上からエプロンを着用した銀は穏やかに微笑んで俺を出迎えていた。


「…………ああ。 ただいま」


無視するわけにも行かず、仕方が無く挨拶を返す。 銀は寂しそうに俺を見て、それから台所に戻っていった。

特に驚く事ではなかったのは、既にもう見慣れ始めた景色だからだろう。 それでもありすの笑顔がちらつく度、俺はなんともいえない苛立ちに襲われる。

銀は、ミスリルだ。 結晶機は他人の心を食い荒らす行為――メモリーバックを行い、成長する。

一ヶ月前までは十歳にも満たないような小さな少女だった銀は、ありすから大量のメモリーバックを行う事で丁度ありすと同じくらいの背丈になっていた。 それどころか今はぺらぺらと当たり前のように会話が可能で、その動作の一つ一つは全てありすに酷似している。

例えば料理を作らせれば包丁さばきや味付けの好みが同じなのは当然のように、そして何がどこにあるのか全く迷う事は無く、まるでずっと昔からこの家で暮らしていたかのように当たり前に順応している。

家事は全てありすと同じようにこなし、事あるごとにコタツに入って丸くなる少女。 笑い方が、声が、仕草が、ありすに似ていれば似ていると思うほど、俺はどうにもやりきれない想いに駆られる。

何故ならそれは、銀がありすから奪ったものだから。 何より俺が、ありすから奪ってしまったものだから。 銀が当たり前のように夕飯を作っているその情景は、信じられないほど俺の心を滅茶苦茶に掻き乱す。

ありすがいないのにそこに銀がいるという事実が、圧倒的に俺の中で衝撃だった。 毎日見ているはずなのに未だに見ているとどうにかなりそうで、俺は仕方が無くテレビをつけた。

あのグランドスラムと同等の現象は一時期ニュースなどでも非常に話題になり、街中で知らない人間は居ないほどにまで噂は拡大した。 しかし如月重工を初めとする政府関係各社と直下の組織により隠蔽され、今は多少の落ち着きを取り戻している。

全てがもう過去になりつつあるのに、銀の存在は未だに俺を毎日苦しめる。 それが俺に与えられた罰なのだと考えればそれまでだが、だがそれは俺にとっては非常に心苦しいものだった。


「夕飯、出来たよ。 …………大丈夫? 顔色良くないけど……お兄ちゃん」


「俺はお前のお兄ちゃんじゃない。 そう呼ぶなって何度言えば判るんだ」


「あ――。 ごめん、なさい……」


申し訳なさそうに視線を反らす銀。 銀はありすと比べれば大分大人しい性格をしているものの、ありすと同じく馴れ馴れしく、ついでに気遣いも抜群にうまかった。

そして時々何故か俺をお兄ちゃんと呼ぶことがある。 銀もそれは咄嗟に出てしまう言葉なのだろう。 止めろといってもそれだけはどうにも変わらなかった。

銀色の髪の下、真紅の瞳が寂しそうにうつむいている。 そうして落ち込まれるとどうにもこっちが悪い気がしてなんとも心苦しかった。 何せその落ち込む動作までありすに似ているのだ。 放置できるわけもない。


「判ればいいんだ……」


立ち上がり、ふさふさと揺れるウェイブかかった銀色の髪を撫でると、銀は嬉しそうに微笑んで小さく頷いた。

ずきりと胸が痛む。 一々こんな事で傷ついてなんていられないのに。 俺の目的の為にも、これから俺は銀と付き合って行かなければならない。 だから、早く慣れなければいけないのに。

夕飯は何を食べたのかさっぱりわからなかったし味も覚えていなかった。 ただ銀から一刻も早く離れたくて手早く食事を済ませ、自室に向かう。

ベッドの上に仰向けに寝転がると疲れていたせいか猛烈に早く眠くなった。 風呂にも入っていないのだが、少しだけ休んでからにしよう。


「ミスリル、か――」


結晶機もミスリルも、ああやって他人からメモリーバックを行い強くなる。

レベルを上げ、成長し、強くなる。 それと同時にこれからも彼女は他人から奪った人間らしさでどんどん人間に近づいていくのだろう。 あの、サザンクロスのように。

小さな小さな子供だった銀は、これからも成長していく。 銀を強くし、キルシュヴァッサーを育て上げるのが俺の役目だ。 それは判っている。 でも一つ、どうにもやりきれない思いがあった。

銀は姉貴に似ていた。 成長してありすと同じ大きさになって、より姉貴に似ていった。 そしてその仕草や動作はありすに似ている。 これから育てていったらどうなるだろうか。

そう、銀は姉貴になる。 姉貴と同じ姿形をした、ありすの心を持つ存在になる。 俺はそれと向き合う事が出来るのだろうか。 こうして逃げてしまっている今の俺からは想像も出来ない。 彼女と向き合うなんて、そんな事は。


「疲れたな……」


小さく呟いた言葉。 これからずっと続いていくこんな日々が、どうにもならない程俺の胸を締め付ける。

納得できない日々。 それを飲み込んでうそをつく日々。 そんな毎日。 ああ、どうしようもない。 どうしようもないさ。

それを選んだのは俺なのだから。 そうしてしまったのは俺なのだから。 だから俺は逃げられない。 逃げる場所なんてない。

此処が終着点。 ここから俺はやり直さなければならない。 自分が壊してしまった物を踏み越えながら。



「はーい、皆集まってるかな? それじゃあ会議を始めるよ」


翌日の放課後、俺たち生徒会メンバーは全員生徒会室に顔をそろえていた。 ホワイトボードの前には日比野が立ち、掌を叩いて笑っていた。

世界も少しずつ動き始め、形を変えていた。 ミスリルの発生件数も日に日に増え続け、何よりチームエルブルスが解散した事により新規チームが参入する。

それは俺たちのライバルとなり、俺にとっては倒すべき敵となる。 もう敵に情けをかけている余裕はない。 キルシュヴァッサーが最強で、海斗が最強だって事を、俺がその上に立って証明しなければならないのだから。


「チームキルシュヴァッサーは今までどおりのメンバー、今までどおりの役職でやっていくから、皆はこれまで通りにがんばってね。 それと、新規参入チームは中国代表になりそうだから、それだけ報告。 チーム名と機体はまだ公開されていないから追っ手報告ということになるね」


「中国かー……。 ま、相手がどこでも構わないけどな。 うちは天下無敵のチームキルシュヴァッサーなんだからよ」


「だが、キルシュヴァッサーと不知火だけではなく新たな結晶機の開発も必要だろうな。 ステラデウスシリーズは三号機まで完成しているわけだし」


「あー。 そういえば言い忘れてたけど、明日にでもキルシュヴァッサー三号機が搬入される事になったから」


「「「 は? 」」」


唐突に日比野が言い出した言葉に真面目な顔つきで会議していた全員の目が丸くなった。

同時に身を乗り出した俺たちを前に日比野は驚きながら苦笑する。


「え、ええと……だから、キルシュヴァッサーシリーズの三号機が搬入されるんだよ。 多分明日辺り……」


「日比野氏……。 そういう大事な事は、もっと前もって報告して頂かないと……」


「リーダーの私が初耳ってどういうことですか、先生……」


「い、いやいや、悪かったって! 桐野君が進化させたキルシュヴァッサーの追加装備と追加装甲の搬入作業とか手続きで忙しくて言う暇がなかったんだよ! まあとにかくこれでウチも三機だから、アメリカにも負けないね、うん!」


にじり寄るメンバーからこそこそと後退しつつ、日比野は両手を振って言い訳する。 それにしたって妙な話だ。 イゾルデはそれに気づいていたらしい。

結晶機の開発は時間がかかるものだ。 つい先日不知火を完成させたばかりのキルシュヴァッサー開発現場で行き成り三番機が開発されたとは考えにくい。 そもそも専属パイロットが今は俺とイゾルデの二人しかいないのだから、パイロットの居ない状態で結晶機を作っても仕方が無い。

最近知った話だが、結晶機は基本的に各パイロット専用にチューンナップされるもので、それぞれが一機のみの特注品らしい。 キルシュヴァッサーの調整開発には海斗が関わっていたし、イゾルデも同様に不知火の開発時テスト起動などを行っていた。

そうした事実から推測できる新たな事実。 俺が口にするよりも早く、イゾルデがそれを口にしていた。


「つまり……新しいパイロットが来る、ということか」


それならば納得の行く話、というかそうでなければおかしい。 俺たちの知らない新しいパイロットが事前に開発に携わっていたのだとしたら、妥当な結果だ。

もしかしたらもう少し時間がかかる開発を海斗の失踪にあわせて段取りを繰り上げ、早期搬入する事になったのかもしれない。 そうした事情を踏まえれば突然の発表にも納得が行く。

冬風と木田と佐崎が振り返り、イゾルデを見て納得する。 それから同時に日比野を見て、『どうなの』といわんばかりにじっと見つめた。


「あ、いや……だから、さっきからそのパイロットを部屋の外に待たせてて!」


「「「 それを早く言えっ!! 」」」


「うわー! だから、僕が紹介しようとしてるのに君たちがだねえ……まあいいや。 えーと、入って来てくれるかい?」


返事はなかった。 代わりに扉がゆっくりと開き、俺たちは固唾を呑んでそれを見守る。

そこまで気合を入れてみていたわけではなかった俺の目が見開かれ、思わず口を大きく開けて唖然としてしまったのは、そこに立っていたのが見覚えのある人物であったからに他ならない。

他のメンバーも同じように目を丸くしていた。 ホワイトボードの前まで歩き、そこで立ち止まった彼女は日比野に目配せし、それからにっこりと微笑んだ。


「始めまして。 明日から第一共同学園生徒会所属、チームキルシュヴァッサーに配属する事になりました、アレクサンドラ・ゲルマノヴナ・シェルシュノワです。 皆さんどうぞ宜しくお願いします」


ぺこりと頭を下げるアレクサンドラ。 俺は眼鏡を外し、もう一度かけなおし、その姿を凝視する。

眼帯を人差し指で撫で、アレクサンドラは目を細めて俺に笑いかける。 俺との間のただならぬ雰囲気に首を傾げる一同の中、俺は思いっきり溜息をついていた。


「……えーと……? どういう……?」


「久しぶりだね、香澄……じゃなくて、香澄先輩」


「先輩?」


「あたし十七歳だから。 皆より一つ下……後輩って事」


「ああ、そうなんだ……って、ハアッ!? アレクサンドラッ!? どうして!?」


椅子を吹っ飛ばして立ち上がり、アレクサンドラに駆け寄る。 それはどう見てもアレクサンドラで、どう見ても五体満足だった。

怪我はなく、身体の悪そうな様子もない。 あの夏の事件からずっと生死不明の行方不明になっていた彼女が、もう会う事も出来ないと考えていたアレクサンドラが目の前で笑っている。 それはとても嬉しいことで、思わず涙が零れそうになってしまった。


「彼女はあの事件の後、一度解体処分になったエルブルスと一緒に如月重工の管理下に置かれる事になったんだ。 つまりキルシュヴァッサー三号機っていうのは……」


「再構築したエルブルスって事か……。 そのパイロットは当然、アレクサンドラになる……」


「結晶機はそうほいほい作れるものではないからね。 チームエルブルスの資材や結晶機はうちに取り込まれる事になったんだ。 そんなわけで、これからはライバルとしてではなく仲間として彼女を向かえてやって欲しいんだけど……その様子だと問題はなさそうだね」


そう言って腕を組み、微笑む日比野。 問題も何も、そんなものあるわけがない。 死んだんじゃないかとまで思っていたのに、ぴんぴんしているんだ。 これ以上望む事なんて何もない。

アレクサンドラは俺しか見て居なかった。 そして俺も気づいたのだが、そのせいで俺は仲間からなにやら白い目で見られていた。 まあ、当然だろう。 敵のチームのエースだったはずの人間と何故か俺は親しくしているのだから。


「……なあ香澄っち。 その、敵チームの美少女さんにあれだけ拘ってた理由って、もしかして……」


「あ、いや……そうじゃなくてだな……」


なにやら妙な誤解を受けている……。 いや、誤解のような誤解じゃないような……。 いや、めでたいことなんだけど。

うろたえる俺を見て笑うアレクサンドラは俺の首に腕を回し、悪戯な笑顔を浮かべて言う。


「香澄先輩に会いたくなって来ちゃったの。 これからは先輩をあたしが守ってあげる」


「……あ、ああ……? えーと……?」


「愛してる、先輩」


背伸びをしたアレクサンドラの唇が自分の唇に触れた瞬間、理解不能な状況に脳裏に疑問符が駆け抜けていく。

ゆっくりと振り返ると、仲間であるはずの人々が本当に白い目で俺を見つめていた。

だらだらと冷や汗が流れ、シャツが妙に気持ち悪い。 何でもうこんなに寒いっていうのに、俺は汗をかいているんだ……。


「皆さんもよろしく。 これから、仲間としてね」


胸に手をあて微笑むアレクサンドラ。

何だかとても大変な事になってきたような気がした。


〜世界観&メカ設定〜


*長いから注意*


『グランドスラム現象』


東京グランドスラムを皮切りに世界各国で発生した空間消滅現象。

全ての発生地点が『首都』であるという共通性、同時に空間消滅後、中心視点に結晶塔を生み出すという特徴を持つ。

原因は一切不明とされ、被爆地の結晶塔周辺にはミスリルが出現すると言われている。



『ミスリルと結晶塔』


グランドスラム現象後、爆心地に発生する巨大な結晶の塊。

大きさはまちまちだが、最大規模の物は東京フロンティアの結晶塔。結晶塔毎に名前が決まっているが、基本的には結晶塔と一括りにする。

結晶塔、グランドスラム現象との関連性は不明だが、結晶塔周辺都市にはミスリルが出現すると言われている。

ミスリルとは不可視の意思体であり、何らかの原因により人間に憑依、寄生した後被害者の過去を吸い出すメモリーバックという行動で成長する。

メモリーバックにより吸い出される過去とは記憶や感情、被害者の癖のようなものを丸ごと含んで過去と表現する。それ故に寄生後、本人の意思を乗っ取るようにしてミスリルの意思に支配されるため、ごく身近な人物でもミスリル感染に気づく事は少ない。

ミスリル寄生後、被害者は一度昏睡状態に陥り、次に目覚める頃には寄生が完了している。寄生後は憑依したミスリルの意志に支配され、記憶と感情が段々と摩り替わっていく。

また人間のメモリーバックにより成長するとされるミスリルは本体である『結晶体』を進化させる特製を持つ。ミスリルは生きる為に何らかの形でメモリーバックをし続ける必要があり、宿主となった人物の行動をなぞるのも『過去』を増やし、そして周辺人物のメモリーバックのためだといわれている。

結晶体には何段階かが存在し、よりメモリーバックを繰り返したミスリルほど結晶体の形は人型に近づき、強力になる。それと同時に宿主のフリも上手くなっていく。



『結晶機』


ミスリルを何らかの方法で兵器として転用した存在。

初めて結晶機として機能したキルシュヴァッサーのデータを元に各国研究機関が生み出す対ミスリル人型兵器である。

その存在はほぼそのままミスリルであると言え、人間に従っているものの彼らはある程度自意識を持ち、パイロット=宿主のメモリーを食らって生きている。

それと同時に敵対し討伐したミスリルの蓄積していた記憶をメモリーバックすることにより、自らを高め進化する能力を持つ。

結晶機の製造方法は基本的に機密とされ、そのルーツであるキルシュヴァッサーでさえ何故存在しているのかは不明な点が多い。

意思体のまま現実空間に存在しないミスリルを現実に固着化するリアルエフェクトという能力を持つが、これはミスリル同士ならどんな個体でも可能である為結晶機のみの能力ではない。

実体化した結晶体ミスリルは非常に硬度な結晶で外部を覆って居る(これは結晶塔と同質の素材)ため、仮に実体化したとしても通常兵器でダメージを与えるのは難しい。

結晶機が装備する専用武装は結晶機自身が持つ力で強化され、ただの弾丸でも結晶装甲を貫通する威力を持つ。

これは結晶機自身が持つ結晶化の能力を薄く張り巡らせている状態(刀剣武器ならその刃に結晶を一時的に付加する等)である事に由来する。

故に結晶機は対ミスリル兵器として最高の性能を持ち、ミスリル同様姿を消す(リアルエフェクトの解除)事や市街地での戦闘を考慮(銃器よりも出来れば格闘、刀剣武器による戦闘が好まれる)しても非常に合理的である。

ミスリルはそれぞれ何らかの能力を持ち、結晶機も同様にスキルを持つことが多い。非現実的な力を持つミスリルに対抗する最後の希望であると言えるだろう。



『キルシュヴァッサー』


二十年前に発生した東京グランドスラム直後より開発が開始された世界最初の結晶機。

ドイツの科学者が提案したミスリル生命体危機案に乗っ取り基本構想が練られ、その後日本の如月重工へとわたったその科学者の手によって開発された機体。

全長は8メートル程。全身の結晶装甲は銀色で、赤いマントを装備している。

西洋の騎士のようなシルエットだが非常にスマートで機動力を重点的に設計されている。頭部には二つ角のようなものが後方に伸びており、その形状からウサギ型等と呼ばれる。

非常に強い脚力、跳躍力を持ち、飛行性能を持たない結晶機の中でも機動力はずば抜けて高い。一息で高層ビルの屋上まで飛び乗る事も可能。

他の結晶機よりも間接の稼動範囲が非常に広く、アクロバティックな動作も可能。故に機動力を生かした軽装による一撃離脱近接戦闘を得意とする。

基本武装は腰に装備する専用ハンドガン、手持ちで出撃するか同じく腰に装備出来る専用刀剣(刀)。

装備しているマントは対実弾、結晶攻撃に対する防御能力を持ち、通常戦闘などによる汚損や外見の隠蔽など以外にも防御能力を持つ。

全結晶機の標準装備であるマントは色違いだが効果は同様である。

空間跳躍の能力を持ち、ショートジャンプと呼ばれる一定範囲内における連続転送のスキルを持つ。

あまり超広範囲になると発動不可能だが、その脚力も相まって機動性は非常に高い。



『エルブルス』


近年開発が開始され、幾人ものパイロットを再起不能にしてきたフェリックス機関の最高傑作。

ロシアのミスリル研究機関であるフェリックス機関により極端にパイロットに負担をかけるもののミスリルの能力を限界まで引き出した超高性能を誇る。

全長は13メートル程。全身の結晶装甲は灰色で蒼いマントを装備。

単眼で後方に伸びた頭部は能力である重力を操作する為に機能する。太い手足と比較的前傾になる姿勢が特徴。

腕力、突進力が凄まじく、並のミスリルなら格闘だけで制圧できるエルブルスの主武装は専用のハルバード。その他アックス、ランス、ハンマーなど重武装が充実している。

太い脚部にはミサイル、光学兵器などが内臓可能で腕部にはガトリング砲、或いはシールドユニットを装備可能。

その鈍重そうな外見に似合わずすばやい理由は脚部がキャタピラとして稼動する為。突撃姿勢のまま拘束で地上を移動できるが、跳躍性能は皆無である。

ある一定範囲内に重力波を発生させるスキルを持ち、実弾などは叩き落して防ぐ事が出来る。また槍やハンマーなど、長物を振り下ろす時に加速することで壮絶な破壊力を生み出す。

パイロットの闘争本能と死への恐怖を加速させる機能を装備しており、パイロットは次々と再起不能に陥り、アレクサンドラは六人目に該当する。



『不知火』


読みは『しらぬい』。キルシュヴァッサーシリーズの二号機にして完全な和製結晶機。

外見のデザインはキルシュヴァッサーに近いがカラーリングは赤、角型部は存在しない。

ほぼ性能はキルシュヴァッサー同様だが、どちらかといえば二号機というよりは量産型キルシュヴァッサーとも言える性能であり、専属パイロットのイゾルデの能力にあわせ刀剣による戦闘に特化する。

主武装はキルシュヴァッサーが装備するタイプのものより倍以上の長大な大太刀。その他投擲用のクナイユニット、脚部隠しブレードなどが装備されている。

機動力はキルシュヴァッサーに劣るものの反射能力と防御性能が向上している為ある程度強引な突破攻撃も可能である。

また、パイロットの動作をストイックに再現する事に拘っており、武装の性能よりもイゾルデの剣の腕前が切り札であるとも言える。

能力は『火炎』で、炎を操る能力。限定空間内における発火、爆破の他、刀剣や投擲武器に炎を走らせるなど、使い方は様々。


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