2話 『急がば回れ』
時刻は15時頃。仮眠から覚醒し軽い相談をを終えた私と悠は寝る前にハンガーにかけておいたコートを取り、着ていたワイシャツの上に羽織った後リビングへと今いる寝室から向かった。
隣を歩く悠はまだ眠そうな目をしているが、危機感を持っているのだろうか……。
まさかこれはこの町で起こっている意識不明事件と関係が? 実際ににそうなってしまう前兆だろうか……?
そう思った私は急いで悠の正気をこの世に連れ戻すことにした。深呼吸深呼吸、大きく息を吸って……。
「――悠! 起きて! あなたまで意識不明になられたら解決どころではないわ! 私だけでは絶対に無理! お金いくら積まれても無理なものは無理なの! 私頭空っぽだから!」
「ぉおう!? 何?ナニ!? 起きてる! 起きてるよ!? 梨子! 大丈夫! なんで急にそんな大声で叫びだしたの!?」
あ、よかった。意識不明にはなってないみたいだ。取り敢えず一安心。
「あ、うんごめんね? 今この町で起きてる事件って駄目になっちゃう条件が全然わかんないからさ、悠にそうなられたら困ると思って思わずやっちゃったの……」
「ああ、なるほどね……」
騒ぎを聞きつけたのか、リビングで待っていたはずのヒカルドも廊下に飛び出してきた。
「どうしたんですか!? 大丈夫ですか、何か事件が!?」
警察の男性に心配されるのも慣れないなぁ、などと取り留めの無いことを考えられた私はまだだいぶ心に余裕があるのだろう。
おや? ヒカルドの後ろ、リビングのドアの所に小さい女の子がいたような……。
「ああ、すみませんヒカルドさん、特に異常はなく大丈夫です。ご心配をおかけしてすみません」
これだ、このマメさが悠の優秀なところだ。私にはこれは真似できない。
「そうですか? それならよかった。事件が起こってからじゃどうしようもないですから」
ささ、リビングで話しましょうとヒカルドに促され私たちはリビングの椅子に座る。
リビングのテーブルは先ほど昼食を取った時と同じだが、一つだけ椅子に違う点があった。
食事をしたときは正方形に椅子が四つあり、私と悠が向かい合わせに座っており、他には誰もいなかった。ヒカルドはキッチンにいたしね。
それが今は10歳くらいと思われるフリフリの青いドレスに身を包んだ少女が目の前の椅子に座っている。
「え? 誰?」
思考するより先に私は声が出てしまっていたようだ。隣に座った悠から肘でつつかれた。
あ、しまった。これでは女の子を怖がらせてしまう。気が利かなかったかと反省モードに入る。
私の独り言を聞いて、斜め前に座ったヒカルドが少女の頭をポンポンと叩いた。
「この子は私の娘だよ、アリスと言うんだ。実は私には妻子がいてね、家に一人で置いておくわけにはいかないので連れてきたんだよ。邪魔にならないように配慮するから同席を許してほしい」
少女は片まで伸びてるかという金色の髪をたなびかせてペコッとお辞儀をした。
「一人……なのね」
私は酷なことを確認するなとは思いつつも会話の中で引っかかった部分を聞かずにはいられなかった。
「そうですね、妻は私が仕事から帰ったときにはもう……」
もうすでに罪悪感に背中を刺されているが、この際なので私は心を鬼にしてもっと協力してもらうことにした。
「申し訳ないのだけど、事件について今までの確認やまとめ、今後の方針を決める前に奥さんの状態を見せてもらうことはできないでしょうか?」
悠は驚きの表情で私を見ている。だが私はしっかりと悠を見つめ返した。これは大事なことのような気がするのだ。
それを受けて悠は私だけに聞こえるような声で話しかける。
「この場は君に任せる、うまくまとめてヒカルドの家に行けるよう取り繕ってくれ、僕はちょっと考え事があるから少し黙っているよ」
ヒカルドは少し悩んだ後、確認を取るようにこちらを見る。
「妻をですか? 構いませんが、医者に見せても意識が戻ることは現状ないだろうと言われてしまっていますしなにかあるとは思えないのですが……」
私は信用してもらえるようになるべく声を低くし強く発言する。
「これは大事な一歩だと私は考えているの、下手に調べて変な先入観がついてしまってからでは本質を見失ってしまうかもしれない。なのでまずは被害者と思われる方を見てみたいの」
しっかりとヒカルドのことを私は見つめる。
「わかりました、では作戦会議をするのかと思っていましたが私の家に行くことを第一目標としましょうか」
「「ありがとうございます!」」
ここまで良くしてくれる依頼者で良かったと私は心から思うのであった。
一緒に礼を言ってくれた悠はとても好き、こういう優しいところだよねやっぱり。
さてでは予定も埋まったので支度をして出ようかというところ。
あ、一つ大事なことを忘れてた。
「アリスちゃんも一緒に調査……言葉が難しいかな、探検に出かけよっか!」
それに対しヒカルドが目を点にして突っ込みを入れてきた。
「ちょ、ちょっと待ってください! アリスはまだ子供ですよ? こんな危険な事件に関わらせるわけには……」
一理どころか百理はあるなとは思っているが、ここも押し通さなければ。
「落ち着いてヒカルド! あなたにも調査に参加していただきたいと私は思っているの! でもそうするとアリスちゃんはまた一人になってしまう、それだとあまりにも危険だと思わない? だから私たちと一緒に来てほしいの!」
これは全て本心である、別に避雷針が欲しいとか身代わりが欲しいとかそんなことではなく、少女は癒しなのだ。こんな可愛い子を守らずして何が探偵だということなのだ。
するとアリスちゃんがこくんと頷いてくれているのがわかった。
「私頑張るから……邪魔にならないようにするから、一緒に行く」
ヒカルドは額から汗を出しアリスちゃんの肩を揺らし説得しているようだが、アリスちゃんの目を見れば私はわかる。あれはもう揺るがない、一緒に来るだろう。
「じゃあアリスちゃん、一緒にがんばろっか!私は百地梨子って言うの、リコって呼んでね!」
語尾を上げ思いっきり可愛くアピール。仲間意識を植え付けていこう。駄目押しをすれば確実に行ける!
「よろしくね? リコ……おねぇちゃん?」
――可愛い。なんだこの生き物、流石小さい子は侮れない。悠が羨ましそうな目でこちらを見ているが断固無視だ、この天使はもう私のものだ。
ヒカルドはもう諦めて腹を括ったようだ、目が座っている。
「じゃあ改めて、四人でヒカルドの家に行きましょうか!」
いろいろ紆余曲折あったが、無事次の段階に進めたんじゃないかと私は考察している。