安西千穂の視点 5
「痛い。」そんな事を考えていたのが原因かはわからないけれど、急に額の辺りから痛みが生じてきた。
考えすぎが原因かな?鞄の中にある鏡を使いおでこを見てみるとなんか生えている…。
「生えてる?…生えてる!」なんか朝にはなかったものが生えている。出来物や吹き出物とは違う、あれより小さくないし鬼の角のように尖っている。
指で角の部分に触れると皮膚と同じように少し弾力を感じる。角の形をした骨を皮膚で覆った様な感触である。
「でも何これ?」私の頭の中は疑問でいっぱいになった。何これ?何これ?角?病気か何か?わかんないよ。わかんないよ。疑問と言うより心の奥底から恐怖心が煮立った鍋のようにふつふつと湧き出てくる。
怖くて泣きそうになる。泣きそうというよりもうほぼ泣いているような状態になっている。視界は涙によりぼやけていて良く見えない。
「何泣いているの?」声のした方を見るけれどぼやけてシルエットしか見えない。かろうじて解るのは人、声を聞いて岬だと解った私は思わず抱き付いていた。
「えっ、何?どうしたの?」私が突然抱き付いてきたことに驚いて少しの間全身を固まらせるがすぐに私の背中を何度も優しく撫でてくれた。
「なんか生えた。」私は泣きながら自分に起こったことを説明するが多分彼女には何が何だかわからないだろう。というか私も解らない。わからないから涙が止まらない。
しばらくして少し落ち着いた私は岬から離れ涙が溢れていた目を手で拭うと岬は私の額から生えていた物に気が付いて驚いた声で私に聞いてくる。
「何それ?」
「わかんない。」だってわかんないもん。
「わかんないって…、私が居なくなる前は生えてなかったけど一体いつ生えてきたの?」
「いつの間にか生えていたの!気が付いたらなんかこれが、生えていたの!」
「じゃあ、私がいなくなった後に何があったのか説明して。」
私は岬が来る間に起こったことを説明すると彼女は考えるような仕草をしてしばらく考え込んだ後私の方を向いて聞いてきた。
「その読んだ本ってなに?」
「それ。」私は本を読んでいた場所を指さすと先ほど見ていたページのまま本が開かれている。岬は開かれている本をジッと見つめるとページをペラペラとめくり始めた。
「うん、本だ。特におかしな所はないし、じゃあ先生の方?でも先生は来た時に驚いた表情なんてしなかったらしいし…。その時は生えて居なかった?いや、先生がこの角と関わりがあるのか?」岬は本から手を離すとあごに指をあて考える人のようなポージングを取りながらボソボソと独り言を言い始めた。
時間が少し経過したのである程度落ち着いた私は彼女が考え込んでいる間に自分の額から生えている角を指で触ってみた。額から生えている円錐型の角は160ml入っている飲料缶ほどの大きさをしており骨を皮膚で覆っているような奥に固さを感じる柔らかい触感である。
やっぱりさっぱりわからない。この頭の奴。いつの間にか生えて私の体に昔からあったみたいな佇まいして。
私が苛々しながら頭の角を触っていると岬は私の方を見て「え、触れるの?」と驚いた表情で聞いてきた。
「なんか普通に触れる。」私が答えると岬はなぜか緊張した顔つきで「触っても大丈夫?」と聞いてきた。
「うん大丈夫。」私の了承を得ると岬は自分の人差し指でゆっくりと私の角の先端に触れると私の頭の中で何かが浮かび上がってきた。女性は私の頭の中で何か言葉を吐いてくる。聞き取れないけれど多分何か悪口を言われているのだろう。女性の顔を見てみると岬に似ているが彼女はこの女性ほど人生に疲れた顔もしていないし肌ももう少し若々しい。女性の口から出る言葉が段々と黒みがかってくる。
なんとなくだが理解した。これは彼女の「岬有紀」の記憶だ。この私の頭の中に浮かんできた女性は彼女の母親である「岬静香」。彼女は夫である「岬健太」との間に有紀が出来た数年間は幸せに暮らしていた。だが岬健太が浮気をして離婚。そこから彼女は酒と煙草に頼るようになっていった。
彼女の近所に住んでいる男性「伊藤大将」が岬静香と付き合いをある時から始めてから母親も荒れることは無くなった。
だが、そんな生活も長くは続かずに二人は別れ再び家に居ることが彼女にとって苦痛になっていった。
そこで彼女は何か家から離れる事、他人と関わりを少なくする事の二つが行えるにはどうすればいいのかを考えた。
それが絵である。
最初はあまり好きでは無かったが次第に絵を描くことが楽しくなり、絵を描くことで自分の世界に籠ることでストレスを緩和していた。
こうして岬有紀の情報が頭の中に全て入っていた私は突然入ってきた多大な情報に耐え切れず意識を失った。
『そうか、岬も大変だね。』彼女の記憶が頭の中で流れる間、岬静香の笑顔が私をじっと見ていた。