1話 『朝はやっぱり』
「――パン! パンが食べたいな私!」
隣にいる悠と警察の男性は片や呆れた様に、片や驚いたようにこちらを見ている。そんな目で見られても困る。だって飛行機から降りてこの町に来るまで私は何も食べてないのだから!
私は町の案内をしてもらおうと思い話しかけてきた依頼人の男性の名を呼ぼうとした。
しかし自己紹介を終えていないことを思い出し、もう話の腰をどんどん折っていく方針にすると決めた。
「えっと、貴方名前はなんて言ったかしら?」
依頼した探偵二人を迎えに行ったと思ったら唐突に食事がしたいと言われ、名前を聞かれ、完全にペースを握られてしまった男性を余りに哀しいと思ったのか悠は手を大きく振りながら割り込んできた。
「――はい、はいはいはい! 大丈夫ですかそこのお方?」
まずは自己紹介を終わらせちゃいましょうと続けている。
「僕は如月悠、ご依頼をくださったのでわかっているとは思いますが探偵をやっています。年は24歳、好きなものは甘いお菓子と恐怖やスリルですかね。今回の事件も解決して見せますよ」
ふふんと満足そうに鼻を鳴らしている姿が浮いているというのは黙っておこう……。
流石に順序が破滅していて申し訳ないな、私も続けて自己紹介のターンとすることにしよう。
「――コホン、私は百地梨子。如月悠と共に探偵をしています。ハラハラドキドキみたいな先の見えない調査をするのは嫌ね。パパッと解決しましょうこの町の謎の事件を」
一人取り残された男性もようやくエンジンがかかったのか口を開いた。
「あ、ああ……申し訳ありません、あまりの展開の急さに驚いてしまいまして。私はヒカルドといいます、このロンドで警察として働いています。二人に電子メールで依頼文書を送ったのは他でもない私です、気軽にヒカルドと呼んでください」
ロンドというのは事件が起こったこの町の名前だ。解決しないまま終わりを迎えそうな不吉な名前だなと思ったのは杞憂だといいのだが……。
情報をまとめて早速調査に向かおうとも思っているのだがやはり"あれ"を済ませなければどうにも私は動く気がしてこない。
私は一歩前に出て手をくるくると動かす。
「じゃあ挨拶も済んだことだし! 食事にしない?」
後から悠に聞いたが、この時の私の気迫はとても断れるものではなかったらしい。
ヒカルドによると住人が意識不明になるという事件が起こってから飲食店やバー、娯楽施設なども大抵が店を閉めてしまっているのだという。
当然だな、と私は思った。なんせ原因がわかっていないのだ。仮に一人の犯人がいて、その犯人が全員を意識不明にする呪いか何かをばらまいているのかもしれないし、空気感染の可能性だってある。まあ、その場合はもう手遅れな可能性も大いにあるわけだが。
本題に戻るが、では私たちはこの町のどこで衣食住をこなせばいいのか? という話になってくる。
その点においてヒカルドは本当に天使のような優しさを持つ男性だった。まあ身長が見たところ190はあるので体格はそれなりにいいわけだが。
ヒカルドは使っていない親戚の家があるということで、私たちの活動拠点としてその家を使用していいと言ってくれた。それならばと今はその家に移動した後である。
さらに食事は手作りでいいならばとロンドの伝統的な料理を作ってくれるそうだ! こんないい待遇で調査をさせてくれるなんて流石個人依頼とは違うなと私は感じるばかりだった。
服装に関して言えば洗濯機もこの家にはあるし、仮に長い期間滞在することになってしまっても心配はいらないだろうと思えた。
食事を済ませたらさっそく今わかっている情報をまとめて調査に出ようと思えるくらいには環境は出来上がっていた。
「お二人とも食事が出来ましたよ、是非召し上がって英気を養ってください」
そう言ってヒカルドが持ち運んできたお皿にはホットドッグのようでいてサンドイッチのようにも見えるものが乗っていた。
見たこともない料理だがその美味しそうな見た目に私のお腹は期待せずにはいられないようだ。
悠はこの料理を知っていたらしく首をかしげてまじまじと見ていた私に説明ををしてくれる。
「これは"バインミー"と言われる料理じゃないかい?フランスパンに切り込みを入れて野菜や豚肉を入れ、魚醤やパテで味をつける。サンドウィッチの一種だったと思うんだけど……」
おお、よくご存知ですね!とヒカルドは嬉しそうにしている。
「この町では有名なサンドウィッチなんですよ、とても親しみ深くみなさんよく食べていらっしゃいます。郷土料理というやつですよ」
おいしそうなバインミーを見ていたがふと、話していたヒカルドのほうを見やると元気そうに振舞っているが、少し悲しみを含んだ表情をしているように見えた。おそらく街のみんなという部分が現状を思い起こさせてしまったのだろう……。
なんだかこれ以上は空気が持たなそうだと思い私はさっそくバインミーとやらを頂くことにした。
先ず一口。
「――おいしー!」
語尾にハートマークをつけてもおかしくないくらい美味! こんなおいしいサンドウィッチ食べたことないわ! と私は興奮気味に喜びを伝える。
「うん、これはおいしいね。味も濃すぎずマイルドに仕上がっている。野菜を取ることができるから体に悪いだけみたいなこともないだろうし、よく考えられてるね」
テーブルを向かい合わせに逆側の椅子に座っている悠も絶賛している。
「本当その通りね! いや、お腹が空いては戦は出来ないとはよく言ったものね。元気が出てきたような気がするわ」
ヒカルドはとても満足そうにこちらを見ている。
「喜んでいただけて良かったです、なにせお二人には事件を解決していただかなくてはいけないのですから。私の料理で元気になっていただけるなら嬉しいですね」
私と悠は任せてくださいと言わんばかりに首を縦にぶんぶん振って肯定している。
恍惚の表情を浮かべながら私は食を進めていく。
「シャキシャキの人参大根にベーコンがいい具合に絡まっていて最高だなぁ……。」
お二人とも、食べ終わったらそのお皿こっちに持ってきてくださいね! と言い残してヒカルドはキッチンの方へ消えて行く。
「いやー、食べた食べた!」
結局おかわりまでして満足いくまで食べた私は食事の満足から調査の前に多少休憩を取ることにした。
寝室も今いる家の部屋を使わせてもらえるということで、私と悠は別々の部屋に行くはずだった……のだがヒカルド曰く何の原因で町の住人が意識不明になっているかわからないため、極力私たち二人には一緒にいてほしいとのことだった。
そう言われてしまっては強く言い返せない。私たち二人は同じ寝室で休憩することにしたのである。
軽く仮眠を取ろうと毛布などを取り準備をしていると、ソファーに座ってゆっくりしていた悠がこちらを見ていることに気づいた。
首を傾げどうしたの? といったように目線を送ると、顎に手を当てながら何やら考えている素振りをしている。
「どう思う?」
突然探偵モードに入っている悠から質問が飛んできた。
私が思うに今までとても良くしてくれている第一町人とも言えるヒカルドを信用していいかどうか、ということだろう。
直感だけど、と前置きをして私は返答する。
「私は信じていいと思うよ。危険も今のところ感じないし、"視てない"しね。」
そうかぁ、と悠は考え込んでいる。
「君が視てないというなら取り合えずの危険はないんだろうなぁ」
そうね、と私は頷く。
そしてそのまま悠は話を続ける。
「これでヒカルドが主犯で町をどうにかしてるって説は限りなく低いとして保留にしていいってことかな。まあ最初から罠にはめられてゲームオーバーってことにはならなそうでよかったよ……」
まあその辺りも含めて休憩を取った後に細かく確認していきましょう? と悠と方針を決め、軽い仮眠を私たちは取るのであった。




