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予兆2

 放課後。昨日の真剣な空気はどこへやら、お料理部の面々はすっかりだらけきった様子で家庭科室の一つのテーブルを囲んでいた。いや、むしろこれがこの部の本来の姿と言って良い。

  室内は私立だけあって立派な設備が整っている。ガラストップのコンロに錆びひとつないシンク。そして積みあがったセイロに大小さまざまな鍋。


 しかし、それらはまるで使った形跡がない。そう。今日使われたのはパックの紅茶用のお湯を沸かしたケトル、それだけだ。これでは折角の調理器具たちも泣いていることだろう。

 だが、そんなことはお構いなしに、お料理部の5人は楽しそうに会話に花を咲かせていた。


「だ、か、ら……一番はチョコ味よ」

「でもチョコ味って、一番小さいであります。あえてここは一番ハードな噛みごたえのたこ焼き味を推したいな~」


 やいやいと議論は白熱する。発端は咲乃の一言だった。


「私、駄菓子屋さんに行ったことがなくて。特に『んめ~棒』というものが、すごく美味しくて、いろんな種類があると聞きました」


 その言葉を受けて、ならば一番の『んめ~棒』の味は何かという話になり、こうして総選挙の開催に至ったのである。


「リコ先輩は、顔も食べ物も何かでコーティングしてないと気が済まないのでしょうか?」

「咲乃。それとこれとは関係ないんじゃ……?」


 部長とリコが盛り上がるのを冷静に観察する一年生二人。結局止めるのは自分しかいないな、と相坂メイが仲裁に入る。


「一番なんてどうでもいいじゃない。『んめ~棒』は、みんなそれぞれ異なるオンリーワンよ。……ちなみに私はコーンポタージュ派だけどね」

「いや、メイっち。そういうのいいから……。ていうか、何気に自分も主張してる!?」


 そして話は二転三転。遂には全種類エントリーの試食会を行い、再選挙という事とになった。


「いや、全部食べるとか……太るわよ」


 リコの言葉に「ああ……」とがっくり肩を落とす面々。やはりこの悩みは付き物だ。


「……そうかな?」


 ただ一人、部長の優だけは首を傾げている。


「普通そうよ! 『私いくら食べても太らないの~』を素で言っちゃう奴め! うらやましい!」

「リコ先輩がいつになく素直です……」

「でしたら、冬休みの合宿はウチの別荘で基礎代謝の強化合宿ですね」

「おお! さすがはさくっち。やはり持つべきものはお嬢様な後輩様!」

「……そういえば、私も最近運動不足だな~」


 転校してくる前は、色々あって今みたいにのんびりするなんて考えられなかったな、とメイはしみじみと思った。


「運動と言えば――」


 紅茶を口に含んで一息ついた部長の優が、思い出したように口を開いた。


「今日はラケットボール部の練習試合がありましたなあ」

「ラケットボール……?」


 聞きなれない単語。練習試合というからには何かのスポーツだろうか。


「ちょっと、ユウ。そういうことはもっと早く言ってよ!」

「わ~、見に行きたいです。何時からですか?」


 口ぶりからすると、皆『ラケットボール』とやらを知っているらしい。

 よく見ると、さばにしか興味のなさそうな後輩のハルですら、見に行きたそうにしている。


「ねえ。ラケットボールって、何? ウチってそんなに強いの?」


 メイはこっそりとハルに尋ねた。


「うちの学校は昔はラケットボール部の強豪校でした。ラケットボールというのは、その……スカッシュに似ているのですが」

 

 困ったように視線をウロウロさせるハル。


「実際見た方が早いよ~。それじゃあ皆の衆。いざ、コートへ!」


 部長の提案に皆賛成し、お料理部一同は総合体育館へ試合を観に行くことになった。


 それにしても、『ラケットボール』など聞いたことがない。似たスポーツという『スカッシュ』は、確か四方を壁に囲まれた個室で二人が前の壁に向かってボールを打ち合うスポーツだ。スカッシュだってまだまだマイナーな方だった気がするが。皆の話だとラケットボールは見応えのある人気スポーツらしい。


 メイは少しの違和感を抱きつつ、皆の後につづく。

 

 その時の彼女は、これが自分の日常の連続にあるとまだ思っており、その違和感は心の奥底に沈み、すぐに泡のように消えていった。


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