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残酷な、セツナリズム(3)

 ミスリル反応があるから来てみりゃ、ありゃ第三の連中じゃねえか」


「チーム、キルシュヴァッサーか。 あの様子では復活という事だろうな」


キルシュヴァッサーがサザンクロスを撃退した頃、その様子を対岸から見届ける三つの結晶機の姿があった。

迷彩柄の装甲にグリーンのマント、それぞれ手には銃器を装備している。 第三共同学園生徒会、チームステラデウスに所属するステラデウス一番から三番機までが駆けつけたのは、まだキルシュヴァッサー復活の報告を彼らが受けていなかったからである。

全チーム中、量産傾向に関してはトップの技術力を誇るステラデウスの運営により、エルブルス、キルシュヴァッサーという三つ巴のうち二つが活動停止状態にある東京フロンティアは何とか守られてきたのである。

通常時ならばこのエリアは第二生徒会の活動範囲外。 しかしキルシュヴァッサーが大破していた以上、彼らが駆けつけるのはごく自然な行動だった。


「隊長、あの可変型――見覚えがありますわ。 確か半年前に取り逃したタイプかと」


「確かにデータ上符合する部分が多いが……たかが半年であそこまでレベルアップしていたとはな。 エルザ、ミスリルのデータ更新を忘れるな。 それが終わったらずらかるぞ」


「オイオイ、リーダー! せっかく顔あわせたんだしよ、第三の連中に少しくらい挨拶してこうぜ? 重武装で強行軍してきたのにこれじゃ締まらないぜ」


「国連監視下以外での結晶機同士の戦闘行為は規約違反だ。 国家問題になるぞ? 私はまだこのチームのリーダーで居たいものでな……。 規約は守る。 絶対だ」


「つまんねー……。 ま、俺も下らない事でクビになりたくねーし? まあガマンすっか。 おいエルザ、さっさと帰ろうぜ!」


「判っていますわ。 ついでにキルシュヴァッサーのデータも……? リーダー、キルシュヴァッサーの様子が」


送られてきたデータを確認し、三人同時に理解する。 状況は次の段階へと進みつつある事を。


「レベルアップしたか、銀翼。 とにかく今日は撤退だ。 我々の力が必要ならば連中はまた泣きついてくるだろう。 兎に角恩は売ったのだ、任務は終了している」


三つのステラデウスが反転し、移動を開始した頃。 同じように遠く離れた港を望む影があった。

停車した一台の大型バイク。 その傍らに立ち、奇妙な男女はキルシュヴァッサーを眺めている。


「おいフラン、どういうことだ? ありゃアルベドの弟じゃねえぞ」


「何らかの理由で出撃出来ないのでは? あそこからキルシュヴァッサーの力は感じますから……パイロットの俗世的な問題でしょう」


「人間のルールの中に組まれて生きるからそういう事になるんだよ。 まあ、それもまた一興か」


「サザンクロスを落とすだけの力は持っているようです。 それにあの適合者……アルベドの弟程ではありませんが、恐らくは」


「関係者ってことか。 ま、もう少し傍観だな……。 キューブの奴に感づかれる前に撤収するか」


「……マスター、嫌な予感がします。 物事が大きく動く前には、決まって悪い予感がするものです。 どうかお気をつけて」


「問題ねえな。 何かあったらその時はその時だ。 それに、トラブルの無いストーリーは燃え上がらないもんだぜ? 風を受ける事の無い炎のようにな」


ヘルメットを外し、笑う男。 その傍らでメイドは無感情に主を見つめていた。

それが事件の前触れであると言う事を、まだその場の誰もが理解してはいなかったのだが。



⇒残酷な、セツナリズム(3)



「ね、ねみい……」


俺たち第三生徒会が眠りについたのは、結局真夜中の四時だった。 もう真夜中というよりは朝に近い。

そして俺たちは全員健全な生活リズムの男女であり……そんな時間まで起きている理由も無い人間だ。 故に翌朝になってもほぼ全員が爆睡しているという恐ろしい事態になってしまった。

尤も特にトラブルも無く迎えられた学園祭二日目。 俺たちのやる事は昨日どおりうまく行けば殆ど何も無いと言ってもいい。 俺がこうして目覚めた時点でなんとか仕事は進められる。


「うわ、皆死んでる……。 何があったの? お兄ちゃん」


「ああ……。 なんだろうな……」


「お兄ちゃんもすごく眠そうだけど、もうちょっと寝てたら?」


「そういうわけにもいかないだろう……。 一応、副会長だしな……」


生徒会室には洗面台やキッチンのようなものまで存在している。 そこで顔を洗ってタオルで拭きながら歩いていると一人だけ夜更かししなかったありすがいつも通りの様子で歩いてくる。

その様子は一人だけきちっとしている。 元気でいいことだ。 そういえば昨日はシャワーさえ浴びていない。 生徒会室にはシャワー室もあるが……もうなんでもあるが、流石に小さいのが一つだけなので俺だけでも早めに入っておいたほうがいいかもしれない。

それにしたって悲惨な状況だ。 床の上に馬鹿二人が転がってるのは兎も角、イゾルデも冬風も海斗も銀も、ベッドまで行かずに机やら椅子やら好きなところで寝てしまっている。 確かに昨晩の戦闘は激しかったし、疲れていても無理はないのだが。


「……まあ、もう少し寝かせてやろう。 幸い今日は学園祭だし、食うものには困らない。 起きた奴から各自勝手に食事は買ってくればいいだろう」


「お兄ちゃんシャワー? じゃあありすはなんか買ってこようかなー……。 もうやってるっけ?」


時計に目をやると、そろそろ朝の七時である。 もう店によっては活動しているだろうが、真夜中までやってたところは閉まる時間でもある。 だがそこは流石にほぼ全ての店をチェックした俺。 どこがやっているのかは頭に入っていた。


「ああ、やってるぞ。 多分玄関でて直ぐのところでいくつかやってたはずだ。 行ってみれば」


「うん、そうする。 お兄ちゃんの分も買ってこよっか?」


「頼む。 それじゃシャワー浴びてくる」


タオルと着替えを手にしてシャワールームへ入る。 服を脱ぎ、籠に突っ込み特に何も考えずシャワー室へ。

蛇口を捻ると溢れ出す熱いお湯が眠気を少し覚ましてくれるような気がする。 それにしても気持ちいい。 そういえば朝シャンプーとかしたことないな。 これを機に始めてみようか……。

そんな事を考えながら髪を洗っていると、何やら外で物音がした。 その時気づいて何か言えば良かったのかもしれないが、俺は気にしないで頭を洗っていた。 それが悲劇の始まりだった。


「うー、眠いよぅ……」


ふと、視線を向けるとそこにはタオルを抱えて眠たげに目をこする冬風の姿があった。 まあ、あえて明言する必要もないと思うが、裸である。

そのまま冬風は何の問題もなく平然とシャワー室に入り……それから俺と激突し、ようやく顔を上げた。


「……お、おはよう」


「…………?」


固まる二人。 固まる以外に何か出来るのなら言ってみて欲しい。 いや、断じてもいいだろう。 固まる他なかったと。

一応タオルを巻いていたとは言え二人とも裸である。 その視線が正面からぶつかり合う。 ちなみに小さなシャワー室なので、一人用である事をここでさらに追記したい。

狭い空間に裸で二人。 こう書くとおかしな状況を想像してしまう。 いや、実際にこれは十分おかしな状況だった。

十分すぎる程の沈黙。 その後、冬風の顔が見る見る赤くなり、俺の表情は青ざめていった。


「ひっ!?」


「ちょ……っ!? っと、待て……っ!!」


叫び声を上げそうになる冬風の口を思わず塞いでいた。 ここで冬風が叫べば全員起きるだろう。 そしてその後どうなるのかあまり考えたくなかった。

しかしこうして口を塞いでしまった時点でより状況は悪化したような気がする。 気が動転していたのは冬風だけではなく、俺もだったらしい。


「お、おちつけ……! ていうかシャワーの音したろ!? つーか、服置いてあったろ!?」


「…………」


冬風は目を丸くしている。 驚いたのか、伸ばした手がシャワーにぶつかり二人まとめて水浸しになる。

とりあえず暴れないでくれただけありがたい。 ゆっくりと手を口から放すと、冬風は泣き出しそうなくらい恥ずかしそうに視線を泳がせていた。


「ご、ごめんね……っ! 直ぐ出てくから……っ」


「あれ、誰か使ってんの?」


「「 !? 」」


俺たちは声も上げないで同時に脱衣所をみやった。 脱衣所とこことの間にあるのは一枚のシャッターのみ。 声はほぼ筒抜けで、外に居るのが木田であることは直ぐにわかった。

と、同時に俺は冬風を引っ張り込み、背中に隠すようにしてシャワーの水量を大きくする。 激しくなったその音の向こう側、背中を合わせて二人で何とかシャワー室に収まる事に成功した。


「き、木田か? 悪いが今使ってるんだ……後にしてくれないか」


「なんだ香澄ちゃんか。 なら一緒に入るか」


「アホか!! とにかく出てけ馬鹿野郎!!」


「何でそんな怒ってるんだよ……? なーんか怪しいな……。 あ、もしかして……」


小さく悲鳴を上げて冬風が身じろぐ。 俺は思わずごくりと生唾を飲み込んだ。 何やら脱衣所で木田が物を漁っている音が聞こえる。

って、そうか! 外には俺と冬風、二人分の着替えが置いてあるはずだ! それを見れば中に二人居るというのは一目瞭然――!


「……香澄ちゃんさぁ」


「あ、ああ」


これはアウトか……。 そう覚悟を決めた時だった。


「何かみょーにかわいいパンツ穿くんだな」


「……はっ?」


反応したのは俺ではなく冬風だった。 飛び出していこうとするのでその両肩を掴んで抑える。 必死に首を横に振り、冬風に訴えかけた。


「つーかこれ女物の下着じゃ……ブラジャーあるし……。 もしかして香澄ちゃん……」


二人して息を潜める。 心音が滅茶苦茶に高鳴っている。 冬風もそうなのだろう、祈るように両手を合わせ、時をやり過ごすのを待っていた。


「女装癖があるのか……」


思わずずっこけそうになった。


「いや、悪かったな……そりゃ怒るわ、うん。 この事は皆には黙ってるよ。 男と男の約束だぜ」


「あ、ああ……。 本当にありがとう、木田が馬鹿でよかったよ……っ!」


「そう褒めんなって! 皆には入らないようにいっとくぜ! じゃあな!」


何やら勝手に友情を感じて木田は去って行った。 思いっきり安堵の溜息を着いたが、微妙に腑に落ちない結末の気もする。

まあ、木田の奴は後でぶっ飛ばすとして……一先ずこの状況が悪化しなかった事を……悪化はしたが……喜ぶとしよう……喜べないが。


「…………き、桐野君」


「あ、ああ」


「ち、近い……」


「悪い……」


手を放し、一歩後退する。 シャワーの音が妙に五月蝿い。 そういえばさっき水量を上げたんだったか。

冬風は水に打たれて黙り込んでいた。 前髪から滴る水と火照った肌が妙にあれだが……というかなんだ、何で俺はじっくり見てるんだ。 後ろくらい向こうぜ、俺。


「……あ、あのね。 寝ぼけててね……。 あの、私朝弱くて……ぼけてて……だから、全然気づかなくて……だからね……えっと……」


どうも冬風は自分が悪い事をしたのだと思っているらしかった。 この状況なら何故か男の方が悪い、という感じになるような気もするが、冬風は意外と冷静だった。

いや、冷静ではないのだろう。 訳の判らない言い訳を繰り返しては途切れ途切れに深く息を吸い、吐き出している。 上手く呼吸が出来ず、声も震えていた。


「別に怒ってないから大丈夫だ。 それよりこれは俺が出て行った方がいいのか?」


「え? うー……。 えっと、私が先に出て行ったら変……じゃないかな?」


まあそりゃそうか。 一応今ここには俺が入っている事になっているわけで。

となると、俺が先に出て、その隙に冬風もコッソリ脱出するのが良いと思われる。 幸いここからは無人の仮眠室が近い。 冬風はシャワーを浴びて仮眠していた事にでもすれば誤魔化せるだろう。


「じゃあ俺は出て行くから」


「ま、まって! その……私があたま洗うまでそこで立っててくれないかな?」


何で。


「だって……また誰か来るかもしれないし……。 桐野君が出てって誰か入ってきたらばれちゃうし、桐野君が脱衣所に立ってたらシャワーの音がしたら変だし……それが一番いいかなって」


「お前がシャンプー諦めればいいんじゃねえか……?」


「やだよー……気持ち悪いもん」


左様ですかー。

結局俺たちは背中合わせのままお互いに自分の身体を洗うという意味不明な状況になってしまった。

冬風も急いではいるのだろうが、素がとろい奴なので洗うのが遅い。 俺はさっさと済ませてしまったが、冬風はいつまでも泡だらけだった。


「あのさ……」


「うん?」


「とりあえずお互いに誰にも言わないって事でいいか?」


「うん……。 あくまで事故だもんね。 アクシデントだし……。 わ、わざとじゃないですよ? ほんとだよ?」


「わかってるから……。 でも、冬風が騒がないでくれて助かったよ。 もう少しで変態扱いされるところだった」


「変態って……そんな大げさな。 木田君なら兎も角、桐野君はそんな事しないってみんな判ってると思うよ? まあそうなると、私が強引に突入したみたいで私がいやだけど……」


「まあ、兎に角お互いにこの事は忘れよう。 それがお互いの為だ」


「うんうん、そうだよね。 うん……。 はー、冷静に考えるとそんな大したことないよね! 年頃の男女だもん、裸で二人きりってことも珍しくはないよね!」


自分を一生懸命鼓舞しているのだと思うが、わけのわからない事を口走る冬風。 その言い方はちょっとよろしくない気がする。

それにしてもこいつ、結構着やせするタイプだったんだな……とか俺も訳の判らないことを考えていた次の瞬間。


「おにーちゃーん! シャワー長いよ! ご飯買って来たよー!」


「「 あ 」」


シャッターが一撃で解放された。 俺はすっかり失念していたのだ。 プライバシーなんて関係なく、ずかずか乗り込んでくる家族が一人この場に存在する事を。

裸でくっついている俺と冬風。 勿論背中をなのだが、それはあまり関係ないらしい。 青ざめたありすの顔が見る見る怒りに染まり、俺は諦めて両手で耳を塞いだ。


「何やってるのーっ!! 不潔〜〜〜〜っ!!!!」


色々な意味で全てが無駄になった瞬間であった。



「サザンクロス……。 可変能力を持つミスリル、か」


昨晩の戦い、いくつか起きた異常事態に対し俺たちが話し合い始めたのは昼も近くなった頃。 ようやく全員が出揃い、テーブルをぐるりと囲んでいた。

作戦会議がこんな時間になってしまったのは例のシャワー事件のせいでもあるが、誤解は割りとすぐに解けたのがせめてもの救いか。 会議からも追い出されたありすは不機嫌そうではあったが、とりあえずこればっかりはあとでフォローをいれるしかない。

とりあえず今は状況を整理する必要がある。 自分たちの身に何が起きたのか、それくらいは知っておかねばならない。


「結論から言うと……昨日の戦闘は罠だったと言えるでしょう。 下級ミスリルを使った陽動、その後背後からの奇襲……。 その他にも言語を話すなど、ミスリルが人間と同等の知性を持っているというのが良くわかりますね」


「あのサザンクロスってミスリルは喋りまくりだったね……。 ミスリルに知性があるのは知ってたけど、あそこまで人間に近い精神構造になってるのは初めての事かも」


海斗の言う通りだ。 ミスリルは確かに知性を持つ存在である。 人間社会に溶け込み、徐々にその勢力を拡大する。 しかし、今まで遭遇したミスリルの挙動はどこか不自然な部分が多かった。

それは言語的であったり行動的であったり、宿主になった人間はどこか人間的に不自然になる。 それはミスリルが宿主の意思を奪っているからだと言われていたが、もしかするとそれは違っていたのかも知れない。


「宿主はミスリルに寄生された時点で意思を奪われ……その後はミスリルの意思で行動していたとしたらどうだ? 連中の言動がおかしかったのは宿主の意思が阻害されていたのではなく、ミスリルが人間としての生活に慣れていなかっただけだとしたら」


「……そうだとすると、状況は最悪ですね。 人間に極限まで馴染んだミスリルは、見分けが全くつかない事になりますから。 ですがその可能性を前提とすれば……」


「うん。 寄生された後、宿主の記憶がすっぽり消えてしまうのも頷ける」


ミスリルに寄生された人間は、たとえ寄生しているミスリルを結晶機で破壊したとしても何らかの障害が残る。

それは基本的に意識的なもので、一部分の記憶の欠損に始まり感情の欠落や肉体的な行動障害など多岐に渡る。 一般的な障害は記憶的なものだが、その軽重は恐らくミスリルのレベルによる差なのだろう。

ミスリルは他人の意思を貪り、レベルを上げる毎に宿主の意思の主導権のような物を奪っていくのだろう。 結果、侵食の度合いとミスリルの進化状況は比例する事になる。


「ちなみに昨日倒した寄生したてのミスリルの宿主は二人とも軽度の記憶障害で済んでいます。 学園祭の客だったらしく、そこで歩いていたら突然記憶が無くなり、気づいたら病院だったとか」


「やっぱり寄生直後なら障害も少なくて済む、か……。 完全に人間と同じ行動がとれるようになったハイレベルのミスリルの宿主は……どうなるか考えたくないな」


「それにあの手の進化したミスリルが人間社会にもぐりこんでいる可能性は非常に高くなりました。 この場の誰かがミスリルだったとしても、今の私たちにそれを見抜く力はないんです。 これは由々しき事態ですよ」


サザンクロスたちは俺たちをおびき寄せ、奇襲するという作戦を使った。 人間ならではの理知的な戦闘行動だ。 嘘を付き、騙し、相手を陥れる。 そんな事が出来るものが相手だとしたら、これほど恐ろしい事は無いだろう。

実際にミスリルを実体化させるまで対応できない俺たちにとっては致命的な程の天敵。 ミスリルの支配は既にもう始まっているのかもしれない。


「そういえば冬風は昨日すぐに気づいたよな」


「はい。 私は感覚的にミスリルの出現、行動、位置を察知出来るんです」


今までどうやってミスリルを捕捉していたのか不思議だったが、もしかして冬風がやっていたのだろうか。 それとも冬風以外にもそれが出来る人間がいるのか。

今まで冬風がそれで察知していたとすると、その冬風でも見抜けなかったあの陽動はかなり巧妙だ。 それともサザンクロスの言うとおり、今までのミスリルが低脳だったのか……。

というか、冬風はなんでそれを察知できるんだ? 昨日冬風は寝ていたのにそれを察知していた。 機械や何かを使った様子は見られなかったが……。


「実際に手合わせしてみた某からすると、奴らは確かに甘く見られない存在だ。 だが、不知火も実装された今打ち破れない相手でも無い。 戦力的な問題よりも、奴らの真意の方が問題だろう」


「どうして今まで姿を隠していたのに、姿を現したのか……だよね」


海斗の一言に場が静まる。 そう、判らないのはその点だ。

連中は生きるために食事として人間の過去を狩るのだ。 故に人間に目をつけられ討伐されるのは本意ではないはず。 あのまま上位ミスリルが人間に馴染めるという事実さえ隠匿していれば、やつらは食事に事欠かなかったはずなのだ。

だというのにわざわざ喋って見せて、おびき寄せてみせて、しかも見逃したという事実。 やつらが高い知性を持ち作戦さえ使う相手ならば、そんな馬鹿馬鹿しいミスをするとは思えない。


「危険を顧みずサザンクロスたちが自分の存在を公にした理由……。 彼らの意図が判らないと、こっちとしても不安は拭い去れないかも知れないね」


「黙っていれば人間食い放題のあいつらが姿を現した理由……か。 対ミスリル機関の俺たちに……顔を出すメリットは何だ?」


「ふむ。 討伐してほしい、といった雰囲気でもなかったな。 手には取れぬ霞のような予感だが、奴らは確かに明確な目的を持って接触してきたように思える。 某にもそれが何なのかはわからぬが……。 どちらにせよ、この事は某たちだけで判断できる事ではないだろう。 報告書を提出し、今は戦闘に備えるしかあるまい」


確かにその通りだ。 研究や考察は俺たちの仕事ではない。 俺たちはミスリルを討伐するのが目的の戦闘部隊なのだから。

兎に角今は出現したミスリルを討つことしか出来ない。 ならば余計な事は考えず、強くなる事を考えた方が賢明なのかもしれない。


「兎に角僕たちは強くなって喋るミスリルを倒せばいいんだろ? 今は考えても仕方が無い」


「……そうですね。 報告書は私の方から提出しておきますから、今回は一先ずここまでということで。 各自新たにわかったことや気づいた事があったら報告してください」


会議が終了するともう昼だった。 判らないことや不安な事はあるが、気落ちしていても仕方が無い。 幸い今日は学園祭。 外の明るい雰囲気が気を紛らわせてくれた。

各々動き出し、チームキルシュヴァッサーとしてではなく第三共同学園生徒会としての活動を始めた時。 鋭い視線を背後から感じ、ゆっくりと振り返る。


「お兄ちゃん……ねえ、何とかしてよー」


見ると銀がありすに引っ付いていた。 何故だか判らないが、今銀はありすがマイブームらしい。 べったりとくっついて離れようとしない。

そう、問題と言えばミスリルの事だけではないんだった。 銀は今はありすに懐いているから良いが……これからどうしたものか。


「ありすちゃんにべったりだね、銀は」


隣の席に座っていた海斗が笑う。 俺は小さく頷き、その様子を眺めていた。

背後からありすにしがみ付く銀。 それから逃げようと努力していたありすだったが、今は既に諦めたのかくっつかれるがまま倒れている。

二人とも小さいのでこうしてみるとじゃれあっている姉妹のようで微笑ましいが、ありすはそこまで大人ではない。 やはり行動の自由を阻害されるのは元気のいいありすにしてみればあまり楽しくないのかも知れない。


「銀の奴はこれからどうすればいいんだろうな……。 うちは、その……。 これ以上綾乃さんに迷惑はかけられないしな。 俺一人だけでも十分世話になっている身だし……」


「……そっか。 香澄ちゃんは今は義理のお母さんと暮らしてるんだったね。 ペットとかそういうわけにも行かないし……」


「何よりありすと綾乃さんを危険に晒す可能性があるかもしれない。 相手はミスリル……昨日の件でわかっただろ? ミスリルは嘘だってつける。 人間に付け入るのが上手い生き物なんだ。 そんな物を、僕は……」


「まぁ、そうだよね……。 それじゃあ、仕方ないしボクが預かろうか?」


予想していなかった返答に思わず首を傾げる。 海斗は胸に手を当て、にっこりと微笑んだ。


「ボク、今は一人暮らしなんだ。 だから女の子が一人増えたくらいじゃ問題ないから」


いや、それは問題ではあると思う。

ただその一人暮らしだから、という下りはちょっと妙な感じだった。 十年前、海斗は両親と暮らしていた。 そして海斗の両親は結構な親馬鹿で、イジメられている海斗の立場もあり外部との付き合い方に非常に敏感だった。

例えばガキ大将的な位置にあった俺とのかかわりをよく思って居なかったり、ペットなんて持っての他。 両親共に研究者だったので海斗をよく家に一人にするくせに、口出しばかりは一人前。 絵に描いたような理想論を翳す親だったと思う。

そんな海斗の両親が俺は気に入らなかったし、向こうもそうだった。 だから海斗と遊ぶのは結構骨が折れた。 いつも俺がコッソリ迎えに行って、海斗と一緒に家を抜け出すのだ。 まあ、あんまり家により着かない親だったのはお互い様なのでその辺りは言うほど苦でもなかったが。

それはともかく、海斗が一人暮らししているという事実。 そしてあの海斗の実家がいつの間にか取り壊されていたという現実。 少し引っかかる物を感じるのは俺だけなのだろうか。

まあ、十年経って進藤一家の暮らしを変えたのだといってしまえばそれまでなのだが。


「銀も幸いボクには懐いてくれてるし。 香澄ちゃんは暫くキルシュヴァッサーに乗れないだろうから、そうするのが適切かも知れないよ」


「あ、ああ……。 そうだな……」


海斗の言っている事は非常に筋が通っている。 当たり前の事だった。 それでも俺は何故か、何かが引っかかって気持ちの良い返事が出せずに居た。

口元に手を当て、銀を見やる。 相変わらず何を考えているのかさっぱりわからないし一言も口を利かない。 けれども姉貴に良く似ている。


「それこそお前一人に預けたらお前が危ないんじゃないか?」


「大丈夫だよ。 これでも一応ミスリルとの付き合いは香澄ちゃんよりも長いし、戦闘訓練も受けてる。 それにボクは、銀がそんな事をするとは思っていないんだ」


海斗の言葉には迷いがなかった。 当たり前のように銀を信じていると笑っている。 俺は何故かその様子が腑に落ちなかった。


「……どうしてそう言い切れるんだ?」


「え?」


「銀が動き出すのは始めての事態だろ? 僕だって安易に決めずに悩んでいるのに、お前はどうしてそんなにあれを信じられるんだ」


銀はキルシュヴァッサーだ。 そしてサザンクロスのように、ミスリルは極限まで人間に近づく事が出来るとわかった直後なのに。

どこか俺はずっと違和感を覚えていた。 その引っかかっている糸のようなものが、海斗に続いているとは思って居なかった。 ただ俺はその時本能的に――理屈ではなく疑問を口にしていたのかもしれない。


「お前もしかして……銀の事、何か知ってるんじゃないのか?」


海斗は目を丸くしていた。 しかし直ぐに苦笑を浮かべ、首を横に振る。


「そうじゃないよ、香澄ちゃん。 ボクが彼女を信じる理由はもっとシンプルなんだ」


海斗はそう、昔とは違う。 ただいじめられて泣いていた、弱虫で俺に憧れるだけだった頃とは。

俺と立場は対等……いや、俺よりも結晶機の扱いに長け、そしておおらかな心でチームを影から支える力強い存在でもある。

皆信じているだろう、 海斗の存在を。 勿論俺もそうだ。 だが、時々わからなくなる事がある。


「彼女は……秋名ちゃんに似ているからね」


海斗は寂しそうに笑う。 だが、海斗が『寂しそうな顔』をした事は一度もないのだ。

つらそうな顔も、悲しそうな顔も。 まるで笑顔以外一切を忘れてしまったかのようなその表情に、僅かなうそ臭さを感じてしまうのは俺の心が美しくないからなのか。

深く椅子に腰掛け、俺は銀を見つめる。


「……そう、かもな」


答えは出なかった。 いや、俺は逃げたのだ。 それ以上海斗に踏み込むことを恐れて。

でも仕方がなかった。 これ以上踏み込んでしまったら何かが判ってしまいそうで。 今の友情が崩れてしまう事を、恐れていたのだ。

そう、そんな理由で、俺は――。


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