表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/68

月光、舞踏会(1)

強請るな、勝ち取れ、さすれば与えられん。

「……わざわざお見舞いに来てくれたの?」


都内某所の軍病院。 その一室に横たわるアレクサンドラと花束を抱えた香澄の姿があった。

熱い風が吹き込む八月の病室。 そこは結晶機のパイロットの居場所と言うには余りにも狭く、決して特別扱いはされていない事がわかる。

特別である事を願うパイロットたちにとってそれは自分の待遇が既に冷え切ってしまってる事を表す。 香澄が面会できてしまう警戒の薄さも、アレクサンドラの今の状況を少なからず教えてくれた。

右目には眼帯。 足は折れてしまったのか、宙に吊り上げられている。 全身に巻かれた包帯と痛々しい血の色に唇を噛み締め、香澄はパイプ椅子に腰掛ける。


「…………あんたに怪我を負わせたのは俺だから。 それに……それに、その……」


「あたしの人生を駄目にしたと思ってる?」


ふっと、優しく微笑むアレクサンドラ。 その表情は戦闘中のそれとは似ても似つかない。


「そんなこと、香澄が気にすることじゃないよ。 ただあたしが弱かっただけ。 エルブルスを、扱いきれなかっただけ……」


「……それでも、俺のしたことは変わらない。 正直、怖いんだ……。 あの時仲間が止めてくれなかったら、俺……あんたを殺してた」


ぎゅっと握り締める拳。 その瞬間香澄本人にも何が起きていたのかはわからなかった。

あの雨の中、慟哭した香澄。 何よりも自分が何をしたのかわからないままあのような結末を迎えたことが我慢ならなかったのかもしれない。

一歩間違えれば誰かを殺す事になるかもしれない。 そんな事は当然考え付いて覚悟して望むべきものなのだ。 巨大なロボット乗り、他でもなく自らの町で戦うのであれば。 救えない命も、ミスにより奪ってしまう命もあるだろう。

実際それは海斗もイゾルデも例外ではなく通ってきた後悔の道なのだ。 それでも尚、彼らは進む事を望み日常を笑顔で過ごしている。

強い――。 途方も無く高い香澄と彼らとの間に聳え立つ壁。 覚悟したつもりになっていただけの香澄にとって、先日の戦いはショックが大きすぎた。


「それはあたしも同じ。 きみが反撃しなかったら、きっとあたしがきみを殺そうとしてたよ」


「……教えてくれ。 あんたはそれを、やりたくてやったのか?」


戦闘中からずっと気にかかっていた事。 あの優しかったアレクサンドラが戦闘開始と共に豹変し、凄まじい殺意で襲い掛かってきた。

そのギャップは少なからず香澄の足を引っ張り、結果初動で弾かれるという失態を晒す事になった。

アレクサンドラは悲しげに視線を伏せ、それから窓の向こうに視線を追いやる。 夏の強い日差しの中、風に吹かれて木々は揺れていた。


「何も知らないのね、香澄……。 なら、教えてあげる。 そんな事で迷っているくらいなら、結晶機の適合者なんて降りた方がいい」


突きつけられる現実。 しかしそれはまさにその通りであり反論の余地も無く、そして何よりその言葉は怒りや悲しみではなく、アレクサンドラの純粋な優しさから来る言葉だった。


「誰かを傷つける事や、何かを奪う事を恐れていたら戦えなくなる……。 だから戦えるように、エルブルスが私たちに強制するの」


「…………強制、する?」


「忘れたの、香澄? 彼らはミスリルなの。 自らの意思を持ち、何らかの目的を持って人間と接触しているに過ぎない。 同族を屠るのにも彼らなりに理由がある。 そして彼らは、契約した人間が戦闘を拒否する事も、迷いを抱く事も許しはしない」


「じゃあ、あんたはエルブルスに操られて……」


「それは違う」


首を横に振り、真正面から香澄を見つめるアレクサンドラ。 その悲しい瞳から視線が外せなくなる。


「結晶機は、パイロットの心の内をさらけ出して力にするだけ。 エルブルスは特に、暗い感情を糧にして力を発揮するから……。 だから、パイロットはそんな自分を誤魔化して、色々な感情を誤魔化して……嘘をついて生きていくしかないの」


「嘘を……ついて?」


「真実なんてどこにもない。 日常を守ろうと誰もが仮面を被るように、その裏側には例外なく本心がある。 心の中にある強い思いを糧にキルシュヴァッサーも動いた……ただそれだけの事」


「恐怖……死のイメージ、か?」


「それは違う。 香澄はきっと、何か大きな力に守られたんだと思う……。 キルシュヴァッサーが、香澄を守ろうとしたんだと思う。 きっと、そんなかんじ」


「守られた……? 俺が?」


キルシュヴァッサーを制御するには、あの時自分の心の奥底にあった感情を知る事が必要になる。

何か、強烈なイメージがあの刹那脳裏を過ぎっていった。 それは死の恐怖、絶望、そして――自分が叫んだ言葉はなんであったか。

思い出せない不透明な記憶に思わず苛立つ。 そんな香澄の様子を見てアレクサンドラは微笑んでいた。


「不思議だね。 あれだけ殺しあったのに、あたしたちすごく普通」


「……そうだな。 結晶機に乗っていなければ俺たちは普通なんだ。 特別な事なんて何もない。 ただの人間さ」


「うん、そうだね。 だからあたし、普通の人間になっちゃった」


風が吹き込み、灰色に染まったアレクサンドラの髪を梳いていく。


「エルブルスのパイロット、降ろされちゃった。 だからもう、殺しあう事もないね……」


十分に予想出来ていた事だった。 それでも香澄の胸は強く締め付けられ、言葉も出てこない。

負ければパイロットを降ろされる可能性――それが現実なのが彼女の世界であると知っているのに。


「これから、どうするんだ……? 国に帰るのか?」


「……わからない。 エルブルスに乗ることだけが意味だったから。 帰るべき故郷も、家族も、グランドスラムでなくなったから」


「え?」


「……でなきゃ、こんな所にいないよ香澄。 帰る場所や意味があるのなら、人類の脅威となんか戦わない。 少なくともあたしたちは自分の為に戦ってる。 世界を救うとか国の為とかそんなのどうでもいい。 ただ生きていたいから、ただ理由がほしいからエルブルスに乗るの。 香澄は何の為に、キルシュヴァッサーに乗るの……?」


静かな、しかし強い強制力を伴う問い。 香澄は視線を逸らし、強く拳を握り締める。


「それを今、探している所だよ……」


「そう……」


それから病室に静寂が降りかかる。 ただ黙って風を受けては穏やかな病室の中二人は光を見ていた。 ただただ、眩しそうに。


「香澄」


自らの包帯だらけの腕を小さく掲げ、それから香澄の腕を指差した。


「あたしたち包帯だらけで傷だらけだね」


香澄もまた軽傷であったとは言え、全身に傷を負っていた。 包帯だらけの二人は向かい合い、互いの姿に苦笑する。


「ああ。 ぼろぼろだ」


「花……貰ってもいい?」


「その為に買って来た」


小さな花束をアレクサンドラに手渡し、花瓶を探す香澄。

少女はその花を胸に抱き、それからにっこりと微笑んだ。


「ありがとう、香澄。 次に会う時は……もっと、違う出会い方がいいな」


そうして花を抱えて笑ったアレクサンドラは夏の光に消えてしまいそうな気がした。

この数日後、第一共同学園及びチームエルブルスより、アレクサンドラの名前は抹消された――――。



⇒月光、舞踏会(1)



「ど〜〜したよ、かっすみちゃんっ!!」


「おぶっ!」


背後から突然抱きついてきた木田の顎に膝を叩き込み迎撃する夏休み生徒会合宿十日目。

あの戦いから三日。 色々と慌しかった生徒会ではあったが、実行委員の連中の夏休み返上作業と生徒会合宿のお陰もあり、大分落ち着きを取り戻していた。

学園祭当日までいよいよ十日。 長かったようなあっという間だったような日々が過ぎ去り、結果として俺たちの作業のお陰で学園は大分学園祭模様に彩られていた。

今日はおよそ大体の目処がつき、催しの内容の再チェック、ホールを使用するものの順序の吟味などと言う理由付けをつけて一日休みを貰っている。 おかげで生徒会室は久しぶりにだらけきったムードが広がっていた。


「いってえ……。 香澄ちゃん、なんで男にそんな容赦ねえの?」


「つーか香澄ちゃんっていうな馬鹿」


「本気で怖え!」


おかげでこういう馬鹿が活気付く。 俺は基本的に自分の名前だって好きじゃないのに、ちゃん付けされて嬉しいとでも思ってんのかこの馬鹿は。

それにしても暇だ。 仕事をしている間は無我夢中で実に何も考えていない状態だったが、こうして暇をもてあますと余計な事を考える。

キルシュヴァッサーのこと。 俺のこと。 そしてアレクサンドラのこと。

一先ず前回の模擬戦では勝敗が着かなかったという事になった。 結果的に逆転し勝利したのはうちだったが、俺たちはその勝利を返上することにした。

結果的に俺たちは必要以上に争い、二機の結晶機に多大な損害を与えてしまった。 今もキルシュヴァッサーは急ピッチで修復されているが、今ミスリルが現れたら第二生徒会の連中に任せるしかないのが実情だ。

手放しには喜べない結果だ。 いや、むしろ多くの課題が残されたと言えるだろう。 俺も入院していれば少しは違ったのかもしれないが、どうにもここにいるとそんなナイーブになっている暇がないらしい。


「何だ、またちちくりあっていたのかお前ら。 随分と仲がいいな。 ま、まさか……」


「ねえよ!! 木田だけはねえよっ!!」


「まあ冗談はともかく、お前らあれを見ろ。 面白い事になってるぞ」


佐崎に案内されこっそりと移動する。 それにしたって見通しのいい生徒会室の中なのだから意味はなさそうなもんだが、ぞろぞろと移動する俺たちにしかし二人は気づいていなかった。

二人と言うのは自動販売機の前の海斗と冬風の事だ。 二人は何やら小さな声で話している。


「ふむ? これはもしや……デートのアタックというものか?」


「おわっ!? イゾルデ……いつからいたんだ」


「最初からに決まっているだろう香澄。 にしても、あの二人いつまで経っても煮え切らんな……。 正直見ていてやきもきする」


首を縦に振り肯定する木田と佐崎。 この様子だと冬風が海斗に片思いなのは周知の事らしい。

テーブルの影に屈み、三人はこっそりと様子を覗いている。 俺一人だけ立っているわけにも行かず、結局馬鹿連中と一緒に屈んで様子を見る事になった。


「それでイゾルデ。 どうしてあれがデートの誘いに見えるんだ?」


「フフ……。 そうだな。 とりあえず学園祭が間近に迫っているからではないか? ちなみに我々も当日は丸一日とは行かないが、いくらか自由な時間がある。 それに付け加え開催は二日間だ。 特に初日は二十四時間空いているからな。 何か夜に男女が発展してしまってもおかしくは無いだろう!」


何故か目を輝かせ拳を握り締めるイゾルデ。 何だか良くわからないが楽しそうだった。


「うーん……。 お兄ちゃん、夜に発展ってなに?」


俺の傍らにはいつの間にかありすが四つんばいになっていた。

思わず叫びだしそうになる俺の口を他三人が取り押さえる。 ありすは目を丸くしていた。


「香澄ちゃんKY! 今叫んだらばれるっしょ!」


「すまん……っていうかありす、お前は関係ないんだからあっちにいってなさいっ!!」


「お兄ちゃんたちだけ楽しそうにしてるなんてずるいじゃん! ありすもまぜてよ!」


「ふむ……。 どうやらありすも、男女の夜の発展について知りたいらしいなー」


「イゾルデッ!!」


「そのくらいにしておけ! いくら隠密行動に長けた俺でも、これ以上は誤魔化せん!」


悪戯っぽく笑うイゾルデ。 未だにコイツは何を考えているのかよくわからない……。

佐崎の小さな一喝を受け、俺たちはテーブルの下で結託する。 そーっとテーブルの向こう側を再び覗き込むと、そこには海斗の苦笑があった。


「君たちそこで何してるのかな?」


俺たちは全員同時に顔を見合わせ、それから同時に頭を押さえた。


「ひ、避難訓練…………?」


俺の小さな呟きはわけのわからない空気の中に溶けて行った。


「ふー、やぶへびやぶへび……っと。 逃げ遅れてたら確実に響のやつに説教くらってたねぇ」


結局俺たちは響が拳をわなわなと震わせている間に生徒会室を脱出する事に成功した。

廊下をしばらく集団で疾走するという生徒会にあるまじき行動の後、ようやく一息ついた俺たちは脚を止めた。


「だから止めておけば良かったろうに……。 ありす、大丈夫か?」


「うん、平気平気。 それよりあの二人いつになったら進展するのかな?」


ありすにまでバレバレらしい。 馬鹿連中は輪を作り、二人の話題で盛り上がっている。 その中でも若干まともな精神の持ち主であるはずのイゾルデの肩を叩く。


「あの二人はいつからあんな状態なんだ?」


「ふむ、香澄も気になるか。 お目当ては響……いや、もしかして海斗……!?」


「違うっつーの。 あからさまなボケはよせ」


「そうだな……。 私の知る限り、初めからだったな。 ただ私がこの第一生徒会に所属するようになったのは一年前からだからな。 それより前からああだったのではないか?」


すると何か? もう数年間あいつらはあんな関係なわけか。

戦いのパートナー、そして生徒会の会長と一般会員。 私生活的に二人の間に絡みは無いような気もするので、もしかしたら本当にそれだけの関係なのかもしれない。

まあそんな事は別にどうでもいいのだが……さっさとケリをつけてしまえばこいつらにも騒がれずに済むのに、と思う。

傍から見ていても二人はお似合いに見える。 さくっと付き合ってしまえばそれで済むじゃないか。

そんな風に考えはするものの、興味はそれほど無い。 連中程この件について入れ込んでいるわけでも楽しんでいるわけでもない。 俺にはもっと考えなければならないことが沢山あるからだ。


「なあなあみんな! 俺ちょっと良い事考えちゃったんだけどさ、一枚噛まねー?」


他の事について悩んでいるというのに、木田はまるでこっちの話を聞かずに何やら騒ぎ出した。 他の連中はノリノリで木田に耳を貸している。


「よしよし、それでな……っておーい! 香澄ちゃん、そんなところで何やってんの! 耳貸せって!」


「どうして僕がそんな事を……」


「いいからいいから! ここは空気読んでおこうぜ! 成せば成るっていうだろ?」


「ほーら、お兄ちゃんこっち!」


「はあ……」


思わず零れる溜息。 仕方が無く耳を貸すと、結果的に俺たちは一箇所に密集する陣形となり、作業に来ていた生徒にすごい目で見られてしまった。

どうせろくな提案がされるわけがないのだと判りきっていたのだが、その後木田の言い出した事にはさすがに俺も呆れた。


「あの二人がくっつくように俺たちでサポートしてやろうぜ」


何故かノリノリな全員。 だがそれは無粋を通り越して馬鹿なんじゃないか……という俺の意見は無視されてしまった。 恐るべし民主主義。


「今こそ第一共同学園生徒会のチームワークを発揮する時だ! よし、香澄ちゃん! お前はまず海斗を連れ出すんだ!」


「はあ……。 まあ、もうなんでもいいけどな」


「ふむ、何やら面白くなってきたな……! よし、早速準備に取り掛かるか」


「女の子には女の子にしか出来ない準備があるもんねーっ?」


何やら通じ合っている女子二名と作戦会議に盛り上がっている男子二名を背に俺はさっさと生徒会室に戻る事にした。

まあどうせ休みで暇だったのだからこれといって支障はない。 海斗を連れ出すだけでいいのならば、簡単な仕事だ。 終わったら適当に外で休んでいれば済む。

生徒会室に戻ると、二人はなんともいえない気まずい空気になっていた。 その場に強引に割り込み、無言で海斗の手を取ると生徒会室の外に連れ出した。


「えぇ? 香澄ちゃん、どうしたの?」


「少々付き合って貰いたい場所がある。 面倒な事にならないためにも抵抗しないでくれ」


「え? うん、まあ……それは構わないけど」


海斗は予想通りあっさりと連れ出す事が出来た。 あとは他の連中が上手くやる事を祈るのみだ。

まあ、実際祈るほどのことでもないんだが……。 海斗を連れ出し向かった先は学園内中央部にあるガーデンスペースだった。

ここは学園祭中も休憩所としてそのまま利用されるため、今は誰も居ない静かな空間になっていた。 逆に今この学園の中で静かな場所は珍しいくらいで、だから俺たちがそこに足を向けたのは当然の流れだった。

生い茂る緑の木々。 人工的に生み出された芝生、花々……。 こっちに転入してからずっと忙しくて皮肉にもこうしてゆっくりと立ち寄るのは初めての事だった。

噴水の周辺を取り囲むように円形に設置された銀色のパイプで構築されたベンチに腰掛け、涼しげな水の音に思わず気分もリラックスする。


「ふう……。 久しぶりのお休みだし、たまにはこうしてノンビリするのも悪くないね」


「そうだな」


思えばこっちに来てから海斗と一対一で話すのは初めてではないだろうか。 常に響やらありすやらが俺たちの周りには付きまとっていたし、俺たちも自然と二人きりで会うのを避けていたような気がする。

そう、二人で会えばシリアスな話に成ってしまうのは避けられない。 訊きたい事も、話したいことも沢山ある。 今、キルシュヴァッサーという一つのチームに所属したからこそ話したい事も。

だが何から切り出せばいいのか、何を話せばいいのか判らなかった。 昔は何も考えず、隣に海斗がいるのが当たり前だったはずなのに、気づけばこんなにも互いの事が理解出来ないで居る。

間に横たわる時間と言う大きな障害を飛び越えるには、恐らくもっと強い勢いが必要なのだろう。


「それで香澄ちゃん、何かボクに話があったんじゃないの?」


「あ、ああ……」


一瞬エルブルス戦の事が脳裏を過ぎる。 だがしかし、それは海斗に話してどうにか成る事なのだろうか。 俺自身が、覚悟を決めねば成らない事なのではないか。

それでも、俺は黙っている事が出来なかった。 既に説明は受けている。 それでも俺は、もう一度問わずには居られなかった。


「キルシュヴァッサーは……結晶機ってのは、何なんだ」


海斗はその質問を恐らくは予測していたのだろう。 少しだけ寂しげに微笑み、それから背もたれに体重を預け、窓の向こうに広がる高層ビルたちを見つめた。


「結晶機はミスリル。 ミスリルそのものだよ。 そもそも香澄ちゃん、ミスリルってなんだと思う?」


ミスリル……。 ミスリル。

それは、グランドスラムが起きた場所に出現する目には見えない敵。 人間に憑依し、次々と人間を襲っていく。

その行動原理は不明。 連中は通常空間とは異なる場所に存在する生き物で、ミスリルと同等の存在である結晶機のリアルエフェクト――現実空間への固定化を行わなければ物理的手段で倒す事が出来ない存在。

倒してしばらくすると勝手に溶けたり結晶化して砕けたり、塵になって飛んで行ったりする……。 放っておけば人間を傷つける敵。 俺の認識はその程度だった。

思う通りの事を話すと、海斗は頷く。 そうしてそれからゆっくりと語り始めた。


「彼らが何の為に人を襲うのか……。 そもそもどこからやってきたのか、その全てがまだ判っていないんだ。 ただ最近、連中は人間に寄生して……その人間の心の中にあるものを基準に実体を形成するらしい事がわかってる」


「……つまり、寄生された人間のイメージによって肉体を得る、ということか」


「それに彼らは基本的に人間は殺さないんだ」


「え?」


それは初耳だった。 人間にとっての敵……それは俺たちだけではない、世界中の関係者たちの共通認識だと思っていた。

確かにあの日、俺が始めて公園でミスリルと遭遇した時……あいつは人間を襲おうとはしていなかった。

むしろあいつの標的は俺……いや、そもそも俺だったのかどうかも、殺そうとしていたのかどうかもわからない。

ただ結果的にブランコが倒れて子供を巻き込みそうになったというだけで、そうしようとしてミスリルがしたかどうかは微妙なところだ。

つまり、人間を傷つけるつもりはないが、傷つけないでいる理由もない……ということだろうか。


「彼らが人間にとって害だと判断される理由は、人間に寄生して記憶や感情を奪う事にある」


ミスリルは人間に寄生すると、その人間の過去を食って成長し、やがてその食った過去を素にした肉体を構築する。

人間に寄生する前の形のない状態のミスリルを幼体と呼ぶらしい。 その状態のミスリルは実体もなく空間を浮遊している状態にあり、察知する事は不可能である。

その後ミスリルは人間に寄生し、成長期となる。 ミスリルに寄生されても生活が大きく変わる事は無く、だんだんと忘れっぽくなっていき、最終的には自意識が奪われていく。


「ミスリルはそうして食らった分だけ成長し、最終的には宿主だけではなく周囲の人間の記憶も搾取するようになる。 この状態が成体――。 ボクたちが察知して倒す事が出来るのは、この成体だけなんだ」


「……ってことは」


「うん。 ボクらがミスリルを見つけるということは、すなわち誰かの心が壊れてしまった事を意味する」


当然俺たちが救えるのは、成体ミスリルに襲われる周囲の人間だけ。

あの子供も元々は他の子供の輪の中にいたのに、ミスリルに寄生されているうちに徐々に感情をなくし、ぼんやりしてしまったのかもしれない。

そして他の子供の記憶を搾取しようとしていたところに俺と海斗が現れた――。 そんな筋書きだったのだろうか。


「ミスリルは元々は何もない存在なんだよ。 だけど、人間の過去を搾取する事で成長し、形を成す。 結晶機はつまり……適合者に寄生しているミスリルのことなんだ」


「お、おい。 それじゃあキルシュヴァッサーに乗る僕たちは、キルシュヴァッサーというミスリルに寄生されているってことか?」


「そうなるね。 だからボクらには『予備』が必要だし、訓練も十分に積む必要がある。 でもまあ、結晶機の場合は人間から必要以上に過去を搾取する事はないんだ。 どちらかというと敵――他の記憶を所有するミスリルを物理的に捕食することで成長するわけ」


つまり野生のミスリルは人間を宿主に成長し、その成長したミスリルを結晶機は討伐して捕食、成長するわけか。

それはつまり、俺たちがミスリルと呼んでいるものと結晶機と呼んでいるものは殆ど何も変わらないと言う事になる。


「判っているのはそれくらいで、結晶機そのものがどういうつもりで人間に手を貸しているのかもわからない。 ミスリルは意思を持つ者だからね」


「…………じゃあ、場合によってはこの間みたいに……」


「うん。 こちらの制御を離れ、ミスリルが自分の意思で動いてしまう可能性もある。 場合によっては……宿主であるパイロットに精神的影響を与えてしまったりね」


これで少しアレクサンドラの言っていた言葉の意味が理解できた気がする。

エルブルスはアレクサンドラという宿主に寄生し、過去を吸出し感情に影響を与える。 しかしそれはアレクサンドラから出でたものであって、エルブルスが与えたものではない。

だから、他の誰かの責任でも偶然などでもなく、あの暴走事故は俺たちの心の弱さが招いたものだった。

冷静に考えれば理解できる。 死を免れる最善の方法は、目前の敵を殺す事なのだから。


「……黙ってた理由も、もう香澄ちゃんは判ったよね」


「……乗ってたんだな?」


自分の口調が冷え切っているのが判る。 だが、俺は質問を止める事ができなかった。


「宿主の過去を搾取して形を成すのなら……キルシュヴァッサーが、姉貴に似ているのは……」


「わからないんだ」


質問を遮るように海斗は呟き、首を横に振った。


「でも、もしかしたら香澄ちゃんの言うような事があったのかもしれない。 ボクがキルシュヴァッサーを知った時にはもうああだったから……。 だから、わからないんだ」


海斗は嘘を付いているようには見えなかった。 だが、少なくも落胆した俺は思わず溜息を零した。

姉貴の昔に似すぎているキルシュヴァッサー。 宿主に寄生し、過去を食らうというミスリル。

二つの可能性が脳裏を過ぎり、気分はどんどん沈んでいく。 そんな俺の肩を叩き、海斗は気楽に笑っていた。


「その不安はボクもずっと抱えてる。 香澄ちゃんも例外じゃない。 ミスリルと戦うなら……避けては通れない」


「……ああ。 判ってる。 判ってた、つもりだった……」


それでも俺は、現実を知って……。 自分が戦わなければならないのが、化け物だけではないと知って……。

覚悟が甘すぎた。 まるで決まっちゃいなかった。 だが、今は少しだけそれでもいいのだと思えるようになった。

覚悟はこれから決めていこう。 真実と事実を追いながら、ゆっくりと考えればいい。 嘘を付いて自分を誤魔化して、強引に先に進んでも仕方が無い。

迷える時に迷っておこうと思う。 せめて今は、そうすることがアレクサンドラに対する誠実な態度なのだと思えるから。


「でもこれで可能性は増えた。 やっぱりキルシュヴァッサーは……姉貴に続いてる」


海斗は微笑んで俺を見つめていた。 何だかんだいってもやはりこの世界では先輩だ。 こういう時は素直に頼りにした方がいいのかもしれないな。

そんな風に素直に海斗に感謝していると、ふとここに海斗を連れ込んだもう一つの理由が脳裏を過ぎった。


「海斗はいつからキルシュヴァッサーに関わってるんだ?」


「え? ボクは二年半くらい前かな。 それがどうかしたの?」


「えーと……冬風はいつからいるんだ? お前ら仲良さそうだが、最初から一緒だったのか?」


「違うよ? 響さんは……ちょっと色々あってね。 生徒会に入った理由も複雑なんだ」


苦笑を浮かべる海斗。 俺はその台詞を軽く流してしまったが、海斗はどうやら深い思い入れがあるらしく、どこか遠くに想いを馳せていた。

冬風と海斗の過去にあった何か。 二人の間柄に興味なんてなかったはずなのに、いつの間にか俺はそれが知りたくなっていた。

勿論その場でそれを訊ねることは出来なかったし、出来そうな空気でもなかった。 だが俺はそれを、予想もしない展開で知る事になる。

思えばこの時既にそのフラグは立っていたのかもしれない。 後々思い返せば、そうも思えるのだけれど――。



〜キルシュヴァッサー劇場〜


*何がバルゴラ・グローリーだよ…羽ついただけじゃん…*



『木田と佐崎その2』


香澄「俺は……ッ! 俺はぁぁぁあああああっ!!!!」


木田「……こんな欝展開にしたら読者数減るんじゃないの」


佐崎「俺も思った」


翌日……。


木田&佐崎「「 やっぱりな… 」」


〜完〜



『おしえて! おるす以下略』


ありす「あー……。 みんなどっかいっちゃってありすだけお留守番じゃつまんないなあ……。 ごろごろしてるしか……」


一時間後


ありす「ごろごろ……」


二時間後


ありす「ごろごろ……」


三時間後


ありす「……ぐう」


五時間後


響「ただいまー……って、あれ寝てる」


イゾルデ「無駄な一日を過ごしたようだな……」


〜完〜



『片思いデイズ』


響「よし……! 今日は休みだし、今日こそは海斗をデートに誘おう……! あの、海斗……」


海斗「香澄ちゃーん! 訓練の調子はどう?」


響「……」


リトライ。


響「前回は桐野君に邪魔されてしまったけど、今日は訓練データを纏めてプリントアウトしたし、話題も十分。 今度こそデートに誘わなきゃ……!」


イゾルデ「調子はどうだ二人とも」


響「…………明日がんばろう」


〜完〜



『霹靂の〜その2』


ありす「もしも響さんが霹靂な感じだったらー……」


響「ちょっと! カイトがこれだけ頭を下げてるのにあんた何様のつもりよっ!? 最低ねッ!!」


ありす「ってなるんじゃないかなぁ」


香澄「……。 まあ、そうだろうな」


ありす「ってことは、もし海斗君が霹靂な感じだったら……」


香澄「それはもういい! それはもう、被ってるからっ!!」


ありす「フラクトル的な意味で?」


香澄「フラクトル的な意味でだっ!」


〜完〜


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネット小説ランキング>SF部門>「銀翼のキルシュヴァッサー」に投票 ランキング登録です。投票してくれたら喜んじゃうぞ!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ