大嫌いな、お兄ちゃんへ(3)
第一部完、的な。
「悲惨だな。 まるでグランドスラムの再来だ」
都内を走る一台のリムジン。 その中で足を組み、一枚の写真を眺めるスーツ姿の女の姿があった。
荘厳な眼差しには怒りと不快感を宿し、恐らく正面に立つ人間ほぼ全てが萎縮するような重みのある舌打ちを鳴らし、写真を真っ二つに切り裂いた。
腕を組み、深く息を吐き出して額に手を当てる。 その傍らに腰掛けていた日比野が投げ捨てられた写真を拾い上げ、埃を落として苦笑した。
「困った事になってしまいましたねえ。 社長」
社長と呼ばれた女は答えなかった。 ただ黙って口元に手をやり、何かを考えていた。
状況は最悪だった。 暴走したキルシュヴァッサーは周囲2キロ半径の空間を完全に消滅させる大爆発を巻き起こした。 その空間ごと切り取るような衝撃は紛れも無く東京グランドスラムの瞬間この都市を襲った滅亡と同じものであった。
桐野ありすの覚醒に始まり、何らかの事情にて暴走したキルシュヴァッサー。 その結末は余りにも無残だった。 あれから丸一日が過ぎ去り、事態の収拾に政府は追われている。 夜空に立ち上った光の柱は盛大に人目に触れ、その問い合わせが殺到していた。
世界の在り方が変わろうとしているのか――。 そんな疑念さえ抱く。 最早それは個人の問題ではなく、この町ひいては世界全てを巻き込む問題に発展しようとしていた。
グランドスラムを引き起こす存在、キルシュヴァッサー。 そしてその力を解放した適合者、桐野香澄。 二つの要因は彼女の頭痛の種になっていた。
「日比野。 お前はどう考える」
「究極の逸材でしょうね。 ですが、それ故に危険でもある。 間違った使い方をすれば、東京だけでは済まないかもしれません」
「だが、力はただ力だ。 それ以上でも以下でもない。 所詮人に依存する以上、それを扱うのもまた人……。 制御して出来ぬわけではあるまい」
「問題は彼がそれを出来るかどうかですが」
「出来るかどうかではない。 やらせるのだ。 その為に私がここに居る」
リムジンが辿り着いたのはとある病院だった。 ミスリル関係者が優先して入院させられる、政府直下の大病院である。
颯爽とリムジンを降り、腕を組んだまま早足で歩き続ける女。 それを先導し、日比野も早足で駆けて行く。
辿り着いた病室の扉をノックも無しに開け放ち、女が見たのはベッドの上で俯いている桐野香澄の姿だった。 瞬時、女は香澄の胸倉を掴み上げ、思い切りその顔面を殴りつけた。
「これは落とし前だ、小僧」
その威力は女の物とは思えなかった。 その上彼女はそう若くはない。 つい去年から四十代に突入し、役職は社長。 だというのにその拳の破壊力は非常に重いものがあった。
口元から血を流しながらベッドの上に倒れて動かない香澄に再び舌打ちし、胸倉を掴んで引き起こす。 見ているのか、見ていないのか。 虚ろな瞳で香澄は女を見つめていた。
「自己紹介が遅れたな小僧。 私の名前は如月朱雀――。 キルシュヴァッサーのスポンサーにして開発下の如月重工社長、如月朱雀だ」
「……如月、重工?」
「そうだ。 そして桐野香澄。 貴様の運命を買った女だ。 私の名前を忘れるなよ小僧。 その腐った魂に焼き付けろッ!!」
そうして再び歯を食いしばり、全力で香澄の顔面を殴りつける朱雀。 拳を鳴らし、鋭い眼光で香澄を射抜いていた。
⇒大嫌いな、お兄ちゃんへ(3)
深々と高級な葉巻を吸い、煙を吐き出す如月朱雀。 彼女が率いる如月重工は二十年前のグランドスラムより現在まで結晶機開発の最大手として君臨してきた。
生み出した結晶機キルシュヴァッサーはそのデザインコンセプトと基本構想こそドイツの科学者の力を借りたものの、ほぼ全て如月重工の力で生み出されたといっても過言ではない。 そして現存する全ての結晶機のルーツであるキルシュヴァッサーは、全人類全結晶機開発者にとって憧れの存在、オリジナル結晶機であり、如月重工の所有物に該当する。
如月重工は政府と対等な権力を持つまでに肥大化した大企業であり、結晶機開発以外にも戦闘機や軍艦、ミサイルや機銃など様々な戦闘兵器を開発販売している。 政府直下として大戦時より仕えていた様々な組織の統一系であり、日本の武と兵を司る一台企業なのである。
そうした裏の面を持つ如月重工も、表向きは通常の重機販売を行っている事もあり基本的には表立ってミスリル関連に手を出す事はない。 あくまでもチームキルシュヴァッサーより上がってくる報告書、それからキルシュヴァッサーが備える記録装置から間接的に指示を出すのみであるはずの朱雀がこうして姿を現したのは、既にそうせざるを得ないほどの事態に直面していたからに他ならない。
「いいか小僧。 お前が何をしたのか言ってやろうか」
煙を吐き出し、ぎろりと香澄を睨みつける眼光。 朱雀が手を下ろすと、日比野が慌てて灰皿を構える。
「貴様はグランドスラムの再来を引き起こそうとした。 自分の妹からメモリーバックを受けておいて錯乱して、だ。 自分からメモリーバックを発動したのに、だ。 お陰さまでスラム街は滅茶苦茶だ。 無人だったから良かったものの、下手をすれば想像を絶する被害が出ていただろう。 いや、既に我が社は被害を受けている。 貴様が打ち上げた派手な花火を隠匿するのにどれだけの金がかかるのか想像も出来んだろう、小僧」
香澄は答えなかった。 灰を落とし、葉巻を咥えて朱雀は溜息を着く。 同時に溢れた紫煙が香澄の顔にかかるが、香澄は気にもかけなかった。
「桐野香澄。 お前は正式なキルシュヴァッサーパイロットとして今後ミスリル討伐を行ってもらう。 本来のパイロット候補であった進藤海斗が居なくなった以上、お前が責任を取るんだ」
そう。 それがグランドスラムの引き起こしたもう一つの悲劇。
生身のままキルシュヴァッサーの暴走に巻き込まれた海斗は行方不明となり、今も捜索が続けられている。 だが全てを浄化し吹き飛ばしたあの爆発の中、生身の人間が生きていられるだろうか。 それは考えるまでも無い事だった。
「追ってキルシュヴァッサーの正パイロットとしての契約書類を送る。 お前は一生私の奴隷だ。 逆らう事は許さない」
言いたい事をいい、立ち去ろうと立ち上がる朱雀。 香澄はシーツをきつく握り締め、歯を食いしばった。
「俺はもう、キルシュヴァッサーには乗らない……」
「何か言ったか小僧? よく聞こえなかったが」
「俺はキルシュヴァッサーには乗りたくない……」
「ふざけるなよ小僧。 ジョークにしても性質が悪い」
香澄の髪を掴み上げ、煙を吐きかける朱雀。 その表情は冷たい残酷な怒りに満ちていた。
「お前は妹を食らって親友を殺して町を吹っ飛ばそうとしたんだ。 わかるか? お前がどれだけの事をしたのかわかるか? はっきり言ってやる。 お前は屑だ。 糞以下の畜生だ。 お前の存在は世界にとって迷惑だ。 生きてこの世界の空気を吸うだけ無駄な存在だ。 CO2の削減の為にも死んでくれたほうが誰もが喜ぶ、そんなくそったれだ。 理解できるか小僧? お前の人生はもう終わったんだよ」
ベッドの上に突き放し、ネクタイを締めなおしながら背を向ける朱雀。
「反論も逃亡も絶望も期待もお前には許されていない。 お前の終わった人生は私が買い取った。 奴隷のように言われたとおりに何も考えず働いていればそれでいい。 そうして人形で居る限りはお前を使ってやる。 何が乗りたくないだ。 お前の意思なんて誰が聞いた。 私は如月朱雀だぞ。 身の程をわきまえろ、ガキが」
滅茶苦茶に罵倒された香澄はベッドの上に力なく倒れたまま一言も言い返すことはなかった。 舌打ちし、朱雀は扉に手をかける。
「もう、ラクに死ねると思わない事だ。 針の筵を敷き詰めた道を地獄の底の更に果てまで歩いてもらうぞ、桐野。 それがお前に出来る唯一の罪滅ぼしだ」
立ち去る朱雀に続き、日比野も無言で部屋を去る。 取り残された香澄は一人、歯を食いしばり肩を震わせた。
思い出したくない記憶。 つい昨日まで全てが普通で当たり前で、それが続くと信じていた。 幸せだった。 それでよかった。
失った物を埋めてくれる沢山の思い出が。 日常が。 それら全てが愛しかった。 そんな事さえ素直になれず、ただ全てを否定して逃げるだけだった。
声も無く、涙を流した。 どうしようもない後悔だけが後に残る物。 空白の中、香澄はただ涙を流し続けた。
「イゾルデ! わり、響のやつ止めてやってくれないか!? 俺たちが言っても聞かないんだよ!!」
不知火を降りたイゾルデが見たのは瓦礫の山の中、ふらふらと歩く響の姿だった。 その両手は血に塗れ、服は汚れ、髪はぼさぼさに乱れている。
丸一日。 丸一日この果てない瓦礫の山を彼女は歩き続けていた。 瓦礫を引っくり返しては立ち上がり、再び彷徨う。 零してしまった大切な何かを探すように、何度も何度も繰り返して。
傍らについている佐崎がなんとも言えない顔で首を横に振り、イゾルデは響の肩を叩いた。 振り返った響はさんざん泣き腫らし、更に寝不足でめちゃくちゃになった瞳を揺らしながら震えていた。
「……もう休め。 後は某が不知火で探すから」
「…………でも……。 だって……。 だってぇ……っ」
「もう、いいんだ。 いいから、休んでくれ。 これ以上見ていられない。 某も、木田も佐崎も……」
ふらつくその小さな身体を強く抱きしめ、イゾルデは優しく響を包み込む。 その腕の中、響は震えながら祈るように両手を胸に押し当てていた。
「わた……私……っ。 だって、まだ何も……。 なんにも出来てないのに……っ。 見つからないよう……。 海斗がいないんだようぅぅ……っ!」
「わかったから……。 もう、わかったから……」
「わかんないよっ!! 何で海斗なの!? 全然、ぜんぜんわかんないよおっ!! どうして居なくなっちゃうの!? ねえ、私誰を憎めばいいの!? ねえ、イゾルデッ!! 私……私……っ」
「誰も悪くなかったんだ……。 仕方が無かったんだ。 お前も悪くなかった。 ただ、それだけなんだ」
「ねぇ、どうしてえぇぇ……っ! 桐野君はどうして海斗を……! こんなのってないよ……。 酷すぎるよ……。 何で……どうして……っ!」
イゾルデの腕の中、力なく呟いて泣きじゃくる響。 居ても経っても居られず、瓦礫を蹴飛ばして木田は舌打ちした。
「どうしてこうなっちまったんだよ……。 海斗……ぜってえ生きてるよな……」
「ああ。 その為に俺たちは探すんだろ? イゾルデ、響を頼む。 俺と木田は捜索を続ける」
「……承知した。 後を頼む」
「へーきだって! 海斗のやつ、いっつもひょっこり平気なんだよ! だから俺……俺、ぜってえ諦めねえから……」
走り去っていく二人を見送り、イゾルデは目を閉じた。 延々と泣き続ける響の絶望の声を癒す方法は、どうにも見つからないままで。
「…………お兄ちゃん?」
病室を抜け出した香澄が無断で侵入したのはありすの病室だった。
同じくベッドの上に腰掛けたありすは結んでいた髪を下ろし、ブロンドの隙間から無感情な瞳で香澄を捉えていた。
「また、来たんだ……。 もうこないでって言ったのに……」
何も言わず、香澄はパイプ椅子の上に腰掛ける。 その瞳はありすを見ていない。 床の上、或いはその手前で組んだ自らの手だろうか。 それとも、その手前の空気か。
何も見ていないのだ。 何も映してはいない。 ただ、そこに座ってぼんやりと黙り込む。 ありすは何も言わずにそれを見つめていた。
香澄がこうしてこの場所にやってくるのはこれで三度目だった。 既に語るべきことは語り、今はもう言葉も出てこない。 ただ深い深い沈黙だけが降り注ぎ、底には既にあの仲の良かった兄妹の面影は欠片も感じられない。
ありすは全ての感情を失っていた。 笑う事を忘れ、悲しむ事を忘れ、今はただ絶対的な無だけがある。 ありとあらゆる感情と一部の記憶を失い、今そこにあるのはありすの形をしているだけの抜け殻だった。
その中身を奪ってしまったのはほかならぬ香澄であり、誰かに当たることも出来ない。 全ての責任は香澄にあり、それを香澄は重々理解していた。
「あのね。 お兄ちゃんは、自分が悪いとか思って……ありすが可哀想とか思ってここに来るのかも知れないけど、何度も言うけどそんなのもういいの」
ありすは感情を込めない口調で淡々と語る。
「何度来ても変わらないし、ありすはお兄ちゃんに何も感じてあげられないから。 意味、ないんだよ。 わからないかな……。 お兄ちゃんにこられても迷惑なの」
深々と香澄の胸に突き刺さる言葉。 それでもありすは言葉を止めない。
「お兄ちゃんなんて大嫌い。 顔も見たくないの。 ねえ、わかってよ……。 ありすのことはもう忘れて生きてほしいの。 ここにはもう二度とこないで」
けれど、何よりも香澄の胸が苦しい理由はそこにはなかった。
こんな状態になってしまって。 笑顔を奪われてしまって。 太陽のようにまぶしかったあの姿はもう見られないのに。
それなのに妹はまだ、兄の事を案じているのだ。 大嫌いだといって。 もう顔も見たくないといって。 兄が此処に来て、笑えない自分を見たら心が痛むのだと知っているから。 だから、忘れてというのだ。
それがどれだけ香澄を傷つけるか。 傷口を抉るのか。 こんなになってまで自分を思ってくれている妹に申し訳が無く、ただただ恥ずかしく、ただただ悲しかった。
自然と涙が零れ落ちる。 その姿を見てもありすは何も感じられない。 悲しみを奪われたありすはそれを思うことが出来ない。 そんな思うことの出来ない身体になっても尚。 彼女は想像し、かつての心の名残を頼りに兄を案じているのだ。
それがどれだけの奇跡であり、どれだけの深い愛情なのか。 香澄はそれを痛感せずには居られない。 椅子を倒して立ち上がり、小さな身体を力任せに抱きしめた。
ありすは無表情だった。 綺麗な顔の作りも相まって、その姿は人形のようでさえある。 それでも香澄は理解していた。 それは確かにありすなのだと。
もう、無邪気に笑ってくれない。 ふてくされてくれない。 悪戯もしてくれない。 おかえりとも言ってくれない。 ただここで残りの人生を全うするだけの、全てを奪ってしまった妹の亡骸。 それを生み出してしまった現実。 それら全てを強く抱きしめていた。
「ごめんな、ありす……。 ごめん……ごめんな……」
「…………お兄ちゃん」
「ありがとうありす……。 愛してる。 これからもずっと……」
腕を離し、背を向ける香澄。 涙を拭い、部屋を去っていくその背中を見送り、ありすは目を閉じた。
逃げるように廊下を走り、突き当たりで息を切らす香澄。 逃げる……逃げ場所などあるはずもない。 それは彼自身が一番判っている事だった。
どうしたって過去は変えられない。 だから今を全力で生きるしかない。 前向きな言葉ではなくただそうするほかに出来ることは一つもないのだと知っているから。
それでも逃げ出したかった。 忘れてしまいたかった。 覚えていれば死にたくなるほどの辛い絶望。 どうしようもなく自分を攻め立てる罪の証。 涙は枯れ果て、心さえ折れてしまいそうだった。
そんな香澄の正面に、両手に包帯を巻き、悲痛な顔をした響が立っていた。 傍らには付き添いでイゾルデの姿もある。 だが、二人はお互いの姿しか見えていなかった。
「……冬風」
名前を呼ばれ、響はびくりと肩を震わせる。 それからわなわなと震える拳をきつく握り締め、唇を噛み締める。
「――――教えてください、桐野君」
包帯に滲んだ血がじわじわとその範囲を増して行き、響の深い悲しみを湛えた瞳が香澄を射抜く。
「海斗が何をしたんですか……? 彼はどんな罪を犯したんですか……? 貴方はどうして……桐野君、どうして……っ! 何がどうなったらああなるんですか!?」
駆け出した冬風は真っ直ぐに香澄の胸に飛び込み、その胸を叩きながら詰め寄る。
そう、彼女たちは知らない。 あの瞬間、キルシュヴァルトとキルシュヴァッサーの戦いを。 そして第三者、蒼穹の結晶機が乱入していた事を。
そこでの会話も、香澄がキルシュヴァッサーに乗る事になった経緯も。 何もかもがわからず、ただ生き残った瞬間キルシュヴァッサーに乗っていた香澄が全ての原因なのだと、ただその結果だけを知っていた。
だから彼女たちが戸惑うのは仕方の無い事だった。 訳も無く香澄は暴走し、そして大切な仲間を――愛する人を奪い去ったのだから。
「理由があるなら教えてください……! 訳を話して! そうしてくれなきゃ私……私、貴方の事を許せなくなりそうなの……っ! ねぇ、何とか言ってよっ!! 桐野君! きりのくんっ!!」
香澄はその全てを理解していた。 響の手から滲む血の意味も。 彼女が懸命に自分を信じようとしている事も。 憎しみと信頼の間、激しく揺れ動く心の所為で壊れてしまいそうになっている事も。
「――全部、俺の所為だ」
だから、嘘をついた。
「全部俺がやった。 海斗を殺したのも……ありすの記憶を奪ったのも、俺だ」
「……言い訳してよ」
「……出来ない」
「どうして!? 見苦しくてもいいよ! 私ちゃんと最後まで聞いてあげるよ! 桐野君の話を聞いてあげるからあっ!! 言い訳してよっ! 違うんだって言ってよ!! 信じていいんだって私に言ってよぉっ!!」
「…………すまなかった」
歯を食いしばり、目を見開き、それから脱力するように力を抜く響の瞳から涙が伝い落ち、ずるずると。 ずるずると、その場に座り込んだ。
「どうして……。 私、貴方の事……。 信じて……信じてたのに……。 本当に……心から。 信じていたのに――」
「……俺を信じるな。 謝る事はもう出来ないから……。 だから、俺を憎んでくれ。 それで全て終わりにしよう」
響は答えなかった。 俯いたまま、その場でじっと黙り込んでいた。
その頃には既に香澄の腹積もりは決まっていた。 涙は流さない。 心は揺らがない。 ただそう、憎しみの対象であるために。
未来を変えるために。 取り戻せない物のために。 責任のために。 贖罪のために。 そして憎まれ、彼女の心を守るために。
「俺は桐野香澄……キルシュヴァッサーの正式なパイロットだ。 ミスリルは一匹残らず俺が駆逐する。 一匹残らず、皆殺しだ。 その為に俺はもう何も守らない。 何も救わない……。 俺を信じるな、冬風。 俺はもう、お前を信じないから」
「…………酷いよ……。 酷すぎるよ……」
香澄は答えなかった。 表情は変わらなかった。 ぐさりと突き刺さる消え入りそうなその声の一つ一つを受け止め、嘆かない。
嘆く権利などない。 朱雀の言った言葉が全てで現実だった。 それを受け入れた。 自分の人生を投げ捨ててでも、成し遂げねばならないことが出来た。
悲劇を生む存在がミスリルならば。 その全てを憎み、その全てを滅ぼして報いよう。 そうする事でしか、悲劇を止められないのならば。
「返してよ……。 海斗を返して! 私の好きな海斗を返してっ!! 貴方の所為で! 貴方が殺したっ!! 海斗を返して――――ッ!!!!」
香澄に縋りつく響を背後から押さえ込み、目を細めるイゾルデ。 イゾルデは、香澄の選択に気づいていた。
それがどれほど辛い道だろうと、香澄はもう選んでしまった。 もう揺らがなくなってしまった。 自分に呪いのように嘘を付いた。 それはもう、真実を明かす事はない。
「うああああぁぁぁ……っ!! 私は……っ! 私はあああああっ!!」
泣きじゃくる響に背を向け、香澄は歩き出した。 もう戻れないと覚悟した。 もう、彼女は自分に笑いかけてはくれないだろうと。
信じると笑い、仕方が無かったと泣いて。 心配し、悔しがり、嫉妬し、打ち解け、そうして心を通わせてくれた全てが音を立てて崩れ去り、全てが無駄になる。
それでも香澄は表情を変えなかった。 眼鏡をかけ、深呼吸する。 それが終わる頃には、既に気持ちを切り替えていた。
「全てのミスリルを……駆逐する」
拳を握り締め、顔を上げる。 その眼差しは今までの香澄とは程遠く、とても強い決意に満ち溢れている。
燃え上がるような覚悟の瞳。 故にそれは物語の始まりを意味しているのだろう。
桐野香澄という少年が、心に覚悟を決めミスリルを滅ぼすと決めた時、全ての物語は動き始めた。
それはそう。 もう二度と戻れない、優しい過去を置き去りにして――。
〜あとがキルシュヴァッサー〜
えー、はい。というわけで、第一部完ということで。
次から秋になります。で、もうちょっと明るくなります。
ここまでが香澄が戦う理由と決意をするまでのお話で、次から香澄の戦いがようやく始まります。そんなわけでここまでプロローグだったと思ってもらえればよいかと。なげえ。
それにしても親しくなった人間がことごとく離れていく主人公になってしまった。最終的にはハッピーエンドにする予定だからそこまで我慢してもらおう……。
これからしばらくは香澄とキルシュヴァッサーにメインスポットをあてお話を展開したいと思います。如月重工とかイゾルデとかの話もまあちょこちょこ。
とりあえず次から第二部ということで。ここまでの人間関係とかとの対比を楽しんでもらえたらいいなーと思います。
いい加減フラグ張りすぎなのでちょくちょく回収しないとなあ、とか思う今日この頃。そして昨日書いたおまけの文章が丸ごと消えててなきそうな今日この頃。
よーし、明るい話になるようにがんばるぞう……。
〜キルシュヴァッサー劇場〜
*本編シリアスそっちのけ*
『主人公』
木田「香澄んってスゲエ叫ぶよな」
響「うんうん。 もう毎回毎回叫んでるよね」
木田「ありすー! とか」
響「アレクサンドラー! とかね」
木田「そのへんスーパー系っぽいよな」
響「主人公っぽいかも!?」
『評価なんて』
海斗「感情移入しちゃだめーーーー!!」
佐崎「……急にどうした?」
海斗「うん。 あのね、前作霹靂の〜では、感情移入して読むと途中で辞めたくなるって人が結構いたのね」
佐崎「そんなメッセージばっかじゃねえか」
海斗「だから、今回は読者様が感情移入する前にストッパーをかけておこうとおもって」
佐崎「それはそれでどうなんだ?」
『主人公その2』
香澄「でもようやくキルシュヴァッサーが俺のものになったな。 ぶっちゃけ海斗のせいで全然主人公っぽくなかったしな」
ありす「人気もびみょーなんじゃない? リイドは人気あったのに」
香澄「ヒロインよりも人気……主人公はそうでなくてはダメってことか?」
ありす「それにしてもへったれだよねー。 毎度毎度思うけどさー」
香澄「つーかお前ふつーに喋ってんね」
ありす「本編とは関係ないもん!!」
『反抗期』
香澄「なんなんだって言ってんだろ!?」
綾乃「!?」
木田「……おい、固まっちまったぞ」
佐崎「大丈夫ですか?」
綾乃「これってもしかして、遅れてやってきた反抗期ってやつかしら……」
香澄「いや、違うんじゃないか……?」
『綺麗好き』
香澄「キルシュヴァッサーってさ、敵をぶった斬った後必ずマントで刃を拭うよな」
銀「斬った後はどろどろしてるから拭くの」
香澄「おわあ!? 喋った!?」
銀「次から普通に話すようになるよ」
香澄「そ、そうなのか……。 それにしてもキルシュヴァッサーは勝手にあの動作してんのか?」
銀「うん」
香澄「……えーと、意思があるのか?」
銀「うん」
香澄「……会話盛り上がらないな」
銀「うん」
『桐野ブラザーズ』
秋名「長女秋名! 自堕落お姉さん! 基本的に自己中心的! 世界はわたしを中心に回ってる!」
ありす「次女ありす! 作者曰くうざい系妹! ロリとエロ担当! あとなんか色々フラグ立ってるけど今回から出番が暫くなくなる!」
香澄「長男香澄! ミスリルバスター始めました! ツンデレと眼鏡担当! 色んな女の子とフラグ立ててるようだけど、憎まれ役なら任せてくれ!」
秋名「……前から思ってたけど、二人とも変わってるわよね」
ありす「それお姉ちゃんがいうの?」
香澄「全くだ」
〜完〜