プロローグ『切り離された世界』
———『覚める時は、終わる時さ』。
すとんと落ちてきた言葉に、薄眼を開く。すると、タイミングを狙っていたかのように、額に水滴が落ちて弾けた。
ザァアアア、と、打ちつける雨音が鼓膜を叩く。
それを聞いている内に、彼女は、ぼんやりとしていた頭が冷やされたように、記憶を思い出した。
『…………そうだっけ』
泡沫の呟きが、雨音に消えていく。
雨に降られる、海だった。
だって、雨水の水溜まりは水平線まで続くから。
ただ、腰を下ろしても鳩尾の辺りまでしか水位がない浅さは、その海が、ため池のようなものだと教えていた。
そして、その『海』は四角くて、柵に囲まれている。
水平線ぴったりに囲まれていることを知っているのは、彼女がこの閉鎖世界を歩き回ったことがあるからだった。
その四辺のひとつの柵に、もたれた人影——彼女は居た。
『………………』
牢獄のような鉄柵を掴んで身体を起こすと、少し高くなった上体に陽の光が当たる。
眩しそうに東――方向なんて判らないが、日が出てくるなら合っているのだろうか――を見れば、水平線から日の出が見えた。
揺らめいて、その像を確立して、丸くなって、昇ってくる。
白い恒星、というよりかは、いくら遠くとも『炎の珠』にしか見えないほど燃え盛っているのは、いつも通り。
――西になど曲がらずに、あのまま真っ直ぐ昇っていって、届かない空を焼き尽くしてしまったらいいのに。
その気怠いのを感じながら立ち上がると、しゃらん。銀髪が肩から滑り落ちて、陽光受けて煌めいた。
雨水を吸って重くなっていて、彼女は鬱陶しく思った。
だから。
『…——【潤い亡き翼】』
———フォン。
そこで寝ていたせいで、ポタポタと身体中から水がしたたるが、一言呟けば瞬く間に乾いた。
すれば、その不可思議な響きの言葉の記憶に引っ張られるように声が聞こえた。
それはきっと、過去の焼き直しだった。
だから、今聞いたわけではないのだろう。
『貴女様は魔女だ』『キミは救えない』『精霊って灯びね』『プレゼントだよ』『さぁ俺と契約を』『巫山戯るな精霊』『どうかお願いだ』『精霊の血を流ら』『これは違う者で』『そんなものかぁ』『戦加護を授かっ』『ただちに処刑だ』『あいつを殺して』『願を叶えなさい』『綺麗な銀の水血』『我々等は教会だ』『討伐命令がゆえ』『死んでしまえば』『裏切りは世の常』『好き言うてもね』『人間は違うもん』『王国伝説の化物』『空きな色憎む色』『行きなさい勢良』『分からず屋馬鹿』『精霊なんでしょ』『賢者でしょうに』『助けて救ってよ』『何故そう在るか』『理解出来ないよ』『ズレてんじゃん』『首を狩てやるよ』『自分も救えない』『愚者の老婆の霊』
『………………うるさい』
これまでに聞いてきた、言葉の極一部。
頭にこびりついて離さない言葉たち。それは、わたしの気に入りだった者だからだ。
だが、その誰のひとりももう存在していない。そして、それらの言葉は理解出来ないばかり。
『人間ってわからないものね』
彼女の存在、種族を知れば、怯え、逃げ、敬い、遠くなる。同族同士で殺しあう生き物だし、色々コロコロと人が変わっていく。
無理解。そう、ただしく無理解な生き物だ。
『何故そう在るか』、だなんてこちらが聞きたい。なぜ、あなたたちはそう在れるのか、と。
『……はぁ』
彼女はため息をついた。
呟かれた音は、静かな朝に消えていく。
―――朝陽が、水平線から登り切って、真ん丸とした姿をさらしていた。




