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白刃、霧を払いて(1)

夏休み編スタート。

夏に降り注ぐ雨は、全てを濡らして染め上げていく。

東京北部国連軍基地。 その滑走路が第三学園生徒会と第一学園生徒会との戦闘は様々な瞬間を経て決着をつけようとしていた。

雲の切れ間から差し込む無数の日差しの中、刃を突きつけるキルシュヴァッサー。 その白刃は今まさにエルブルスのコックピットを貫き、相手の命を奪おうとしている。

倒れこんだエルブルスは四肢を切断され、潰された瞳からは涙とも血とも取れない奇妙な液体が零れ落ちていた。

その戦いの一部始終を眺めていた誰もが息を呑み、冷や汗を流していた。 もしも静止があと一瞬でも遅かったのならば、エルブルスは死を迎えていた。

獣のような唸り声を上げながら白い蒸気を吐き出して鋭い眼差しで敗者を見下ろすキルシュヴァッサーの全身は真紅のマントで覆いつくせぬほどの血と肉を浴び、禍々しく汚れていた。


「…………何、だ?」


その状況に誰よりも驚いていたのは、恐らくそのパイロットであろう。

キルシュヴァッサーのコックピットの中、開けっ放しの口がゆっくりと紡いだ理解不能を示す疑問の言葉。

銀色に輝くキルシュヴァッサーが刃を止める事が出来たのは、一種の奇跡に他ならない。 刹那でも彼の意識が戻るのが遅かったなら、彼は文句なしの殺人者になっていただろう。

思わず震える息を吐き、少年は額を覆うバイザーを外す。 汗だくのその表情から見て取れるのは、明らかな恐怖だった。


「何なんだ……? 結晶機ってのは――?」


少年には確かに聞こえていたのだ。 エルブルスのパイロットの少女が、何度も助けを懇願する声が。

死の恐怖と絶望に発狂しそうになり、必死で命乞いをするその声が確かに届いていたのに、刃を止めることが出来なかった。

まるで目の前の全てを滅ぼせと叫ぶキルシュヴァッサーに操られていたかのように。

震える自らの手をじっと見つめる。 汗ばんだそれはまるで自分の物ではなく、何か大きな意思の流れの先に辿り着いた端末であるかのようだった。


「何なんだ……っ! 俺はっ!! 何なんだよ――ッ!!」


零れ落ちた白刃がアスファルトの大地に落ち、光を弾いて音を立てた。


話は一週間前に遡る。



⇒白刃、霧を払いて(1)



「合宿?」


期末テストも終了し、いよいよ夏休みが訪れた。

その間も準備やら何やらに追われ、まるで休む時間どころか勉強する時間も与えられなかった俺たちにとって想像を絶する程の苦難の日々が終了し、凄まじい開放感に包まれる事になった夏休み前日の話である。

放課後すぐに生徒会室に集合するのが当たり前になっていた俺の耳に聞こえたどうにも聞きなれない単語。 その話を持ち出したのはイゾルデだった。


「ああ、合宿だ。 この時期はどうにも泊り込みで作業を進めなければ間に合わない箇所が多すぎるのでな。 生徒会は夏休みのおよそ半分以上は学校で過ごす事になる。 例年の事だ、諦めろ」


確かに夏休みだからといってこちらに来たばかりの俺はやる事もない。 一月がようやく過ぎ何とか生活には慣れたものの、生徒会浸りのせいでこれといった予定は他にはないわけで。

正面の席に座ったイゾルデは相変わらず愛用の湯飲みで緑茶を飲んでいる。 最近気づいたが、イゾルデの湯飲みは何パターンかあるようで、描かれている一文字の漢字が違うらしい。

今日の湯飲みは『漢』。 お前女だろと言いたくなるのを堪えるのにも随分なれた。


「しかし半分以上って何だ……? それなりにこの二週間くらい準備は進めてきたはずだが」


「勿論学園祭の事もあるが、香澄に関しては結晶機の操縦訓練も待っているからな。 生徒会に所属している以上、じっくりと訓練が出来るのは長期休みくらいだ。 これを利用しない手はない」


なるほど、確かにそうだ。 いよいよ結晶機訓練にまで段階が上がったということだろう。 むしろそれは段取りとしては遅すぎるくらいだろう。

もうキルシュヴァッサーの本体を見ても取り乱したりはしない自信はあるし、とりあえず冷静に訓練は受けられる。 この間迷惑をかけてしまった分、真面目に取り組まねばならないだろう。

何よりキルシュヴァッサーのあの姿を見てしまった以上、俺はもうこの物語から下りられなくなった。 何があってもキルシュヴァッサーの謎に迫らねばならない。


「それにしても毎度思うんだが、俺たちは生徒会である必要があるのか? 雑用は他の連中にやらせて、僕たちは訓練なり任務に入り浸りのほうが効率がいいんじゃないか?」


「そう悪い事ばかりでも無いぞ。 強い権力を持つ生徒会故に他の生徒に融通が利くし、事情を知らない教師に対する方便にもなる。 私たち全員が集まる場が存在することで不自然なまでに同時行動を繰り返さねばならない理由にもなるし、生徒会室が使えるお陰で合宿なんて真似も出来る。 多少学業的に劣っていても、出席日数が足りなくても補う事が出来るしな。 何よりそうした特別扱いを受ける代価として我らが努力するのは当然の事だと思うが」


「まあ、それもそうだな……。 世の中そうそう美味い話はないってことか」


「フフ、まあそういうことだ。 何、充実した毎日を送れると思えば苦労も糧に変わるだろう。 それに忙しいのは時々だけで基本的に生徒会は催しがなければ暇だからな」


イゾルデのいう事もご尤もだ。 とりあえずは目先の問題を解決する事に力を使った方が良さそうだ。

そうして二人でお茶を飲んでいると後れて冬風と海斗が姿を現し、四人揃ってテーブルを囲む事になった。


「香澄ちゃん、合宿の話聞いた?」


「ああ。 それで合宿はいつからなんだ?」


「明日からです。 明日から一週間になりますね」


「明日!? また急だな……」


「うん、それがね……」


海斗が何やら神妙な表情で語り始めようとした時だった。

生徒会室の扉が開き、二人の少年と日比野が姿を現した。 日比野は教室では毎日見かけているが、こうして放課後に顔をあわせるのは久しぶりだ。


「やあやあみんな、元気そうで何よりだね。 桐野君も、こっちで顔をあわせるのは久しぶりだね。 生徒会にはもう慣れたかい?」


「ええ、まあ。 それでそっちは?」


「香澄ちゃんは初対面だったね。 二人は――」


「俺は木田。 こっちは佐崎だ。 お前が新入りの桐野だろ? 生徒会にようこそ、って所かな」


眼鏡をかけた軽そうな雰囲気の男、木田は俺に握手を求めてきた。 しぶしぶ応じると白い歯を見せニヤリと笑っている。

その背後で腕を組んでいる佐崎はどうにも真面目そうな雰囲気だった。 対照的な雰囲気の二人は俺たち同様席に着き、気づけば生徒会メンバー全員が集合していた。


「いやぁ、この面子で集まんのも久しぶりだな! 新入り……あー、名前なんつったっけ?」


「桐野香澄だ」


「そう、桐野! 桐野が入ったお陰で雰囲気もガンガン明るくなって、ガンガン賑やかに……は、なってねえみたいだが、兎に角めでたいぜ! まあ、欲を言えばかわいい女の子がよかったんだけどな……」


「あはは。 生徒会ってイゾルデと響さん以外に女子って居ないからね」


「もうちょう敷居が低ければ女子も集まるんだろうけどなぁ〜……。 なあ、佐崎?」


「ああ……。 正直、女子だったらいいなと期待していただけに落胆は隠せんな……。 今日何の話をしに来たのかも正直どうでもよくなってきたところだ……」


酷い言われようだな、オイ。 つーかお前ら揃いも揃って……。


「まあ仕方の無い事だろう。 丸一月程生徒会室を空けてしまってすまなかったな諸君。 桐野は有能な人材だと聞き及んでいる。 それほど苦労は無かったのなら良いが」


「残念ながら僕が居ても厳しかったよ」


「フフ、謙遜するな香澄。 しかしこう全員好き勝手に話していては本題に入れんな。 佐崎、まとめてくれ」


「ああ。 それじゃあ皆、今日は報告に来たんだ。 今月の第一共同学園生徒会、チームエルブルスとの模擬戦について説明したい」


立ち上がった佐崎はホワイトボードを持ってきてペンの蓋を外す。 白い板に書き込まれたのは『夏季長期休み結晶機総合模擬戦闘連絡会』という文字だった。 いかにも真面目そうな雰囲気だ。

全員が各々リラックスした姿勢を取りつつも佐崎の言葉に耳を傾ける。 沈黙の中、佐崎は腕を組んで語り始めた。


「まず今回の夏季長期休みの模擬戦の日程だが、変更になった。 模擬戦が実施されるのは八月二十二日というのが事前の打ち合わせで決定していたのだが、第一生徒会の強い要望により日程が変更になった。 非常に急な話だが、模擬戦開催日は一週間後の八月五日となった」


「「「 え? 」」」


さすが第三共同学園生徒会。 全員の息がぴったりだった。


「これは開催地となる東京特区内の国連軍基地とチームエルブルスの強い要望によるものだ。 打診されてきたのがつい三日前でな、こちらも予定通りにいかないか交渉してみたがそうも行かなかった。 日程を大幅に前倒した理由は様々考えられるが……恐らくはパイロットの問題だろうな」


「……第一のパイロットがどうかしたのか?」


例えば延期というのであれば、具合が悪くなったとかそうした理由も考えられる。 しかし前倒しにすると言うのはどういう事だろうか。

俺にはその理由がイマイチ把握出来なかったのだが、他の面子はわかったらしい。 それぞれ神妙な面持ちを浮かべながら話を聞いている。


「エルブルスは余りよくない噂が付きまとうフェリックス機関の作成した結晶機だ。 マシントラブルよりもパイロットに何かあったと考えるのが妥当だろう」


結晶機を作成しているのは、結晶機を保有する国家の機関に委ねられる場合が殆どである。

この街に存在する三つの生徒会と三つの結晶機開発チームは、それぞれ『グランドスラム現象』の被害を被った国家のサポートによって成り立っている。

うちの第三生徒会、チームキルシュヴァッサーはドイツと日本の統合チームで、スポンサー、開発は日本の如月重工とドイツのエアハルト社が行っているらしい。

キルシュヴァッサーの基本構想はエアハルト社によるもので、実際に組み立てたのが如月重工とと言うようにそれぞれ被害国が協力して作っている場合が多い。

勿論うちのチームもただドイツと日本だけでなく、他の国の助力も得ている。 だが大まかに言うと代表的には日本とドイツなのである。


「フェリックス機関はロシアの独立したミスリル研究機関で、八年前のモスクワグランドスラム直後から結成されている。 エルブルスはモスクワグランドスラムの産物であり、いわばロシア代表機というわけだな。 フェリックス機関は名前だけは公表されているもののその実態は不透明な秘密機関だ。 以前の模擬線でもフェリックス機関は色々と問題を起こしている」


日本以外の国にも結晶塔が現れ、同時に周囲の空間が消し飛ぶグランドスラム現象は発生している。 その発生はまちまちだが、二十年前の日本の東京グランドスラムが皮切りであったのは間違いない。

ロシアのモスクワグランドスラムは六年前。 アメリカのワシントン州全域が吹き飛んだワシントングランドスラムが十二年前。 中国の北京グランドスラムが八年前で、ドイツのベルリングランドスラムが十四年前になる。

グランドスラム現象は常に各国の首都を襲う。 首都が壊滅するという甚大な被害を被る各国だが、それぞれそれ以外には目立った被害がなく、わけのわからない鉱石建造物の結晶塔だけが残されるのが共通している。

ドイツと日本は早期段階で結晶塔の解明に手を組み乗り出していた為、現在この結晶機開発事業でも協力関係にあり、各国を一歩リードしているわけだ。

その『被害国それぞれの機関』という物が東京フロンティアに集まっているのにも色々と理由がある。 まず最も結晶塔のサイズが巨大なのが東京であり、東京は早期から結晶塔が存在していたという理由。 それからグランドスラムを受けた場所は全てその国家の管理下を離れ、国連管理の下特区として扱われるという事。

何よりも特区という特殊環境と結晶機を研究する環境と言う意味に置いて、東京は先を進んでいる。 様々な協議の末、東京が俺たちの戦場に選ばれたのだ。

だが同時にそれは様々な問題を引き起こした。 結晶機という強い力は一歩間違えれば誤った破壊を齎す可能性もある。 国家間が持つそれぞれの力を誇示する場という意味も持ってしまった模擬戦は政治的にも重要な意味を持つ事になってしまった。

実際、他にもグランドスラムの被害を受け、結晶機研究を進めたいと考えている国家は少なくない。 だが国連は東京フロンティア以外での結晶機開発を禁じており、『人類全てがミスリルに立ち向かう力を開発する』という名義で実戦を行っている我々は特別な立場にある。

当然優秀な結晶機を開発しなければ意味がない。 つまり世界の代表なのだ。 性能が悪ければ他の開発国に結晶機開発の権利を譲るしかなくなり、それは国の威信に関わる。


「特にエルブルスは模擬戦当日に機能停止に陥ったり、パイロットが逃亡したりと何かとここ数年トラブルが続いている。 次の模擬戦で優秀な結果が残せなければ、エルブルスの開発は打ち切りになるかもしれない。 だからこそ連中は無理を押し通して来たんだろう」


「負けは許されない、って事か……」


「ああ。 誰も口にはしないが全ての人間が黙認しているある一つの事実の為にな」


ホワイトボードに記される荒々しい文字。 一息間を置き、佐崎は板を叩いた。


「結晶機開発は技術先進国による戦争だ。 その凄まじい力を開発し、掌握する権利を持つ国は、新しい時代を従える権利者となる。 模擬戦とは言え参加者全員が必死だ。 勿論、俺たちもそうしなければならない」


戦争というたった二文字の漢字に思わず息が詰まる。 そう、俺たちは誰にも知られないところで国同士の争いをしているのだ。

ドイツと日本、二つの国の威信を未来を背負い、静かに争わねばならない。 その責任と重圧は、既に理解しているつもりだ。

結晶機はミスリルを葬り去る刃であると同時に、ミスリルそのものである。 ミスリルを人の手で制御できるように加工した物こそ、結晶機なのだから。

その説明を受けた時は流石に俺も焦った。 国家間の戦争なんて言葉は信じられないほど、今の世界は平和なのだ。 少なくともこの東京フロンティアにはミスリルの脅威も国同士の戦いも見て取る事は出来ない。

学園の地下でそんな血生臭いものを作っているなんてことは学園の生徒の誰も知らないだろう。 誰も、だ。 俺が足を踏み込んでしまったのは自分が想像していたよりもずっと暗くて深い影だった。

東京フロンティアの平和という言葉の裏側で、争いと策略が張り巡らされている。 それは人類の救済の為か、それとも支配の為か……。


「実施日については決定してしまった以上仕方が無い。 こちらとしても妥協する分要望を押し通せるようにしてきた。 本来ならば模擬戦は――桐野。 お前のデビュー戦になるはずだったんだが」


「僕の、か?」


「ああ。 合宿で訓練を積み、エルブルスと当たってもらう予定だった。 相手が結晶機ならば最悪の状況に陥っても死ぬことはないだろうしな。 いきなり対ミスリルの実戦に出すよりもいいかと思っていたんだが、一週間はキルシュヴァッサーを操作するには短すぎる時間だ。 毎日寝ずにやっても間に合わん。 パイロットは桐野香澄で登録済みだったが、向こうが日取りを変える条件としてこちらもパイロットの変更が可能だ」


それは当然だろう。 向こうの無茶に付き合うのだ、こちらもある程度無茶を容認してもらわねば取引にはならない。

当然、キルシュヴァッサーの操作に関しては俺よりも海斗のほうが上手だ。 俺はまだキルシュヴァッサーの動かし方を全く知らない。 座席に座った事さえないのだ。 当然、誰がどう考えてもパイロットが香澄に変更になるのは自然な流れだろう。

だが俺は席を立ち、異を唱えていた。


「僕にやらせてくれないか?」


全員の視線が集中する。 当然の事だろう。 ずぶの素人が、戦争に出させてくれと無謀な事を言っているのだから。

だが、ここで引くわけにはいかなかった。 それにこれは決して生徒会に痛手が出るような事ではない。


「佐崎の言うとおり、初の実戦は模擬戦の方が良いだろう。 が、明らかに敗北する事が決まっているのであれば僕が出るのは無意味だ。 僅かでも勝算がほしい。 その為に合宿を開催する予定だったんだと思うが、とりあえず残り一週間、キルシュヴァッサーに乗るための訓練を受けたい」


「か、香澄ちゃん……?」


「パイロット変更はギリギリまで可能だろう? むちゃくちゃ言ってきたんだ、最悪当日チェンジでも押し通せる。 それくらいしなきゃこっちが損だからな。 とりあえず一週間、キルシュヴァッサーの訓練を積む。 それで俺がどうにも駄目そうだったのなら、今回は諦める。 だがもし勝算があるようだったら……」


「このまま模擬戦に出してほしいと、そういうことか桐野」


ゆっくりと頷いた。 確かに無茶な注文かも知れないが、これはある意味ラッキーだ。 向こうの要求を呑んだ代価というのを、最大限に利用できる。

そうでなければやっぱり駄目でした、なんて馬鹿な台詞が通ることは無いし、最悪またしばらく俺はキルシュヴァッサーに乗れないかもしれない。 だが、それはもう困るのだ。

キルシュヴァッサーの本体を見てしまった以上、俺はキルシュヴァッサーに近づかねばならない。 知るためにはその傍に、俺が必要である事が絶対条件だ。


「熱意は伝わったが、先程も述べたように結晶機は一週間やそこらで操れるような物ではない。 お前にそれだけの資質があるのか? 桐野」


「わからない。 だが、キルシュヴァッサーを操る為なら僕はなんでもする。 寝ずに訓練、上等だ。 必要ならば命も賭ける。 一刻も早くあれに乗らなくちゃいけないんだよ、僕は」


強い口調で訴えかけるが場は暗かった。 確かに全員悩むところであろう。 これは俺たちキルシュヴァッサーを扱うチーム全員の問題だ。

ドイツと日本の威信を背負って向かう戦場。 情けない姿を見せるわけにはいかない。 俺がヘマをすればキルシュヴァッサーの開発が打ち切られる可能性さえある。

やはり提案は受け入れられないか……そう諦めかけていた時、口を開いたのは冬風だった。


「では、桐野君の様子を見て判断してみましょう。 どちらにせよ合宿中に訓練は行う予定でしたし、それほど差異はありませんし。 海斗は一応桐野君が駄目だった場合を想定し、調整に残りの時間を使って下さい」


「…………いいのか?」


「貴方が言い出した事ですよ、桐野君。 そこまで言うのであれば、キルシュヴァッサーの適合者としての資質、見せてもらおうじゃありませんか」


苦笑と共に溜息を漏らし、冬風は言った。 部長の発言に全員が納得してくれたのか、反論は起こらなかった。


「……決まりだな。 では桐野。 お前はこれから一週間、生徒会を含むほかのことは全て忘れ、結晶機の訓練に集中しろ。 予定と訓練内容は明日追って通達する」


「ああ、了解だ。 ありがとう、皆」


今ばかりは素直に感謝してもいいだろう。 それくらいしてもバチは当たらないはずだ。

佐崎と俺が席に着くのを見計らい、日比野が両手を叩いて注目を集める。 ホワイトボードの傍らに立つと、空いているスペースに合宿日程を記し始めた。


「えー、話はまとまったようだね。 とりあえず合宿は明日から十日間続くことになるよ。 パイロットはキルシュヴァッサーの調整を訓練。 残りの面子は学園祭の準備と見回り。 他にも泊り込みで作業をする生徒は多いからね。 詳しい予定は明日佐崎君から聞いて欲しい。 一先ず今日は全員帰宅後、用意を済ませて再び生徒会室に集合だ。 あ、くれぐれも制服で来るように。 それじゃあ解散」


日比野の話は蛇足だった気がする。 俺たちは同時に席を立ち、各々鞄やら何やらを手にし、歩き始めた。


「香澄ちゃん」


鞄を担いで立ち上がると正面に海斗が立っていた。 海斗は何やら嬉しそうに笑っている。


「どうした、にやにやして」


「うん。 香澄ちゃん、ようやくやる気になったなあ〜って思ってさ。 ねえねえ、一週間頑張ろうね! ボク、香澄ちゃんのためならなんでも教えちゃうからっ!」


ようやく俺がキルシュヴァッサーのパイロットとして動き出したのがそこまで嬉しいのか。 腕を引いて笑う海斗に思わず苦笑が零れた。


「まあ、あれを見てしまった以上はどうにもならない。 俺はキルシュヴァッサーのパイロットになる。 もう決めた事だ」


「うんうん! えへへ、それじゃあボクたちライバルだね!」


「ライバル?」


予想もしていなかった言葉に思わず小首をかしげた。


「キルシュヴァッサーを初めとする結晶機には、それぞれ何人かのテストパイロットがいるんだ。 そのうち優秀な一人が正式なパイロットに抜擢される。 うちはボクとイゾルデ、それから香澄ちゃんの三人だね」


ああ、そういう事か。 つまり俺たちもまたキルシュヴァッサーのパイロットを巡り争うライバルというわけだ。

まあそんなものは当分の間関係はないだろう。 海斗には色々と教わらなければならないことが多いし、今やりあったら確実に海斗が勝る。


「それまでの間は色々宜しく頼むよ」


「任せて! それじゃあ香澄ちゃん、今日の夜にねっ!」


海斗は元気よく手を振り飛び出していった。 あの調子だとずっこけそうだな、あいつ……。

こうして一度解散となり、俺は久しぶりに日が暮れる前に帰宅する事になった。

家に帰るなり部屋に入り、荷物の整理を始める。 持って行くものなどそう多くはないが、無かったら困るものって結構あるしな。 一応チェックしておこう。

そんなこんなでベッドに腰掛け店を開いていると、どたどたと激しい足音が階段を上ってきて案の定部屋の扉が開け放たれた。


「お兄ちゃん!! さっきから呼んでるんだから下りてきなさいよ!! ご飯冷めるでしょっ!」


「あ、そうだったのか? ていうかありす、明日から十日間留守にするから、綾乃さんが帰ってきたら宜しく伝えてくれ」


「ふーん、十日間留守にするんだ……って、とおかかんっ!? 何で何で!? まさか東京が嫌になって盗んだバイクで走り出す……そしてどこか遠くに消えてしまいたい切なさを探す一人旅!? 十五の夜はもう随分すぎてるよお兄ちゃん!!」


「だーーーーおちつけっ!! なんだそれは!? バイクは盗んだらただの犯罪だっ!!」


「そりゃそうだけどそれはみんな思っても言わないの! それで、なんで十日間もいないの? 夏休みだから一日中お兄ちゃんと遊ぼうと思ってたのに……」


流石に一日中お前と遊んでたら俺も疲れると思うから止めてくれ。 俺が思うに若さと元気が違いすぎる。


「生徒会の仕事だよ。 全員夏休み返上で作業らしい。 全く、給料貰ってもいいくらいだ」


「ふうーん……ってことは学校にお泊り? ありすもー! ありすも泊まるー!」


「ありすは生徒会じゃないだろ? あんまり我侭を言うな」


「だって、そしたらまたありす一人だけになっちゃうじゃん……。 ママはどうせ帰ってこないし」


寂しそうに唇を尖らせるありす。 まあ確かにありすの言うとおりだ。 綾乃さんが帰ってこない以上、ありすは家に一人になってしまう。

想像してみる。 広い家の中、ありす一人。 それは当然のように続いてきた彼女の日常に他ならない。 俺がこの家に来るまではずっとそうだったのだ。

落ち込んだ様子のありすを見ていると何やら自分が悪い事をしているような気になってくる。 頭を抱えしばらく考えるが、名案は浮かばなかった。

そうしてその日の晩。 結局準備を済ませて訪れた生徒会室で俺はありすを紹介していた。


「……妹の桐野ありすだ。 今日からここに泊めたいんだが……」


生徒会室には既に俺以外の面子が揃っていた。 事情を知っている海斗と冬風は当たり前のような顔をしていたが、飛びついてきたのは想像外に木田と佐崎だった。


「「 幼女! 」」


という木田と佐崎、二人のハモった声と同時に悪寒を感じ、すかさずありすの前に出る。


「なんだ、いるじゃねえか女子っ!! 色々な意味でロリすぎるが、まあ問題なしッ! 俺のストライクゾーンはロリから熟女まであらゆるジャンルの女性を網羅しているのだ! というわけで御嬢ちゃん、お兄さんと一緒にお医者さんゴッコを……ふぬぐっ!?」


何かわけのわからない事を叫びながらありすににじり酔っている木田の腹部にブローを叩き込む。 情け容赦ない一撃だったため、木田の表情が見る見る青ざめていく。


「行き成り人の妹に何しようとしてんだコラ……ッ」


「そうだぞ木田。 俺たちは紳士だ。 紳士ならば紳士らしく……お嬢さん。 今夜俺と一緒にこの夜景の見える生徒会で大人の階段を上ってみませんか?」


ありすの前に跪き、どこからか取り出した薔薇を差し出す佐崎。 固まるありす。 俺は直後、佐崎の顔面につま先を減り込ませていた。

派手に吹っ飛び倒れる佐崎の手からはらりと薔薇が零れ落ち、無残に散っていく。 肩で息をしながらありすの頭を撫でた。


「心配するなありす……。 お前はお兄ちゃんが守るからな……」


「何かよくわかんないけど、生徒会って楽しいね」


楽しくねえよ。


「ぐおお……! 本気で殴るやつがあるか……! お前妹のガード固すぎんぞ……っ」


「ふ、ふふふ……。 障害のある恋の方が熱く美しく燃え上がるというもの……だ……」


何やらゆっくりと立ち上がる二人。 どうやらまだ諦める気配はないらしい。 すばやく構え、迎撃の姿勢をとる俺の前にでたありすは駆け寄る二人にウィンクして言った。


「ロリコンは犯罪だぞっ♪ おにーちゃん」


二人の動きが停止した。 場の空気が凍結した、と言い換えてもいい。


「ありすが大きくなるまで、二人ともガマンしようね?」


「大きくなったらお触りOKなのかっ!?」


「馬鹿な……。 素晴らし過ぎる提案だ……! 策士たる俺も従わざるを得ない……ッ!」


何か二人が言っていたが気にしない事にした。 俺が与えた傷口を優しく撫でながらありすはにこにこ微笑んでいた。

二人はその前に跪いている。 なんだかよくわからないが上下関係が成立したようだ。

溜息をついて荷物を手にテーブルへ移動する。 ノートパソコンを操作するのに夢中だった冬風が顔をあげ、俺を手招きした。

普段は昼食やら放課後駄弁るのに使われているテーブルも、今回ばかりは本気仕様だ。 無数のノートパソコンが乱立し、冬風はそれをすごいスピードで操作している。


「桐野君の明日からのスケジュールをプリントアウトしてみたの。 目を通してくれますか?」


「ああ」


いくつかの紙束を手に取り俺は目を丸くした。

睡眠時間は平均三時間しかない。 ほぼ丸一日付きっ切りで訓練である。


「貴方が居ない分はきっとありすちゃんが補ってくれるだろうから、存分に訓練に精を出してくださいね」


嫌味ったらしい冬風の笑いに頬を吊り上げて相対する。 まあ、上等だ。 嫌がらせだか俺を過小評価しているのか知らないが、やると言ったからにはやるしかない。

そうして俺たち生徒会の慌しい一週間が幕を開けたのだった。


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