別の次元
意識を取り戻す、肉体が存在しないのにその言い方は可笑しいかしらね。でも確かに睡眠から目を覚まし、脳が覚醒した時のような状態になっているのだからそういうのが正しいと思う。
視界は人間と同じ様に前方しか見えず制限され、辺りを見回しても上も下も日光の様な明るさが存在するだけで道も、建物も、人も何も無い。
私の足元にも何も存在せず、第三者から見たら私は空中に浮いている様に見えるのであろうか。
腕もある、指もあるし足もある。だけど重さも重力も感じない。
自分の右手を目に近づけて見ても、幽霊の様に透けてはいないし、近づけた手で頬を抓っても痛みを感じる。
何より未来が見えないのが最高の気分になる。
『肉体に対する思いを断ち切れない者よ…。』声は耳ではなく脳に直接言語となって送られてきた。
『貴様は全てを終わらせた。後は肉体に対する思いを断ち切れば全て叶う。』言葉は脳に書かれる。
「質問です。」彼女は誰も居ない空間で大声を出す。
「なぜ肉体を捨てなければいけないのでしょうか?あなたが何者なのかは知りません。私はあなたが与えた条件をクリアしたからここに来たのです。」頭の中で念じると数秒の沈黙の後答えが返ってきた。
『願い。欲。実にくだらない。人間風情が私に口答えをするな。』
「言葉が悪いですね。あの岩に書かれていた言葉。願いを叶えると言う事も守れない存在なんて信用出来るはずが無いでしょう?」
『女、図に乗るのも大概にしろ。貴様なんて所詮一生物。私の力で全てを終わらせる事だって出来るのだぞ。』
「口調も荒くなっているし、支離滅裂ですよ。私はただ、あなたの与えた試練を突破したのだから、試練突破の褒美が欲しいと言っているだけではありませんか?」彼女の言葉の後、声は脳に書かれなくなる。
「面倒な女だ。」突然目の前に幼児程の大きさをした生物が現れた。
目の前に現れた生物は人間と同じ足と腕が生えており顔もあるのだが髪は生えておらず額に鬼の様な小さい角が生えていた。
「やっと姿を表しましたか。」この時始めて彼女はこの空間に来てから自分の口で言葉を発した。
「女、なぜ私の言うことが聞けない?」坊主頭の子供は腕を組みながら彼女に問いかける。
「あなたが願いを叶えないからですよ。」
「ほぉ、笑わせる。私達の要望に答える事。それすなわち人間の願うことだろう?」坊主頭の子供はそれが当然とでも言うような態度をとっている。
「そもそも肉体を捨てろと命じたら黙って私に従うのが人間であろう?なぜお前はこの場所でわざわざ形を維持しようとするのだ?」小僧は可笑しい物を見る目で私の方を見てくる。
「あなたの命令に従うのが願いというならあなたはとんだ大馬鹿者です。」
「なぜ?貴様らが神と崇める私達の言葉に従うのが人間の願いであろう?」
「いつの時代の話ですか?干渉してこない存在の癖に一丁前に信教して欲しいなんてワガママにも程がありますよ。」
「時代は変わったか…。」悲しそうな声を出しながら神と名乗る子供は呟いたきり黙りこんでしまった。
いつまでも話が進まないので私は少し苛つきを覚えたので質問をした。
「それで岩に書かれていた願いは叶えてもらえるのですか?」私は一番大事な事を聞いた。
「まぁ、嘘は良くないからなぁ。私の命令に従う事が貴様の願いで無いのなら私の力で出来ることならやってやる。」神の言葉を聞いた私は一呼吸すると願いを言った。
「時間を戻してください。」私の願いを聞くと神は呆然とした表情をするが私は話を続ける。
「この力が手に入る前の時間に戻し、更に力を私と白に与えないでください。もっと言うならば力など人間に与えないでください。」
「ほぉ、特別な力を望まぬと。」
「はい。私には大切な人がいます。彼女は力に目覚め自分の未来が見えるようになりました。一歩歩いただけで、死ぬ未来と生きる未来。外に出るだけで暴力を振るわれる未来等幾つもの想定される未来を頭の中で展開されていき、彼女の心は壊れました。」そう。白は目覚めた力に飲み込まれ心が壊れた。そこで私は願った。『彼女を救って欲しい。』
その願いは私が他人の力を奪い取る力に目覚めることによって叶った。
だが力を奪った私にも何十通りという未来予知が一斉に襲いかかってきた。
殺される未来から拷問、陵辱。ありとあらゆる不幸と幸せが私の頭の中の実際にあった記憶としてインプットされていく。
そんな事が起こって狂わないワケがない。実際私は気が狂った。こんな状態が永遠に続いたら正気でいられるわけがない。だから行動に移した。
私が勝利する未来。それにはあの少年遠藤徹をまず仲間にすること。そして全ての力を手に入れ神と干渉すること。神に力に目覚めないように望めば私と白は救われる。世界がどうなろうと彼女と私さえ救えれば後はなんだっていいのだ。
「そうか。まぁいい暇つぶしになったしそれが願いなら叶えよう。」
「暇つぶし?」目の前で神と言っている小坊主の発言に私は疑問と苛つきを覚えた。
「あぁ、暇つぶしだ。まず、人間に力を与える為の種の役割をとある女に与えた。種である角を生やした女は時がきたのと同時に自分の自我を犠牲にして同年代の少年少女に力を与える。そうして戦う様を見るのが地球の意思であり、我々の暇つぶしであるのだ。」
「じゃあ、今までの戦いはあなた達の娯楽の為に行われた事だというの?」私はこの坊主頭の発言に怒りを覚えて表情が険しくなっているのが自分でもわかった。
「そうやって自分達を棚に上げて物事を語るのは貴様ら人間の悪い所だ。貴様らだって他の生物を見世物にして、自分達の為に他の生物の生活区域に足を踏み入れ破壊しているではないか。おまけに同じ種族で下らない理由で殺し合いまでしている。そんな生物がたかが数匹死んだくらいで怒るのは可笑しいと思うが。とりあえず貴様の願いは叶えてやる。だからさっさと消えろ。」坊主頭がそう告げると時間は止まり、巻き戻しが始まる。
戻っていく時の中で坊主頭の最後に発した言葉も記憶から消え去り、彼女の自我は消えていく。
明日の19時でおしまいです。
読んでいただきありがとうございました。




