失敗作
年の終わり、世界を作り直した。
担当はくじ引きで決めた。
ある人は建物を直した。
ある人は道路をはがして掃除をした。
ある人は空色の天井に雲を貼り替えた。
ある人はその天井をくるりと回して反対側を紺色に塗った。
ある人はその夜空に星を並べた。
そして、ある少年は月を作った。
年末の世界修理は、例年通り順調に進んでいた。
「おい、月から接着剤が垂れてるぞ」
誰かがそう言った。
それを聞いた少年はびっくりして、空に浮かべた月を見上げた。今年は三日月が選ばれたので、少し暗い黄色の細長い形が紺色に塗られた夜に浮かんでいる。
そしてその三日月から白い線が下へつららのように流れていた。接着剤がはみ出しているのだ。
「え、どうして」
少年は失敗作となった月を見て思わず声を上げた。周りも同じように空を見上げ、それに気づきざわつき始める。
どうしよう。こんな、みんなの大事なものを、どうしよう。
頭が混乱して、呼吸が上手くできなくなった。
「おい、今年の月の担当は誰だ」
「よく見たら切れ目もあるじゃないか」
「月は大切なものなんだぞ。それなのに失敗しやがって」
そんな声があちこちから飛んできた。痛い。言葉は投げられた小石のように少年に当たる。痛い、すごく痛い。
僕です、ごめんなさい。
そう言おうとするが声が出せず、嗚咽が漏れるだけだった。少年の目に涙が溜まっていく。ざわつきが大きくなるほど、少年は怖くなって頭を抱えた。
そのとき、ざわざわとした空気に、氷のようなよく通る声が響いた。
「ああ。今年はあいつだよ」
少年とは真逆の、この星で一番の優等生の声だった。彼は少年の方を指さし、睨むような鋭い目で、微笑んで。
「だよね?――くん」
彼に名前を呼ばれると、銃口を向けられたみたいだった。膝ががくがくと震えた。止まりかけていた呼吸は速くなり、肺に溜まった酸素が心臓を押しつぶすように膨らむ。
「あ、あの、ぼく」
上手く言葉を繋げられない。少年のこもった声は風に流され人混みへ消えていく。
周りの人間の声が大きくなっていく。少し遠くから「ふざけんな!」という怒声が響いた。それをきっかけに、「どうしてくれんだ!」「責任とれよ」などの声がたくさん投げつけられる。さっきよりも大きな、岩で殴られているように痛い。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
少年はしゃがみ込んで頭を抱えて繰り返す。
失敗しちゃった。また、間違った。だめだ。僕はだめだ。
「この出来損ないが!」
ハンマーで殴られた、ような痛みだった。こらえていた涙が溢れ出す。
ごめんなさい。本当に、ごめんなさい。全部、全部僕が悪い。
優等生の彼は冷たい目のまま口元に優しい笑みを浮かべ、少年に歩み寄った。
「まあまあ皆さん。この子だって悪気があったわけじゃないんですから」
優しく聞こえる声でそう言って、少年の頭に手を置いた。その手は生ぬるくて気持ちが悪かった。少年は、昔泥水をかけられたときのことを思い出した。
「やめて!」
少年は叫んで、頭に置かれた優等生の彼の手を振り払った。
するとその瞬間、月が大きくなった。
高い高い夜空の天井から不吉な音がした。
一気に、三日月が大きく見えた。
少年は、月を作るときにいくつもの失敗をしていた。
ひとつは、接着剤の場所や貼り方を間違えたこと。
ふたつめは、継ぎの切れ目を隠せていなかったこと
それからもう一つ大事なことが。
例年よりも大きく作りすぎたこと。
失敗作は人混みの真ん中に落ちて、潰れてしまった。
それはぺしゃんこになった。
失敗作は壊れやすいのだ。