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安西千穂の視点 4

時刻は夕方、天気はやや橙色、彼女はいつものように絵を描くことに没頭している。私は自分のペースで夏休みの宿題に取り組んでいる。今日はいつもより涼しげな風が教室に入ったおかげでいつもより暑くはなかった。私はいつものように絵を描いている彼女に声を掛ける。

「夕方だよ。」私の声を聞くと彼女は停止ボタンを押したロボットのように一瞬動きが止まり私の方を見る。

「もうそんな時間。」筆をおいて背筋を伸ばした彼女はのっそりと椅子から立ち上がり片付けを始める。

「で、告白とかするの?」筆を洗いながら突然聞いてきた。

告白する勇気なんてない。そんな事が出来たら私は美術室の窓から彼の姿を見ていないのに。

「いや無理。」即答してしまった。無理なものは無理である。告白したとして断られてしまったらどうしようと考えてしまうと勇気が出ない。でももしかしたら付き合えることになるかもしれない。可能性があっても失敗する可能性があるわけでとか考えてしまうと答えが出てこなくなってしまう。

「だよね。素直に人に思いを告げるのって難しいもん。」

「そのわかるような言い方。お主もさては恋をしているな?」私が妙に演技かかった口調で言うと、私の予想とは裏腹に有紀は表情を暗くして一言「…私は別の事かな。」と言い黙ってしまった。

 水道から出ている水の音だけがむなしく教室で鳴っている中彼女は水道の蛇口を閉め無言のまま片付けを再開してしまう。

 

無言のまま片付けを終え、鞄を持つと彼女は私の方を見ずにそのまま扉を開き彼女は帰ってしまった。

 無言で帰ってしまうのはいいのだけれど鍵は彼女が持っている。

「待って!!鍵、鍵!鍵は置いていって!」私の声が聞こえているのかいないのかはわからないけれど彼女は早歩きで出て行ってしまい、すぐに姿は見えなくなってしまった。

「勘弁してよ…。」私はポツリと呟くとその場でへたり込んでしまった。

どうしよう、携帯電話で連絡をとってみる?まぁそれしかないよね。でも問題は彼女が出るか、出るかなぁ。

携帯電話の電話帳から彼女の欄を見つけた私は電話をするがやはり繋がらない。どうしよう。メール?Cメールの方がいいのかな。

メールの文章を作り送って数秒で電話が鳴りだした。着信者は岬だ。

「…もしもし。」電話越しに聞こえる声はやけに暗く、聞いている私が不安を覚えるほどだ。

「岬、鍵。美術室の鍵。持っているでしょ?私帰れないのだけど。後大丈夫?」電話越しから何か漁る様な音が聞こえ、しばらく待っていると音は止んだ。

「…今から戻る。」やけに静かに怒られた子供のような沈んだ声が聞こえ私は再び不安を覚えたが電話が切れてしまった。

これ、私待ってないといけないよな。私はため息をつきながら何か暇を潰せるものがないかを探す事にした。

整理整頓がされて居ない本棚は美術関係の本が大量に置いてある。学校なのに整理されて居ないのが、どれぐらい美術室に対して私を含めた生徒が興味を持っていないのかが解る。

本に触れると長年読まれていないのか微妙に埃を被っている。溜息を思わずついてしまったが一冊だけ埃を被っていない本があった。

「なにこれ?」普段なら絶対に読まないだろうな。本、ましてや美術の本。そんなの私はあまり興味がないし、読まなくても死なないし。そんな事を考えながら本の適当なページを開くと真夜中の空間に球体が浮いている絵が描いてある。

下の方にはなだらかな海が描かれており、宙に浮いている岩石にライオン、トランペット、ソファ、樽、鏡、トルソー等が乗っかっており不格好ながら球体になっている。

題名は「旅人」。いつもなら何これ?わけわかんない。と思考を停止させてしまうのだが今日はなぜか違う。なぜだかわからないけれど何かが違う。馬鹿にするとかじゃなくいい感想が出てくるわけでもないけれど何故かこの絵を見ていたくなった。

じっと見てみるけれどやはり何も感想は出てこない。こういう慣れないことをするのは良くないかな?適当にページをめくり再び絵を見つめる。

暗い青色の空間の中心に大きく羽ばたいている鳥のシルエットが描いてあり、そのシルエットの中は青空と雲の背景になっている。題名は「空の鳥」

これは可愛い。暗い空間の中心にある鳥のシルエットが可愛らしい。こういう本の栞とかどうだろう?右下をよく見ると一定の距離でオレンジ色の点がある。一体何だろう。

うーん、わからない。しばらく考えていると扉のほうから音がした。

岬が戻ってきたのかと思い音のした方を見てみると今朝鍵を渡してくれた先生が気だるそうな顔をしながらそこにいた。

「何時だと思っているんだ。下校時刻は過ぎているぞ。」時間は6時。夏休みなのだからこの時間になったら教室の電気は消えているはずなのである。だから職員室以外に電気が点いていたこの教室に来たのだろう。

「すいません。鍵が今ないんですよ。」

「なに。なくしたのか?」不機嫌な表情を浮かべながら私に聞いてきた先生に先ほど起こったことを説明するとより一層不機嫌な表情になりじゃあ見回りしているから適当に職員室に帰しておいてと言い去っていった。

「はぁ…。」ため息をついた所で帰れるわけがないというのは解っていたけれどつい出てしまう。

「あー、暇だ。暇だ。帰りたい。」暇だ、待っているのも飽きてきた。飽きてきたというより飽きた。さすがにやることがない。暇だ。誰も来ない。退屈とか暇とか飽きたとか考えてしまうと余計時間が長く感じてしまうのはわかっているのだが考えてしまう。人間だから。 


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