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明日の星の銀鈴に。【凍結】  作者: しすれーる
第一章 異世界という現実
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風波Konflikt









「まだ動ける者は怪我の者を連れて行け! おい、そこの商人! 馬車を持っているのなら騎士団が責任を持つ、故に構うな!」


「さぁ、早く! 暴風は幸いこの区画だけです! 隣の区画の住宅街へ、避難場所は一番大きな門が目印の館です!」


「そこの親子! 大丈夫か!? ほら、あそこにいる騎士のところへ! 怪我人はそこの騎士のところへ集まれ! 黄色の徽章の騎士だ!」


 切迫した喧騒と慌ただしい靴音ひしめく、普段とは掛け離れた災地の端場の広場。  

 暴風で飛び散るため停止された噴水の台に上がり、毎秒ごとに吹き飛んでくる瓦礫を魔法で撃ち落としながら、避難に駆り出された騎士達は叫んでいた。


「っ………」


 そんな中、シュヴルスは、目で追っていた《零霊》の少女の屋根上を跳ぶ影がふいと消えたことに気を取られつつ、こなすのは瓦礫を剣で斬り払い避難路をカバーする役割。


 耳元で唸り続ける暴風を塗り替えるように張られる声の必死さの傍で、蒼髪の騎士の剣筋は、剣に通ずる他人が見れば明らかと言えるほどに迷いが見えていた。


 ―――果たして、単独で行かせて良かったのか。


 いや、単独とも言えない。

 何故ならば、慎重を重ねて卑怯ながらも知人に尾けさせたからだ。

 さすがに一人にするのは本人側と周囲側と、両方危険だ。  


 ―――だが、この災害の元はただの自然ではないだろう。


 力持つ者シズク――《第一級零霊》であるが、心配はないことはない。あれでも、少女の見た目をしているのだ。中身がどうであれソトガワがそうなのだから、警戒とはまた別の気配りが絶えない。


「……、……!」


 静かな、でも荒々しい舞に、刹那刹那に次々へと瓦礫が児戯具に変わっていく。

 自身の本領ではない剣を振りながら、その口元には苦笑がつく。


 《第一級零霊》というこれらを同僚に話せないのだから、同僚にやるべきだが避難で捕まった時点で追うことは出来ないな。と自虐。



 ――《第一級零霊》。しかも人の姿を持つほどの高位ともなれば、怒らせれば国の1つや2つ簡単に滅ぶ。まさに天災というべきなのに、その自覚も無いのだから危険だ。

 常に見張るために自分が付けられたはずなのに、口惜しい。

 国の危機をそうポロポロと周りに話していたのでは先が危ぶまれる。故に主から許可を与えられた知人へ依頼したが、本当にこの状況、綱渡りもいいところだ。


「………、………、」


 考えつつも繰り返される、蒼い剣劇。

 飛び来るすべてを細切れにし、降りかかっても被害を無くすために。


 子供からお年寄りまで老若男女、富裕層から貧民層まで身分関係無しに、ただ避難の速さを求めてつくられる長蛇の列に向かう軌道の瓦礫をすべて一人で斬り払う。


 耳元で唸る風が煩くて、抵抗になって邪魔で、瓦礫の軌道をたやすく変えるのが鬱陶しくて。他のことに囚われつつある今では、無音の剣など到底出来ない。

 剣筋が鈍っている感覚はしても、それが確かなものだと断定出来ない。甲高くて、蛇のような音を立てる剣が嫌になる。


「……………」


 《第一級零霊》ながらも、それ抜きにすればただの少女にしか見えないシズクは、本当に大丈夫なのだろうか。その問いは何だと知れなくて。

 いらないとわかっていても、何故かそれが離れなくて。


 そんな挑みで、やがて来りうる必然。

 それは、普段のパフォーマンスと劣るそれに、四方八方加え五百平方メートルはあるとんでも広さを守りきるには、無代償とはいかないこと。


「―――……ッ」


「おい、シュヴルス!」


 やがて、迷いの剣筋の支障が、白い頬にひとすじ裂かれる鮮血によって払わされる。


 絶技の剣を持たぬ故に行けない、避難指示に没頭していた同僚が、それを見て心配を投げかける。


「シュヴルス! ここは大丈夫だから、向こうの通りを頼む!」


「っ、あぁ!」


 ひりつく痛みに迷いの自覚を得て、一秒前の未熟な自分に嫌気が差しながら、ほとんど反射的に返事をする。

 同時、遅れながら心配の内容を理解し、最後に大きな木材を木っ端微塵にすると、跳んで来た代わりの騎士にその場を任せた。


 周りを見渡してみると、迷いながらも休み無しに斬り続けていたからか、盆地と言える広場に渦を巻く瓦礫は少ない。

 そろそろ、最初は逃げ惑ってバラバラに逃げていた人々の統制と避難も終わる頃。瓦礫の大幅な追加が無ければ、残る者達だけでも対処出来そうだ。  


「向こう………とは言っても、終わっているか」


 裏通りに入り、屋根上を跳んで見にいくと、他の場所に加勢しようと相談しているところが眼下に見えた。


 ふと、思う。

 今ならば、キリガスミ・シズクに追い付けると。


「…………………テスナー、すまない」


 仕方ないと分かっていてと、のしかかる罪悪感。

 シュヴルスは、先程気に掛けてくれた騎士に自己満足ながらも謝り、暴風の中心となる暗雲の元へ駆け始めた。

             







()()()()()()。……灯り無き空の下で再会を】


 闇黒に染まり、流れる水が止められた噴水から起き上がった、漆黒の人影。周りは暗雲の下とはいえ昼で比較的明るいはずなのに、それは黒の濃淡さえない完全な黒。


 すぅっと、前触れもなく噴水の根元へと戻ったかと思うと、次の瞬間には既に広場に四散していって。


「ッ………――」


 血の力に頼ることなくここまで辿り着いた雫は、無い体力、満身創痍でその変化に立ち上がること出来ず、黒い旋風となってそれぞれ街の細路地に消えていくのを見ることしか出来なくて。


 いや。違う。

 疲労だけではない。何よりも、前に聞いたことのあるようで神経を逆撫でされるようで唾棄すべきノイズのような声が、恐かったのだ。


 どくん、どくん、と。いつまでも耳から離れない心臓の鼓動。それは今しばらく速い拍から戻らなそうで。

 背筋に灼熱か厳氷かどちらか入れられたような悪寒に、びっしょりと残っている大量の汗。


 気付けば息を止めていたのか、呼吸すらも荒くなっていて。


「忘れるなって………………何を、」


 あれは、あのおぞましい気配はどこかで。

 だけど、どうしてもその指し示すものが分からない。


 手のひらに、膝に、足裏に、脛に、頭に、肘に、腕に、横腹に、胸に、太ももに、肩に、耳に、首に、背中に、くるぶしに、足背に、指に、手首に、顔面に。

 あらゆるところに傷跡が裂けて、鈍く痛んでいる。

 加えて猛速度の瓦礫から真っ向衝突したために出血して打撲もある。さすがに血の力で骨までは折れなかったけど。


 じっとりと吹き出す汗が流れてきて、伏せた状態から近くの建物の壁へ座寄りかかってそれを拭う。

 この世界の燃費が悪い、つまり仮契約の精霊が圧倒的にいないせいだけど、もう少し詠えるはずなのに身体の内側がだるくて。


「…………」


 周囲にはもう、あの《影》はいない。

 いつのまにか止んでいた暴風に、そう実感すると、へたり込むのはやはり慣れない自力を使ったせいか。


 深く、長く、整えられてきた吐息が漏れた。


『雫、落ち着いたか』


「………………………うん、無理させてごめんね、ベル」


 落ち着くまで待っていてくれたのか。振り返れば、悪すぎる燃費で無理言ったなと回想。


 未だに、心臓は速度を落とさない。

 いっそのこと、あんな初めてみたいな恐さの《影》は二、三百年ぶりで、夢のようにあの刹那しか記憶にない。


 痕跡は、残り続けている。

 あれは、夢なんかじゃない。


「………………………………………シュヴルス」


 ガサ、とも、ジャリ、ともつかない、散らばった瓦礫を乗り越えて、見知った気配が広場に入るのに顔を上げた。


「………暴風が止んだね。シズクが終わらせたのかい?」


 蒼髪の、ベルが言うには本領は剣術ではないという、この世界で初めて会った人間の、騎士。


 追いかけて来ていたのに振り切ってしまったな、とか。

 この暴風の元がおそらく前会った、どれかの《影》だということをどう言おう、とか。


 無意識に逡巡していたら、名を呼ぶのが遅くなって。


「…………………………えと、わたしは何も……。

……それより、シュヴルスはどうしていたの? 振り切っちゃったのはごめんの一言なんだけど…」


「そこは騎士としての義務を果たしていたんだ。遅れてすまない。本来ならば…いや。申し訳なかった」


 言い訳は好かないのか、続く言葉を叩き斬り、頭を下げてきた。

 雫は、それに応じると、周りを見渡す。


 座り込んだ体勢ではあまり見えないけど、弾丸と化した瓦礫が抉った爪跡、剥げた屋根、割れた石畳、散乱する大小種類さまざまな瓦礫。

 それがもう少し進んで、建物が直線的だったら、あの白亜の崩壊の世界になるのだろうか。


「………………こんなに荒れていくんだ、世界」


 世紀末のさらに向こう、生物なんて存在せず狂った精霊ばかりの世界を知っている雫としては、世界の終わる過程の一端を目の前にした気がした。


「……………、ここは城下の一端だが王都の外壁の内側の領だ。一週間もあれば元通りになるよ」


 何思うか。数瞬ためらった後、寄りかかる雫の傍へやってきて、壁に腕組み寄りかかる。


 そこでやっと、シュヴルスは 頬にひとすじ裂傷が見受けられているけど、ただ土埃にまみれているだけの姿に気付いた。


「…………」


 それが。

 わたしと違って、ヘマなんかしないで、傷一つで済んでいることが羨ましくて。凄くて。でも、それを素直に認められなくて。 


「……すぐ戻るのね、…」


 良かった、とは安堵したけど、口に出せない。

 だって、この世界にも《影》は在る。それに、人間を脅かす野獣も有るはず。こういう惨状になるのは、害存在がいる限りあるわけで。時間経過で、ああいう崩壊は遠からず来るということで。


 ―――これが、滅ぶ前に有り得た世界の在り方なのか。


 いつか、技術の向上か、叛逆か謀略か謀叛か反乱か、大災害か。もしかしたらその他のことで、この世界も滅んだりするのだろうか。


 それは、あの白亜の直方体の建物に至っていない今では、遠いのだろう。

 でも、わたしなら、あの世界よりはマシなさっきの風は何もせず何も求めないいつも通りなら、耐えられる世界。さっきだって、少し《影》が落ち着くのを待ってから動いても良かった。でも。

 人間はそれに耐えられない弱い者。



 今はもう、求める景色があるから。

 ―――だからわたしは今、傷だらけだ。



「ひとりでいた器は、そんなに大きくない…か」



 ふ、と自嘲の苦笑いが、傷を引き攣らせた。

 いきなり笑った雫に、シュヴルスが分かるギリギリでぎょっとしていて。読み取りづらいというのか、表情をあまり変えないというか。分かるようになってきたかも、と場違いな考えをしながら。


 しゃがみ寄りかかる姿勢を保つ、片腕を握る片手。

 その握る手の爪が食い込んで、じわ、と傷を押し広げた。破れた服の間から、血が滲んでいく。



 ―――少なくとも、輝く世界にこの惨状を生み出す程度には。

     

 輝く世界に、なんて願ったけど。

 自分でそれを壊すことをして、世界を見る権利はあるのか。


 ひどく、ひどく。

 隣にいる、置いてけぼりにした騎士が羨ましく、憎くて。


 ずっとベル以外に一人でいたわたしには、なんと言えばいいか分からない感情。 

 ずっとずっと後に、嫉妬という言葉を知った。




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