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安西千穂の視点 3

 蝉の鳴き声をうるさいと感じるか夏が来たと感じるかは自由だけど、ミンミンと毎日毎日鳴かれたらうるさいと思う。ギラギラに光っている日光によって私の体内温度は上昇して汗が止まらないし、蝉の声がストレスを増加させる。

 白い校舎は日光を反射させて気温上昇の手助けをしている。やはり暑い。校舎の中は空気が入れ替えられていないせいか暑さと湿気だけが籠りっきりになっており不愉快な汗が全身から湧き出てくる。

いつものように美術室についたが扉の鍵は珍しく閉まっている。

彼女は私より早く学校に来て扉を開けると真面目な顔をしながら絵を描いているが、その際に挨拶は不要である。集中している場に声を掛けて邪魔をするのは申し訳ないからだ。

職員室から美術室の鍵を借りることにする。時々私が美術室に来ている事を知っている先生は各教室の鍵が入った箱の中から美術室の鍵を渡した。

 「最近、よく来るな。」団扇を仰ぎながら太り気味の先生が話しかけてきた。

 「あぁ、はい。」面倒だと思いながら返事を返すと太り気味の先生は全身から湧き出ている汗をハンカチで拭き取りながら話しを続ける。

 「なんだ。美術が好きなのか?」私の心配より自分のお腹の心配をした方がいいのではないのだろうか。

 「えぇ、最近面白いと感じ始めました。」これに関しては本当の気持ちを言った。彼女の話を聞く前だったら美術に何の楽しみも感じられなかったが今はある程度面白いと感じている。だからと言って自分で絵を描きたいというわけではない。ようは彼女の話が面白かったということなのだ。

 「ほぉ、そうか。それは良かった。」この当たり障りもない会話に意味なんてない。私が会話をしたくないのが表情に出ていたのかそうでないかは知らないが先生はすぐに私の方から視線を外しパソコンに向かって仕事を始めた。

 美術室に向かう途中、彼女は話に夢中になっているせいで前を見ていない生徒にぶつかってしまい思わず目を瞑ってしまった。ぶつかったのだから当然後ろに倒れ尻餅をついてしまうのだが尻に痛みが走らない。恐る恐る目を開けると私は後ろに倒れてなくぶつかってきた生徒が私の裾を掴んで倒れるのを阻止してくれていた。

 ただ、その。私にぶつかってきた生徒、生徒というか男子だけどその生徒が井上君だった。

 井上君は私の体制を整えさせる為に裾から袖に掴んでいる手を移動させて自分の方に私の体を近づけた。

 「ごめんなさい。大丈夫ですか?」思考停止中の私の前にある顔を見て頭の中がパニック状態に陥った。

顔との距離が近すぎて返事を返すとかじゃなく心臓がバックバク鳴っている。あぁ、なんて言い返せばいいのだろう。近い、近いよ。顔が真っ赤に火照っている。頭が真っ白になって考えが纏まらない。

 「あ、ありがとうございます。」私は結局何も考えられずただ一言お礼の言葉を絞り出すのに精いっぱいだった。

 私の体に異常がないことを確認すると井上君は一言「ごめんなさい。」と言い私から離れていった。

 なんだか今日は朝からいい日なのかもしれない。そんな事を考えながら美術室に向かっていると後ろから肩を叩かれた。

 「おはよう。」振り向くと岬が無表情で私に話しかけてきたが、私の顔を見るなり驚いた表情をした。

 「どうしたの?なんだか顔が赤いし、口元緩いし。」どうやら先ほどの出来事で私の顔は真っ赤になっており、無表情を保とうとしているけれど自然と笑顔になってしまうせいで不自然な表情になっているらしい。でもこの幸運を誰でもいいから自慢をしたい。したいけれどさ。私は井上君が好きなことは誰にも言っていないわけで、だから自慢をしてしまうと私の好きな人も美術室に来ている理由も知られてしまうわけで、この秘密は心の中でしまっておかないといけない。でも自慢をしたい。そんな葛藤が心の中で行われている。

 「いや、なんでもないです。はい。」

 「いや、なんでもないわけない。はい。」

 「本当に何でもないわけです。」

 「本当に何でもないわけならそんな意味不明な表情は出来ないわけです。」彼女は面白いものを見るように私の顔を見ながら否定をしてきた。

 「そんな変な表情?」

「スゴイ変な表情。」どうやら表情が緩んでいる理由を説明しないと彼女は納得しないらしい。

 「降参。降参。美術室に着いたら説明するから。」私がおちゃらけた感じで言うと彼女は本当に心配をする表情で言ってきた。

 「やっぱり大丈夫?ここ美術室だよ。」彼女が指を指した方向を見てみると美術室の扉があった。


 美術室の鍵を開けると二人で閉まっている窓を開け空気の入れ替えを行う。ただでさえ特殊な臭いがする物が多いのだから空気を定期的に入れ替えないと息がしにくくなってしまう。

 「で、その表情の原因は一体何なのでしょうか?」椅子に座った彼女はやや呆れた表情で私に聞いてくる。

 「美術室の鍵を取りに行った後にですね。とあることがあったのですよ。トラブルと言いましょうか。」

 「ほほぉ、トラブルとな?」私の口調に乗って彼女も変な口調になる。

 「ええ、はい。トラブルです。無事鍵を回収した私が美術室に向かおうとしていた途中に起こったのです。」

 「はぁ、何かがそこで起きたということですね。」それにしてもノリが良い。そんな事を思いながら私は話を続ける

 「私が正面に居ることに気が付かないで話していた二人組がどんどん私に近づいてきたわけです。」

 「ストップ。」私が話をしている途中で彼女が話を止めに入った。

 「え、なに。」

 「もしかしてその後そいつらがぶつかってきて尻餅つきそうになったけど、イケメンだったから許しちゃおう。みたいな話にならないよね。」

 「いやいや、ならないよ。…3割くらい合っているけど。」

 「3割…。」この言葉を最後に彼女は私の話が終わるまでじっと顔を見つめてきた。

 話を終えるとしばらく考える仕草を行い数分後私の方を見るなり言った。

 「恋する乙女だね。」まるで全てを悟ったように不敵な笑みを浮かべながらそう言うと絵を描く準備を始めだした。

 なんだよ、なんだよ。恋する乙女だよ。なんか同意とかしてくれたっていいじゃん。

 「で、恋する乙女はその男の子を会う為に美術室に通い始めたという事?」準備を終え、絵を描き始めるのかと思いきや先ほどの話の続きを切りだしてきた。

 「そんなストレートで言われたら答えずらいんだけど。」

 「じゃあ、正解?」彼女の質問に私はゆっくりと頷いてしまった。

 「ふーん。そう。」それから彼女は私との会話を止め、絵を描き始めた。


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