一人目
少年は誰より普通だった。
特別足が速い訳でも、勉強が出来た訳でもない。人と話すことが苦手で、だから島の学校でも、あまり友達とは遊ばずに本ばかり読んでいた。
少年の夢は、きっとそんな平凡性故だろう。
誰からも憧れを抱かれる存在になりたかった。
特別になりたかった。
……ヒーローになりたかった。
そんな幼い願いは、歳を重ねることで自然に覚めていく夢のようなものだ。
だけど、少年は違った。
だからかもしれない。そんな少年があの〝声〟を聞いたのは。
あの日、立ち入ることを禁じられた研究室の扉から聞こえた、自分を呼ぶ声。
その声は自分を特別な存在への昇華を誘う声だった。
そんな声が聞こえてきたことが嬉しくて、部屋に入ってしまった。
力を求めてしまった―――。
「シンラ? 聞こえていますか?」
「……ん、ああ」
奇妙な部屋、奇妙な体験をしたと思ったら、いつの間にかそこは自分の家。
カノンの声で、水瀬森羅は意識を覚醒させた。
窓の外はすっかり夕陽が差している。それは優しい温もりの色だった。
あの冷たい部屋とは違う。ここは自分の家なのだ。
だがあの部屋で起こったことは紛れもない現実。
自分は『異能者』として、戦いに巻き込まれたのだ。
森羅は目を閉じて再度確認する。
瞼の裏に映るのは、〝主役狩り〟なる狂ったゲームのルール説明。そして胸ポケットで微かに熱を帯びた存在感。
取り出してみると、それは一枚のカードだった。だが、スーパーなどの安っぽいポイントカードとは違う、それは確かな質感と、神秘性を帯びていた。
そこに刻まれているのは、タロットカードでいう魔術師のような絵だ。
「これが『主役証明書』、か」
森羅はカードを、まるで大切な宝物を扱うように、そっと胸ポケットにしまう。
「どうしました、シンラ? 面差しに喜色が垣間見えますが」
「いや、何でもない。それより、そろそろ夕食の支度をしないとな」
「御意に! 今宵はいかな食にまみえるか、胸の高まりが感じます」
「はは。じゃあ、ご期待に応えるとしようか」
相変わらずどこかおかしな言葉遣いをするカノンは、最高の笑顔を浮かべた。
その笑顔が眩しくて、思わず森羅は苦笑した。
彼女の手を取り、異能の世界に足を踏み入れたあの瞬間は、まるで昨日のことのようにはっきりと覚えている。
その日、森羅はもう後戻りが出来なくなった。
島を吹き飛ばし、同級生や憧れていた少女、父親すらも焼き尽くした力を再び揺り起し、森羅は強大すぎる力の責任を負わされ、英雄であることを余儀なくされたのだ。
だが、それ故に森羅は苦しんでいた。責任感に押しつぶされながら、力の行使に優越感を感じている自分もまたそこには居たからだ。
「なあ、カノン? 君は俺のことをどう思っている?」
「な、なななななあ?! 唐突に何を問うのですか、シンラ!?」
「何を顔を赤くして慌ててるんだ? 俺は俺の力のことについて聞きたいんだが……」
「そ、そうでしたか。いえ、早急でした。そうですよね。シンラが告白など……」
「ん、何か言ったか?」
「いえ。何でもありません!」
何故かカノンは大慌てで何かもごもご言っていたが、やがて落ち着くための深呼吸を一つして、言った。
「シンラの秘めたる力が強大に過ぎることは、まだ機構は把握していません。私の胸の内にとどめていますゆえ。報告をしないのは、私が確信しているからです。貴殿は決して誤った力の使い方はしないと」
「え……」
カノンの瞳は優しい色を帯びていた。その真っすぐな視線に、思わず森羅は面食らってしまう。
「例え貴殿の力が化物じみていても、その力が人々に忌み嫌われようと、私は貴殿の傍にいる。私はそのために機構より派遣された身です。これが私の答えです」
「……そうか」
真っすぐな言葉を聞けて、森羅は決心を固めた。
狂ったゲームではあるが、これに勝ち抜くことで、自分は本物の主人公になれる。何故か森羅はそう確信していた。
この力でどこまでいけるか。自分は何になれるのか。
「試してみようじゃないか!」