一章3『邂逅』
吹きゆく風が、草花を波立たせて。
吹きゆく風が、樹々を揺らして行って。
流れる巻雲が、空に昇り詰めようとしていた太陽を覆い隠す。光が無ければ、場は曇り、薄暗くなる。
ガタ、ガタ、と。
轍をなぞる金縁の車輪が、散らばる石に文句を言って散らしていく。
街道の石舗装道はあまり使われない場所にあり、野草や雑草が、敷き詰められた石の隙間から自由を謳歌していた。
「またかしら」
その馬車の中からの一声を聞いた、馬を走らせる御者が軽快な歩みを続けたまま、一声の主に問う。
「やはり、気付かれますか」
「先の広場に先客よ」
馬車の窓から外に身体を乗り出す、金髪碧眼でドレスを纏う令嬢。馬車の装飾や身なりから貴族以上の身分だということが分かる。
令嬢は、剣呑な視線を馬車の行く先に向けて、白髪の執事服の老翁に告げる。
「見て参りますか?」
「いいえ。このまま行くわ。どうせ、また愚弟でしょうから」
ため息をつきながら、一体何度目かと呆れる。
前から悩まされていたが、最近になってもイタズラ好きの性根は治らない。
治らないどころか、一族の限定された者しか入ってはいけない領地に入るくらいには、酷くなっているように思える。
やがて、鬱蒼とした林を抜け、晴れる視界に映るのは、一面の花畑。そこに、1つの人影。
「懲りないわねーヴィレイー」
老翁が扉を開け、そこからドレスの裾を持って降りてくる令嬢。そこそこの距離には不要かもしれない呼び掛けに、人影は応えず。
「どうし、」
どうしたの、と問う前に、先程の呼び掛けにこちらに振り返る人影を見て、言葉に詰まる。
「お下がり下さい」
悟った老翁は、ジャリンと抜剣。
令嬢は、すかさず前へ庇うように出る老翁越しに見える人影が、弟のそれではないことを知る。
——ゆらり。
それは、恐ろしく怖ろしい幽鬼と身紛れてしまいそうな。
それは、周囲の大気が歪んで見える程のナニカを纏った。
弟の金髪ではない。銀の色。他人。銀の色をした、だれか。
———しかし、顔があるべき場所には[星空]。
———肌の露出しているはずの所には[空虚]。
ただ、立ちても地につくような長麗な輝く金属のような銀しか見えなかったが。それは、二人が其方側でないから。
ふわり。
そのあまりに浮き世離れた少女の周りに、光源、否、人魂のような光が幾つも舞っていて。
「ゆ、幽霊…」
「御嬢様!」
令嬢は、人ならざる見た目にパタリと腰を抜かした。老翁は助け起こそうとするが、目の前の圧倒的な威圧がそうさせない。
思慮している間に、ぱさり。
人の身体が倒れるにしては軽すぎる音だが、同時に纏っていたナニカが消えて、舞っていた光源が慌てたように散っていく。
固まっていた間に『銀』が倒れたことに気付き、老翁は剣を抜き放ち慎重に近づく。
「これは……」
その姿の規格外の異様さに、執事も大きく驚かざるを得なかった。
「精霊……?」
我を取り戻した令嬢は、裾を持つのも忘れて駆け寄る。執事が当然止めたが、振り切る。大丈夫。勘の声はそう言っていたから。
「…………綺麗」
陽光が注ぐ、草花が咲き乱れる草原。本来ならば無いはずの銀色が。
素直に美しく感じたそれが、俗世のしがらみがないことが、羨ましくて。
その、本当の姿はどんな色を映すのか。
視る資格も其方側でもないながらも、見たくなって。




