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予兆

 愛莉が図書館で何かを掴み、午後の授業を丸々自習休講して何かを調べていた頃、異能者・水瀬森羅はまさに戦闘の真っただ中だった。

 

 今日は魔術クラスと超能力クラスの月に一度の対抗戦であり、森羅は魔術クラスの代表として選ばれたという訳である。

 森羅の学校では魔術と超能力のカリキュラムを専門に行うクラスが一つずつある。両者の違いは、一言で言ってしまえば持って生まれたもの、〝才能〟である。

 超能力はその者の特異な資質、固有能力であり、超能力クラスは各自が持って生まれた特殊能力を重点的に伸ばすための個別プログラムが組まれた専門授業が行われる。

 対して魔術クラスは、固有能力までは持たないものの、超常的な資質を持った者が所属し、汎用的術式、魔術を学ぶ為の学科である。


 魔術の行使には専用の機器デバイス魔導書(SSD)、(Sacrament Storage Device)を用いる。


 魔導書にはあらかじめ決まった呪文が登録してあり、魔力さえ通せば面倒な儀式や知識、技術の習得なしに魔術の行使が可能となる画期的な発明だ。この技術を実現化したのが、森羅の実の父である朽葉流洞の遺した研究成果だった。魔導書技術は世界中に流出し、魔術世界に良くも悪くも劇的な変化をもたらした。

 魔術発動のインスタント化。魔導書があれば誰にでも術が使える時代。それが今日の世界情勢の緊張化につながり、技術を悪用する者によるテロの多発に繋がった。


 何を思い父がこのような技術を生み出したのか、森羅には分からなかった。

 取りつかれたように、日々を研究に費やしてまで得たかった結果がこのデバイスなのか。


 聞きたくても、父はもういない。


 魔術の簡易化の影響は何も世界情勢という大規模な話だけではない。それは学校という狭い世界にさえ及んでいる。

 タップ一つで発動という謳い文句は、いつしか魔術は『安価で誰でも使うことが出来るもの』と成り下がってしまったことを意味した。


 対して、『超能力は選ばれた者にしか使えないもの』という選民的な思想が生徒達に蔓延した結果、校内には超能力者と魔術者の間に確執が生まれるようになったのである。



 そんな訳でこの月一の対抗戦は異様な盛り上がりを見せるのだが、昨年までは超能力クラスが圧勝するのが常だった。だが――


「うおおぉおお!」


 競技場が歓声に包まれる。それは魔術クラスのものだ。対して超能力クラスからは怨嗟のうめきが静かに響く。丁度魔術代表の森羅が超能力クラス代表のカノンを破ったところだった。


「流石水瀬だな。あの術式を組み上げる速度、尋常じゃないぞ!」

「あいつ、あんな旧式で、しかも術式は手打ちなのに、タイプミスするどころか、最新SSDの構成速度を上回るとか、神業だな」


 魔術クラスの皆が、森羅に賞賛の声を掛ける。

 森羅は対戦相手の決め技に対し、即席の防御魔術を組み上げて防ぎながら、同時に反撃の術式をも組み上げて、同時展開したのである。

 

 現在の主流のSSDは、あらかじめ幾つかの術式を登録しておける型であり、また術式の登録方式も、呪文書のスキャニングや術者の思考を直接読み取るタイプである。対して旧式のものは、手打ちで術式を登録する必要があり、プリセット可能な術式の数も少ない。が、旧式だけの利点として、新型に比べて術の発生・展開が速く、威力も高い。


 森羅は魔術クラスでただ一人、旧式のSSDを用いていた。


 その旧式SSDが、父の遺した唯一の物というのも、もしかしたらあるのかもしれない。


「……さすがシンラ。たった二度見分しただけで、完全相反術式を構成してみせるとは」

「ああ。俺に二度同じ術式を見せるべきではなかったな」


 森羅の手を借りて立ち上がるカノン。すると、二人の健闘を称えながら、担当教官が間に入り、口を開いた。


「水瀬君。君の先ほどの魔術についてですが……。もし差支えなければ教えて欲しいのですが、術式をいくつか省略していませんでしたか?」


 プリインストールされている基礎魔術以外の、術者の研究成果ともいえる術式について尋ねることは、本来無礼に当たる行為だが、それを押しても後学のために知りたいという教官の表情は、教職のそれというよりは研究者のものだった。


「はい。最適化により、本来の術式を13行削っています。更に、魔導書を介しての魔術には、胆力(アニムス)を魔力に変換する術式が組み込まれており、これは魔導書が魔力変換の代行を意味していますが、俺はその術式を省略して、魔力変換を独力で行っています。故に本来の術式と比べて、より迅速な発動を実現しました」


 森羅の説明に、一同は驚愕、唖然、信望、三者三様の表情を浮かべていた。


 言葉にするのは簡単だが、森羅が言ったことはこれまでの魔術の常識を覆すものであり、教官でさえも崇拝に近いまなざしで森羅を見つめていた。


「全く、これでは貴殿を貴殿を保護・監視するために派遣された私の立場がないですね」


 少し悔しそうにカノンが言った。


「いや、俺が勝てたのは、カノンが手加減してくれたからさ。本気で君が『ジェノサイド・カノン』を撃っていたら、正面からは太刀打ちできないさ」

「謙遜、ですね」

 

 互いの健闘を称え、握手を交わす二人。そこで競技場は二人の選手に惜しみない拍手を送った。超能力クラスでさえ、文句なしの敗北に、渋々ながら森羅を認めざるを得ないようだった。


「それにしても業腹です。勝手に私の技に変な名称を付けない事を欲するといつも言っているでしょう。私の技は『八極式反物質波動砲・〝神風〟』です。いい加減記憶してほしい」

「そ、そうか」 


 言って、森羅は困ったように頬を掻く。カノンの名づけのセンスは微妙の一言に尽きる。それに何より、長い。

 と、森羅が苦笑いで追及を躱しているうちに、対抗戦終了のアナウンスが流れ、宴は終わった。


 教室に戻った頃には、空には赤色が差していた。すっかり夏は過ぎたと思ってはいたが、どうやら日が落ちるのも早くなったらしい。


「――故に、夜道の一人歩きには留意しろ。特に、お前たちのように覚えたての魔術を過信しているにわか魔術者が一番死に急ぐのだからな」


 担任である片桐かたぎり教諭の鋭い声で、森羅は考え事を中断した。


 彼は森羅の実の父と共同研究をしていたこともあり、幼い頃から知っているが、昔から変わらずぶっきらぼうで誰に対しても容赦ない。だが裏表のない人でもあり、誰よりも魔術に対して真剣に取り組んでおり、森羅も尊敬していた。


 と、片桐の不健康そうな顔色を見るともなく見つつぼんやりと考えていると、ふと森羅は微かな違和感を感じ取った。


――これは、魔力、いや、超能力の気配……?


 違和感の正体を確かめるべく、森羅は目を閉じて、神経を集中させる。森羅の特異な力の成せる業。森羅は空間把握魔術なしに魔力や超能力の気配を感知することができる。有効範囲はおよそ300平方メートル。それは約50万平方メートルを誇る、広大な学園全体をカバーするには全く足りない。 


 しかし、今感じるのは有効範囲を遥かに超えた距離にある、学園の中央部、総合体育館の辺りだ。それに、魔術とも超能力とも微妙に違う、中間なようで全く異質なものにも思える。


 教室内を見渡しても、片桐教諭を含め、誰一人この異質な気配には気付いていないようだ。これを気のせいと断じて良いものだろうか。


 訝しみつつも、森羅は気配のする方向へと駆けて行った。


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