一章2『現界』
———前よりも深く、高く踏み切る音。
直後、風よりも軽い衝撃に耐えられなかったのか、その足場にした建物の残骸が脆く崩壊する。
『銀』は。放物線を描いて、空中に舞って、落ちていく。
『———【Prism…』
ふと零れる、鈴音の和音の響き。
波声となり空気を震わせど、幻視される銀の波が、文字通りに、列をなして少女を取りかこむ。
『———…Luft Kugelkero. 】』
『銀』は、その列に手を添えた。
それだけで、〈肇葉〉は大気へと。
幻輝の波を振りまいて。
瞬間、どこからかそれに応えるようにして一陣の風が吹いた。
…ザァアアア———……——……ッ…!!!!!
その数瞬後、背後から。
少女の意図しない暴風が近づいて来るのが、気配で判った。
『執拗い』
その時、いかにも見越していたように『銀』の起こした風は、襲う暴風の防壁へと変わる。
『———』
風の流動する防壁に、暴風は散らされていく。
しかし暴風は勢いを減らすことなく。
タン。
呆れた気配と同時に、足音が移動した。そして、防壁も『銀』にかき消される。
『【,……】』
また不思議な音と共に、列をなす波に手を添える。
『銀』は、崩壊する白亜を踏み切った滞空、そのままパチン、と指を鳴らす。
瞬間、空気の爆発が生まれた。
暴風の中心で起こったそれに、暴風は相殺され、爆発の余波風が辺りへと散った。
『消滅ねやっと』
姿が無いのに、辺りに響く声。
変に響き過ぎる、と思えば、誰も何も[無い]というのが報え。
———ぽつり。
『――…雨』
ひとしずくだった雨は、すぐに地面を濡らしきって本降りへと変わる。
触れば、ぬるりと。石鹸のように手のひらがすべる。それは、表皮が溶けた証だ。
慣れ切った、[痛い雨]。灰色の天蓋が、どんよりと黒雲に覆われて、濁ったそれを降らしていた。
空を見上げたからか。
――朝陽が、黒い水平線から昇ってきているのに気付く。
『…………、』
眩しがっているような気配がするのは気のせいか。
否。
――朝陽、もしくは日の光。
其方側の者は、正体が暴かれる。なんて。
其方側の、悪しきもの良きもの関わらず、何かしらの弱点があると言い伝えられる。
程度の差はあれど、古来もしくは誰かの語りで、そう云われるもの。
しかしてこの者も例外ではなかったのか。
『太陽は、未だ在ったのね』
微笑む気配。
水平線から抜け出した陽は、灰色の天蓋と黒雲に阻まれながらも天の梯子をかける。
―――『銀』を見れば、薄っすらと日の当たる位置、[輪郭]が現れていた。
その『銀』の姿は、外見歳二十なる少女。
波声に視たその色はその実、合っていた。
何故なら、[銀髪]に[銀の瞳]。
露わな肌は、[星空の色]。
溶けた手のひらから零れるのは、[水銀]。
———金属にも似た、月長石のような神秘。
星空の肌に、銀色の服をまとったような少女。
その顔は認識出来なくて、微笑みは分からず終い。
『唯、わたしは覚めたのよ』




