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大塚由紀夫の視点 7

 由紀夫は目の前から襲いかかってきた誰かによって押し倒され一瞬視界がぼやけたが、視界が回復した時には馬乗り状態の女性が由紀夫の方に向けて包丁を振り上げていた。

 「大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫…。」視界が定まっていない女性は小声で同じワードを繰り返し呟きながら、震えた手で振り上げていた包丁を由紀夫めがけて振り下ろそうとするが、由紀夫は落ち着いた声で「止めろ。」と命令をすると金縛りにあったように動きが止まった。

 「持っている包丁をゆっくりと置け。そして僕から離れろ。」女性は先ほどまでの腕の震えと定まっていなかった視線は動きを止め、人形の様な生気の無い表情になった。

女性は命令に従って振りかざしたままだった包丁をゆっくりと地面に置くと、覆いかぶさるように乗っていた由紀夫から離れた。

 由紀夫は立ち上がると包丁を自分に向けてきた相手の顔を確認する。

 年齢が自分よりも上だということがひと目でわかる皺。艶の無い顔の上には所々に白髪が混じっている。長年使用されているのであろうメガネにも女性らしさも無く、痩せこけた全身には力を感じさせない。

だが、この女性の顔がどことなく由紀夫の記憶の中にいるある人物と似ている様な気がしていた。

 由紀夫は服の乱れが無い事を確認すると、再び女性の目を見ながら命令をする。

 「名前を言え。」先ほどの気の抜けた表情と行動は、突然の生命消失の危機による焦りと怒りによって消え失せ、口調は人を操る楽しみを感じていた時との様に遊び心があった時とは違い、怒りの声色で命令をする。

 「…遠藤 小百合。」先ほどの井上の母親のように無表情のまま話す女性の名前を聞くと、由紀夫が先程から感じていた既視感の正体を理解した。

 「遠藤って遠藤徹の母親か?」普通に考えればこの家に居る女性なんて高確率で遠藤徹の母親なのだが、先ほどの様に獣の様に襲われることは予想していなかったので冷静に考える事を彼は出来ずにいた。

「…はい。」遠藤小百合は答えると、突然由紀夫は怒りに身を任せ小百合の顔面を思いっ切り殴った。

 フーフー、と口から怒りの声が漏れているがそんな事にも気が付かず方で呼吸をして怒りを隠し通せていないでいる由紀夫は無表情のまま殴られた頬を赤く腫れ上がらせている小百合に向かって再び命令をする。

 「じゃあ、お前の息子の…。遠藤徹の居場所はどこだ?」

 「…わかりません。」静かに呟くように答えた小百合の発言が予想とは違う言葉だったので由紀夫は驚きの表情を顔に出してしまった。

数秒間思考が固まっていたが、しばらくして馬鹿にされたような屈辱感を覚え、怒りを我慢できなくなった由紀夫は、再び小百合の顔面を思いっ切り殴りつけた。

 鼻の骨からいびつな音をたてながら地面に倒れる小百合の顔面を由紀夫は両手で掴むと彼女の両目を睨みつけながら再び命令をする。

 「なぜ知らない?」先ほどまで肌の潤いは無かったが綺麗に整っていた鼻は紫色に変色し、じゃがいものようないびつな形に変形しており鼻の穴からは血が垂れている。

 「…行方不明だからです。」生じている痛みなどないとでも言うように無表情のまま淡々と語る小百合に対して再び質問をする。

 「じゃあお前が井上殺人事件の事について知っている事を話せ。」

 「あの日は、いつもは作動しない徹の録音機が起動したのです。徹は知りませんがあの中には発信機が付いており、電源が付くと私の携帯に位置を表示してくれる様になっているのです。そうしてあの日私は包丁を隠し持ってその場所に向かいました。」小百合は淡々と語り続ける。

 「発信機の示した場所は近くの森林でした。奥に進むと徹が倒れておりその近くに何処かで見たことのある少年がいました。私はまず徹に近づき外傷などは無いかを確認するとお腹の辺りに殴られたような痕が残っていたのです。私はすぐこの少年が徹に暴力を振るったということに気が付いた時です。少年がやったのは自分だと笑顔で話してきました。この時の私は冷静ではありませんでした。気がついた時には少年の胸に包丁が刺さっていたのです。」小百合の発言を聴き終えた由紀夫は告げられた発言に驚き思わず小百合を掴んでいた手を離してしまった。

 「ゴンッ。」由紀夫の思考停止を再開させたのは手を離したことにより床に向かってぶつかった小百合の頭から発せられた音だった。意識が戻ったように頭の中で今の発言を整理し始める。

 井上を殺したのはこの女という事か?

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