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明日の星の銀鈴に。【凍結】  作者: しすれーる
第一章 異世界という現実
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一章5『忍び寄る悪意』





「ですが少しお待ちください。精霊様という力ある者を動かすには、国の許可が必要になるのです。申し訳ありませんが明日になるやもしれませんが」


【主公、早速巻き込まれているな。

国という生き物は面倒臭いのだ。しかしてそれを守らざりければ、反感を生み積み重ねれば、最悪の最悪[魔女狩り]の時のようになる】


 客室の一室。

 その外の赤絨毯の回廊、扉の前にて、蒼髪の騎士と銀光の塊があった。銀光の塊はよくよく見れば人の形を取っていて、胴体部には存在を誇張するためのワンピースが纏っている。ふわふわ浮いているのはさしずめ[幽霊]だ。


【面倒臭いぞ、早く離れれば良いものを】

『はいはいベルは黙っててー。シュヴルス、それ明日になるの?今からじゃなの?知らない情報があるならば行くべきよ!最高の暇つぶし……じゃなくて……、まぁあんな世界はどうでもいいし!【let's go!今すぐ程なくまもなく幾何も無く!』

【ほら見ろおかしく成ったぞ。主公。……主公が良いならば良いが】

「……?」


 側から見ればベルは宝石が瞬いているようにしか見えないので、シュヴルスはわたしが騒いでいるのに少し引き気味?


『国って言ったら[王]で良いのかしら』

【っな、待て主公ーーー】


『―――【Ich möchte gehen】【Lage】!』


 引き止める声。隣で、狼狽する騎士の気配。


 わたしはそれらすべて置き去りにして、精霊の特権である〈肇の葉〉を口にした。

  


           >>>  >>>



 チラ、と。

 執務机の燭台に灯った火が、風も無いのに揺れる。


 ぼんやりと灯火に照らされる書き物を綴っていた手がピタリと止まり、その人物は、ふと顔を上げた。


 メイドもコックも城の者も寝静まった、暗闇の夜中。

 ぽっかりとそこだけ明るい部屋で机に向かっていた男が、何者かの気配を感じて席を立った。


 男は、その城がある国の王だった。そして、こんな夜中にアポイントメントもなく忍び込むものと言えば、良からぬ者ではないのは明らか。影か、暗殺者か、何某か。


 いずれのどれかでも、悪いことには変わりなく。王は、書き物から意識を切り離した。


 ———そのとき。

 硬く閉ざされた扉が、剛健に掛けられた何重の鍵と防禦もひしゃげも無視して、悲鳴を上げて左右に振れる。


 ギィイイイイイイイゴゴン……ッ!!


「ッ……!! 何奴ッ!」


 城の何処よりも広い部屋——『王の寝室』の主人が、側にあった実用重視の剣を手に取り、抜刀姿勢を素早く構えた。その様は、文官方面や贅沢に溺れる王の要素はこれっぽっちもなく、ただ戦場の将を思わせた。

 シンプルながらも高級品質なつくりのローブが、ひらりと舞って。


『———失礼するわ、人間の王。

……ふぅん、一応わたしがぼんやり見える階級レベルまで武が達しているのね』


 ひりつく殺気に冷や汗ひとつ流さず平然としているのは、武人ではなく服が浮いた人の形をした銀の光。


 しかし、その者の言うように()()()()()部類だからか、王には少女の姿に見えていた。ただ、顔や肌は闇に溶けて見えない。

 夜闇に関わらず輝き光放つ銀髪。鋭く何もかも見透かされる様な桃色の瞳のあるはずの場所が、真っ直ぐ王の瞳を射る。


 ———そして、言葉の音ひとつひとつが、神秘特有の《《波》》を帯びていることを、武に通ずる王は見逃さなかった。


「……」


 王は、その《《異常さ》》に眉を上げ、剣を握り締めた。


『そんな棒ごときが怪我のひとつ負わせられるわけがないでしょうに。人間の王は人間らしく愚物なの?』


「———若しや、彼の上位精霊と見受けるが」


 警戒マックスのとがりはそのまま、極低な覇気声で言い放った。

 少女は、さらりと銀髪をいじり、一瞥する。


「此の真夜中の訪問。襲撃と取られては致し方無い」


『それはそれは申し訳ない事をしたわ。昼夜はただの明かりでしか無いから』


 申し訳ないとは微塵も思っていないような口ぶりで、気まぐれか、言葉を交わす。


『でも、襲撃であっても、きっとその《《側付きの魔法使い》》が守護するのでしょう?』


 不意に少女が、ちらり、と。

 王とは別の場所へ視線を向けた。



 数秒後、何もないところから、第三者の声がした。


「———気付いて……。それはそうだ、スピリットは〈精霊血(ヒュドラルギュルム)〉があるからな」


 そうして、いきなり声がしたかと思えば、王の背後から黒外套マントが現れる。

 それは、揺らりと蜃気楼から漏れ出た幻想のように自然体で、自然のままにすらりと王の前に割り込んだ。


「まさか会えるとは思わなかったな。…私は、〈国王専属魔術師〉並びに〈魔法庁最高長官〉——レイ・クライス。…貴女に合わせるならば、俺は【沙羅】だ」

『そこまで知って……お前は何者』


 〈肇の葉〉の発音。それを聞いて、わたしは色めき立つ。人間が一言でもおぼろげながら再現したことと、そもそも知っていること。


 ニコリと笑ったレイとやらは、身に纏うローブをひるがえして、儀礼をした。精霊にタメ口をしたレイに王が聞くと、わたしは半分だけ納得した。


「知古か、レイ」


「いいえ。ですが、王のご存知の通り()()()で噂を聞いたことがありますので」


『…ふぅん。裏噂といえば[中世]だけれど、魔女狩りのその辺りかしら。わたしはあの世界にしか居なかったから認めたくないけれど、同郷ね』


 その辺りは、まだ世界は壊れておらず、まだ世界は安定していない時代だ。度々ヒトにも同類の力が出ることがあって、興味ついでに近づくことが多かった。そして力も強く、精霊の力を求めてよく契約を迫る者が多かった。


「西暦2030年だ」


『何時よそれ。西暦なんて聞いたことないわよ』


「あぁ、魔女狩りを超えているから……未来か。〈エレジーアジャンプ〉は構造も式も不明な上に不安定だからな」


 辟易とした風なレイ。だがこぼした知識を聞くと、精霊よりその事象に造詣が深いよう。ちらとその方を見た。


「して、精霊殿。この夜半の訪問、如何様な理由に?」


『元々はそう云う話よ。今レイの話に惹かれていたから薄れていたけれど、街よ。世界よ。

 わたしの知らない空間座標の地。良かれ悪かれ、面白そうに決まっているじゃないの』


「街へ行くのを望むか」


 元々は、とはどの話かというのは置いておいて。ふむ、と王が相槌をうつ。


『騎士がそう言っていたから来ただけよ』


「精霊殿が従うとは…。………印付きになったか」


 後半は、音ならぬ声で王以外には聞こえなかった。王は、余程のことでも無い限り人間の言う事を聞かない精霊が、言う事を聞くのを不思議に思った。


 だが、町へ行きたいと言うことに、レイは首を振る。


「お言葉ですが、王。

 スピリットは莫大な霊力オド塊です。しかも、彼女は肌すら不可視になるほど高次元に配置換えされすらしています。

 結界の張ってある城だから崩壊せずとすれ、街など出歩くだけで魔力溜りの危険地帯になるかと」


 俗に言われる魔力災害。それは、普段そう高くない魔力の者が高濃度の魔力を含む空気に触れ、身体になんらかの変調をきたすもの。たとえ放出された力がなんであれ、空気の塵と混ざると空気魔力となる。


 ここは一国の、しかも大国の王都。やすやすと滅ぼせないし、滅ぼさせない。


『ーー。崩壊……?

 いえ、それよりそれくらい出来ないわけがないでしょう。精霊は長寿にして知識者よ、本なぞのものでは無くて、知識や見聞を求めないわけがないわ』


「…………やってもらっても良いか?」


 [崩壊]の語にひっかかったように見えたのは気のせいか。

 レイは、さも当たり前というように手をヒラヒラとさせる精霊に、訝し気と興味と半々の割合で訊く。


『……はぁ。[本資格]なき者にあまり聴かせたくはないのだけれど』


 すると、少し距離を取った精霊は、すぅ、と息を吸った。


『……[あの時]、でいいか。



 ———【Komm, Komm, “fallen”. “Gefallene Wetter” ,too. Es ist wie ein Narr geboren. 】…………』



 紡がれるのは、王にはこれっぽっちも理解が及ばない波声(フォグ)。レイは、結構な長文の所々だけをかろうじて聞き取ることが出来て、その術式の高等さに軽く瞠目する。


巻き起こり始める、風。

いつのまにか、ぐるぐるぐるぐると、執務室の中を吹き始めていた。


(スピリットの式は強烈無比…だな)


レイは、なびく黒髪に視界を邪魔されながら、スピリットの術式の二次作用であろう風の中に霊力(オド)が含まれているのを感じた。


『―――【Entscheiden】。【Ich habe silbern. Jetzt hier ändern】』


———ぴとん。

口のあろう場所に遣られた手から、何かが落ちた。


いつのまにか、薄く切られた精霊の星肌から、星が零れる。否、それは星ではない。


『———[精霊血(ヒュドラルギュルム)]の元に従え、管理情報(イデア)


「———!」


—————ザァアアアァアアァァ……


『これでいいの、レイ』


しかして風ののち現れるのは、長麗な銀髪をした白い肌の年十半ばに見える少女。先程まで合わなかった視線が、黒と銀で、ぴ、と繋がった。


「……ぁあ、スピリット。で毎度言うが、しかし今は夜。街は昼ほどににぎわっていないぞ?」

『む。……』


今すぐ行きたいが、見たいのは世界だ。人間ではない。そんな事を考えて、わたしは物質化された口を開くーーー






 ドォオオオオン………………!







「ッ!?」

『わ』


 ———何処かで、そんな、響く轟音と、大地震。


 ぐらり、と世界が揺れる。否、視界が揺れた。


 地震は想定されていないのか、たいして固定されていない高級棚やテーブルが倒れる。中身と、乗せられていたものが放り出された。シャンデリアが盛大にぐらつく。付属の結晶が、今にも落ちてきそうだ。


 地震なんて珍し過ぎる王都に住むレイは、姿勢を崩して驚き、わたしは微かに瞠目した。


「地震…! 王よ!」

『ん…』


 口ごもる少年に対して、淡々とした反応の少女。レイがシャンデリアを見上げて紺瞳を見開くのを横目に、スピリットはあまり動じていなかった。誰か他にいるならば、その差に困惑していただろう。


「あぁ、これが前に一度お前が申していた[地揺れ]やらか」


そうして王は、手を掛けていた剣から手を離し、今も続く転びそうな揺れを体幹で御していた。


 ———ッッッキィイイイインッッ!!!


 そんなとき、王都の上空からそんな突ん裂く高音が響き渡った。エコーを発するような錯覚をもたらす、何者かが設置した警告だ。


『この身体じゃ、耳に悪いわね…』


 物質化したスピリットが片目を瞑って耳を押さえる。ツーかキーンか、ともかく耳鳴りがした。


「ッ! 結界が……」


 一方レイは、甲高い音と同時、突然鋭い頭痛がしたように眉をしかめる。それはただ高音を聴いただけのものではなく、別のもののように見えた。

 信じられないように顔を歪めると、何をトチ狂ったのか窓に駆け寄った。


 ここはなまじ王城であって、例に漏れず権威の象徴の為に階数が半端無い。

目測、およそ——五十メートルか。普通に行けば落下死級だ。


 レイは王の一室であることに構わず窓枠を掴み、取っ手が取れんばかりに乱暴に開け放つ。スピリットは、ダメージ有りの人間の身体を考えてか、ほんの少し意外そうにしていた。


「ッチ……。行って参ります王」

「あぁ」


そのやりとりは、今更か。


 タン、と。

俺は一瞬も迷うことなく踏み切り、身体が宙に踊った。バサリと、黒外套がひるがえる。背後で、スピリットが笑う気配。

 目を向ければ、はるか眼下には、堅く己を拒絶する石詰めの地面。耳元で風が唸り、落下の不快な浮遊感。

 だが、凡人ならともかく、然れど宮廷魔導師が紅い華を咲かせるわけがなく。


 ———ヴヴォゥン……………


 そんな時、風の唸りに空気が振動する音が混じる。

 それは、魔法陣(ジュラメント)が広げられる手のひらから、空気を切り裂いて展開される音。


「……」


 瞬く間に落下速度がガクンと落ち、体制が崩れる場面で身体を制動する。レイは当たり前と言わんばかりに、一種の恐怖体験にも関わらず、涼しい顔をして軽やかに着地をした。


『ふーん、世界に頼らず理論化しているのね』


 レイに続いていたスピリットは、煌めく銀髪を払いながら音無く衝撃無く降り立つ。それは、実体化していても変わらない、精霊の無質量原則。


 普通人間には、そう()()()()は皆無。他力を借りるしかないものだ。しかれど人間には他力を観測する力さえ無いのだから論外。

 だが、この少年は現象が『どのような条件下と対価』を以って成っているのかをゼロの魔力法則から理論化し、己の中の魔力と共に魔法陣(ジュラメント)に集成。それを対応する言葉によって発動させている。


『[魔女狩り時代のリーハ]ね』

「驚くのはこんな魔術じゃなし、精霊のその異常チートな性質だよ」

『それについてなら、わざわざ不便な身体《重り》を持つ人間の方が驚きよ』

「好きでこんなんじゃないつの。てあー、こんなことしてる場合じゃ、」


 何故か噛み合って組み合って、今まで以上に会話がつながる。しかし、突然、犬猿の仲さながらに言い合うレイの、不自然に言葉が止まる。

 スピリットは、少し訝しげに振り向いて———




 その並大抵のことでは動かない顔を、凍りつかせた。


『な』


 その双眸の先は、城壁を隔てた向こう側に見える城下町へと。一目瞭然にも態度が変わる。凍った顔と、掠れた声。



 その瞳に映るのは、天高々と巻き上がる()()()()


 なぜ固体であるはずの氷が、水もしくは風よろしく巻き上がっているのか。物理法則を無視した、災害があった。


「……可視化する程の……魔力渦…!?」


『……』


 ひりつく緊張と厳氷の悪寒が走って、反射的に何某かの詠唱を叫ぶレイ。

瞬間、王都全体に張られていた結界の決裂したヒビが時間を巻き戻されるように無くなる。

 声を硬くし、感情——気配を尖らせ、みるみる瞳が昏く狭められていくスピリット。何かが光ると同時に、足元の石畳みに亀裂が入り、銀髪に、霊力《白光》が灯っていった。


「おいッスピリット———」



 —————氷で出来た竜巻は、天へと昇って進んでゆく。



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